1章:最強のビースト
リィヤの屋敷に潜んでいたヒューマンのベルア。
リィヤとの会話の中で、彼女の危機を察知したトウヤは真っ先に彼女の屋敷へと救援に向かった。
同時に、リィヤとナム達の会話の内容を同僚から聞いたことにより、彼らに屋敷の人数の違和感を察知されることを恐れたベルアが計画を早めて今まさに行動を起こしていた。
リィヤのトラウマを利用してナム達への人質とし、三武家の抹殺を計画したベルアだったが、トウヤの妨害により失敗する。
しかし、トウヤは初のヒューマン相手に1人で善戦したものの敗北。
そこにナムとミナ、そしてタイフの3人が危機一髪で到着したのだった。
屋敷の主、リィヤの部屋でナム達はベルアと対峙している。
構えを解かずに真っ直ぐベルアを睨みつけるナムの近くにミナとタイフが近付いていく。
「ナム、あれがヒューマンなの……?どう見ても人間じゃない。」
「言っただろ、ヒューマンってのは人間と同じ姿だってな。」
「ナムからこの前聞いたが、全く見分けがつかないよ。」
両手首から先が黒い毛皮の5本爪に変化していること以外は人間と大差無い姿のベルアを見たミナとタイフの2人は構えは解かないものの驚愕の表情を隠せていない。
「気を付けろ、そのベルアとかいうヒューマンは魔法も使う!」
「りょーかい、気をつけるとするぜ。」
少しダメージから回復したトウヤの言葉にナムは応える。
トウヤの腕の中には、錯乱状態から復活したが足腰が恐怖で動かずに床にまだへたりこんでいるリィヤがいる。
「すまん、ダメージが大きい……まだ戦闘は無理そうだ。」
「休んでてトウヤさん、私達で何とかするわ……リィヤちゃんを頼むわね」
「僕達に任せてくれ。」
ミナはトウヤに向かってウィンクをし、タイフはトウヤに向かって笑いかける。
その時、同じくトウヤとの戦闘とナムから受けた拳のダメージがある程度回復したベルアが、自身の爪の鋭さを誇示するように両手の爪を擦り始めたのを音で確認した2人は、慌ててベルアへ向き直る。
「最期の会話は堪能しましたかね?」
「あら、最期のつもりは全くなかったのだけど。」
「そうですか、それは残念……別れの会話をしなかった事を後悔させてあげますよ。」
その言葉と同時にベルアは床を蹴り、高速で3人へ突撃してくる。
その動きをずっと警戒していたナムは、既に筋力低下のブレスレット2つを外した状態の拳をベルアに振り抜く。
ベルアの爪とナムの拳のガントレットが激突して金属音のような大きな音を立てるのと同時に、まるで機関銃の発射音のように同じ音が連続で鳴り響く。
ナムの本気の格闘と、ベルアの爪が連続でぶつかり合う音だ。
「くっ……!流石はブロウ、マギスと比べ物にならないほど近接戦が得意の様子!」
「そりゃどうも、だがよ……俺だけ気にしてていいのか?」
「!?」
いつの間にかベルアの背後に移動していたミナが、彼女のメイン武装である反りの入った片刃の双剣をベルアの首めがけて振り抜こうとしていた。
その速度はまるでカマイタチのようであり、普通の人間であれば反応すら出来ずに首を落とされる速度である。
それをベルアは首への一撃を片手の爪でギリギリ防ぐ。
「くっ!?」
ベルアはミナの放った追撃の攻撃を、腰を落としたり爪で防いだりを何度もギリギリでこなす。
その合間にもナムの拳が襲いかかってきており、流石のベルアも時々拳や剣を体に受ける。
「流石に厄介ですね!」
「俺たち2人相手に良くもまぁそこまで戦えるもんだな!」
