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ブレイカー  作者: フィール
1章
23/156

1章:ミリア

<ドルブ>の町の一角、そこにはマギスの屋敷が存在する。


ナム達の町にある屋敷と大きさはそこまで変わらずに、ナムとミナが邸を見た時には既に燃えていた屋敷とは違い、元々の整えられた花壇が庭の模様のように広がり、1つの芸術のような美しさを表現している。


トウヤの屋敷との違いは、少しだけだがチューリップ等の可愛らしい花が多めに植えられていることだろう。


既に深夜になっていて景色は暗くも、庭のほのかな灯りが景色を照らしている。



その屋敷の部屋の一角、庭や町が一望出来る部屋の豪華なベッドでリィヤは眠っていた。


つい先程までリィヤと会話をしていたボディーガードの1人であり執事でもある<ベルア>という男は既に部屋から退室している。


屋敷のボディーガード達のリーダーでもある彼は今頃は別の同僚達に指示を出していることであろう。


一見穏やかに眠っているリィヤだが、額には僅かに汗が浮かび、少しだけだが寝苦しそうである。



「ミリア……ちゃん。」



寝言で呟いた言葉は、彼女が元々いた孤児院の子供の名前である。


眠っているリィヤの姿を最後まで見た事のある屋敷の人間は居ない、屋敷の主であり、16歳の少女とはいえ女性であるリィヤの部屋に深夜に入ることは固く禁止されているのである。

そのため、この寝苦しさを訴える姿を知っているものは屋敷の中には一人もいないが、実は毎夜リィヤはこの状態で眠っているのだ。


その理由は彼女が毎日見る夢の内容が深く関係する。




とある小さな村。

リィヤの記憶に残る村だが、当時6歳であったリィヤは物心つく頃には既に孤児院で住んでおり、村の名前をわざわざ知ることもなかった。


村の防護柵は木で出来たとても簡単なものである。


当時の魔物はまだ弱く、ノーマルは種類によっては子供でも追い返せる程度の強さが殆どであり、たまにいる強い個体も村の若い男が装備をしっかりすれば1人で討伐可能な相手だった。


