3章:怒り
トラルヨーク軍基地内の作戦室。
そこには赤い衣装で身を包んだ集団が集まっていた。
「到着したみたいだよ、アイツら。」
特殊部隊レッド・ウルフの唯一の幹部であるデルダは、奥に立つ彼らのリーダーに向けてそう報告した。
「みたいだネ……さてどうなるかナ?」
「やけに嬉しそうだな、ビネフ?」
笑顔でそう答えたビネフに対し、もう1人の幹部であり腰元に1本の剣を携えたベダは、訝しげに首を傾げた。
その横に立つもう1人の幹部、ガマーも同じように訝しんでいた。
「ダルゴとあの5人が会うだけ、そこまで嬉しそうにする理由は無さそうだが?」
「それがあるんダ、ボクは彼らに期待しているヨ。」
ビネフはそう言って笑うと、本来そこいるべきもう1人の場所へと視線を送る。
その視線を追い、他の3人の幹部も同様に視線を向けた。
「たくっ、アイツはまだ塞ぎ込んでんのかい?」
「そう言うな……家族を数人失ったのだ、目の前でな。」
ベダの言葉を聞いたデルダは、大きなため息を吐いて肩を落とす。
あの戦いでは、被害にあったのが彼女の部下であってもおかしくは無かったことを思い出したのだ。
先の大侵攻時に仲間を数名失ったもう1人の幹部、アルフはレッド・ウルフに名を変えてから一度もこの場に出席してはいない。
部下を数名、そして彼の右腕であった巨漢の男、カブツを失ったショックからまだ立ち直れていなかった。
「家族を失った悲しみは皆同じ、奴は最も近かったからより深くなっただけだ。 奴は強い……いずれは戻る。」
アルフの帰還を信じているガマーは、余裕の表情でそう断言した。
その意見には皆も同様のようで、ビネフも含めて全員が同時に頷く。
「似てるネ。」
そんな時、ビネフは唐突にそんなことを呟いた。
「何がだい? ビネフ。」
「似てるだロ? 奴とアルフ……そしてこのボクもダ。」
ビネフの言いたいことを何となく察した幹部たちは、言葉を出さずに同意する。
「奴も強イ。 だからこそボクは彼らに期待していル。」
最後の言葉の意味が掴めず、ガマーがその意味を問おうとした時だった。
作戦室の扉が叩かれた。
「なんだい?」
音に気付いて最初に動いたデルダは、作戦室の扉を開く。
少し前に、元々ここに居た連中も既に解雇されており、最早レッド・ウルフ専用の部屋となりつつあるこの場に来る者も少ない中の珍しい客だった。
「……!? アンタ。」
デルダは、扉の目の前にいた男に驚く。
見慣れた顔ではあるが、かなり久しいその男がそこに立っていた。
その男の顔を見た時、ガマーは不敵に笑う。
「な、言っただろ? アイツは強いってな。」
扉の目の前に立つ男、アルフ。
カブツ達を失ってから塞ぎ込んでいた彼の表情は、強く凛々しくなっていた。
そんな彼を見たビネフは、心の中で呟く。
(ボクもお前に助けらレ、アルフも今この瞬間に乗り越えタ。)
ビネフはアルフに背を向けると、彼らがいるであろう方向に体を向ける。
(最後はお前ダ。)
家族であるレッド・ウルフのメンバーとはまた違う絆で結ばれた男に向けて激励したのだった。
トラルヨーク軍基地の敷地内にある墓地に立つナムは、目の前のダルゴを睨みつけながら、静かに人差し指を2度曲げて挑発する。
そっちから来い。
という意味のジェスチャーを理解したダルゴは、自身の力を舐められている事に怒りを感じながらも、挑発に乗ってナムへと接近していく。
部下を守るという考えから、司令官でありながら体を鍛え、格闘の鍛錬に力を入れてきた。
そんな彼は、あのレッド・ウルフのリーダー、ビネフとも互角に渡り合える程に強い。
しかしその強さはあくまで一般人として、だ。
ナムの近くに接近したダルゴは、全力の拳をナムの顔面目掛けて振るおうとした。
しかし、その行動を取ろうとした際に彼は体のバランスを崩し、勢い余ってナムの後方に転倒して床を転がった。
ナムが攻撃される直前で少しだけ身を動かし、ダルゴの足を自身の足で払ったのだ。
「どうした? 早く来いよ。」
「ぐっ……貴様!」
転倒したダルゴは素早く身を起こし、再びナムに向けて拳を振るう。
今度は走ったりせず、その場で留まってからの拳だった。
しかしその拳は片手で軽く取られ、その勢いのままナムは回転すると、ダルゴをまるで布のように振り回して地面へと投げ捨てる。
再び床を転がる羽目になったダルゴは、呻き声を上げながら痛みに耐えていた。
「俺達の仲間になるんだろ? 強さを見せてみろ。」
「舐めるな!」
転倒していたダルゴだったが、体を低く起こしてナムに近付き、今度は自ら足払いを仕掛けるように横薙ぎで蹴りを繰り出す。
しかしナムは、その足を上へと蹴り上げ、手で掴むと再び回転して振り回してまたもや地面へと投げ捨てる。
頭の方から飛んだダルゴは、先程よりも痛みが強い姿勢で地面に転がる羽目になる。
「ぬぅ!? おのれぇ!!」
怒りに染まるダルゴを、冷たい目で見下ろしていたナムは、再び人差し指を2度曲げて挑発する。
「どうした? 俺達の役に立てるんだろう? 早く来い。」
「きさ……ま! なんのつもりだ!」
