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ブレイカー  作者: フィール
3章
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3章:再起

ダルゴは、病院の一室のベッドの上で座っていた。

ナムにやられた傷自体は大したことは無いが、問題は心の方だった。



(儂に……もっと力があれば。)



何もしていない時間が出来ると、記憶の中の光景が浮かび上がる。

ケンジが自身の目の前で剣に貫かれた時の光景だ。



(あのガジスとかいうヤツが最初から儂だけを狙っていた事は予想出来たはずだ。 儂なら気付けた筈だ。)



そこまでわかっていながら、ダルゴは動けなかった。

助けられた筈の右腕をみすみす死なせた。


その事実が彼を苛ませる。


ここ最近は、ずっと彼の頭の中にこの考えが巡り続けていた。

ケンジの仇を取ることで、心の安寧を保とうとしていたのかもしれない。

それなのにナムからは仲間になることを拒否され、挙句の果てには病院に送られるほどに痛めつけられた。


しかし、ここまでボロボロにされていながらも怒りは昔ほど湧いていないのだ。


それほどまでに彼の精神が摩耗している証拠である。



「ぬぅ……!」



そんな中でも、ダルゴは痛む体に意識を取られる。

その痛みを自覚すると同時に、ここまで痛めつけた張本人である男の言葉を思い出した。



「腑抜けてやがる……か。 確かにそうかもしれんな。」



自嘲気味にそう呟いた彼は、ナムから言われてしまったその言葉を反芻する。

司令官を降り、部下を全て見捨てた上でナム達に着いていこうとしていたのだ。

反論できるはずもない。



(情けないな。)



ダルゴはそう自分を卑下しながら、ベッド横にある土に汚れた軍帽を眺める。


司令官を示す物でもある、特別な装飾のされたその帽子は、その称号とは裏腹にくすんで見えた。



「ケンジを死なせた……その仇を取りたいの思うのは普通な事だろう。」



ダルゴはそう呟き、記憶の中に残るナムの姿を思い出す。

仲間になると言った途端に酷く怒りに歪めた彼の表情。


そしてあの一方的な勝負とも呼べぬもの。



「司令官の役目……それは部下を守ること、それすら出来んかった儂が取るべきは。」



そこまで言いかけた時、彼の口はそこで止まった。



(司令官の役目……部下……守る。)



ダルゴは突然、何かに気付いたかのように目を見開く。



『テメェを気に入ったのは……あの時の。』



ナムの最後の言葉の1部が突然頭に響いた。

その言葉の意味をもう一度考えた彼は、体を震わせながら拳を握り込む。



(そうだ。)



すると彼は突然大きく拳を振り上げ、ベッドへと勢いよく振り下ろした。


大きな破砕音と共に、彼が触っているベッドは大きく歪んだ。



(そうだ。)



狂ったように突然そのような行動をしたダルゴ。

傍から見れば正気を失ったように見えただろう。


しかし、彼はあくまで冷静であった。


そればかりか、何処と無く迷いが吹っ切れたような表情をしていた。



(確かに儂は腑抜けておったのだろう……だからケンジは死んだ。)



ダルゴは狂ったように何度も拳を振り下ろし、その度にベッドは大きく歪んでいく。

最早座っていられない程に歪んだベッドから、ダルゴは素早く立ち上がると、全力で拳をベッドにへと振り下ろす。



(腑抜けておったのなら、正せばよい。)



最早原型を留めていないベッドを、最後に全力で蹴り飛ばす。

ここまで大きな音を立てたのだ、恐らくすぐに医師が飛んでくるだろう。

しかしそんなことは関係無かった。


彼にとって、目の前のそれは敵にしか見えていなかった。

あの時に討ち漏らしたあの男にしか見えていなかった。



(儂の不甲斐なさで部下を死なせたのなら、もう死なせなければよい!)



