1章:可愛い妹
ドルブの町の一角、大通りから少しだけ裏道に入ったところにある<渡り鳥>と呼ばれる宿屋からナム達3人は出てくる。
結局昨日別れたトウヤは宿に帰ってこなかった。
その事に3人は少し心配しながらも再び聞き込みを続けるために行動を開始したのだ。
「トウヤさん、たしか今日の夕方迄に帰ってこなかったら……って言ってたわよね?」
ミナは移動しながら昨日のトウヤの言葉を思い出していた。
「たしか、この町で1番大きな家……だったな。」
「聞き込み前にその家を探しとくか?」
ナムの呟きにタイフはそんな提案をした。
しかし、ナムは少し考え、それを横に首を振って否定する。
「大体わかんだろ、この町1番の富豪は誰だ?」
「んー……富豪……あぁ、そういう事?」
ミナは少しだけ思案し、ナムの問いの意味に気付いたミナは手を打つ。
「なるほど、富豪ね、あそこ……つかそこしかないね。」
3人の中に浮かんだ家は恐らく全員一致していただろう。
家系が富豪であり、大勢のボディーガードを雇う家。
そう、ドルブの町のマギスの屋敷。
リィヤの屋敷のことだ。
「でも、なんでトウヤはそこを指定したんだ?」
「それはわからん、だが昨日のアイツの様子はおかしかった。」
昨日のリィヤとの会話中にトウヤが突然何かを思案していたことを思い出す。
「それに、俺も何か引っかかるんだ、どこか記憶と違う部分があるんじゃねぇかってな、何かはわかんねぇがな。」
「あら奇遇ね、私もどこか引っかかったのよ、私もよく分からないけど。」
「僕には何もわかんなかったぞ?」
3人は悩みながら町中を歩き続ける。
町中はいつもと変わらず大通りの出店周りがとても賑わい、呼び込みの声や会話の声が響く。
魔物からの驚異の少ない町はここまで繁栄するのだと3人は感心ながら次の目的地の区画にへ向かった。
町中に装飾のために植えられた大木の上の枝に一人の男が座り込んでいた。
目の下をクマにしたトウヤである。
「眠い……!」
トウヤの様子からどうやら一睡もしていない状態だと言うのがわかる。
彼はどこぞの出店で買ったであろう辛味成分の強い、棒に刺さった肉をこんがり焼いた料理にかぶりついている。
辛いのがそこまで得意ではない彼にとってはこの辛味が眠気覚ましとなる……筈だった。
「舌がヒリヒリするだけで眠いの変わんないんだが。」
トウヤは後悔しながらも、とある箇所をずっと見つめている。
その先にはリィヤの屋敷が存在した。
トウヤは遠くを見渡す効果を持つ、中位付与魔法の<ロング・アイ>を使用し、屋敷からそこそこ距離のある大木の上から屋敷の、ある部屋をひたすらに監視するように眺めている。
彼の寝不足の原因はこの行為を1晩続けた事によるものだった。
(すまんなリィヤ、お兄ちゃんは別に変な趣味じゃないんだ。)
トウヤの見ている場所はリィヤの部屋だった。
トウヤは昨日ナム達と別れた後、ある人物に連絡を取り、自身の心配が杞憂では無かったことを悟ったのだ。
それですこし傍から見たら危険な男にしか見えないような行動をしている。
(おかしいと思ったんだ。)
トウヤは眠い目をこすりながらリィヤの監視を続ける。
いくら人間の中では最強レベルの魔術師とはいえ、眠気には勝てないのだ。
眠気を覚ますという目的にはあまり活用出来無かったものの、今ある唯一の食事である辛い棒付き肉を再び齧るトウヤ。
「あの人なにしてんのー?」
「黄昏れてんのよ、そうしたい気分なんじゃない?」
下から聞こえた親子の会話にトウヤは喉に肉を詰まらせる。
慌てて腰元に下げていた水筒から水を飲んで肉を流し込むと、咳き込んだ。
(なんか俺様毎回あまり良い思いしてないような。)
トウヤは少し落ち込みながらも監視を続ける、下からの奇異の目と眠気、そして口の中のヒリヒリに耐えながら。
「誰かに見られている気がします。」
リィヤは部屋の中でキョロキョロと辺りを見回す。
しかし、当然部屋の中にその謎の違和感の正体は見付からない。
