3章:進行する陰謀
トラルヨークの南に位置する町、ドルブ。
以前にナム達が、ベルアと初めて遭遇したこの町に存在するドルブ軍基地では、今まさに大きな騒動が起きていた。
『侵入した男2人が移動中! 』
『第3防衛部隊との連絡途絶!? 司令官、指示を!』
『前方に目標の1人を発見! 攻撃し……がぁぁ!?』
ドルブ軍司令官イカムは、それぞれの通信装置から聞こえてくる報告の数々に歯軋りをしていた。
謎の存在達に軍の司令官が狙われているという情報は回ってきていたが、まさか自分の基地にもそれがやってくるとは思っていなかった彼にとって、今の状況はあまりに寝耳に水だった。
(数ヶ月前の屋敷での騒動、トラルヨークを襲った魔物の群れ! 更にそこから今日の襲撃! この世界に何が起こっている!?)
基地内から聞こえる銃声や、魔法の音が鳴り響く中、イカムは苛立ちを隠せずにいた。
「途絶した部隊の様子をなんとか確認しろ! もし全滅しているようなら次に来るのはそこだ! 戦闘準備をしておけ!」
イカムが指示を求めてきた部隊に対して、そう叫ぶ。
そのまま最後に悲鳴の聞こえた通信装置に顔を向けようとしたが、指示を出した通信装置から返答が来ないことに気付いた彼は、苛立ちながら再び先程の通信装置へと顔を戻す。
「返答はどうした! 聞こえたのか!?」
『……』
その後もイカムは何度か通信装置に向かって叫んだが、返答がない。
その事実の意味を悟った彼は、拳で机を全力で殴りつけた。
「くそ! たかが2人に何をしている!」
イカムは怒りのままに、手元にあった通信装置を幾つか見繕うと、それを身につけて席から立ち上がる。
ついでに机の中にしまっていた拳銃等の武器も装備すると、彼は執務室から飛び出した。
ドルブ軍司令官、イカムは短気な性格だ。
部下達の不甲斐なさに怒った彼は、現場の確認をする為に自ら出撃したのだ。
(銃の腕には自信があるし、魔法も少しだが使える……部下に代わって侵入者を葬ってくれる!
ノーラスの臆病者司令官とは私は違う!)
そう心に決めた彼は、メイン武器である連射式ライフルを構えると、自分の基地内を慎重に移動し始める。
『敵を発見!』
通信装置から聞こえてくる部下からの声を聞きながら、イカムは基地の中を進む。
「こちらイカム、敵の位置を教えろ。」
『はっ? まさかイカム司令官!?』
「聞かれたことだけ答えろ!」
一瞬通信装置の向こうで躊躇するような空気を感じるが、答えた部下は仕方なく彼に予想される敵の位置を報告した。
イカムはそれに対して短く答えると、素早く基地内部を進んでいく。
勿論警戒は解かないが、敵の居そうな位置がわかるのとわからないのでは、進行速度に大きな差が出来る。
敵のいない位置で無駄に慎重になる必要がないから当然である。
「報告のあった先はもう少し先か……そろそろ接敵する危険があるな。」
自分に言い聞かせるように、言葉をあえて呟いたイカムは、通路の先の角に背中を預けて大きく深呼吸すると、勢いを付けて体を晒して銃を構える。
元々は腕の立つ一般軍人であった彼にとって、その動きは体に染み付いたものであった。
そして彼の警戒した位置は、見事に当たっていた。
イカムは刹那の時間でそこにいた人型の姿を確認し、味方では無いことを確信すると躊躇無く発砲する。
銃口から放たれた無数の弾丸は、イカムの高い射撃能力により、前にいた人型のいた場所へ吸い込まれるように飛んでいく。
しかしその人型は素早く体を動かすと、たまたま横にあった柱の影に身を隠してしまった。
イカムは舌打ちをすると、自身も素早く通路の角に身を隠し、僅かに視線を通路の先へと向ける。
「……司令官にしては動きが良いな。」
「褒めても何も出ないぞ? ……大人しく降参するがいい。」
イカムは未知の相手に向かってそう言うと、素早く排莢口を開くと、そこに弾薬を複数繋げた金属の板のような物を差し込み、弾を素早く装填して排莢口を閉める。
「……何か勘違いしているな?」
「勘違い? なんの事だ?」
それと同時に、イカムは左手に魔力を集中させ始める。
「……あくまで、司令官としては、って意味だったんだがな、ギャハ……ふふふ。」
「!?」
イカムは短気だった。
そんなことを言われては、容易に頭に血が上ってしまう。
相手がこれを狙っていたかは定かでは無いが、その挑発は彼の判断能力を奪っていた。
彼は素早く再び身を乗り出し、敵の位置を確認する。
姿すら知らぬ敵はまだ柱の向こうに居るのだろうか、姿は見えなかった。
「大人しく出てくれば命までは取らない。」
「……ふふふ、ふふふふ……ギャハハハ!!」
突然不気味かつ不快な笑い方をする謎の存在の声を聞きながら、イカムは柱の近くにまでゆっくりと歩み寄る。
「お前如きが……たかが軍のトップ程度が? この……ギャハハハハハ! この。」
イカムは左手の魔力を変換し、魔法を発動する。
「フレイム・サークル!」
腰を低くし、地面に左手を当てて発動された魔法は、柱の向こうの地面に魔法陣を描く。
「ギャハハハハハ! お前如きがこのガルド様に勝てるわけねぇだろぉぉおお!」
ガルドと名乗った謎の男は、魔法陣の上から離れるように柱から飛び出てきた。
柱の向こうに描かれた魔法陣から炎が吹き上がる。
しかしイカムにとってはそんなものはどうでもいい。
「取った!」
フレイム・サークルは囮だ、現場で戦っていた彼の得意戦法は、隠れている場所に魔法を放ち、慌てて出てきた所を撃ち抜くことだった。
彼は素早くトリガーを引き、予め合わせていた照準を信じ、狙いをつけることも無く連続で発砲する。
「よぉく考えてるなぁ! 雑魚にしては上出来だぁあ! ギャハハハハハ!!」
ガルドは腰元から素早く何かを抜き取る。
それを見たイカムは、背筋に寒いものを感じて素早く射撃を辞めて再び角の壁に隠れた。
それと同時に、さっきまでイカムが立っていた場所の先の壁の下の方に、投擲ナイフが深々と突き刺さる。
ナイフでは有り得ないほどに深く突き刺さったそれを見たイカムは震えあがる。
しかし、それと同時に自分が誇らしくもあった。
昔の感覚を失っていなかったからこそ、この攻撃を避けられたのだ。
危うく相打ちになる所だった。
(あの距離なら避けられまい……だが、念の為警戒しておこう。)
勝って魔力を集めよ。
それが一時魔術師を目指していた彼の座右の銘だった。
その言葉の通り、もう一度左手に魔力を集中させた彼は、油断することなくライフルを構え、僅かに視線を角の向こうに移す。
「!?」
しかし、イカムの視界には信じられない光景があった。
通路の先に、敵の死体がなかったのだ。
(馬鹿な、あの距離で銃を避けるなど有り得ない! まさか外したのか?)
