3章:襲撃再び
トラルヨーク軍基地内部の、軍の人間達の使用する休憩室に彼らはいた。
何処となく気まずそうなナムと、周りを他の仲間に取り囲んで彼を責める仲間達。
実際に責めているのは2名ほどだが。
そんな彼らの周りには、オドオドと心配そうに見つめる軍の人間達もいる。
「いくらなんでもやりすぎよ!」
「お前の気持ちもわからんでもないが、流石にアレはなぁ。」
「……むぐ。」
わかりやすく怒るミナに、どことなく呆れ顔で諭すような言葉を発するトウヤ。
そして、彼らの言葉に一切否定できずに唸るナム。
この2人の気迫の前には、軍の人間はおろかタイフとリィヤですら口を挟めずにいた。
「あれほど信頼してた人を失ったのよ! おかしくなってても変じゃないのに……ほんとアンタって奴は!?」
「流石の俺様もいじめにしか見えなかったぞ? ナム。」
2人の叱責に対し、怒ることなく冷や汗を流しながらも黙って聞いている所を見るに、ナムの中でもやりすぎた自覚はあるらしかった。
しかし、彼は父親であるガイムに似て頑固であった。
素直にやりすぎたことは理解しておきながら、それを認められないのだ。
「だ、だが……あのままだとあのクソオヤジは軍抜けてまで付いて来る気だった。」
「それが? それにしたってもうちょっとやり方はあったはずよ!」
「あそこまでボコボコにすることは無い。」
止まらない2人からの叱責に、ナムは大きなため息を吐きながら目の前の机に頭を押し当てる。
そんな中でも、タイフとリィヤは苦笑いをしながらもナムを擁護することもない。
彼ら2人もやり過ぎだと心の中では思っている証拠だ。
「……お前らもそう思うか?」
「まぁ……うん。」
「え、えーと……わたくしはその……はい。」
2人からの実質肯定とも取れる発言を聞いたナムは、再び大きなため息をし、観念したかのように両手を挙げた。
「ちっ……後でダルゴの奴には謝っておく、だが奴の要望を断ったのは間違ってないと思ってるがな。」
「それはそれ、これはこれ。」
「わかってら、うっせぇな。」
面倒くさそうにそう吐き捨てたナムは、座っていた椅子からゆっくりと立ち上がり、この休憩室の入口に立っていた軍の人間の1人に視線を移した。
その男はそこそこ高齢の軍人であり、腰元には拳銃が1つ提げられている。
「お久しぶりだねぇ、三武家の方々。」
「えーと……あっ、思い出しました! ケンジさんの隣にいた!」
元マッド・ウルフ襲撃の時に初めて会ったこの軍人、ジンは深々とナム達に一礼する。
彼もどこか元気が無く、ケンジの死を受け止めきれていない様子が見て取れた。
「今回のことは気にしないで欲しいねぇ……正直ダルゴ司令官の憔悴っぷりは心配していたのだ。 感謝しているよ。」
「ダルゴさんは、どうしているのかしら?」
ジンは静かに目を瞑って、少しの間口を閉ざす。
どう答えようか悩んでいるようだ。
「元通り……とはやはり違うねぇ、一応病院に運び込んで治療しているが、覇気がないようだねぇ。」
「すまないな、ナムは見た目に違わず乱暴だからな。」
「おい、一言多いぞトウヤ。」
ナム達の掛け合いを見たジンは、口元に手を置いて静かに笑い始める。
「ふふふ、失礼した……愉快な人達だ。 ダルゴ司令官は良い友人達を持ったものだねぇ?」
ジンはそう言って、懐から小さな紙を取り出すと、それに何かを書き込み始め、それを静かにナムへと差し出した。
怪訝な顔でそれを受け取ったナムが手元のその紙を眺めると、それは地図のようだった。
「ダルゴ司令官のいる病院だねぇ、もし必要があれば顔を見せてあげてほしい。」
「今行ったら悪化させそうだがな?」
「どうかねぇ? 案外丸く収まるかもしれないよ?」
ジンは笑顔でそれだけ言うと、踵を返して休憩室から静かに退室する。
