3章:幻導の力
ナム達に攻撃しようと近付いていた魔物のような存在の頭をナムの拳が貫いて跡形も無くはじけ散り、その近くではミナの双剣に首を跳ね飛ばされ、そのまた近くではトウヤの雷魔法で全身を黒焦げにされていた。
「さっきから、こいつらの死体はどうなってやがる? まるで幻かのように消え去るぜ。」
「何言ってんのよ、ゴブリンとかトロールとかいる時点で普通じゃないわ、そんなことよりさっさと散らして奴を追いかけるわよ。」
「幸いなことに、強さはそこまでじゃないみたいだ。 ナム、なんか知らないのか?」
仲間の中で最も魔物の知識があるナムに向かってそんな事をトウヤは聞くが、ナムは忌々しそうに舌打ちをするだけだった。
そんな彼の様子を見たトウヤは、ナムも何も分からないことを悟ると、近付いてきていた魔物に再び魔法を直撃させる。
「この魔物達に関しては、私の方が詳しいかもね……小さい頃冒険譚みたいな物語が大好きだったもの。
トウヤさんにはそこのデカイ奴を頼むわ、再生力がとても高いはずだから炎で焼いてやって。」
「へぇ……俺様はそういうのに疎いからな、任せろ!」
ナム達に迫ってきているトロールと呼ばれる魔物に向け、トウヤは掌を向けると、素早く炎の球を射出してトロールを燃やし尽くした。
「拳が効かねぇ奴はいねぇだろうな?」
「そういうのは聞いたことは無いけど、一応注意した方がいいわね。」
「ちっ、何を注意しろってんだ……ま、なるようになれ、か。」
ナムはそう言うと、そこら辺にいる魔物達になんの警戒もせずに近付いていき、そんなナムを見たミナは呆れながら肩を竦める。
そんな時、彼の近くにいる鳥の頭と蛇の尻尾、明らかに鳥のものではない羽根、それらが合わさったような見た目を持つ魔物がけたたましい咆哮を上げると同時に、目から真っ直ぐ飛ぶ光を放つ。
「……!?」
ナムは咄嗟に体をひねってその光を避け、その勢いで繰り出した蹴りをその魔物の体に直撃させた。
魔物が悲鳴をあげると同時に、ナムの蹴りはその魔物の体を槍のように貫き、そのままその魔物は絶命した。
咄嗟に光が向かった先を確認すると、たまたまその向こうにあった花瓶がまるで石のようなものに置き換わっていた。
石の花を飾っているはずは無いので、恐らくその石の花は元々普通の花だったのだろう。
ナムはゆっくりと視線を動かすと、ニヤニヤした表情をしたミナが目に映る。
「……おいミナ、なんだアイツは?」
「多分コカトリスね、石化の力を持ってて、確か毒も持ってたような……? まぁ、かなり危険な魔物よ、物語の中ならね。」
ナムの抗議をするような目を向けられ、ミナは馬鹿にしたような顔でそれに返す。
「ま、ああいうのもいるから注意しなさい、って言ったのよ。」
「後で覚えてやがれ?」
「おいおい、2人とも遊んでる暇は無いぞ?」
トウヤはそんな2人に呆れたような表情を向けながら、近くにいた複数の魔物達の頭に氷の槍を突き刺していた。
今の所、最も魔物を屠っているのはトウヤだ。
「はー……ここは俺様が受け持つから、2人とも上に向かってくれ、後で向かうよ。」
「あらそう? それは助かるわ……こういう戦況はトウヤさんが1番得意だものね、行くわよナム!」
「そうだな、奴を早く追いかけねぇと。」
トウヤにそう返したナムとミナは、足早に魔物達を軽く蹴散らしながら病院の階段の近くへと向かっていく。
1人残ったトウヤは全身6箇所に魔力を集中させ、更に2箇所多く魔力を集中させる。
他の箇所よりもまだ集められる魔力量は少ないが、それでも明らかに元々最大6箇所だった彼からは成長していた。
腕利きの魔術師であったセラルでも4箇所。
