1章:ドルブの町
新たな仲間、タイフを一行に加えてファスの村から旅立ったナム達。
移動中に日が落ちてしまった為、4人は野営をすることになった。
ここに来るまでにノーマルの集団2つが襲撃してきた為、タイフは若干疲れ気味である。
元々警備隊とはいえ一般人に近いタイフは三武家の3人と比べるとスタミナが無かった。
そんなタイフは今、明るい焚き火の近くでナムから魔物についての説明を受けている。
「さっきの奴らがノーマルだ、魔物としては知能もなくて戦闘力も1番弱いが如何せん数が多い……あぁ、ドラゴンも種類的にはノーマルだがコイツは別な。」
タイフはナムの説明を受けて頷いている。
「そしてお前の因縁のアイツ、シドモークみてぇな言葉も聞き取り辛いが、会話も出来る程の知能を持ち、ノーマルなんかより強力な力を持つのがビーストだ。」
タイフは拳を握りしめる、彼は人間に取り憑く力を持つビーストのシドモークに痛い目に合わされている為、自然と力が入る。
「アイツは弱い方なんだよ、取り憑かねぇとビーストの中では最弱クラスだ、自分自身が強いのだと俺達が最近戦ったクラウンという種類がいるな。」
ナムはトウヤの屋敷で戦った、道化師のような撹乱する動きをしながら格闘をメインとする魔物の事を話し始める。
「ビーストになると戦闘の駆け引きをしてくるようになるんだね。」
「そこが厄介なところだ、まぁ次の奴よりはマシだがな。」
ナムはそう言って、地面に枝で書かれたヒューマンという文字に丸をつける。
「問題なのがコイツだ、人間を意味する種類名だが人間じゃねぇ、何らかの偶然で生まれつき人間の姿、または元は異形だが能力なんかで人間の姿を取れる種類だ。」
「人間の姿の……魔物!?」
タイフはナムの説明で思わず大声を出すほど驚いてしまった。
「俺もガキの頃、親父からこの話を聞いた時驚いたもんだ……さて、このヒューマンだが、さっきの2種類にそれぞれ呼び名がある。」
ナムは枝で地面のヒューマンの文字の隣にあるメタモラーの文字に丸をつける。
「さっきも言ったが、ヒューマンも全てが人間の姿で生まれるわけじゃねぇ、このメタモラーという種類は、元々は魔物らしい見た目をしているが、自分の能力……例えば表面の構造を変えられるとか、粘体生物で人間の姿に変われる、とかの特殊な方法で人間に化ける。
コイツは弱点がわかりやすい代わりに、元々の魔物の能力なんかも持ち合わせてるところが厄介だな。」
ナムは続いてその下のネイキッドに丸をつける。
「そしてこっちが、生まれつき人間の姿で生まれたふざけた奴等だ、正体を持たない分メタモラーより発見しにくい上に、内部の構造とかも人間と大差なく大きな弱点がねぇが、逆に言えばいきなり口から酸を吐き出したりといった特殊な行動もしねぇ……だが俺から言わせてもらうと、こっちの方が厄介だ。」
「戦ったことがあるのか?」
「いや、まだねぇ……だが、メタモラーとネイキッドのどっちが強いかと言うと、間違いなくネイキッドだ、奴等は生まれが特殊だから流石の俺も実際に相対しねぇと武器も能力もわかんねぇんだ。」
タイフは驚く、ナムは魔物に関してはあの3人の中でトップの知識量を持つ。
その彼がネイキッドに関しては知識が全く役に立たないという。
それだけで恐ろしさがよくわかる気がしたタイフは少し身を震わせた。
「だけど……僕達はそのヒューマンを追うしかない、ということだね。」
「その通りだ。」
今の魔物の超強化、それを理由がなんであれ黒幕が人間ということはありえないはずである、利益がないのだ。
ならば黒幕は魔物の中で最も知能が高いヒューマンの誰かであろうと、旅を始めるまでの間にナムとミナ、そしてトウヤの中で話し合った内容だ。
「見分ける方法はあるのか?」
「いい質問だ、正直に言うと……ねぇんだよ。」
「え!?」