ベルアのその身のこなしと、体に魔力を集中させる様子がないことから、近接戦の方が得意だと察したナムだったが、自身とミナという三武家でも前衛側の2人相手にここまで戦闘を続けるベルアの強さに流石のナムも驚く。
体に生傷が増えてきたベルアだったが、突然ミナの剣の攻撃の合間に無理やり体を低くし、驚いたミナの腹を蹴り壁に激突させ、同時にナムの拳を爪で受け止め、その反動を利用しナムから距離を取る。
「ミナ!!」
「だ、大丈夫よ。」
ミナは腹を蹴られ壁に相当な速度で壁に激突したが、上手く受身を取ったようでそこまで大きなダメージは無いようだった。
その様子を、戦闘に参加出来ずに後ろで見ていたタイフは顔面蒼白となっている。
「あの2人相手に互角……だって?僕の未来眼の力でも全く介入できる気がしない……!」
タイフはサボっていた訳では無くしっかり戦況は見ており、手助けをするつもりだったが、あまりの戦闘のレベルが違いすぎて元一般人である彼にとって介入しようとしても出来ない状況だったのだ。
自身の無力さに絶望しかけたが、彼は首を横に振り、戦闘を再びしっかり見る。
彼の超能力、未来眼は経験と知識で強くなる為、戦闘を見て経験することは無駄ではない。
(まだ今の僕には何も出来ない……え!?)
タイフは自身の未来眼が発動している左目の視界にとんでもない光景が見え、リィヤの部屋の出入口へ視線を向ける。
そして、慌てるように自身の武器、圏を出入口とナムの間に全力で投擲する。
タイフの投げた圏は何かに衝突し、大きな破砕音と共に弾き返された。
その音に驚いたナムは音の方向へ視線を向けた。
「ちぃ!」
リィヤの部屋の出入口にいたのは、まるで雪だるまのような姿をした魔物と、仮面と全身を鎧で身を包む、2本の腕と4本足の魔物だった。
ナムは音のした方向の床を見ると、タイフの圏に叩き落とされた氷柱のような物が落ちている。
「間に合った……!!」
タイフの未来眼に写ったもの、それはナムが頭から血を吹き出して倒れる未来だった。
詳細は良く分からなかったが、咄嗟の判断で彼の頭の横に圏を投擲したのだ。
「助かったぜ、タイフ。」
「偶然だよ、危なかった。」
そう言ってタイフは、新たに現れた魔物と向き合う。
不意打ちが何故かバレた雪だるま型の魔物は、イラついた様子で、ナムの頭を狙った攻撃を防いだタイフに向かって怒りの表情を向ける。
「キサマ……このビースト、<スノーマン>の攻撃がなぜ分かった!?」
「さぁてね、教える義理はないよ。」
人間にバカにされたように返答されたスノーマンは、更に怒りを増幅させ。
彼の右拳の先に生えた氷柱をタイフに向ける。
「アイス・ショット!!」
スノーマンから先の尖った氷柱が弾丸の用に射出されたが、それをタイフは首だけの動きで避ける。
その様子を見たスノーマンは怒りに震えながら右拳の先に再び氷柱を生やし、左拳と右拳で連続で氷柱を連続で放つ。
しかし、やはりタイフはそれを少ない動きで避け続ける、
既にナムに向かって放たれた氷柱を見たことにより、未来眼の効果が発揮されるようになったタイフにとって、速度は早いが真っ直ぐな挙動の氷柱、アイス・ショットは非常に避けやすい攻撃となっていた。
「ナム、この雪だるまみたいなビーストは僕がやる!」
「おう、任せた!」
ナムから一切躊躇なく任されたことにタイフは喜び、真剣な顔でスノーマンと、動きのない仮面と鎧の4本足の魔物を睨みつける。
「ベルア様、この生意気な人間はお任せを、最後の1匹も、もう外に居ます!」
「わかりました、貴方達は我が強化した、最強のビーストの3匹です、信頼していますよ。」