それを見送ったナムは、手元のその地図にもう一度視線を落とし、その場所を確認する。
「様子を見に行くのかしら?」
「……ちっ、仕方ねぇから行くか。 怪我させたのは俺だしな。」
「相変わらず素直じゃないな、ナム?」
「僕もそう思う。」
「ナムさんの性格がわかってきたような気がします!」
「うっせぇぞおめぇら!?」
ナムは仲間達に大声でそう叫ぶと、我先に軍の休憩室から飛び出し、仲間達もその姿を見て笑いながらゆっくりと追いかけていく。
その場に残されたのは、困惑しながらナム達のやりとりをヒヤヒヤしながら見ていた軍の人間達だった。
「ケンジ副司令官が亡くなってから、どうなるかと思ったけど。」
「……案外、彼らなら何とかできるかもな。」
彼らには一切の根拠もなかったが、不思議とそう思えた。
トラルヨークの町中の裏通り。
そこの壁に暇そうに寄りかかっていた少女は、本来隣にいるはずの相棒のような存在を待っていた。
「ねー、まだぁ?」
「しっ! バレたらどうするっす!」
「バレやしなぃってぇ、下手にコソコソしてる方がバレるよぉ?」
相手の声は建物の上……つまり、屋根の上から聞こえてきた。
死神の名を冠する少女、マイカは屋根の上の相棒であるパプルと行動をしていた。
パプルは、元々は漆黒のガジスと行動を共にしていた。
しかし、先のトラルヨーク軍司令官抹殺に失敗すると同時に、怒りのままにどこかへ行ってしまったのだ。
その代わりとなったのがマイカだった。
(はた迷惑な話だょねぇ? マイカはこんな仕事よりやることがあるんだけどなぁ。)
マイカは、右手に装備された鎌に目線を動かすと、それを笑顔で見つめる。
その表情は年相応の無垢な笑顔ではなく、邪悪かつ本気で嬉しそうなものだった。
「ねぇ、もし今回の仕事でマイカの意中の相手がぃたら、マイカにやらせてくれるよねぇ?」
マイカの問いに、屋根の上にいるパプルからは返答がすぐには返ってこなかった。
どう答えるべきか悩んでいる様子だ。
「……そうっすねぇ、それは構わないっすが……自分がやるべきことをやってくれたら。 の話っすよ。」
「えー、面倒くさぁぃ! その力があればマイカ要らなぃでしょー? 好きにやらせてったらぁ。」
幻導の名を冠するパプルは、下から聞こえてくる少女のそんな言葉に、本気で呆れたようにため息をした。
そんな彼の両腕には、無数の星のような紋様が浮かび上がっており、それはゆっくりと点滅を繰り返している。
彼の準備は整っていた。
「万が一があるっす。」
「なぃなぃ。 悔しぃけどさぁ……正直その状態の幻導さんが失敗するなんて思えなぃんだぁ。」
マイカはそう自嘲気味に言うと、屋根の上のパプルに対して続けて言葉を発した。
「侵攻や攻城戦においては、闇の騎士最強な訳だしぃ?」
マイカのその言葉を聞いたのか聞いていないのか、屋根の上にいたパプルは、急に小さな声を上げる。
「ついてるっす!」
「なにがぁ?」
マイカの質問に対し、彼は答えないまま地面にへとゆっくりと降りてきた。
露骨に大きな着地音を鳴らして。
「相変わらず運動神経ないねぇ?」
「死神も大してかわら……じゃなくてっす! いいもの見れたっすよ!」
「変態。」
「なんの反応っすか!?」
大声を出したパプルだったが、彼は大きく深呼吸をして落ち着くと、マイカに対して説明を続ける。
その目は輝いており、喜びに満ち溢れていた。
「トラルヨーク軍の司令官が軍の基地から出たっす! 原因はわからねっすが!」
「ふーん、それが?」
「それがって……あの強固な基地の中にいるよりは明らかに攻めやすいっす! 早速行動に移るっすよ!」
「頑張ってー。」
マイカのやる気のない返答に、思わずパプルはその場で転倒しそうになるが、辛うじて足腰に力を込め直すことが出来た。
