1章:ヒューマン
ドルブの町に存在するマギスの屋敷。
そこの主、リィヤの部屋にて2人の男が対峙していた。
「面白い……良いでしょう……このヒューマンのベルア、御相手しましょう。」
「……ヒューマン……か!」
トウヤは体の6ヶ所に魔力を集めたまま、リィヤの屋敷のボディーガード兼執事であったベルアという男から目を離さずに、ゆっくりとリィヤの前に移動する。
「えぇ……そうです、外からの防衛力が高いこのドルブの町を、内側から滅ぼす準備の為、今までそこの小娘の護衛をしておりました、この屋敷は無駄に広いですからね……我が密かに作成した地下室に特殊な強化を施した魔物を潜ませるのに大変役に立ちましたよ。」
「随分ペラペラ喋るんだな?」
「もはや貴方に気付かれてしまった以上、隠していても仕方ありません。」
ベルアはそう言って、小声で何かをつぶやくと、ベルアの両拳が黒い毛皮のような物に変わり、全ての指に巨大な爪が生えた。
「もう少し地下の魔物を増やすつもりでしたが、仕方ありませんね……3匹だけですが、我も自ら動けば足りるでしょう。」
「メタモラーか!?、いや、関係ない!お前はここで倒す!」
「えぇ、楽しませてください……ねっ!!」
「くっ……!?」
トウヤは最速で下位付与魔法、<魔法剣>を両手に発動し、高速で爪で斬りかかってきたベルアの両手の爪を辛うじて受ける。
「ふむ、やはり貴方は近接戦は苦手の模様、どこまでやれますかね。」
ベルアはトウヤに向かって連続で両手の爪を振り下ろし、なぎ払い、突き出す。
その全てがトウヤの屋敷で戦ったクラウンのスピード、力を優に超える。
トウヤはあくまで魔術師だ、近接戦もこなせるとはいえ通用するのはその辺の人間の剣士、または低位のビースト迄だ。
ナムやミナ程では全くない上に魔法無しではタイフにも恐らく勝てないだろう。彼が最も得意なのは後衛なのだ。
(くっ……やはりあの3人に来てもらった方が良かったか!……いや、しかし、それでは間に合わなかった。)
トウヤの力量ではベルアの爪の攻撃を防ぎきれない。
勿論、体に斬撃への耐性を持たせる中位付与魔法、<スラッシュ・ベール>を掛けてはいる。
先程の問答中に無言で発動していた。
トウヤ……いや、マギスは独自の技術として口無発動を体得している。
イメージが付きにくい為、威力や効果が下がるが、サイレンスの効果中や先程のように会話しながらでも発動できる強みがある。
自分の屋敷でクラウンの攻撃をアース・メイルで受けた時もこの口無発動だった。
「どうしました、貴方お得意の魔法を早く見せてください。」
「うるさい!」
トウヤの体には既に多くの切り傷が付いている。
距離を取れれば良いのだが、後ろに未だ幼少期のトラウマで錯乱中のリィヤがいるのだ、動く訳には行かない。
ベルアも勿論わかっており、隙を見せればリィヤを狙う攻撃を時たま放ち、トウヤを動かさないように戦っている。
(このままじゃどんどん不利になる!)
トウヤはベルアの攻撃の隙間で右肩に貯めた魔力を消費する。
「上位魔法、ウィンド・カッター!」
トウヤの右肩から発射された前方直径2mの広範囲の風の刃を見たベルアは、驚きと共に距離を取り、両手の爪で斬り裂いて消滅させる。
しかし、そこに間髪入れずに同じく風の、今度は大砲のような物が飛んでくる。
「これは……先程の!!」
流石のベルアもこれには対応出来ずに再び吹き飛んでしまう。
「口無発動のエアロ・ブラストだ、さっきのより威力は無いけどな。」
トウヤはそう言って使ってしまった右肩の魔力と左掌の魔力を再度集中させ始める。
そしてリィヤの方へ向くが、やはり彼女はまだ動けそうもない。
「リィヤ!頼む!逃げてくれ!」
しかし、リィヤは震えてばかりで動けない。
滝のように汗をかいた彼女は今の状況すらあまり理解していないかもしれない。
トウヤはそんなリィヤの姿を見て、こんな状況にしたベルアに対して怒りを更に強くする。
しかし、今はそんな場合ではない。
「くそ!頼む!!」
そうこうしてるうちにベルアは立ち上がり、首を鳴らしながら歩いてくる。
「流石ですね、1対1の勝負で我に魔法を当てるとは。」
「もう起きたか。」
トウヤにとってこの勝負はとても不利である。
彼は全ての部位に最上位魔法を放てるほどの魔力を集めているが、最上位の魔法は範囲が広く、周りを巻き込んでしまう。
近くにリィヤがいるこの状況では放てない。
かと言って、ビーストですら辛うじて耐えた上位の魔法ではヒューマンのベルアには通用しない。
「俺様は守ってもらう立場なんだがな……!」
「ならばそんな小娘見捨てて有利に戦えばよろしいのでは?」
「……!!んな事出来るわけねぇだろ!!」
トウヤは怒りのまま両掌の魔力を消費し、それぞれに電撃の大玉を2つ作成する。
トウヤの屋敷でも使った雷属性上位魔法のボルテック・キャノンである。
しかし、今回は2つだ。
「貴様だけは許さない!」
トウヤはそれを片方だけベルアに向かって放つ。
「また連撃ですか?芸がありませんね。」
ベルアはトウヤの魔法を片手で受け止め、天井に向かって放り投げる。
トウヤの魔法は屋敷の天井を貫通し、空高く飛んで行ってしまう。
「さて、次……む?!」
ベルアは驚く、目の前からリィヤとトウヤが消えていた。
(逃げましたか!?)