「ははっ!!信頼に答えましょう!」
そう言って、スノーマンは窓の方向へ指を指すと同時に、窓から飛び出した。
タイフはそれを見て敵の思惑に気付き、タイフも窓の外へ飛び出した。
「ナム。」
「分かってる、あそこの謎のビーストはお前に任せる。」
ミナの少ない言葉で全てを察したナムは、ミナに指示をだすと、ベルアと睨み合っていた彼女は踵を返し、もう1匹の仮面と鎧の魔物と対峙した。
「貴様ガ相手カ?」
今まで微動だにせずにいた4本足のビーストは首だけをミナに向けると、無機質な声を出した。
それはビースト特有の片言ではなく、何処かくぐもったような声だった。
「本当はあいつ1人に2人でやりたいんだけどね、いくら雑魚でも数が増えたら仕方ないわ。」
「面白イ人間ノ女ダ……良イダロウ……最強ノビースト、<ドロイド>、ワタシが御相手シヨウ。」
4本足全ての先がどこか機械のような音と共に変形すると、そこが火を噴き、空中へ浮き出し、彼も窓から飛び出していく。
「何よあれ!?」
「気を付けろよ、俺でもあんな奴見たことも知識にもねぇ!」
「ナムでも知らないですって!?……わかったわ。」
ミナも急いで窓から飛び出す。
リィヤの部屋の中に残ったのはナムにトウヤ、そして正気は取り戻しているが連続で魔物を見たことにより、再び震え始めているリィヤ、そしてベルアだった。
「トウヤ、まだ無理か?」
「リィヤもこんな状態だが、さっきよりはマシ……そして俺様もさっきよりはマシだ!」
「そうか。」
ナムは外へ指を指す。
「さっきの雪だるま野郎が言ってた、外にもう1匹いるとな。」
「あぁ、そうだな。」
「リィヤを連れて外に出ろ、ベルアよりは安全なはずだ、こいつは俺1人でやる!」
トウヤは一瞬考え、頷いた。
「守りながらもう1匹を倒せばいいんだな?」
「すまねぇ、ここまで敵の数が増えちまったらトウヤとリィヤにも頼るしかねぇ!」
「わかったよ、正直今の状態の俺様にはそいつは荷が重い、助かる。」
そう言って、トウヤもリィヤをしっかり抱き抱えて窓から飛び出した。
それを確認したナムは、ベルアの方へ視線を向ける。
「さて……やろうか?」
「1人で我をやれると?マギスは負けたのに?……それに、あの3匹は普通と違いますよ?」
「だろうな、あの2匹は俺も全く知らねぇし、最後の1匹に関しては姿すら見てねぇ……だがアイツらなら大丈夫だ……そしてお前も俺1人で十分だ!」
「面白いですねぇ、その自信に満ちた顔が歪むのが楽しみです。」
ベルアとナムは同時に駆け寄り、ナムの拳とベルアの爪がぶつかり合う。
そしてそのまま10回ほど攻撃を交え、お互いの攻撃がそれぞれの腹に命中する。
「うっ!?」
「グフッ!?」
ナムの拳の威力にベルアは血を吐きながら後方へ少し飛ばされるが、足をつけてすんでのところで止まる。
ナムも腹に爪による深い刺傷が出来ているようで、血の流れる腹を押さえる。
「やるじゃねぇか。」
「ごほっ!……先程も言いましたが流石はブロウですね、拳1つ1つが早いのに重い……!」
ナムは拳のガントレットを見る、爪による攻撃を何度も受けたせいで傷だらけになっており、1部はへこみも出来ている。
「てめぇもな、流石はヒューマンだ、厄介なことこの上ねぇな。」
ナムは腹を押さえていた手を外す、血が流れるが、気にせずにベルアに向けて拳を構える。
それを見たベルアは、両手に魔力を集中させ始める。
格闘戦ではナム相手に不利だと悟った彼は、魔法の力でも戦うと決めたようだった。
