3章:死神と死神
マイカとタイフが再会する少し前。
病院の出入口付近で立ち止まっていた男……パプルの目の前に信じられない状況が迫っていた。
自らが呼び出した下僕達と和やかに交流していたというのに、目の前のコイツらは何なのだろう。
これだけの下僕達を前にしてなお、こちらを睨みつけるこの人間達は何者なのだろうか。
「……なんだコイツらは!?」
突如として現れた5人組の中で最も身長が高く、筋骨隆々という言葉すら足りない程に鍛え上げられた体を持つ男がそんな事を言いながら驚いている。
一切武器を持っていない所を見るに格闘を得意とする人間なのだろう。
「凄いわ……子供の頃に見た冒険物の本に出てくるような魔物ばかりよ。 どうなってるの?」
その男の横に立つ、顎元までの長さの黒髪を持つ、かなり美人な女が下僕達の姿を見て驚いている。
腰元にある双剣、背中に背負うバトルアックス、そして太腿に装着された複数の投擲ナイフ。
この女も相当な手練であろうことは間違いない。
「創作上の魔物だって? なんでそんな奴らがこんな所に!?」
女の反対側に立つ、魔術師のようなローブに金属の装甲が付いたような特殊な服装をした男も、片手に炎のようなものを発現させながらこの状況に困惑している。
魔法名は聞いていないが、いつ発動したのだろうか。
この男も只者では無い。
(なんなんす!? コイツらはなんなんだっす!?)
自分の周りには可愛い下僕達が守っている、余程のことが無ければ自分が害されることないはずだ。
そのはずなのに、何故か冷や汗が止まらない。
「ここにダルゴ司令官が居るんだよね? 僕が先に上の階に探しに行くよ。」
長い髪を持つ……男? はガタイの良い男にそう問いかけ、ガタイの良い男が無言で頷くと長い髪の男は全力で階段の方へ走っていく。
「……とはいえ、タイフ1人じゃ心配だな。 リィヤも追いかけられるか? 上の階にも魔物はいるだろうが、お前ならバリアで突き進めるだろ?」
「は、はい! 追いかけます!」
先程上に行ったタイフと言うであろう男を追いかけ、このメンバーの中で唯一、一般人の少女にしか見えないリィヤらしき人間も、あの男の後を追い掛けていく。
彼女の足は遅く、その見た目に違わずに運動神経はほぼ無いらしい。
「さて……説明してもらおうか?」
魔術師らしき人間が、こちらを真っ直ぐ睨みつけながらそう問い掛けてくる。
この下僕達の中で唯一の人間だったせいか、関係ある人物だと推測されたに違いない。
睨みつけられたパプルの額に、冷や汗が流れる。
「せ、説明? なんの事っすか? オイラもこの混乱に巻き込まれて困っていた所っすよ。」
辛うじてそう返したパプルは、多少引き攣った笑顔でそう答える。
その引き攣った表情以外は自然に答えられたと思っていたが、彼らの目線は鋭いままだ。
そんな彼の言葉に、筋骨隆々の男はこちらを睨みつけたまま問い詰めるように言葉を発した。
「なるほどな……巻き込まれただけだと? なら1つだけ聞きてぇな……その姿はなんだ?」
「姿っすか? ……あっ!?」
相手の言っている言葉の意味が一瞬わからなかったパプルだったが、改めて自分の体に目線を動かした時にようやく気付く。
彼は、ビースト・オーラを解放したままだった。
臀部からは細長い尻尾が生え、両手の指にも
「その姿……その不愉快な見た目は……まさか?」
相手の女が、体に鳥肌を浮かべながら右手で左腕をさすっている。
本気で嫌悪しているような動きだった。
「ネズミよね、その姿……一瞬でわかったわよ。 私ネズミ嫌いだし。」
「!?」
その言葉を聞いた途端にパプルは一瞬で翻り、4足歩行で脱兎の如く逃げ去る。
「おい待て!」
「うわ!? 走り方までネズミそのものじゃない!?」
背後から怒号と同時に追いかけてくる気配を感じる。
「くそ、あいつ速いぞナム!? 」
パプルのビースト・オーラの力は足の速さ、そして瞬発力を高める。
戦闘力は全く補正されないが、その分逃げる力は闇の騎士の力の中で最強と自負している。
それが見事に彼の能力と合致していた。
しかし、この時ほど自分自身に戦う力がないことに恨むことはなかっただろう。
(とはいえ、泣き言を言っている暇は無いっす!)