ベルアが入口の方へ視線を向けようと首を動かした時だった。
「こっちだ!」
「な!?」
ベルアの視線の反対側から、トウヤは左手に保持したままだったボルテック・キャノンを、そのままベルアに殴るように叩き付ける。
「がああぁぁぁ!?」
「まだ終わらないぞ!!」
トウヤはそのまま屋敷の壁に向かって走り、ベルアごと壁に叩き付けた。
発射していないので、常時魔力を供給するだけで放った後に消滅してしまう魔法も維持ができるのだ。
「一撃じゃ耐えられるかもな、だが常にこの魔法の威力を受け続けたらどうなるかな?」
ベルアは身体が焦げる匂いを感じながらも、自らの爪でトウヤのボルテック・キャノンを全力で押す。
「こいつ!」
トウヤも壁に押し付けるように力を込めるが、少しずつ押され始める。
ボルテック・キャノンは威力だけでなく、敵に雷撃も与える。
体は既に麻痺して動きは悪くなっている筈だが、それでもトウヤを力で押し始めたことに流石のトウヤも驚く。
「ヒューマンは化け物かよ!!」
「人間が非力なのですよ!」
「そうかよ!ならこれはどうだ!」
トウヤは左指の魔力を消費し、小声で魔法名をつぶやく。
「炎属性中位魔法、フレイム・サークル!」
トウヤの魔法発動と共に、ベルアの足元に魔法陣が広がり、炎が吹き出した。
「ぐぁ!!マギスは厄介……ですね!!」
「まだ3つ放てるぜ!」
「良い気にならないこと……です!」
ベルアはフレイム・サークルに焼かれ、ボルテック・キャノンで壁に押し付けられ、とてもじゃないが普通の人間なら耐えられる状況ではない。
しかしそんな状況でもベルアから笑顔は消えない。
「我が魔法を使えないと思ってる限りね。」
「なに!」
ベルアは魔力を右手に集中させ始める。
「中位付与魔法、パワー・ブースト!」
ベルアが魔法発動すると同時に、彼の全身が赤く光る。
途端にトウヤは元々押され始めていたが、更に力負けをし始める。
「ちぃ!力の底上げ魔法か!!」
トウヤも同じ魔法を発動しようとするが、驚いた彼は少しだけ間に合わなかった。
ベルアはトウヤのボルテック・キャノンを押し込み、逆にトウヤへぶつけたのだ。
「うわあああ!!」
トウヤは自らの魔法の効果で雷撃を食らってしまった。
その衝撃に思わず全身の魔力集中を解除してしまうトウヤ。
しかしトウヤにとっては幸か不幸か、そのお陰でボルテック・キャノンも消える。
「く……そ!」
全身に大怪我を負ったトウヤは思わず片膝をつく。
その後ろには元の場所から抱えて動かしたリィヤもいた。
「それまでですか、三武家もこの程度なんですねぇ。」
ベルアも所々焼け焦げ、無事ではない怪我をしているが、不思議なことにまだ動けるようだ。
トウヤは敵の強さを甘く見ていた訳では無い、間違いなくこれはトウヤの本気だった。
しかし、幾ら戦場が彼向きではないとはいえ、このベルアに通用しなかった、ただそれだけなのだ。
「楽しかったですよ、久しぶりにね……さぁて我の勝ちのようですし、貴方には死んでいただきましょう、あぁご心配なく、妹さんは生かしますよ、あとの三武家の二人と雑魚1人を片付けるまではね。」
「き……さま!!」
トウヤは何とか立ち上がろうとするも、もう体が動かないようだった。
その間にもベルアはゆっくりと近付いてくる。
「リィヤ、たのむ……逃げるんだ。」
トウヤは最低でもリィヤだけでもと声をかけるが、やはり後ろから返答はない。
(ダメなのか、どうすれば……!)