そう覚悟を決めたダルゴの表情は、今までより更に強く引き締まっていた。



(それで文句なかろう?)



三武家の1つであるブロウの跡取りであり、ダルゴにとって数少ない()と呼べる男の姿を思い浮かべながら。


ダルゴはニヤリと笑い、壊れたベッド横の棚の上に置いてあった軍帽を手に取ると、それを深くかぶる。



(軍を抜けようなど……何を血迷っておったのだ?)



ダルゴは病室の出入口に向かってゆっくりと歩く。

その足取りは軽く、そして力強かった。



(儂にしか出来んこと……儂だから出来ること。)



病室の扉の取っ手を掴み、ゆっくりとそれを回して扉を開ける。

扉の前から見える外の景色は、何処か明るく見えた。



「儂はトラルヨーク軍司令官……ダルゴ。

確かに、あやつらの仲間に収まるような人間ではないな!」



ダルゴは、元の自信家の側面を取り戻す。



「さて、早めに基地に戻り……今起きている何かの対策を……!」



自信満々にそう呟いたダルゴは、病室から飛び出ると廊下を早足で駆け抜けていく。

彼は真っ直ぐに廊下を進み、下に降りる階段の近くにたどり着いた。





そんな時だった。


気分が高揚していたからか、気付けなかった違和感を感じ取ったダルゴは、周囲の状況を注意深く探る。



(そもそも、あれだけ大きな音を立てたにも関わらず誰も来なかったな……何が起こっておる?)



ダルゴは疑問を持ちながらも、聴覚を研ぎ澄ませる。


彼の耳には、微かになにかの音が鳴り響いていた。

それは人が歩く音のようだった。


ここは病院である為、人の歩く音など普通にするだろう。


しかし、ダルゴはその音を聞くと同時に、言いようのない恐怖を覚えた。



(嫌な予感がしおる。)



そう感じたダルゴは、急ぎ近くの病室の中に入ると、そのままベッドの下に入り込んだ。


その間にも、その足音は鳴り響く。


まるで散歩を楽しむかのような、何処と無く軽快な足音。

病院から聞こえる音としては逆に異質だったからこそ、ダルゴは気付けたのかもしれない。


そしてその判断は、結果的に正解だった。



「ふんふんふーん……この辺かなぁ?」



その声は女のものだった。

聞こえてくる声色の感じからすると、年若いだろうと言うこともなんとなくではあるが予想できる。



「ここにぃるんでしょー、この町の司令官さんー。」



そんな声と共に、他の病室の扉が開け放たれる音がし始めた。

この声の主が部屋を片っ端から探しているのであろう。



(何者だ……? まさかあのガジスの仲間か?)



ダルゴがそう疑問を持つと同時に、彼の隠れている病室の扉が開かれる。

しかし、ベッドの下から覗ける範囲だけでは侵入してきた者の全容は見えない。


ダルゴは、目を凝らして相手を観察する。


晒された両素足の様子から、やはり少女だということは確認できたが、顔までは見えない。

ここまでの情報だけなら普通の少女だか、一つだけ普通とは思えない物がダルゴの視界に入った。


それは、右手に持つ巨大な鎌だ。


それだけでこの少女が只者では無いことを証明するのに十分であった。

「ここでもなぃかー……どこで入院してるんだろぅね。」



少女はそう独り言を言うと同時に、ゆっくりと扉を閉まっていく。

その様子を眺めていたダルゴは、安心感から一息つこうとした。


しかしそれと同時に再び扉が開き、ダルゴは慌てて気を引き締めた。



「そうかぁ、隠れてる可能性もあるんだょねぇ……例えばベッドの下とかかなぁ?」



冷や汗を流すダルゴの視界の先で、その少女は鼻歌を歌いながらゆっくりと病室内に入ってくる。


ダルゴの視界の先では、みるみる少女の足が近寄って来ており、自然と緊張感も増していく。



「いるのかなぁ? いないのかなぁ?」



少女はそう呟きながら、姿勢を低くするような動きを見せ始める。

彼女は、床に膝をつけて腰を曲げ、首をベット下までに傾け始めた。



(フン、どうせ見つかるのなら……先制攻撃を!)