パプルは逃げながらも、星のような紋様が浮かんでいる自らの腕を外に晒して魔力を集め、4足で走る際に手に触れる地面にへと、次々と魔法陣を発生させていく。
「生まれいでよ、我が下僕達!」
パプルの怒号と共に、パプルの走ってきた道に沿って不思議な魔物達が次々と出現する。
「ちいっ!?」
舌打ちをしたナムは、パプルを追いかけながらもその拳で数匹の魔物を粉砕していく。
しかし、その僅かな足止めの間にもパプルとの距離が開いていく。
「厄介過ぎるわ! 逃げながら魔物を召喚していく気ね!」
「早くコイツらを処理して追いかけよう! このままじゃアイツを見失う!」
「んなこたぁわかってる、さっさとお前らも戦え!」
ミナは双剣を構え、トウヤは魔力を体の各箇所に集中させる。
ナムも素早く3つのブレスレットの内の1つを外し、一回り大きくなった体で改めて拳を構える。
「行くぜ!」
ナムの号令と共に、3人は魔物達に突撃する。
ナム達と闇の騎士パプルの戦いがこうして始まったのだった。
先にダルゴと合流したタイフ、そしてダルゴを襲っていた彼の実の妹、マイカは廊下で対峙していた。
タイフの顔を見るなり、すぐに大鎌を構えて高速で突き進んでくるマイカと。
こんな形で妹と再会するとは全く思っていなかったタイフ。
そんな2人の覚悟の差は、戦いにおいては大きな差となる。
「きゃははは! 闇の騎士に感謝しなきゃ! まさかお兄ちゃんに会えるなんてぇぇえ!!」
「闇の騎士……? なぜマイカがその名前を!?」
マイカはその質問に答えず、大鎌を大きく横薙ぎに振るい、それをタイフは素早く身をかがめて避ける。
「……あれ?」
大鎌を空振りしたマイカは、不思議な表情を浮かべる。
「……!? いやそれより!」
それと同時に、タイフも不思議な表情に変わるが、素早く気持ちを切り替えて拳銃をマイカの足元に向け、そして撃った。
「わっと……きゃはははは! さすがお兄ちゃん! 実の妹に容赦なぃねぇ! それでこそあの時のお兄ちゃんだよぉ!」
足元を狙った弾は、慌てて足を動かしたマイカの近くの床に命中した。
拳銃を撃ったタイフを見たマイカは、更に歪んだ笑顔を強くする。
「マイカ! 話を聞いてくれ、あの時は……!」
「きゃははははははは! 村の皆を1人ずつ順番に殺して楽しかったのかなぁ? 爽快だった? お父さんとお母さんも殺して、マイカまで殺しかけて! 痛かったんだよ? すっごく痛かった……死んじゃうかと思ったもん!」
マイカはケラケラ笑いながら、再びタイフに向けて大鎌を振り下ろすが、それをタイフは慌てて横に避ける。
やはり不思議そうな表情に変わったマイカだったが、先程とは違って彼女も思考を素早く切り替えたようだった。
「変なの……? お兄ちゃんを前にして混乱してるのかなぁ? 今までこんなこと無かったし……マイカの仇を前にしたら冷静じゃいられなぃから仕方なぃかなぁ?」
相変わらず笑顔のままのマイカが迫る中、近くで倒れていたダルゴが大声を発した。
「あの鎌で切られた足が全く動かん……奴は死んだと言っていた! 気を付けろ!」
ダルゴからの助言のすぐ後、マイカはタイフに素早く接近して大鎌を横向きに振りかぶり、そのまま横薙ぎに振るう。
それを見たタイフは、素早く大鎌の柄を蹴り上げて刃を頭の上にずらし、マイカの体へ全力で肩から当て身をする。
「きゃっ!?」
衝撃でバランスを崩したマイカは、素早く蹴り上げられた大鎌を大きく頭上で円を書くように回し、柄を地面に立てて転倒を防ぐ。
「あっぶな……いね!」
そのまま、マイカは立てた柄を軸にして体を低くし、重心を足元に戻し、大鎌の刃でタイフの足元を狙うように振るう。
「くっ!? マイカ……話を!」
足のすね辺りを狙って横薙ぎに振るわれた大鎌を、後方に跳躍することで避けたタイフは、マイカとの距離を離す。
「話ってなぁに? お兄ちゃんの殺人自慢なんか聞きたくないよぉ?」
「そんなつもりは無い、僕の話を落ち着いて聞い……。」
そこまで言いかけたが、マイカが姿勢を低くして走る体勢を取ったのを見て辞める。
「話って何、今更謝る気ぃ? 謝っても村の皆は帰ってこなぃし、マイカが受けた恐怖だって消えない。 意味なぃじゃん。 」
先程とはうってかわり、鋭い目付きでタイフを睨むマイカに思わず言葉を詰まらせる。