時たま現れるビーストに至っても、若者数名で挑めば勝てたのである。


その為、当時は村や町の守りは重要視されておらず、簡単な警備隊が編成されていた程度であった。


そんな村の一角にある孤児院の中に、肩くらいまでの長さの金色の髪を伸ばし、白いワンピースを着た6歳程の女の子が庭を走っている。


彼女がリィヤの幼少期である。


そんな光景を夢の中の16歳のリィヤはまるで傍観者のように眺める。

毎日見ている夢だが、不思議と夢の中ではその記憶はなく、懐かしむように見る16歳のリィヤ。


彼女は過去の自分が走り回る庭を見回すと、リィヤの後ろを年が2つほど上であろう女の子が追いかけている。

茶髪のショートヘアー、服装は赤色の半袖の服と青色の短パンという出で立ちで、活発な印象を受けるその少女は、必死に逃げる幼いリィヤを笑顔で追いかけている。


リィヤはその女の子を目で追う。



()()()ちゃん!はやいよぉ!」

「リィヤがおそいんだよ!」



2人のやり取りを眺めているリィヤは優しい微笑みになる。


庭で遊んでいるのは2人だけではない、他にも男の子や女の子が数人遊んでいて、それを見守るように孤児院の職員らしき女性が庭で見守っているようだ。


庭を走り回っていた幼いリィヤはミリアに捕まり、追い掛ける役目が変わったにも関わらずその場に膝から座り込み、乱れた息を整えているようだった。



「リィヤは体力ほんとにないねぇ。」



そう言ったミリアはその場で足踏みしており、まだ余裕な事を示していた。

それを見た幼いリィヤは息を荒らげながらまだ座り込んでいる。



「もーむりぃ。」

「かー!アタイを見習いなよー。」



ミリアはリィヤの周りを早足で何回も回り始める。



「ミリアちゃんすごい……もうわたし走れないよぉ。」

「そうかぁ、じゃあ仕方ないね。」



ミリアは周りを走るのを辞めると、幼いリィヤの隣で座り込んだ。

幼いリィヤは正座のような形で、服をなるべく汚さないよう座り込んでいるが、ミリアはその場で豪快に座り込み、汚れなんかを気にしない性格らしい。

2人はとても対象的であった。



「ごめんね、わたし長く遊べないから。」

「前よりは走れてるじゃん、ほんの少しだけど!」

「むーー!昨日より長く逃げれたよ!3秒くらい。」

「わかるかぁ!」



ミリアの叫びに笑う幼いリィヤ、それを見たミリアも大きく笑う。


性格の違う2人だが、元々そこまで活発に他人と関わることの無かった幼いリィヤにとって、多少強引だが何度も連れ出してくれたミリアは1番仲の良い存在だった。


初めて関わったのは去年の話であり、既に1年の付き合いである。



「毎日庭を走れば体力上がるって!」

「ミリアちゃんと遊ぶ時に走れなくなっちゃうよ。」

「そりゃ困った、2日おきくらいに?」

「てきとーだねぇ。」



ミリアは幼いリィヤの言葉を聞いて口を尖らせ、鳴っていない口笛を吹く。

リィヤは自身と遊ぶことを楽しみにしてくれているミリアを内心嬉しく思ったのであった。



「少し休んだらまた再開する……ん?」

「呼ばれた?」



孤児院の施設の中から男の職員さんが顔を出してリィヤに向かって手招きをしているのが確認できた。

しかも何故か顔を若干驚きの表情に変えながら。



「アタイあの先生のあんな顔初めて見たかも?」

「わたしも……ごめんねミリアちゃん、ちょっと行ってくるね。」

「あいなー。」



幼いリィヤは、準備体操をし始めたミリアを背に男の先生の元へ走る、既にヘロヘロの為速度はないが。



「えーと、リィヤちゃんにお客さんだよ、凄い人だよ、前に大きな男の人が来たでしょ?」

「えーと、来てたかも?」



1ヶ月前程であろうか、この孤児院にある男が来ていたことは知っていたが、ミリアと遊んでいてそこまでしっかり見ていなかった幼いリィヤは曖昧な返事をする。


いつもと様子の違う男の職員が移動を促したため、リィヤも後ろをついて行く。


おはなしのへや、と書かれた普段あまり入ることの無い部屋の扉が開けられ、中に招かれた幼いリィヤは、机の向こうに座る男を確認する。


190近くある身長を持ち、オールバックの髪型で、細身ではあるが筋肉質の体をしたその男は、確かに1ヶ月前になんとなく見た事のある男だった。

今は座っているため身長まではわからないが、リィヤにとってはすごく大きい人程度の認識であった。



「あぁ……確かにこの子だ、間違いない、初めましてリィヤちゃん、突然すまないね、私は<ドウハ>だ、よろしく頼む。」



ドウハと名乗った大男は立ち上がり、リィヤの元へ近付くとしゃがんで握手を求めたのであった。





リィヤが帰ってくるのをミリアは待っていた、あの先生が慌てるという事は相当な案件らしいことを彼女は少し察していた。



(もしかしたら……そうかぁ。)



ミリアは少し寂しそうな表情に変わったが、また笑顔に変わる。

幼いリィヤは知らないが、あの男の職員は養子の話が出た時の担当であることを彼女は薄々と知っていた。



「あと何日一緒にいられるのかな。」



ミリアもリィヤのことを非常に大切に思っている、最初は孤児院の隅でおとなしく遊んでいた彼女を興味で外に連れ出しただけに過ぎなかったミリアも、短くない時間を一緒に過ごしたことで彼女にとってリィヤはなくてはならない存在となっていた。


