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ブレイカー  作者: フィール
3章
143/156

3章:目的の獣

ワーウルフ捜査の途中で出会ったタゲンの誘いで、酒の席に参加したナム達。

しかし、当のタゲンの酒癖の悪さと普段酒を飲まない仲間達により、酒の席は混沌の空気に支配された。


そこから解放されたナムだったが、店長であるアゴルからの依頼で、酔い潰れて眠ってしまったタゲンを介抱することになった。


今、そんなナムの目の前には2人の人間がいる。


酒に酔い潰れ、今だに眠ったままのタゲン。

そして、ナムの目の前で大きなパンを頬張るイチカだ。

イチカの食欲はまだ収まらないらしい。



「お前、夜な夜なそんなに食ってんのか?」


「わふひ?」


「いや、先ずはそれを飲み込んでから喋ろよ。」



いびきすらせず、本当に生きてるのか不安になるタゲンと対照的に、イチカの方からは絶え間なく咀嚼音がし続けている。

そんなイチカからの咀嚼音が1度止まったタイミングで、ナムはもう一度質問をした。



「毎夜なのか?」



ナムの2度目の質問に、イチカは1度体を硬直させてから返答してきた。



「うっ……そう。 ホシくんの前ではお淑やかないいお姉さんでいたいから。」


(……お淑やかだったかぁ?)



ムンとホシの家での行動を見るに、昔から色恋沙汰に興味が無いナムでも察せられるほどにホシに執着しているのがわかる。

そんな彼女の趣味にとやかく言うつもりはないが、相当特殊な趣味を持っているらしい。



「ま、そこはどうでもいい……お前を1度捕らえたのは。」


「ワーウルフ……でしょ? 別に気にしてない。 慣れてるし。」



イチカは素っ気なくそう言うと、再び半分くらいのサイズになったパンを頬張る。


銀髪の彼女がこの町に住んでる都合上、今夜と同じ事をして、疑われたこと自体初めてではないのだろう。

それはそれでどうかとナムは思ったが、敢えてそれは言わないことにした。



「それによく考えたら……そこの男も見たことある気がしてきた。 前もこの公園で寝てた気がする。」



イチカは、横で眠っているタゲンに目を向けてそう言うと、興味なさげに鼻を鳴らす。



「夜中に良く出歩くなら、昨日の遠吠えも聞いてたはずだ。 どこからだ?」


「……確かに聞いたけど、この町では狼の遠吠えなんて日常茶飯事だから覚えてない。 でも大体いつも向こうの方から聞こえてくる。」



パンを片手に持ったままのイチカが指さしたのは、この公園から大体南西の方角だった。


先程までナム達が飲んでいた居酒屋や、ムンやホシの家。

ノーラス軍の基地もある。



「なるほどな、助かった……まぁ、最早探す気はあんまねぇがな。」



ナムはそう言うと、座っていたベンチから立ち上がる。

聞くことがなくなった彼にとって、最早ここに長居する利点は無いからだ。



「さて、じゃあ俺もそろそろ帰……ん。」



ナムが立ち上がると共に、背後になにかの気配を感じた。

明確な敵意はあるが、その存在はあまりにも隙だらけであり、そこまで強大な存在ではない。


それを確認したナムは、敢えてその存在の攻撃を誘発させることにする。



「ぬぅん!」



背後からの強襲を全くの無意味にする咆哮を上げたその存在は、拳のようなものをナムに向かって振りかぶってくる気配を感じた。


それをナムは首だけを右に曲げて避け、顔の横を通った腕を左手で掴み、そのまま背負い投げをして地面へと叩き付ける。



「おわぁ!?」



これまた情けない声を上げた男は、地面に叩き付けられたことによってその場で悶絶している。


突然のその事態に、横にいたイチカは驚いてパンを喉に詰まらせかけた。



「うっ……危ない危ない……ん? この人。」



喉に詰まりかけたパンを、胸元を何度か叩いて何とか降ろしたイチカは、目の前で悶絶している男に目を向ける。


その男はとてもガタイがよく、この大男が投げられたとはとても信じられない程の人間だった。



「……なんだお前か。」


「なにすんじゃ……ぬぅ! お、お前は!?」



背後から襲撃してきたこの大男。

ナムは見覚えがあった……と、言うより今日会ったばかりだ。



「確か、ワンドン……とか言ったか?」



ナムの目の前で悶絶している男は、ワンドンだった。


銀髪を持つ大男であり、今回の騒動の容疑者の1人である。



「お前……! その人に何しとるんじゃあ!」


「何もしてねぇ……あーそういや、したと言えばしたか。」



ナムの発言を聞いたアンドンは、悶絶しながらナムを睨みつける。

同時に、手に持っていたパンを背中に隠していたイチカからも睨みつけられている。


余計なことは言うな、とでも言いたげな鋭い目だ。



「それより、お前はなにしてんだ? こんな時間に。」


「ぬぐ……そ、それは今関係無いじゃろがあ!?」



明らかに動揺し始めたアンドンは、視線を横に流して冷や汗をかきはじめた。

その様子から、今ここにいる理由を余程話したくないのだろう。



「違うんじゃ! 変なことはしとらん! そのお仁が毎日毎日ここであまりに美味しそうに沢山食べるもんじゃからついつい……んぁ!?」



とても聞き流せないような言葉を聞いたナムは、またか、とでも言いたげな呆れた表情に変わり。


隣にいたイチカは本気で顔を青ざめる。

その表情からは、夜な夜なの暴食がバレていたというのと同時に、毎夜視界の外から見られていたことによる嫌悪感すら見て取れる。



「えっ……毎日!? 見てたってこと?」


「あっ……あっ! いやいや違うんじゃ! 今のはそんな意味では無いんじゃ!」



その会話を聞いていたナムは、その場から静かに立ち去っていく。

言い合い、と言うよりイチカの一方的な追求を尻目に、ナムは巻き込まれないように公園を後にする。



(……こりゃ決定だな、理由は分からねぇがアンドンの奴はイチカに付き纏っていたらしい。)



