1章:魔物の影
タイフの凶行の真実は驚くべきものだった。
泣きながら話すタイフの話を顔面蒼白で聞くミナ。
真剣な顔で聞くトウヤ。
面倒そうな表情で聞いているナム。
それはタイフの独白が終わるまで続いた。
「以上が……僕の覚えてる限りの経緯だよ。」
タイフは話終わると、項垂れるように頭を下げた。
「……酷い。」
彼から聞いた話のあまりの衝撃な内容にミナは口元を押さえながら震えていた。
「ドクロ型の黒い彫刻か……間違いなく原因はそれだが、俺様じゃ詳細がわからない。」
トウヤも真剣な顔で魔法や魔道具関連の知識を探しているが、特に該当がなく困り果てている。
不意にトウヤがもう1人の仲間に目線を向ける、話終わったというのに表情を変えるでもなく、発言するわけでもなく、面倒そうな顔のまま黙っているナムに。
「なんかわからないのか、ナム?」
「考えたが俺にはわからねぇ。」
ナムは適当な感じで吐き捨てるようにその発言をすると、おもむろに立ち上がる。
「眠気覚ましに一旦部屋外に出るぜ。」
「ナム!?流石にその反応はどうなのよ!」
ナムの適当そうな反応にさすがのミナも本気で怒鳴りつける。
そんなミナの怒気にも反応することなく、返事を待たないまま部屋から出ていった。
「待ちなさい!!」
ミナも怒りのままに部屋から出ていく。
トウヤはふたりの出ていった部屋の扉を少し見つめ、タイフの方へ向いた。
「普段適当そうでもあんな反応する奴じゃないんだが。」
「信じて……貰えなかったということかな。」
タイフは更に落ち込んだように顔を伏せる。
「俺様もちょっと気になる、2人を見に行こうと思う、俺様は君を信じるけど……一応拘束したままにさせてもらうよ。」
「それでいいよ、僕もいつまたあれが起こるのかわからなくて怖いんだ。」
トウヤはタイフの発言に頷くと、2人を追いかけて部屋から出る。
そしてミナの部屋から声が聞こえたため、トウヤも扉を開けてそこに入る。
そこではもはや武器を出してのいつもの睨み合いでなく、本気で怒っているミナとそれをあしらっているナムの姿だった。
そんな中トウヤが入ってきたことに気付いたナムは、ミナに掌を向けて落ち着けと発言した。
「おせーよトウヤ、こいつの対処に困ったじゃねーか。」
「はっ!?あんたが悪い……。」
「黙ってろ!!」
ナムはミナの発言を止めるかのように食い気味に怒鳴ると、トウヤを手招きした。
「タイフに……いや、タイフの中身に聞かれないよう小声で話す。」
その発言に驚くトウヤとミナ。
「ドクロ型の黒い彫刻、意識のないままに行った凶行、原因はあからさまだ。」
怒りの表情をし続けていたミナは、ナムの性格を思い出した。
普段適当そうだが大事な場面では無下にしない人間なのだ、むしろこの話をする為にワザと怒らせたのであろうと気付いたミナは怒りを収める。
「タイフの凶行の原因は1つしかねぇ……魔物だよ。
ビーストの<シドモーク>、人間にとり憑いて意識を奪い、体を操る上に宿主本人の力までも使いこなす厄介なやろうだ。」
ナムの言葉にトウヤは納得した、それなら確かに自分の魔法知識には無いハズだと。
「そいつの正体に気付いてないふりをする為にあんな行動したってわけ?」
「あたりめぇだ、下手に感づかれたと悟られたらまた意識を乗っ取って襲いかかってくるだろうがよ。」
「俺様達3人なら問題ないと思うが。」
トウヤの発言にナムは大きく溜息を吐いて首を横に振った。
「良いか?よく考えやがれ、俺はシドモークの事についてさっき何と言った?」
「そうね、宿主の体を使って……あ。」
ミナは何かに気付いたように声を上げ、トウヤはまだ気付いていないように首をかしげている。
「タイフは普通の人間よりは確実に強い、警備隊を1人で壊滅させられるほどにはな。