レッド・ウルフ幹部の魔術師、デルダでも3箇所な事を考えれば、元の数だけでもかなり強いのだが。
「隙を見て特訓はしてたけど、まだまだ安定しないなぁ。父上の20箇所にはいつ近付くのか……まぁ、ちょうどいいから練習させてもらうよ。」
トウヤはそう言うと、最も魔力量が低い右手の魔力を変換して魔法を唱える。
体に剣を纏わせることが出来る強化魔法、魔法剣だ。
透明で青白い刀身を持つそれは、今まで強力な仲間達が居た為に使用がかなり久しぶりになっていた。
しかし、トウヤは本来近接戦闘も並以上に出来るのだ。
「ナムやミナさんと比べると、俺様の剣術なんてお子様のお遊びだけど……ビースト以下なら全然通用するんだ。」
トウヤは魔法剣を構えながら、消費した右手に魔力を再び集中させる。
1部の魔力を察知できる魔物は、そんな彼の威圧感に体を震わせていた。
「早く追いつかないといけないから、まとめてかかってきなよ。」
トウヤのその言葉を皮切りに、この階にいる魔物達がトウヤに向けて迫ってくる。
彼の実力を知らないゴブリンは、馬鹿にしたような笑顔でトウヤに棍棒を振るう。
しかしそれを振り下ろす前に、表情を変える暇もなく魔法剣によって斜めに両断され、その剣と同時に放たれた鋭い風の刃の魔法、ウインド・カッターによって後ろの複数の魔物たちが両断されていく。
剣と魔法を使いこなすトウヤの実力にようやく気付いたのか、仲間達があっさり大勢殺されたからなのか。
縋るように背後に陣取っている筈の魔術師型の魔物達の方へ数匹が振り返るが、そこには彼らはいなかった。
恐らく、魔力を察知出来た彼らは既に逃走していたのだろう。
「どうした? 後ろなんて見て。」
その声を聞いて恐る恐る振り返った魔物達は、右腕に青白い刀身を携えたトウヤがゆっくりと歩いてくるのに気付いて震え上がり、慌てるように後ずさった。
その様子から、恐らくノーマル相当の魔物としてはかなり高い知能を持つことはなんとなくではあるが察せられる。
「さて、もう少しだけ練習に付き合って貰うぞ?」
「どこ行った?」
トウヤを置いて先に進んだナムとミナは、魔物を殲滅した後に2階を素早く捜索していた。
しかし、今の所あのネズミのような見た目をした男は見当たらない。
「この階にはいなそうね……? ならその上よ!」
「おう。」
2人はその場から高速で移動して階段にたどり着き、それもわずか数秒で駆け上がる。
そこにも魔物達が蔓延っており、階段を昇ってきた2人を見て驚いているようだった。
「ちっ、ここにも……ん?」
魔物達の群れの奥、病室の1つの出入口に細長い尻尾が入り込むのが見えた。
それに気付いたのはナムだけでなく、ミナも気付いて表情を変える。
「あそこだ。」
その言葉と同時に、2人はそれぞれ拳と剣で魔物の群れを蹴散らしていく。
それぞれは大した強さはないが、単純に数が多い。
先程の男がこれら全てを召喚したのだとすれば、侮れない力だ。
「先に行ったタイフは大丈夫なのかよ。」
「魔物がこの程度の強さなら、タイフさんなら余裕よ。 場合によっては未来眼のお陰で私より生存能力は高いわ。」
「違いないな。」
そう言って笑ったナムは、出入口付近を守るように立っていたオークの腹に左拳を叩き込んで貫き、そのまま腕を振るってオークの巨体を遠くへと投げ捨て、魔物達を大量に巻き込ませる。
こうして近くの魔物がいなくなった後に、ナムはネズミのような男が入っていったであろう病室の中に入ろうとした……その時だった。
病室の中から大柄な何者かがナム目掛けて走り寄り、盾のようなもので彼を突き飛ばそうとした。