パプルはそのまま彼女の手を取ると、無言で引っ張り始めた。
「ちゃっとぉ、痛いんですけどぉ! きゃー連れ去られるぅって叫ぶよぉ!」
「本気で困る脅迫をするなっす!? 良いからついてくるっすよ!」
2人は、裏通りを黙々と歩む。
大通りを通らなくては行けない時は、目立たないように素早く通り抜け、時には屋根伝いに進んでいく。
そのお陰か、彼らの行動は町の人々の目には一切止まらない。
そして、目的地近くかつ目立たないエリアに到着したパプルは、辺りを見回して良い場所を探し始める。
「あそこが良いっすね……さて、オイラは準備に入るっす。 死神も頃合いを見て行動して欲しいっすよ。」
「はぃはぃ、仕方ないから手伝ってあげるよぉ。 タイミングはその力の後ね?」
「その通りっすよ。」
パプルはそれだけ答えると、しばらく前と同じように呪文のような物を呟く。
「ビースト・オーラっす。」
その呪文と共に、パプルの体はみるみる変化していく。
手足には鋭く短い爪が生え、鼻の横あたりに横に長い髭が生え、尻の辺りからは細長い尻尾が生えた。
「相変わらず、凄ぃ見た目だね幻導?」
「死神も大して変わらないっすよ。」
その短い言葉を最後に、パプルとマイカはそれぞれ別行動を取る。
壁に爪を引っ掛け、素早く屋根に登ったパプルと、目的地へのんびりと歩みを進めるマイカの2人は、1つの目的の遂行を目指す。
(……すこーし心配っすが、任せるしかないっすね。)
屋根に片膝をついたパプルは、両腕の袖を捲りあげ、その星のような紋様が刻まれた腕を外に晒す。
その星の点滅は一定速度だ。
(この感覚……最初は戸惑ったっすが。)
過去の事を思い出しながら、彼はその腕に意識を集中する。
それと同時に、星の点滅は早くなる。
(今となっては、この力があってこそのオイラだと思うっす。)
両腕の星の点滅はみるみる早くなり、しばらくすると地面に魔法陣のようなものが数多く生成される。
パプルは大きく深呼吸をし、体に広がるその力の源を操作する。
(時間を大切に……その通りっすよね。 時間をかければかけるほど。)
前に相棒として行動していたガジスの言葉を思い出したパプルは、ニヤリと笑う。
(準備をすればするほど。)
両掌を屋根に押し当て、その力の源をその魔法陣に送り込む。
(任務の成功率は、際限なく上がるっす!)
それと同時に、彼の周りには無数の魔物のような存在が現れていた。
それぞれがこの世界ではあまり見ないものであるが、完全に存在が不明なものでもない。
その魔物達を知らない人間達はそう多くはないだろう。
しかし、実物を見たことある人間はいないに違いない。
「さぁ……始めるっすよオイラの下僕達!」
その号令と共に、周りにいた魔物達は一斉に進軍する。
魔物達が進軍して空いた場所には次々と新たに魔物達が産まれていき、後を追うように進軍していく。
そんな様子を少し遠くから眺めていたマイカは、珍しく感心したように呟いた。
「わーお、久し振りに見たなぁ。 相変わらず凄ぃ軍勢。
幻導は1人で町を滅ぼせるなんて聞ぃた時は疑ったものだけど、あれ見ちゃうと信じるしかないもんねぇ。」
マイカの周りでは、慌てふためいたトラルヨークの町の人々が、混乱の中逃走を始めている。
そんな中、ケラケラと笑いながらのんびり歩くマイカは異質だ。
しかし混乱する人々は、そんな彼女に気付く余裕もない。
「あははは! 今日こそは会えるかなぁ? 何処にいるのかなぁ? 幸せなのかなぁ? 不幸せなのかなぁ? どっちでもいぃやマイカは不幸だもん。」
その言葉とは裏腹に、ケラケラ笑いながら歩くマイカ。
「幸せなら幸せな死を。 不幸なら不幸な死を……マイカったらやっさしぃ!」
右手に持った巨大な鎌の感触を感じながら、マイカの表情は邪悪な笑顔に歪む。
「だってマイカは……死神だもん。」