だが、彼女のワガママで折角のリィヤの新たな生活を無為にするわけにもいかないと、ミリアは寂しさを押さえ込もうと庭を走り始めた。


彼女の趣味は体を動かすことであり、特に走ることが一番好きなのだ。


そして、彼女はそのまましばらく走り続けたが、結局リィヤは夕飯の時刻まで戻ってくることはなかった。



夕飯中もどこか元気がなかったリィヤを心配したミリアは、彼女の部屋へ向かうと、扉をノックする。



「あれ?」



しばらく待ったが反応がなかった為、もう一度ノックするが、やはり反応がない。



「いないのかな?」



ミリアは部屋から離れると孤児院の中を歩き回る。


すれ違う他の子供達に聞いたりもしたが、夕飯の時間以降見ていないとしか言われなかった。

ミリアはなんとなく孤児院の中にはいないのではないかと思い始め、1度庭に出ることにした。


もう既に夕方は少し過ぎているが、まだ若干陽の光があり、辺りを見渡す分には問題ない時間だった為か、割とすぐに庭の隅で空を見上げるように座っているリィヤを発見できたミリアは、ゆっくりと彼女に近付く。



「わっ!」

「きゃあ!?」



ミリアはつい悪戯心が芽生えてしまい背後から驚かしてしまったが、リィヤが見本のような驚き方をしたのでつい笑ってしまう。

それを見たリィヤは顔を真っ赤にして唇を尖らせている。



「どーしたのさ、元気ないじゃん。」

「あ、うん……。」



リィヤは赤くしていた顔を戻すと、俯いた。



「まぎす、っていう所の院長さんみたいな人がわたしを子供にしたいって。」

「……そうかぁ。」



ミリアは予想が当たっていたことに気付いて落ち込んだが、リィヤに悟られないように表面だけは平静を保つ。



「マギスって言えば魔法の凄いところじゃん、喜びなよリィヤ。」

「う、うん嬉しいんだよ?嬉しいんだけど。」

「どーしたのさ。」



リィヤは視線をまっすぐミリアに向ける。



「ミリアちゃんと離ればなれになっちゃう。」



ミリアは驚き、慌てて視線を外して遠くの景色を見る。

気を紛らわせないと危うく目頭が熱くなるところだったからだ。

気紛れで外に連れ出しただけだったのに、相手も自分を好いていてくれていたことを嬉しく思ったミリア。



「で、でも折角の提案じゃん!もちろん返答したんだよね?」

「ううん、まだ。」

「なんでさ、相手の気が変わったらどうすんの!」



ミリアは本気で慌てていた、自分の為にかなりの優良な条件の生活が得られるチャンスを無為にして欲しくなかったからだ。



「何日でも待ってくれるって、だから少しだけ待ってもらったの。」



そう言ってリィヤは笑顔になると。



「向こうに行ってもまた遊んでくれる?」

「もっちろん!大歓迎だよ!」

「よかった。」



リィヤは立ち上がると、ミリアに向かって手を差し出す。



「じゃあ、おねがいしようとおもう、それだけが心配だったから。」

「そんなことで悩んでたの!?」

「だってダメだったらいやだもん。」



ミリアはわざと大きく笑い、リィヤの手を握る。



「アタイらは親友さ、いつでも来てよ。」

「うん!」



2人は孤児院の庭で握手の後に指切りをし、2人揃って孤児院へと戻っていった。





その後、リィヤの返答で正式にマギスへ引き取られることとなったリィヤ。


孤児院で1週間ほど続けて生活したあと、孤児院の皆と、泣き腫らした珍しい表情のミリアに見送られたのだ。



「それじゃあいこうか、リィヤ。」

「……すこしだけまってもらえますか?」

「もちろんだよ。」



リィヤの義理の父親となるドウハの承諾を得たリィヤは、ミリアの近くに寄ると同時にミリアに抱きつかれ少し慌てているようだった。


そんな光景を見ながら満面の笑みを浮かべるドウハ。



(子供はいいものだ。)