「だが、それはあくまで見た目だけならだ、全く無理なわけじゃねぇ。」
ナムはそう言うと、少しだけ考えてから話し始めた。
「タイフは100m何秒で走れんだ?」
「10秒ちょいかな、でもなんでそんなことを?」
「人間としては強い方のお前でもそのくらいの速度なわけだ、それじゃあその辺にいるような村人、町人が100mを5秒台とかで走ったらどうなる?」
「そんなの人間技じゃ……そうか。」
タイフはナムの言いたいことに気付いた。
「勿論そんな馬鹿なことをするヒューマンは多くはねぇ、これはあくまで例えだ、だがな……町や村で並外れた体力を持つ人間……そう聞くと怪しくねぇか?」
タイフは頷く。
しかし、ふと何かに気付いたタイフはナムに問いかけた。
「ナムは何秒なんだ?」
「ひとっ飛びだよ、一瞬だ。」
「ヒューマン?」
「馬鹿言え……だがよく気付いた。」
ナムは少しだけ笑顔になる。
「確定ではない、か。」
「そういう事だ、あくまで絞り込むだけの情報に過ぎない、俺みたいな例外もいるし、過去の事例で町の中で1番体力無くて大人しいやつがヒューマンだったこともあるらしいな。」
タイフは手を後ろに置き、天を仰いだ。
「結局わからないってことか。」
「それがアイツらの厄介なところだ……今日はもう終わりにしとくかぁ。」
ミナの発案で、タイフの知識を付けるために夜になったら毎回講師を変えてそれぞれ自由に教えることになった訳である。
今日は初めてというのもあり、魔物に詳しいナムが初手となったのだ。
「明日には<ドルブ>の町に着くだろうよ、だがまだ距離はあるからしっかり寝とけ、俺は寝る。」
ナムはそう言うと、寝袋の中に入ると同時に寝息を立て始めた。
既にミナとトウヤは眠っている。
見張りを立てなくて良いのかと聞いたのだが3人とも、要らない、と言い放ったお陰でこれからタイフも普通に眠れる訳だ。
「不安すぎる……。」
今寝てるここは村や町の中ではない、普通に魔物が生息する場所なのだ。
タイフの心配は至極当然と言える。
しかしこのメンバーにその心配は無かった。
三武家の3人は戦闘のプロであり、雑音1つで簡単に目を覚ます。
そして本人は気付いていないが、長い逃亡生活のお陰(?)でタイフも似たような能力を持っている。
元遅刻常習犯とは思えない程物音に敏感になっている。
就寝時の襲撃にやたらめったら強いメンバーであった。
何も知らない魔物が害意を持って近付いて来たら恐らく酷く後悔することになるであろう。
翌日、4人は問題無く起床し、野営を畳んで再び歩き始めていた。
「ドルブの町は遠いわねぇ。」
「これでも普通の旅人よりはペース早いがな、普通の人間達なら車両を使わなければ3日の旅だ。」
ナム達が車両を使わない理由は2つあり、そもそも彼らは車両を使うより走った方が早いということ、勿論車両の方が疲れないのだが。
もう1つは、魔物に襲撃された時に素早く対応出来ないからという理由もあった。
そんなこんなで彼らは頑なに徒歩での移動に拘るのだ。
適当に雑談しながら歩くこと3時間、遠くの方に町が見え始めたのを確認した4人は少し足を早める。
「あれがドルブか?」
トウヤは目を凝らしている。
「間違いねぇな、あれがドルブだ。」
視線の先にある町は、石を母材とした柵……と言うよりは壁に近い物がファスの村のとは比べ物にならない程の規模で建築されていた。
巨大な壁の上にはバリスタという大型の弓のような兵器が等間隔で並んでいる。
「防御面は完璧ってことだね。」
タイフも元警備隊の観点から少し羨ましそうに呟いた。
「あそこまで完璧な防衛体制の町に魔物の脅威なんてあるのかしら、情報だけ集めたら終わりになりそうね。」
「それならそれで良いじゃねぇか、毎回事件が起こっちゃたまらねぇよ。」
ナムは本気で面倒くさそうにそんなことを言い、トウヤもそりゃそうだ、と苦笑しつつ反応する。