だからシドモークは奴を宿主に選んだ、だが俺達からすれば1人で余裕で対処できる相手だ、確かにトウヤの言う通り楽な相手だろう。」
それだけ言って、ナムは1呼吸置くとたった一言だけ。
「殺していいならな。」
ナムの発言の意味に気付いたトウヤは愕然とする。
「そこそこの強者、しかも話を聞く限り詳細は分からねぇが格上の腕を持つ剣士相手に勝てるほどの何かしらの能力を持ってやがるらしいな?……さぁトウヤ、そんな奴相手に殺さずに無力化は楽な仕事か?」
「いや、間違いなく骨が折れるな。」
「だろう?失敗したぜ、シドモーク関連だとわかってりゃ気絶してる間になんとか出来たんだけどな。」
ナムは悔しそうに舌打ちをする。
「今なら拘束中だから簡単になんとか出来そうじゃないかしら、具体的にはどうするのよ。」
「瀕死にする。」
「え?」
「瀕死にする、宿主の体はもう使えないと判断させりゃ勝手に出ていく。」
「なによそれ。」
ミナは呆れたようにため息を吐く。
「殺さないように注意しながら、暫く動けない程度に痛めつける?なんか……嫌なやり方だな。」
トウヤも多少頬を引きつらせている。
「だが、シドモークをタイフから追い出すにはそれしかねぇんだよ、宿主が死んだってシドモークにはなんのデメリットもねぇから、殺さずに宿主をボロボロにして使えなくさせるしかねぇんだ。」
ナムも流石に微妙な表情を浮かべている。
いくら彼でも流石に無抵抗の人間に攻撃するのは気が引ける。
「……どっちにしろ今は無理じゃねぇかな、宿屋の部屋の中でボコボコにする訳にもいかねぇだろ?」
建前上、相手は1級のお尋ね者なので攻撃してる分には問題ないだろう。
捕まえてるようにしか見えない筈だ、だがタイフの存在をこの村の連中に知られる方が面倒になりそうな予感がしたナムはそう発言した。
「何とかバレないように人目につかない場所までタイフさんを連れて行って……まぁ、その……そうするしかないわね。」
「夜中の今なら村の外に連れて行けば何とかなりそうな気もするけど……どうだ、ナム?」
ナムはトウヤの発言に考え込むと、頷いた。
「そうしよう、夜中ならこのファス村の人達も起きてねぇだろうしな。」
3人は作戦を話し合い、逃がしてやると言う名目で村の外に連れ出す方針を決めた。
時計を確認し、結構長く話している事に気付いたナムがミナの方を向き、話しかけた。
「ミナ、俺の顔に何かしら攻撃跡を入れろ、あんだけ怒ってたのに帰ってきたらなんともないんじゃシドモークも疑うだろ?」
「あらそう?なら遠慮なく。」
ミナは立ち上がると、部屋の隅からメイスを取り出す。
「おい待て、なんでそれを取る。」
「なんの事かしら?」
後でトウヤに聞いた話によると、必死に逃げるナムと、メイス片手に笑顔で追いかけるミナの楽しそうな追いかけっこが10分ほど繰り返され、不意を突いたミナのフルスイングのメイスがナムの頬に命中し、何処かスッキリしたかのような表情をしていたミナの顔が忘れられなかったとかなんとか。
この女性相手を怒らせないようにしようと固く誓ったトウヤだった。
部屋に戻ってきた3人の様子にタイフは困惑している。
1人は微妙に身体を震わせ、1人は憑き物が落ちたかのように惚れ惚れするほどの満面の笑み、そして頬を大きく腫らして不満そうな顔の1人。
タイフは困惑しながらも彼女の怒り方を思い出し、手痛い制裁でも与えたのだろうと無理矢理納得した。
「え……っと、どうなりましたか?」
「やる気のないこの馬鹿に一撃食らわせてやったわ、今では信じてるから問題ないわよ。」
ミナはそう言ってナムの方を見る。
ナムは不機嫌そうに顔を背け、こちらに手を挙げて了承の意を表した。
余程酷い制裁でも与えたのだろうとタイフは内心恐怖した。
「俺様達は君を信じることにした……だけど、この村にも手配書は既に配られてるし、村人に見付かったら面倒なことになると俺様は思うけど……君、いやタイフはどう思う??」