「あの後大変だったんだよ? マイカはすごく頑張ったんだから、お兄ちゃんに復讐したいと言う気持ちだけでマイカはアイツを出し抜いたんだから。」
「なんの……話?」
マイカはそれに答えず、走る前のような姿勢を取ったままに大鎌を背後に振りかぶる。
「今話すことじゃなぃし……そんな事聞くよりお兄ちゃんには出来ることがあるじゃん。」
マイカはそう言うと、静かに息を整える。
「出来ること……あるなら言ってくれ! どうやら償える!?」
「簡単だよ……?」
マイカは静かに目をつぶりながら、大鎌を握る手を強くする。
「死んでくれればいぃから。 ね? ビィスト・オォーラ!」
聞いたことのある呪文のような言葉を呟いたマイカを見たタイフは、彼の中で認められなかった事実を見せつけてくる。
マイカは、あのシュルトと同じ闇の騎士の一員だという事実を。
そんなタイフの目の前で、唯一の家族であるマイカの姿が変わっていく。
手足には黄色のような毛が生え、みるみる異形の姿へ変わっていく。
「この不思議な現象はわからないけど、役に立たないなら仕方ないよね? だから見せてあげるよ……マイカの力。」
「その力は……なんなんだ、なんでお前がそれを?」
それにマイカは答えずに両目を開け、ニヤリと笑う。
それと同時にタイフの中で起きていた違和感が解消される。
(まずっ!)
突然解消されたその違和感のお陰で、タイフはその攻撃を運良く回避できた。 奇跡とも呼べるだろう。
タイフが慌ててその場から横に避けると同時に、マイカの姿が消える。
そしてタイフの顔近くを何かが風を切るように通り過ぎた。
慌てて背後に振り向いたタイフの視線の先には、大鎌を振り抜いた姿勢で止まっているマイカの姿があった。
「へぇ、これを避けるんだぁ……? 運良かったねぇお兄ちゃん。」
マイカが目の前から背後に移動するまで、1秒も経っていなかった筈だ。
その異様な動きに、タイフは混乱している。
「教えてあげるよぉ、どうせ殺すし……闇の騎士にはねぇ、1人に1つ力が与えられてるの、詳しぃ事は知らなぃけど。
確か……魔神はこう言ってたかなぁ。」
彼女はそう言うとゆっくりと振り返り、再び姿勢を低くして大鎌を後ろに振りかぶる。
「なんかね? 生き物の中には、その生き物の情報みたいなのがあるんだって。
それをね、なんか上手くやると、動物のその情報を他の動物に移すことも出来るって言ってた。」
タイフにはその話は理解出来なかった。
何を言っているのかもわからなかった。
しかしそれも仕方ない事だ。
他の世界では遺伝子と呼ばれるそれは、まだこの世界では発見されていないだから……表向きは。
「マイカ達の中には、色んな動物の情報みたいな奴を数倍に強化した物が埋め込まれてるんだって。 勿論マイカにもね。」
そう言われるとそうだった。
タイフが戦ったシュルトも、よく見ればコウモリのような見た目に変化していた。
過去に戦ったベルアも、恐らく何かの動物の情報が埋め込まれていたに違いない。
「そんなマイカに埋められてるのは、地上最速の動物……確か……チーターとか言ってたかな?」
マイカはそれだけ言うと、もう話すことは無いと言わんばかりに、再び姿を消す。
しかし、それを事前に予知していたタイフは、素早く跳び上がり、彼女の頭上をおそらく超える。
「……早く。」
再び振り返ると、先程と同じように大鎌を振るった姿勢で彼女は止まっていた。
「早く死んでよ……謝りたぃんだよね? だったら早く死ねぇぇぇ!!」
マイカの表情は怒りに変わり、タイフに殺意を隠すことなくぶつけてくる。
そんなタイフも、最早話は出来ないと悟ると、拳銃を彼女に向けた。
「1度……止めないと話も聞いてくれなそうだ。」
「止めたって聞いてなんかやらなぃよ……お兄ちゃんは、さっさと死ねばいい。」
マイカは大鎌を振りかぶり、タイフはゆっくりと彼女に銃口を向ける。
「マイカのデスサイズと、この力……お兄ちゃんにしっかりとぶつけてあげるからね。
村のみんなを皆殺しにした、死神みたいなお兄ちゃんに!」
「死神か……否定はできない、かな。」
異形の力を発現させた妹を止めるため、村を皆殺しにした兄を殺すため。
それが、再会した2人がこの戦いに込めた願いだった。