3章:一時の安寧
「ほ、本当に上手く行ったの!? 信じられないよー!」
「あ、あぁ……もうこの町の軍の人間がホシにとやかく言うことは無い筈だぜ。」
ムンは、ノーラス軍基地の外でソワソワしながらナム達を待っていた。
ナムからの報告を受けたムンは、目を大きく見開き驚愕の声を上げていた。
「ここまでの道中で聞いたけど、まさかホシさんがワーウルフだったなんて。」
ミナは1度周りに視線を動かしてから、仲間内に聞こえる程度の小さな声でそう呟くと、興味ありげにムンの隣に居たホシに視線を動かす。
ムンの腕に気弱そうに抱きつくホシの姿からは、彼の正体がワーウルフだとは思えない。
「ホシさんの見た目だからかわかりませんけど、わたくしもそこまで恐怖はありませんね。
エイルさんと同じような人だから、でしょうか?」
そう言いながらリィヤはホシに近付くと、しゃがんで目線を合わせて微笑む。
魔物へのトラウマを持つリィヤも、ネットの村で出会ったヒューマンであるエイルと同じ匂いのするホシに対しては分け隔てなく接せられている。
元から人間だと思って接していたから、という理由もありそうだが。
「そう言って貰えると、ボクも嬉しい。 ありがとうリィ姉。」
長い金髪を持ち、可憐な印象を持つ美少女に属するリィヤと間近に接しても、ホシはドギマギすることなく平然と接している。
元から、同じく(見た目だけなら)美女のイチカに言い寄られても軽く流していたところを見ると、潜在意識の中で種族の違う相手にそういう感情は無かったのかもしれない。
「とはいえ、軍が認めたのはお前の暴力性の無さを伝えた上で、多少脅したからでしかねぇ。
なにか起こしたら間違いなく掌を返されるだろうよ、大丈夫だよな?」
ナムからの念押しに対し、ホシとムンは少し体を強ばらせながらも強く頷いた。
「今なら大丈夫だと思う。 不思議と元の姿……になっても制御出来る気がしてるんだ。
今度はボクがムン姉を守るんだ。」
ホシのその強い意志に、少しばかり心配していたナムも安堵の表情を浮かべた。
それは仲間達も同様のようで、皆一様に笑顔を浮かべていた。
「そうか、なら大丈夫だ。」
ナムはホシの頭へ乱暴に掌を一瞬乗せ、そのまま仲間達に合図して歩きだした。
「どこ行くのー?」
ムンから投げられた言葉に、トウヤは1度振り返る。
「すまん、行かなくては場所があるんだ。
元気でな2人とも……タゲンやイチカ、ワンドンにもよろしくな。」
その言葉に、ムンとホシは一瞬寂しそうな顔になるが、直ぐに笑顔を取り戻すと、彼等に向かって大きく手を振り始めた。
「そうなんだー……わかった、元気でねみんな! また遊びに来てよー!
ウチ達の恩人だから歓迎するからー!」
ナムを除いた仲間達は一斉に振り返ると、2人に手を振り返す。
今回の騒動を解決した張本人であるナムは、振り返らずに手だけを少し振って終わらせた。
そんな時だった。
「ムンちゃんの声! ってことはホシ君も!」
「ちょ、イチカさん!?」
そんな会話が聞こえると同時に、遠くからムンとホシの近くへ走り寄ってくる人影。
タゲンとイチカの2人が見えた。
よく見ると、そんな2人(と言うよりイチカ)を追ってきていたであろう大男、ワンドンも建物の影に隠れている。
「ホォシ君! 昨日家にいなかったじゃない! 人の気配が無かったから心配したぞー!」
「えぇ、見張ってたのー!? イチカ姉ちゃん。」
「イ、イチカさん……オレとの食事の約束。」
「だから昨日は食が細かったのだのぉ。 残念じゃあ。」
皆共通して銀髪を持つ彼等のやり取りを遠巻きに見ていたナム達は、苦笑しながら更に離れていく。
子供だけでの生活と、ホシの大きな秘密を抱えた2人の今後の平穏な日々を確信しながら。
彼等が居れば、あの2人は間違いなく大丈夫だろう。
変人ばかりではあるが、悪い人間達では無い。
「これでこの町での懸念は消えたね。
とはいえ闇の騎士とかいう組織がまたこの基地を襲う可能性はまだあるけど。」
彼等を最後まで見守っていたタイフは、ナム達の方向へ視線を戻す。
「そうだけど、私達だけじゃ全ては守れないわ。」
「一応、俺様から母上に、この町の警戒を父上に伝えるよう頼んでは置いたが……帰ってきてくれると助かるんだがな。」
三武家当主達は今のこの町に居ない。
ナム達と同様に色々調査をしてくれている筈なのだが、何処にいるのかは全く分からないのだ。
「はぁー、せめてあのガルドにラハムさん、アークさんにも頼めればいいんだけど。」
「ヤツらも今どこにいんだか、わかんねぇからなぁ。」
幼少の頃からナム達と同じ訓練を積み、同じ戦闘力を備えたツヴァイの3人とも、トラルヨークで再会した後から音信不通である。
人数が欲しい時に限って連絡が取れない身内達に、ナムは舌打ちをした。
「愚痴ってても仕方ない。 早くトラルヨークに戻ろう。」
「ほんと、あの町に私達何度寄ったか。」
「わたくしは嫌いではありませんけど、色々なお店もありますし……久しぶりにダガンさんとネネさんにも会えそうですし。」