それでも不思議な違和感は消えない。
しかし不気味なことにその違和感に不快感も感じない。
リィヤは気のせいだと思うことにし、部屋に用意された朝食に手をつける。
今日の朝食はスープとパンにサラダ、そして彼女の好物の紅茶である。
それを少しづつ食しながら今日は何をしようか思案するリィヤ。
(また兄様達に会いに行くのも良いでしょうし、それとも、彼らはまだ町にいるでしょうから今日は屋敷でのんびりもいいかもしれません。)
食事を進めながらもリィヤは笑顔になる。
今日も彼女は悪夢を見ている、しかしいつもの自身への暗示によりいつもの明るさを取り戻している彼女は心の底から楽しそうにしているのだ。
「ごちそうさまでした。」
リィヤは朝食を終えると、ベルを鳴らし扉の外で待機している人間を呼ぶ。
すぐさまノックと共に部屋に入ってくるベルア。
「お下げします、リィヤお嬢様。」
「ありがとうございます、ベルア。」
ベルアはその言葉に深く礼をし、窓の方向へ一瞥すると、食器を器用に片手に持ち部屋から退室していく。
リィヤはそれを見送り、自身の部屋の机へ移動して座る。
そして、机の上にある幼いリィヤとミリアの写真を手に取り、微笑んだ。
「どこにいるの?ミリアちゃん。」
食器を調理室の台所へ置いたベルアは、食器洗いを他のボディーガードへ頼むと、その場から立ち去った。
「……さて、どうしましょうかねぇ。」
ベルアにはひとつ悩みがあった。
この町にあの4人が来てからというもの、リィヤお嬢様が前よりも外に出たがる。
それはとても良い事なのだが、外は危険だ。
どこから危ない人間が近付いてくるかわからないのだ。
「困りましたねぇ。」
しかし、そんな彼の心配は昨日の時点で疑い、今日で確信のものとなってしまった。
リィヤお嬢様の変化はとても喜ばしい、しかし今回はそうはいかない。
「仕方ありませんね。」
ベルアはそう言って、笑顔に変わったのだった。
トウヤは戦慄していた。
見間違いではない。
まさかそんなことがあるのか、と自身へ何度も言い聞かせた。
しかし、彼の心配はまさに的中したのだ。
「ナム達へ連絡……いや!そんな時間はない!!」
トウヤは急ぎ大木から降りると、リィヤの屋敷へ走り出す。
魔法を使って遠くから監視していたのだ、距離自体はここからかなりある。
「間に合ってくれ!!」
トウヤは周りの視線を気にせずに一心不乱に走りだす。
リィヤは写真を再び机に置き、今度は読み掛けの小説を取り出す。
リィヤは元々大人しく本等を読む方が性格的に好きなのだ。
「今日で終わらせてしまいましょう、そして明日は兄様に会うのです。」
リィヤはそう言って読書を開始する。
静かに本のページをめくり、本の内容に没頭するリィヤ。
内容に一喜一憂しながら楽しそうに10分ほど読み続けた時、部屋の扉が荒々しく叩かれる。
「どうしたのでしょう。」
突然の大きな音に驚いたリィヤ。
しかし自身の家ということもあり、特に警戒することも無く扉を開ける。
「どうしまし……えっ。」
リィヤは目の前の状況を確認すると固まってしまった。
そこには大怪我を負ったボディーガードの1人がいたのだ。
「リィヤ……お嬢様……お逃げください……。」
「すごい傷です!一体何が!?」
リィヤは慌てて部屋の救急箱を取りに行こうとしたが、それをボディーガードがすごい力で腕を掴み引き止める。
「私のことは構わず、早くお逃げを……ベル。」
何かを言おうとしたボディーガードの頭に氷のツララのようなものが突き刺さり、声もなく倒れる。
「ひっ!?」
リィヤは初めて見た人の死を間近に見てしまったことにより、腰が抜けてその場で座り込んでしまう。
彼はリィヤが独り立ちをすることになった時からずっと仕えてくれた男だった。
そんな彼が今まさに命を落としたのだ。
「な、何が。」
リィヤはボディーガードの最期の言葉の通りに逃げようとするが、足が動かない。
「リィヤお嬢様、大丈夫ですか!?」