ナムが咄嗟にそれを押し込み返そうと力を入れようとした矢先、その大柄の存在は巨大な片手剣を横薙ぎに振るってくる。
「ちっ!?」
振るわれた巨大な片手剣に拳を咄嗟に叩き込んで起動を逸らしたナムだったが、まるでそれを狙っていたかのようにその存在は盾でナムの体を持ち上げるように突き飛ばす。
ナムの体が宙に浮くと同時に、病室から小柄な男が飛び出し、そのまま廊下を素早く移動し、階段前で止まった。
「ソイツは、オイラの下僕の中で最強の魔物。 ヘルソルジャーっす! 召喚には相当時間が掛かるっすから数は出せんすが。」
ナムとミナは、病室から出てきた大柄の魔物2匹と対峙する。
悪魔のような見た目と3m近い身長を持ち、その全身はプレートメイルで固めており。
左手にはその大柄の身長全てを覆えるタワーシールド、右手には身長とほぼ同じ長さの両刃の剣が構えられている。
「地獄と呼ばれる死後の世界の兵士相手っす。
アンタらが誰かは知らんっすが、普通の人間なら絶対勝てないっすよ!」
それだけ言い捨て、召喚した張本人は階段の方へと走り去り、そんな主を守るように2匹のヘルソルジャーと言うらしい魔物は廊下を塞ぐような位置、つまりナム達を挟むように陣取った。
「……ちっ、わかるかミナ?」
「当然よ、コイツら……相当出来るわ。」
ミナは忌々しそうに鼻を鳴らし、おもむろに太腿に装備した投擲ナイフを敵の1匹の顔に向かって投げる。
高速で飛ぶ投擲ナイフであったが、それはあっさりとその巨大な剣に弾き落とされる。
「なにやってん……うおお!?」
絶対通用しない攻撃を意味無く繰り出したミナに対して疑問を呈そうとしたナムだったが、それを言い終わる前に背中への強い衝撃と共に、視界の景色が急に高速で移動した。
背中に衝突した物のサイズ的に、それはミナの足裏だったと思う。
つまり、蹴り飛ばされたのだ。
ミナは全ての武器を扱えるだけの筋力を持つ。
そんな彼女の筋力は仲間内で2番目に強い。
その勢いでヘルソルジャーの脇を素早く通り抜けた、と言うより通り抜けさせられたナムは、ミナの方へ視線を向ける。
当然ヘルソルジャーも脇を通り抜けた人間を追撃しようとしたが、背後のミナからの殺気に反応して咄嗟に彼女の剣を自身の剣で受け止めていた。
「ここは任せなさい、早くアイツを追い掛けて!」
「だが、ソイツ2匹は相当危。」
そこまで言いかけた時、ナムの近くに投擲ナイフが突き刺さり、思わず驚く。
「アンタ知ってんでしょ? 私、ネズミ嫌いなのよ。
だからアイツはアンタに任せるから、さっさと行きなさい!」
ミナの怒号を聞いたナムは舌打ちをしながら立ち上がり、階段に向かって走り去り、そして姿を消した。
それを見送ったミナは、両手に携えた双剣を軽く振り回してから戦闘態勢をとる。
その動きを見たヘルソルジャー2匹は、彼女の強さを察したのだろう。
素早く後ろに向かって距離を取り、盾を前に構えて剣を上に掲げる体勢をとった。
「ふぅん、やっぱり出来るわね……良いじゃない。」
ミナは、こんな状況でも笑っていた。
目の前の強敵2匹相手に、まるでこれから起こる楽しい時間を待ち望むように。
「ここ最近は私と釣り合う強さのヤツと会ってなかったし……ちょっと不完全燃焼だったのよね。 フレイム・オーラ!」
ミナが唯一使える強化魔法、フレイム・オーラを双剣に纏わせる本気のスタイル。
その双剣を剣舞のように踊りながら振り回すと、幻想的な雰囲気すら辺りに漂わせ、双剣の炎は更に強く燃え上がる。
ヘルソルジャー2匹も、そんな目の前の光景に緊張しているのか、構えをより引き締める。
「さぁ、アーツの力を全力で披露してあげるわ。」
3人それぞれの戦いが始まろうとしていた。