何度も床に転がされたダルゴの体には、無数の擦過傷が出来ていた。
命に別状は無いだろうが、痛みはあるのだ。
フラフラと体を起こしたダルゴは、更に怒りを強めながらナムに大声で吠えた。
「ナム! アンタ何をしてるのよ!?」
目の前の戦闘の状態に、流石に見ていられなくなったミナは、ナムに抗議をする。
しかし、当のナムはそんなミナの抗議も無視している。
「なんのつもりだと? テメェが付いてきてぇって言ったんじゃねぇか。 早く来いよ。」
ナムは再び指を曲げ、挑発を繰り返す。
そんなナムの行動に頭に血を昇らせたダルゴは、負けじとナムに向かって再び突撃し、何度もやっているように拳を真っ直ぐ振るった。
それをナムは姿勢を低くして避け、そのままダルゴの体を掴むと、そのまま姿勢を戻して後ろに向かって放り投げる。
結果的に空中で回転し、背中から地面に落ちることになったダルゴは、衝撃で肺から空気が全て抜ける感覚を覚える。
「ガハッ!?」
「一撃も与えられねぇのか? 俺は今滅茶苦茶弱くなってるんだぞ?」
ナムはそう言うと、痛みに悶えるダルゴに向けて4つ目のブレスレットを装着した腕を前に出す。
まるで、格下に見せつけるように。
「な……何が気に食わんのだ!?」
仰向けに倒れていたダルゴは、震える体を無理矢理動かして起き上がろうとする。
「三武家の仲間には相応しくないと? それならばそこの2人はどうなのだ!?」
ダルゴの怒号の対象になった2人。
タイフとリィヤは突然にその視線を向けられ、萎縮してしまう。
それ程までの迫力があった。
「何が言いてぇ?」
「そこの2人は貴様ら3人と比べれば弱いだろう! そやつらが仲間になれておるのに! 何故儂はダメなのだ!」
その怒号を聞いたナムは、心底呆れたようにため息を吐く。
「テメェ勘違いしてねぇか?」
「何が勘違いだ! 真実でしかない!」
怒りに染まるダルゴを、変わらず冷めた目で見下ろしていたナムは、そのまま酷く冷たい言葉で突き放すように言葉を発した。
「敢えてテメェの勘違いに乗って話してやるよ。」
ナムはゆっくりと片手を前に出し、そのまま人差し指をダルゴに向ける。
「テメェは俺達の誰にも勝てねぇよ。」
その言葉を聞いたダルゴは、更に顔を真っ赤にして怒った。
そしてナムの方へと全速で近付いていき、懐からある物を取り出した。
それは軍用ナイフだった。
練習用ではなく、刃のある本物のナイフ。
あまりに怒りに染まったダルゴは、それを無意識に取り出してしまったのだろう。
「儂を……どこまで愚弄すれば気が済むのだ!?」
「おもしれぇ物取り出すじゃねぇか。 現実言われて何怒ってやがる。」
ダルゴがナムに接近し、そのナイフを素早くナムの腹に向けて突き出そうとする。
しかし、そのナイフを掴んだ手に衝撃が伝わり、彼はナイフを失ってしまう。
ナムが手を蹴り上げ、持っていたナイフが回転しながら空中を舞っていた。
その回転するナイフは、真っ直ぐにダルゴの頭目掛けて落ちていく。
眼前に迫るナイフの挙動は、放っておけば自分に刺さる位置だった。
「何が悪い。」
そう呟いたダルゴの声は、先程までよりは小さく弱々しかった。
迫り来るナイフの速度がやけにゆっくりに感じる時間だった。
「ケンジの復讐をする為に貴様らの仲間になるのが何が悪い!!」
そう叫んだダルゴの眼前に迫っていたナイフは、すんでのところでナムに止められていた。
刃を二本指で白羽取りしたナムは、先程よりは表情に笑顔を浮かべながら、そのナイフをその辺の地面に放り捨てる。
「やっと本心が出やがったな。 手間かけさせやがって。」
「な……に?」
ナムはそう言うと、呆然としているダルゴの目を真っ直ぐ睨みつける。
「死んだ右腕の復讐、そんな事の為にテメェはとんでもないことをしようとした。」
「そんな事だと!?」
再び激怒したダルゴの頭と肩を掴んだナムは、無理矢理にある方向へと彼の体を動かす。
「何をす……る?」
無理矢理向けられたその視線の先には、彼が脱ぎ捨てた軍帽があった。
「ケンジの死を悲しむのは勝手にしやがれ。 だがな?」
ナムはダルゴの体を放すと背中から全力で蹴り飛ばし、彼は飛ぶようにその軍帽の近くに倒れ込んだ。
「ケンジの死のために、他のテメェの部下を見捨てるつもりか?
テメェが前に言ってた、部下を守るのは自分だと言ったのは嘘か?」
「……!?」
地面にうつ伏せに倒れ込んだダルゴは、目の前に落ちている軍帽を見つめる。
「どうすれば良い……儂はどうすれば。」
か細く消えるような声でそう呟いたダルゴは、立ち上がることもしなかった。
「んな事はテメェが考えろ。 だがあえて言うなら……そうだな。」
ナムは少し考え、倒れたままのダルゴに向けてその言葉を言い放つ。
「俺がテメェを気に入ったのは、あの時の執務室でだ。 それだけは覚えとけ。」
ナムはそれだけ言うと、無言でその場から立ち去っていく。
仲間達も困惑し、ダルゴとナムの方を交互に見ながらもナムの後ろに着いていく。
結果的にその場には、ダルゴ1人が残された。
体中に傷を作り、土で汚れた彼は、その場で長い間動かなかった。