「中位付与魔法、パワー・ブースト、クイック・ベール!」
ベルアの体を赤い光と青い光が同時に纏う。
トウヤにも使ったパワー・ブーストは全身の力を10分間強化し、クイック・ベールは動きの俊敏さを10分間強化する付与魔法である。
それを確認するようにベルアは爪を振るう。
その速度は先程より1.5倍ほど高まったように見える。
「付与魔法を得意としてるようだな。」
「えぇ、我の切り札ですよ。」
体が赤と青交互に光るベルアは、再びナムに向かって走り出し、爪を振るう。
ナムは先程より早く、重くなったベルアの攻撃をナムにとってもかなりキツイ速度で迎え撃つ。
「俺の格闘術について来るとは!!」
「ここまでやって互角とは……ブロウは化け物ですか!?」
3度爪と拳をぶつけ合い、ナムの拳がベルアの頬を捉え、ベルアがその威力そのままに回転して爪をナムの首元へふるおうとするが、それはナムに掴まれ、床へと全力で全身を数度叩きつけられた。
5回目の時に、ボロボロな体で足から何とか降り立ったベルアは、もう片方の腕をナムの腕へ振るい、痛みで思わず手を離したナムから少しだけ距離を離し、回し蹴りをナムに向かってくり出す。
腕に意識を取られていたナムはそれをモロに受け、床へと倒れ込むが、倒れた状態から腕の力だけで足を上げ、ベルアの顎を蹴りあげる。
「ぐっ……!?」
「いってぇな!油断したぜ!」
蹴りあがったベルアの腹へ右手の渾身の一撃を叩きこみ、ベルアは壁に叩きつけられる。
壁が破壊され、隣の部屋まで吹き飛んだベルアは口元から大量の血を吐き出しながら仰向けで床へ転がった。
「ここまで俺の攻撃を耐えた奴は初めてだよ。」
「ふ、ふふふ……まだまだ!」
ベルアはゆっくりと立ち上がる。
ナムはそれを確認すると舌打ちをする。
「タフにも程があるぜ、流石におかしいだろ……てめぇは何者だ?」
「言ったでしょう、ヒューマンだと。」
「それにしたって変だ。、その腕を見る限りメタモラーっぽいが、なんで腕だけ戻すんだ、元の姿の方が慣れてるだろ。」
「どういう意味ですか?」
「メタモラーの特徴は元は異形な事だ、つまり人間の姿を取れる能力を持つなら、それこそ狼型の魔物だってヒューマンになる、しかし元々狼の姿の魔物が人間の姿で上手く戦えるわけがねぇ、だがてめぇはそうじゃねぇ……まるで人間の姿が当たり前と言わんばかりに強いのに、その腕は異形……本当にメタモラーか?」
「えぇ、ヒューマンですよ、元々人間に近い姿の魔物でしてね?」
「……なるほどな、ならまだ分かるか、だがそれでも全身を戻さない理由がわかんねぇがな、まぁ今はいいか。」
ナムは腹の出血の状態を1度確認し、問題ないことを察すると、ベルアを真っ直ぐ睨みつける。
「てめぇが何者だろうと、倒すことには変わりねぇ。」
「意見があいましたね、我も貴方を殺すことだけを考えることとしましょう。」
ナムとベルアはゆっくりと移動し、お互いの隙を探すように近付いたり、離れたりを繰り返す。
2人の戦いはまだ続く。
新たに現れたビースト2匹とまだ見ぬ1匹を倒すために屋敷の外に出た仲間たちのことも心配しながらも、油断出来ない敵相手にナムも助けに行く余裕はない。
「任せたぜ、みんな。」
ナムの呟きを皮切りに、再びベルアとぶつかるナム。
屋敷内に連続で金属音が鳴り響き、時々打撃音と切り裂くような音が混ざる。
そして、同時に屋敷の庭の各所から戦闘の音が聞こえ始め、彼等の戦いも始まったのだった。
もしタイフがいなければ、ナムはここで死んでいました。
以上、もしも話でした。