トウヤは頭を働かせる。
どうすればリィヤを救えるかを。
ベルアが近付いてくるのを確認しながらも考える。
リィヤがこんな事になったのは幼少期のトラウマが原因だ。
魔物への異常な恐怖、親友を失ったことに対する悲しみ。
(……まてよ。)
トウヤはひとつの考えを思い浮かぶ。
しかし、それは……今まで1回も取って来なかった。
それは彼女をこんな状態にしてしまうから。
しかし、今の時点でこれしか方法は無いとトウヤは思った。
(すまん、リィヤ。)
トウヤは心の中でリィヤに謝る。
そして息を大きく吸うと、後ろのリィヤにしっかり聞こえるように声を張り上げたた。
「魔物だ!!リィヤ!!魔物が前にいる!!」
「む?」
ベルアは訝しんだ。
なぜこの男がこんなことを言うのか。
「お前の親友を奪った魔物が目の前にいる!!」
「気でも狂いましたか?」
ベルアはトウヤの近くまで寄り、爪を振り上げる。
「だから、身を守れ!!リィヤ!!」
ベルアは爪を無慈悲に振り下ろす。
そしてその爪がトウヤを斬り裂こうとしたその時。
「なっ!?」
ベルアの爪は青白い膜に防がれていた。
「なんですか!!これは!?」
ベルアは一心不乱に爪を振るう、しかしその青白い膜はビクともしない。
「それでいい。」
トウヤが後ろを向いた時、リィヤは虚ろな瞳に涙を浮かばせながらも。
両手を前に突き出していた。
体はまだ震えている、しかしそれでも目の前にいる兄と自分を守るために、無意識で発動した彼女のバリアがトウヤすらも覆うように展開されていた。
「馬鹿な!!その小娘はその状態になったら動けないはず!!」
「トラウマってのは、嫌な思い出、つまり恐怖だ。」
トウヤは片膝を付いたままであるが、ニヤリと笑う。
「恐怖が身近に迫ったと本人が悟った時、1番取りやすい行動はなんだと思う?」
「まさか……!」
「身を守ることだ。」
リィヤは自身が足の遅いこと、体力も無いことも本人が1番理解している。
その上、彼女は優しい、誰かを見捨てて逃げるなんて無理だ。
だからこそ、逃げろ、という行動は無意識に取り辛い。
ならば、彼女自身も力を自覚していて、その上でその誰かを見捨てない選択肢を渡してやるのが理想だ。
そう、彼女はそれが出来る最も強力な力をたまたま有していた。
兄であるトウヤよりも強力な防御魔法だ。
「く……ですがどんな防御魔法にも限界はあります、壊れるまで攻撃してやるだけです。」
「舐めるなよ、俺様の妹をな!」
リィヤの思考は滅茶苦茶だった。
彼女にとって魔物はそれだけの恐怖だった。
大好きだったミリアや、一緒に育った他の子供たち、そして孤児院の先生達。
それをリィヤから全て奪い去ったのだ。
そんなものが今自分の屋敷の中にいる、それだけでリィヤの恐怖は底知れない。
しかしそんな時だった、兄からの言葉……身を守れ。
リィヤが無意識に腕を動かし、彼女の力を発揮するのを後押しするという点では大成功だった。
彼女はただひたすらに自身の力をがむしゃらに発揮し続ける。
自身のバリアに何か大きな力が先程から連続でぶつかっており、それが更にリィヤの恐怖を増長させ、更に力を込める。
自分のバリアにヒビが時々入るのも感覚で確認している。
それを感じたリィヤは恐怖のあまり全力で修復をするのだ。
今も連続でぶつかってきている大きな力は、まるでイラついてるかのようにどんどん力とスピードが上がる。
それに伴ってリィヤの恐怖もどんどん増幅し、力を込める。
しかし、流石のリィヤも常時この力を使い続け、鍛錬してきた訳では無い。
何度もヒビが入り、何度も修復し、強度を上げる作業を何度も繰り返し。
尚且つ恐怖からの無意識の発動の為、ペース配分すら全く気にしていない。
どんどんバリアの表面にヒビの数が増えていく感覚を覚え、慌てて修復するがそれも、もう間に合わなくなっている。
(誰か……たすけ。)
バリアの表面に満遍なくヒビが入り、あと一撃で破壊されてしまうと悟ったその時だった。
急に何度もぶつかっていた大きな力が止んだのだ。
リィヤはここぞとばかりに最後の力を振り絞ってヒビを修復しようとする。
「リィヤ!!もういい!!助かったぞ!!」
兄であるトウヤの声を聞き、恐怖から全力で修復しようとしたリィヤは止まる。
そして、その力を極限まで使った影響か、リィヤの意識は少しずつ鮮明になっていく。
(兄様……を助けられた……の?)