少女の動きを見たダルゴは、拳を握りこみいつでも攻撃できるように構えた。



「うーん、やっぱ良いやー……面倒だし。」



もう少しで殴りかかりそうだったダルゴは、慌ててその拳に込めた力を抜き、構えを取りやめる。


急に行動を辞めた少女は、面倒そうに姿勢を高くすると、のんびりと病室の出入口へと向かっていく。



「ふんふんふーん……あくまでメィンはパプルの方だしぃー? マイカは程々に頑張れば良いやー。」



(パプルにマイカ……? それがコイツらの名前か?)



この病室に来ているのがマイカだとは判断できる。

しかし、パプルという者の気配は感じ取れなかった。


ダルゴがその気配を何とか探ろうとしている最中、マイカは開けっ放しになっていた病室の扉から外に出ていく。


元の性格なのか、目的の為には必要ないことだと判断したのか、病室の扉はそのまま開け放たれたままで放置されたのだった。



(……都合がよいな、せめて顔だけでも確認してやるとしよう。)



気配の消えた病室のベッドの下から素早く滑り出たダルゴは、病室の出入口に手を当てて少しだけ身を乗り出し、マイカらしき少女の姿を視界に捉えた。


腰元近くの黒い髪を2本に纏めた髪型に、黒い衣装に身を包んだ後ろ姿だけしか見えないが、ダルゴの予想通りまだ少女と呼べる年齢だと言うことは確認出来た。



(もう少し……!)



その少女の姿をもっと確実に目に焼き付けよう。

そう思ったダルゴが行動を起こそうとした時、すぐ隣に何者かの気配を感じとる。


恐る恐る目線をマイカらしき者から左に移すと、そこには背の小さい子供がいた。


ダルゴの腹の位置に頭が来る程度の身長で、肌が緑になっており、耳は長く、ボロボロの歯を剥き出しにして笑うその小柄の存在は、右手に短めの棍棒を構えていた。


血が滲むその棍棒を見たダルゴは、背筋を強ばらせる。



「……!?」



ダルゴは、それが人間では無いと判断し、素早くその小柄の存在の口元を手で抑えて病室の中に引きずり込む。


若干抵抗はされたが、ダルゴの筋力の前では無力だった。


その存在を病室内に引きずり込むと同時に、ダルゴはそれの首に腕を回すと、全力で締め始めた。



「……!? !!」



小柄のその魔物のような存在は、手足を大きく動かしながら悶え苦しみ、その手から血染めの棍棒を取り落とす。


そんな様子を気にすることも無く、ダルゴはそのまま首を腕で締め続けた。


やがてその存在の抵抗が完全に弱まり、完全に動かなくなる。

それを確認してようやく腕を離したダルゴは、静かにそれの死骸を床に寝かせた。



(何者だ……これは!?)



ダルゴは、事切れたその存在の姿をしっかりと目に焼きつける。

そしてそれと同時に、彼はそれの正体に気付いた。



(……馬鹿な!?)



思わず叫びそうになった自身の口を手で抑えながら、その死骸の特徴を何度も何度も確認する。


坊主頭で、肌が緑、1m程度の身長しか持たず、長い耳を持つ。


ダルゴには、その魔物のような存在に見覚えがあった。



(これは……ゴブリン!?)



幼き頃に夢中になった、物語上の()()()()()魔物。

それが彼の目の前で事切れていた。



(いったい……何が!?)



混乱するダルゴの前で、目の前の死骸はゆっくりと霧散していく。



(何が起こっとる!?)



完全に姿を消したゴブリンの死骸を、ダルゴはただ見つめることしか出来なかった。

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