そして歩くこと10分程度で町の出入口付近に到着した4人は、そこにいた門番のような男に話しかけた。
「町に入れんのか?」
「む、何者だ?」
門番は手に持っている大型の槍を握る力を少し強くし、ナム達を訝しげに見る。
そしてそのまま顔を驚きの表情に変えると、門を開くための操作を始めた。
「三武家のアーツのミナさんじゃないですか、貴女の仲間なら安心です、どうぞお入りください、ようこそドルブへ!」
急な態度の変化にナムとトウヤはミナの方を見る。
「お前なんで有名なんだ?」
「しかもミナさんだけ、なんで?」
ミナはしまったと思った、シドモークに襲撃がバレた原因がもしかしたら自分にあることを気付いていながら隠したことを思い出したのだ。
「な、なんでかしらねぇ?」
「ミナの写真は昔に僕も見た事あるんだ、彼女割と有名だよ。」
ミナは心の中でやっぱりという気持ちと、タイフに簡単にバラされたことに思わず目を覆いそうになった。
「初耳だね!そうなのか!」
「シドモークってそういや宿主の記憶丸ごと引き継ぐんだったぜ、なるほど?」
ナムの意地悪な顔から発せられた言葉に、トウヤも手を打って何かを納得したらしいことを確認したミナは内心舌打ちをした。
「さ、さっさと入るわよ!門番さん変な顔してるじゃない!」
「ハイハイ、んじゃいくか。」
ミナの慌てっぷりを見て、ファスの村でメイスで殴られた鬱憤を晴らしたナムは大人しくミナの言う通りに町へ入ることにした。
町の中へ入ると、所々に出店があって町人達で賑わっていた。
「俺達の町とは違う賑やかさだなぁ。」
「ナム達の町も結構大きいんだっけ。」
タイフの質問にナムは少し考える。
「まぁ大きいぜ、こんなに出店とかは出てねーがな。」
「割と普通の町よね、結構発展はしてるけど。」
ミナはそう言いながら出店の方向を眺めている。
「そうなのか、俺様は町の外で暮らしてたから実はあまり知らないんだよな。」
トウヤは身の回りの世話をボディーガード達に全て任せていた影響で町にはほぼ出ないのだ。
そんなことを言いながらナム達は移動を開始し、大通りに沿うように出店が立ち並ぶ光景を観光のように眺める。
「えぇ!?そんな!?」
突如聞こえた大声に4人は立ち止まり、声のした方向に振り向く。
そこにはまるで貴族のような綺麗な白いドレスを着込んだ女の子がいた、歳は16くらいだろうか。
「いやー、金が足りねぇんじゃ売れねーよ。」
「これ、足りないんですか!?」
その言葉にナム達はトウヤを除いて脱力した。
トウヤだけはその女の子を驚いた顔で凝視している。
「ど、どうしましょう、これしかおかね持って来てないです。」
「と言われてもなぁ。」
女の子は本気で慌ててるようだ、手に持っているお金を必死に眺めている。
「そ、そうです!このカードなら!!」
女の子は懐からカードを取り出した。
それを見たナム達にとって、それはとても見覚えのあるカードだった。
「マネーデルカードです!!これでどうでしょうか!」
「……なんだそれ?」
出店の店主の無慈悲な言葉に、その女の子はガックリと項垂れる。
そんな光景を見ていたミナはナムの方向へ向く。
「ねぇ、この流れどっかで見たことないかしら。」
「奇遇だな、俺もだ。」
ナムとミナは思わず後ろで今だに女の子を凝視しているトウヤを見る。
トウヤは視線にようやく気付くと、何が言いたい、と言わんばかりに顔をしかめる。
「すまんナム、彼女を助けてやってくれ。」
「はっ?俺が払えってぇのか?」
ナムは非難の声を上げる。
その言葉にキョトンとした顔をしたトウヤだったが、何かに気付いた表情になると、ナムに向かって説明をし始めた。
「あ、すまん……そりゃそうだな、あの子は俺様の妹だ。」
トウヤの発言に3人は驚愕の表情に一斉に変わった。
そんな彼らを変な目で見る通行人達。
女の子と同じくらい彼等も目立っていた。