彼は特に大きな意味があって引き取りを決意したわけではない、勿論リィヤの潜在能力は選考の対象としたが、この子であれば実の息子のまだ幼いトウヤと、彼のツヴァイの<アーク>ともうまくやっていけると思った、という部分も大きいのだ。


しかし、同時にあの仲の良い2人を引き離してしまう事に少し罪悪感を覚えていたドウハは、時々リィヤを連れてまたここに来ようと考えていた、流石に申し訳ないと感じたのだろう。



落ち着いたミリアがリィヤの肩を叩き、2人で少しばかりの別れの会話の後、リィヤは手を振りながらドウハの元へやってきた。



「もういいのかい?」

「はい!」



リィヤの笑顔での返答にドウハは頷くと、孤児院の外に止めてあった車体の長い黒い車の扉を開け、リィヤに手招きをした。


初めて見る車だと内心思いながら恐る恐る乗り込むと、ドウハも続いて乗り込んで運転手の黒服の男へ合図をして車が発車した。



車での旅の途中でドウハと話し合い、お互いをよく知った後、たどり着いた屋敷で自分の義理の兄となる男との初の出会いを果たした。


まだギクシャクしていたものの、お互いに悪人ではないことを確認した2人は徐々にだが仲良くなった。


新たな生活に慣れ始めた頃のとある日、リィヤは義理の兄であるトウヤと部屋で過ごしていた。

三日後にあの孤児院に遊びに行けることを知ったリィヤ。


ついでにトウヤと、後日紹介されたアークという男も一緒に連れて行くということで、孤児院の皆にどうやって紹介しようか頭を悩ませていた頃だった。


部屋の扉がノックされ、トウヤが扉に近付いて開けたとき、そこにいたのは義理の父親であるドウハが立っていた。



「どうしたんだ父上。」



トウヤは普段見ない父親の顔を不思議そうに見つめている。



「リィヤはいるか!?」

「あぁ、そこに。」



トウヤがリィヤを指差し、名前を呼ばれたリィヤはびっくりしてドウハを見ている。


するとドウハは突然リィヤに近付き、両手を肩に置く。



「リィヤ……その。」


「わたしになにか?」



その様子を離れたところで見ている16歳のリィヤ。



「落ち着いて聞いて欲しい……。」


(いやだ。)


「お前のいた孤児院が……。」


(聞きたくない。)


「魔物に……。」


(やめて!!!!)





リィヤはベッドから跳ね起きる。


体中が汗まみれになっており、動機も止まらない。



「また……あの時の夢。」



リィヤは自分の体の震えが止まらないことに気付く。

あの時から10年以上経っても未だに脳裏にこびりつき、忘れることができない記憶。



「ミリアちゃん……。」



彼女は過去の親友の名前を呟く。


あの話を聞いた後の記憶はない、意識を取り戻したとき傷だらけの義理の兄であるトウヤが自分を抑えてたことだけは覚えている。


声が枯れていた上に体の疲労から何があったか自身でも察してしまい、罪悪感と悲しみでしばらく立ち直れなかった過去だけはいつまでも覚えている。


リィヤは落ち着く為にベッドの近くに用意されている水差しを取り、コップへ注いで一気に飲み干した。



「大丈夫、いつもどおり、わたくしはいつもの明るいリィヤ。」



毎夜の習慣を終わらせ、鏡の前でいつもの笑顔を確認する。


これが彼女の気持ちを1番落ち着かせるのだ。


リィヤは信じている。

ミリアは逃げおおせていると。


特に確信はない、彼女の心を守り、いつもどおりの明るいリィヤを取り戻す為の暗示に近い。



「ミリアちゃんに会えた時に心配させちゃう。」



リィヤはワザと声を出すことで更に自身を元気づける。



「今日、ベルアさんに相談してまた兄様達に会いに行きましょう。」



リィヤは自然な笑顔で窓のカーテンを開けると、朝日が部屋を煌びやかに照らした。

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