「う、確かに1度装備の状態見てもらわなきゃ、かぁ……苦手なんだよなぁあの子。」
トラルヨークのダルゴ司令官からの驚愕の連絡。
それを受けたシモン司令官から聞かされた内容、それは。
ダルゴ司令官の右腕であったケンジ副司令官の死亡。
彼の事をよく知っていたナム達にとっては、勿論衝撃だった。
しかしそれよりも、ミナには全く敵わないとはいえ、あれほどの剣の腕を持つケンジ副司令官を殺せる程の相手がいたのだと言う事の衝撃の方が大きかった。
「どう思う。」
今までの和気藹々とした会話の途中でナムから急に話を変えられた仲間達は、先送りにしようとしていた問題に目を再び向ける。
「私が保証する、かなりの腕前だったわ。 マッド……じゃなかった、レッド・ウルフのあの剣士と互角の筈よ。」
レッド・ウルフ幹部。
岩をも切り裂くフェザーソードを愛用する剣士、ベダと互角と言い張るミナの言葉には嘘はないだろう。
「余程強い人だったのか、それとも余程苦手な人が来てしまったんでしょうか?」
「僕的には後者かな、と思う。 剣が通じなかったとか、もしくはただ強いだけじゃ下せない敵だったのか。」
仲間達の話を聞きながら、ナムは顎に手を置く。
今までの行動からして、狙っているのは間違いなく司令官ただ1人。
それが今回の犠牲者はダルゴではなくケンジだったこと。
勿論、あくまで副司令官である為に対象になった可能性はあるが、それなら2人とも死亡していてもおかしくは無かった筈なのだ。
その綻びが、ナムの背筋に寒いものを纏わせる。
「こりゃまた1波乱ありそうだなぁ。」
「縁起でもない、辞めなさいよ本当に。」
闇の騎士の狙い。
それがナム達には全く検討がつかない。
どうして軍の司令官ばかりを狙うのか。
軍のトップの暗殺になんの意味があるのか。
(まさか、魔物の超強化の謎と関わりがあったり……なわけないか。)
事件続きで調査が滞ってしまっているが、彼等の旅の本来の目的。
魔物の超強化の謎の調査。
不思議と突然それを思い出したナムだったが、彼は首を横に振ると自嘲気味に笑う。
(馬鹿な考えは辞めだ。 そんなことより先ずはトラルヨークに急がねぇと、なんだかんだあのクソオヤジも心配だしな。)
他の町での入院期間を除けば、ノーラスではそこそこ長い期間を過ごした。
三武家達の故郷でもある、そんな町との別れももうすぐである。
(解決してねぇ問題は多い。 セラルが攻撃と治療魔法を使える謎すら解明できなかった。
今回の事件、一体何が起ころうとしているんだ?)
拭い切れない不安を抱えながら、彼は町中を歩き続けた。
「はーい、めんどくさぃけど来たよー!」
発展している大きな町中で、2人の人影が出会う。
「すまねぇっす、アイツ失敗したのを余程悔しいのか帰りやがって。」
「まー、帰りたぃのは同意だけどねぇ。」
黒髪のツインテール、腕と足を大きく晒した黒服、そしてその露出した腕や足に何個かベルトが施された服装をした少女は、欠伸をしながらそんなことを言い放つ。
ほんわかした雰囲気に似合わず、その右手には人の身長に近い大振りの鎌が握られている。
「アンタも、もう少しやる気をだすっす! 大きな目的があるのは知ってるっすが、これは任務っすよ!」
「えー、だるぃ……前に言ったじゃん、その目的が見付かったら呼べってぇ。」
「そうはいかんっす! はぁー……なんでよりによってコイツなんすか。」
黒い服装に身を包んだ、小柄なスキンヘッドの男は、大きなため息を吐きながら頭を抱える。
そんな男の様子は気にも留めず、その少女は眠そうに欠伸を繰り返していた。
(いや、わかってるっす……コイツ以外こんなに早くこの町に来れなかった事くらいは……それでもっすよ。)
ここまで来るには、普通の人間には相当な距離となる上で、どうしても時間が掛かる。
その距離を、僅か1日程度で素早く踏破できるのはこの少女だけである。
「それでぇ? わざわざマイカを呼んだってことはぁ? 必要なんでしょー、めんどぃけど手伝ってあげるよ。」
「いや、さっきも説明したっすが……まぁ良いっす。
目標は討ち漏らしたトラルヨーク軍司令官。
流石にガジス程綺麗には行かないとは思うっすが、期待してるっすよ。」
大鎌を構えた少女、マイカは1度鼻を鳴らすと、面倒そうにその鎌を振り回す。
「おわぁ!? 危ないっすよ!! その鎌で斬られたらシャレになんないっす!」
「そうだねぇ、あの元上位騎士の剛爪もイチコロだったもん。 嫌なら離れときなよぉ。」
あくまで振り回すのを辞める気のないマイカの様子を見た男。
幻導のパプルは慌てて彼女から離れる。
それこそまるで飛び退くが如く必死に、だ。
(死神のマイカ……その武器と強力な超能力、更にあの力の組み合わせは強力無比。
裏切った元上位騎士、ベルアの後継者に最も近い存在……適さない理由が任務に怠慢な事。)
目の前で鎌を弄ぶように振り回すマイカを眺めていたパプルは、大きなため息をついてから体を大きく震わせる。
「オイラ……五体満足で帰れるっすよね?」
そんなパプルのボヤキは、本人には聞かれることなく空に消えたのだった。