正気をを取り戻したリィヤの目の前に広がった光景。
それは自身のひび割れだらけのバリア、そして傷だらけの兄。
その兄を守るように前で立ち塞がる3人の人間だった。
「……あ!」
そう、最近出会った3人。
ナムとミナ、そしてタイフだった。
「馬鹿野郎!!こういう事は確証が無くても俺達に伝えとけ!!」
「ははは……早かったじゃないか。」
トウヤは正気を取り戻したリィヤに安堵しながら、窓から外を見る。
まだ夕方ではなかった。
「会話中に突然担がれて、屋敷まで運ばれた時は驚いたよ、まぁ今の状況ほどじゃないけどね。」
「トウヤさんの様子がおかしかったことをナムは凄く気にしててね、今日は聞き込みはせずにずっと昨日の会話を思い出していたのよ。」
ミナとタイフはトウヤを見ながら笑う。
「まぁ……そんな感じだ、よく考えるまでもなかったぜ、おめーの屋敷のボディーガードは10人だった、そして死んだのは2人だ、なのに昨日……リィヤの話では両方とも1人多かった。」
ナムは既にベルアの腹に拳を叩き込んでおり、流石のベルアも目を見開き、吐血している。
「死んだ数が1人多かったのは……リィヤが、屋敷の人数は11人が普通だと思っていたからだ。」
ナムは再度拳を振るい、ベルアの頬へ叩き込む。
一回転して床へ叩き付けられたベルアは大きく血を吐き、倒れ込む。
「それは何故か?ドウハは平等な条件で2人に支援していた……だからリィヤは、トウヤの屋敷にも当然11人いると勘違いした、お前にまんまと騙された訳だ。」
ナムは大きく足を上げ、ベルアの顔を踏みつけようとするが、ベルアは咄嗟に躱し、ナムの足は屋敷の床を踏み抜き、その周りに亀裂を大量に発生させる。
ベルアは離れた場所まで転がるように移動すると、ゆっくりと立ち上がる。
「恐らく、ドウハの命令による増員、とでも言ったんだろう、違うか?」
「マギスならともかく……貴方達にもバレてしまうとは。」
ベルアは左手で腹の辺りを抑えながら、口元の血を右手で拭う。
ナムも油断すること無く、ベルア相手に拳を構える。
その様子を片膝をつきながら見ていたトウヤは、ナムの動きを観察していた。
(ナムのやつ、有利なのに凄く慎重だな……ん!?)
その様子を片膝をつきながら見ていたトウヤは、ナムの右腕を見て驚く。
普段、ナムの右腕に3つ装着されている筋力低下の呪いが付与されたブレスレットが、今は2つ外されているのだ。
(……既に本気に近いのかアイツも……ってことはあの野郎、そんなナムの拳を受けて耐えてやがるのか!!)
トウヤはそれに気付くと冷や汗が出る。
トウヤの戦闘は本気とはいえ、リィヤを巻き込まないように最上位魔法を封印していた。
つまり彼の中ではもっと好条件であれば倒せると思っていたのだ。
(また甘く見ていたのか俺様は!!)
トウヤは拳を固く握ると、床へ叩き付ける。
ヒューマンの強さはナムからよく聞いていたにも関わらず、トウヤは認識出来ていなかったのだ。
しかし、トウヤは頭を横に振り、ナムの方向へ視線を戻す。
「やはり俺様には実戦経験が足りないな。」
「そんなの、この旅続けてりゃ嫌でも経験出来るぜ。」
トウヤの独り言に、ナムは答える。
「この中で実戦を1番こなしてるのはナムだけだから仕方ないわ、あら、そう言えばタイフさんもね。」
ミナも油断なく彼女の1番得意な武器である、反りの入った片刃の双剣を2本とも鞘から抜いていた。
ミナの表情は笑顔でありながら、ベルアと言う男から視線を外さない。
会話しながらも一切油断していない。
「僕も微力ながら力になるよ、コイツを放っておいたら僕の村みたいな惨劇が、この町でも起こる、二度と起こさせるものか!!」
タイフも既に未来眼を左目で発動しており、彼のメイン武装である、輪っかのような形で持ち手以外に刃が着いた武器、圏と呼ばれる武器を2つ構えている。
その表情は決意に満ちている。
新たに参戦した3人とベルアは対峙する。
「第2ラウンド……って所でしょうかね?」
「良いじゃねぇか、てめぇを……ぶちのめせるなら文句はねぇ。」
何故かある程度傷が治っている体を確認するように動かし、両手の爪を再度構える。
ナムもベルアの構えに合わせるように体を動かし、素早く構えの型を変える。
再び戦いが始まろうとしていた。