流れる冷や汗を袖で拭い、イカムはゆっくりと銃を構えたまま再び柱の方角に向けてゆっくりと移動する。
焦っているのだろうか、何処と無く足取りがおぼつかない。
体から力が抜けるような感覚を覚えながら、彼はゆっくりと移動する。
しかし、彼は無意識に地面に膝をつけてしまう。
(おか……しい? 体が言うことを聞かない? なぜ?)
その感覚に違和感を覚えながら、彼はゆっくりと自分の体に視線を落とす。
視界がおかしくなったのだろうか?
自身が居る床に、何か赤い液体が広がっていた。
(あ……れ?)
イカムはそれを認識すると共に、力無く倒れていく。
(なんだ……そうか。)
イカムは、満足そうに微笑む。
(当たって……い……た。)
それを最後に、彼の意識は無くなった。
「ギャハハハハハハハ! 滑稽だなぁ! 自分が死にかけてるのに気付かないなんてなぁ?」
血に濡れた通路に倒れ込んだイカムを、背後から見下ろしていたガルドは大声で笑う。
彼の背中には大きな傷跡があり、ガルドが右手に持った双剣の片割れの刃には血が付着していた。
ナイフに気を取られていたイカムの隙を突き、天井スレスレを跳んで彼の背後に移動していたガルドは、悠々と彼の背中を素早く双剣の片割れで貫いていたのだ。
あまりの速度で貫いていた為か、イカムが興奮していたせいか、彼は自分の致命傷に気付かなかったらしい。
「ギャハハハハハ!!」
高笑いを続けるガルドは、剣を素早く振るって血を払い、鞘に収める。
「相変わらず下品ですねぇ、ガルド。」
「褒め言葉として受け取っとくぜぇ! アークぅう!」
イカムの遺体の先から現れた男、アークはため息を吐きながら歩んでくる。
相変わらず神官服を着込んだ彼は、片手に杖を持ちながらイカムの遺体に視線を落とす。
「彼が司令官?」
「カマかけたら否定しなかったからそうだろうぜぇ? ギャハハハ!」
高笑いをするガルドを無視し、アークは杖をイカムの肩に当て、それをひっくり返して顔を確認した。
「……間違いありませんね、イカム司令官です。」
「おぉい!? このガルド様の言葉が信じられねぇってかぁ? ギャハハハ!」
「一応の確認です。 さて、戻りますよ。」
「残りは何人だぁ? ノーラスとトラルヨークの奴は残ってるよなぁ?」
アークは顎を上げ、何かを思い出すような素振りをした後、その素振りを辞める。
「後はビギンとその2つの町ですね……あと少しです。 ようやく始まりますね。」
「けっ……なんでアイツの為にここまで動かなくちゃいけねぇんだぁ?」
「それがあの御方の願いです、協力すると決めたのでしょう? 嫌なら反抗すれば良い。」
それを聞いたガルドは言葉を詰まらせ、視線をアークから外して移動を始めた。
その様子を見たアークは、安堵して彼について行く。
「……ふん、仕方ない。」
すっかり落ち着いたガルドは、いつもの様に物静かな男のように振る舞う。
彼の義理の父親、ザベルの真似だ。
彼の動きを真似ることにより、彼の強さに少しでも近付こうとしているらしい。
そんなことをして意味があるのかはさておき、普段のあの凶暴な彼が収まるならそれも良いと、ラハムもアーク自身も受け入れている。
「トラルヨークはもう時間の問題、ノーラスは何時でも陥落出来ます。 ビギンは少し遠いだけでそこまで難しくない。」
「……だな。」
2人は、ドルブ軍基地内部をゆっくりと進んでいく。
まるで散歩を楽しむかのように。
ここが基地でなければのどかな光景だっただろうが、彼らの背後には死体が1つ転がり、道行く先には気絶した軍の人間達が大量に転がっている。
「……理想郷、だったか?」
「はい、理想郷ですね。」
「……ふん、とんだ下らない計画に付き合わされたものだ。」
「力を振るえるだけでも、ガルドは楽しいのでしょう?」
それを聞いたガルドは、表情を大きく笑顔に歪める。
「違ぇね……ない。」
「隠すことありませんよ。」
軍の人間達が倒れる基地内を2人は移動する。
その場の空気感と合わない会話をしながら。