リィヤが顔を上げると、そこに立っていたのはベルアだった。
「ベルアさん、一体なにが?」
「申し訳ありません、この屋敷に魔物が入り込みました!今もそこの通路に一体!」
「え?ま……もの?」
魔物、その言葉を聞いたリィヤの体はすくみ上がり、体が震え始める。
幼い頃、親友のいる孤児院の凶報を聞いた時からリィヤの体に刻み込まれたトラウマによるものだ。
「いや……いや。」
リィヤは髪を振り乱しながら涙目になり、目は虚ろになる。
そんな様子を見ていたベルアは冷酷な表情でリィヤを見下ろしていた。
(楽な女だ。)
魔物の存在が彼女にとって禁句であることを知りながら、わざわざ魔物がいることを話したベルア。
そこには最早リィヤの執事としての顔はなかった。
(窓の外で見張っていたあの男が来るまでに彼女を連れてさっさと移動するとしましょう。)
ベルアは先程食器を下げる際、遠くの大木の上にいた男を目視していた。
昨日同僚から、リィヤがこの屋敷の人数をあの男の仲間に話していたという報告を聞き、彼は嫌な予感がしたのだ。
同じような環境に住むマギスの男、彼は間違いなく気付くと。
そう、屋敷の人数の差に。
「ベルア様、この人間は如何するので?」
ベルアは後ろを振り向く。
そこにはまるで雪だるまのような姿をした魔物が存在した。
その拳には先程同僚の頭を貫いたものと同じ氷のツララが生えていた。
「彼女はあの3人への人質としましょう、人間としてはあまりに強い三武家にとって、最高の武器となるでしょう。」
ベルアはそう言って笑うと、リィヤの方へ向き直る。
そこにはまだ錯乱している彼女がいた、恐らくこの会話は聞いていないだろう。
「貴方は他の2体と共にこの屋敷の残りの我の元同僚を狩り尽くしなさい。」
「はっ!」
雪だるまのような見た目の魔物は短い返答で去っていく。
それを確認したベルアはまだ錯乱するリィヤへ近付く。
「貴女との生活はそこそこ楽しかったですよ、滑稽で。」
そう言ってベルアはリィヤに手を伸ばす。
今まさにその手がリィヤの首元を掴もうとしたその瞬間だった。
「上位魔法!!エアロ・ブラスト!!」
「!?」
声のした窓の方向へ、ベルアが向いた瞬間風の大砲のような物がベルアの体に命中し、吹き飛ぶ。
あまりの音の大きさに流石のリィヤも音の方向を見る。
「間に合った!大丈夫かリィヤ!!」
そこにいたのはリィヤの兄、トウヤだった。
「に……にい……さ。」
「リィヤ?その様子……そうか。」
トウヤは察した、さっきの男……遠くにいたトウヤを真っ直ぐ目視したあの男が、リィヤに魔物が近くにいるとでも伝えたのだと。
それに気付いたトウヤはどんどん怒りの表情に変わっていく。
「俺様の……可愛い妹にとんでもないことしやがって!!」
その声に反応するように、吹き飛ばした先で先程の男が立ち上がる。
「流石はマギスですね、この我を吹き飛ばすとは。」
「ちっ、無事なのか……俺様の上位魔法を食らって死なない人間がいるとはな……。」
ベルアはその立派な執事服を土埃で汚している程度、歩き方からそこまでのダメージを負っているようには見えない。
ベルアは吹き飛ばされたにも関わらず笑顔でトウヤに話しかける。
「何をするのですか、我はリィヤお嬢様の執事兼ボディーガードですよ?」
「この期に及んで何を言い出すんだお前は、リィヤをこんな状態にしたのはお前だろ、リィヤは魔物が近くにいるなんて言ったらどうなるか、ボディーガードなら知らないわけがないよな?」
「えぇ、勿論存じております、だからこそ利用したのですよ。」
「貴様……!!」
トウヤは両掌と両人差し指、そして両肩の6箇所に魔力を集中させる。
その全てに最上位魔法を放てるレベルの魔力を集め、怒りの表情で敵を見るトウヤ。
「俺様を本気にさせたな、覚悟しやがれ。」
ベルアは少しだけ考え、何かを思いついたかのように顔を上げる。
「面白い……良いでしょう……このヒューマンのベルア、御相手致しましょう。」