「それは……確かにそうかもしれません。」
トウヤの言葉にタイフは頷く。
「今ならまだ深夜よ、村人に見付からずに外に出られると思うわ。」
「なんだったら俺様達が護衛しても良い。」
ナムは黙っている……発案者は彼なのだが、1度は興味なさげな演技をした為、ここで何か言うとタイフに……いや、中に居るであろうシドモークに疑念を抱かせる原因となる。
事前に2人に説明してもらう旨を伝えていたナムは、あくまで機嫌悪そうな顔で内心納得してないと言う風の態度を取り続けたのだった。
「それはとてもありがたいですけど、なんで僕にそこまで……?」
タイフは当然の疑問を投げかける、今日知り合ったばかりの赤の他人なのだ、当然の反応である。
実際はミナに対しては何処かで会った気がしていたのだが、思い出せないでいた。
「気にしないで、乗りかかった船だし。」
ミナはそう言うと立ち上がり、ナムとの戦闘で床に落ちた黒いフードを手に取って、それをタイフに手渡した。
「これで姿を隠して今のうちにでましょ、アンタもそれでいいわよね?」
自然な形でミナはナムに話しかけ、ナムもそれに反応し面倒そうな表情は変えないまま仕方なさそうに頷いた。
「早いほうがいい、夜が明けるからな。」
トウヤの言葉を皮切りに、部屋の窓で宿屋から脱出した4人。
この中で一番速度の遅いタイフを先頭にし、速度を合わせて走るナムとミナ、そしてトウヤ。
3人はタイフを騙していることに罪悪感を覚えている。
当然だ、この後理由はどうあれタイフを痛めつけることになるのだ。
とはいえ、成功すればシドモークをタイフから追出して討伐ができるのだ。
騙してしまうとは言え、まだ救いがある方だろう。
そして、3人はもう1つタイフに仕掛けていたのだ。
なるべく自身の正体をタイフ、いやシドモークに悟らせないよう動いていた。
三武家の人間だとわかればシドモークが警戒すると睨んだためだ。
しかし、3人は知らなかった。
タイフが偶然にもミナの顔を知っていたこと。
そしてシドモークは宿主に入り込む際に宿主の記憶を引き継ぐ、本人が半分忘れかけていることでもだ。
ナムはそのことを知っていたが、ミナが世間で3人の中では一番有名なことを把握していなかった。
そして、タイフの中にいるシドモークが、同個体の中でもかなり思慮深い性格であったこと。
そんな偶然が重なり、彼らにとっての誤算が発生する。
「サンブケ……アーツ……ミナ。」
タイフの意識の中に紛れ込んでいたシドモークは考えている。
「トナルト……アトノフタリハ、マチガイナイ。」
シドモークはタイフの記憶の奥底にあった、ミナの写真の映像をはっきりと記憶していた。
「フタリモ……サンブケ、ダロウナ……トナルトオカシイ。」
シドモークは偶然にも知っていたある情報を思い出す。
そう、ブロウの家系は必ず魔物の知識を深めることを。
「キヅカレテイル……ダロウナ。」
シドモークは思慮する、大きく暴れると折角の良宿主を使い捨ててしまうと判断したからこそ、今まで体の主導権を宿主に戻していたが、気付かれているなら話は変わってくる。
「エンギ……ダトスレバ。」
シドモークは1つの結論に至る。
「タオシテシマオウ、ラッキーナコトニ、コノヤドヌシハ、トクベツダ。」
タイフの意識の中でシドモークは笑う、そしてタイフの視界を共有している彼は、外の状況をしっかりと確認している。
「オテナミ、ハイケント、イクカ。」
外の状況を確認し、今か今かと機会を待つシドモーク。
その顔は勝利を確信していた。
読みづらいかもしれませんが、ビーストは基本この表現で行きます。
尚、もしタイフがあの村にいなかった場合、操られていたのは警備隊の隊長だったでしょう。
タイフよりは被害が間違いなく少なかったはずです。
以上簡単な裏設定でした。