アンドンが昨日の夜の事を話たがらなかった理由に気付いたナムは、本気で呆れ返る。



(良く考えたら、あの姉弟の家でも付き纏ってくるって言ってた気がするな。)



背後から聞こえる喧騒を完全に無視し、ナムは公園から足早に離れていく。



(はっ……やっぱりワーウルフなんていねぇ。)



ナムはそう考え、このくだらない調査に完全に見切りをつけ、自宅に向けて歩を進めた。

明日にシモン司令官に問題は無いと報告して、この件は終わりだ。


この時はそう考えていた。


夜中に響く、狼の遠吠えを聞くまでは。



「……!」



普段なら聞き逃すだろう。

肉食の危険な動物とはいえ、魔物ではないただの動物の鳴き声だ。


しかし、この遠吠えはそうはいかなかった。


ナムの鋭い聴覚で、それに気付いてしまった。



(これはおかしいな、見に行くか!)



ナムはその場から急ぎ移動する。

普通では無い、その遠吠えのする場所に。


()()()()()()()()遠吠えの場所へと。


遠吠えの聞こえた方角は、イチカから聞いた情報とも一致している。

居酒屋ほど近くは無いが、ノーラス軍基地より遠くはない。


となると、その間に位置する場所はただ一つだけ。


あの姉弟の家だ。



(急いだ方が良さそうだ!)



拭いきれない不安を抱えながら、ナムはあの姉弟の家へと向かう。

人の目の無い夜中と言うこともあり、彼は自身の持つ最高速度で町中を走っていたためか、予想より早く2人の家の前に辿り着くことが出来た。



(……!)



目の前に広がる光景を見たナムは、思わず息をのんだ。

開いた扉からうっすらと見えたのは、倒れている1人の人間。


そして銀色の毛皮を持ち、二本足で立つ1匹の狼。

明らかに普通の狼ではない。



「ワーウルフ……か?」



ナムの呟いたその言葉を聞いたその二足歩行の狼は、ナムの方へとゆっくりと首と肩だけ振り返り、そしてすぐさま家の玄関を通り抜け、高速で町の中へと走り去っていく。



「……! 待ちやがれ!?」



ナムは一瞬だけ家の中を確認するが、暗闇に覆われており誰が倒れているのか詳しくは見えない。

しかし、それを確認している暇はない。


ナムは舌打ちをした後に、逃げたワーウルフを追う。


このまま放っておいて被害が出たら取り返しがつかないことになってしまう。



(死んでねぇ事を祈るしかねぇな……おっと。)



ナムがそんな事を考えている途中で、彼から逃げ続けていたワーウルフは道の真ん中で停止した。


ナムも慌ててその場に止まり、目の前のワーウルフと対峙する。



「観念したか?」



ナムの言葉に反応するかのように、目の前のナムの背の半分ほどの背を持つワーウルフは、その場で小さな雄叫びを上げ、そのまま高速で接近してくる。



(来る!)



ワーウルフは、鋭い爪をもつ腕を振りかぶり、袈裟斬りのように振り下ろすと同時に下からの振り上げを同時に繰り出してくる。


袈裟斬りを体を逸らして避け、振り上げを自身の腕で押さえ込んだナムは、そのままワーウルフの体を蹴り飛ばす。



「!?」



後ろへと吹き飛んだワーウルフは、途中で地面に爪を突き立てて速度を抑えると、そのまま再び接近してくる。



(こいつ、戦い慣れしてねぇ……というより、自我を失ってるのか?)



迫ってくるワーウルフに向け、ナムは拳を構える。


本来であればヒューマンに近い知能を持つ筈のワーウルフがこれ程までに猪突猛進なことに違和感を覚えた。

しかし、今は敵を止めることに集中する為、その思考は1度捨て置くことにしたナムは敵の動きに集中する。


ビーストよりは確実に強い相手なのだ、油断は出来ない。



「!!」



素早い速度で接近したワーウルフは、先程と同じようにその爪をがむしゃらに振り回してくる。


しかし、格闘を得意とするブロウの跡取りであるナムにとって、その攻撃は全く脅威ではない。

まるで子供の喧嘩のような攻撃を片っ端から捌きながら、隙をついてナムの拳がワーウルフの体に叩き込まれた。



「!?」



しかし、その拳の威力を後方に下がることによって軽減したワーウルフは、その場で1度立ち止まる。


その動きに違和感を感じたナムが警戒している最中、ワーウルフはその場で口を大きく開いた。



「ト……ル……ド!」



微かに聞こえにくいその言葉と共に、ワーウルフの口内から炎の竜巻が射出される。


その竜巻状の炎は、大きくうねりながら驚くナムの元へ向かってくる。



「ちぃ!?」



迫り来る炎の竜巻を睨みつけたナムは、自身の拳を腰元に置くと、それを向かってくる炎の竜巻に向かって全力で振り抜いた。


うねる炎の竜巻の先頭を拳で見事に捕らえ、その炎の竜巻はナムのガントレットの付与によって止められる。



「……!?」


「残念だったな……俺のガントレットにはアンチ・イマジナリが付与されてんだ。」



その言葉と同時に、ナムの拳は見事にその炎の竜巻を霧散させると同時にワーウルフに向かって接近する。


一撃で仕留める為に拳を全力で振りかぶり、その速度に反応出来ないワーウルフの顔を捉えようとしていた。




「やめて!?」




その時だった。


背後から聞こえた絶叫のような大声を聞いたナムは、その拳を辛うじてワーウルフの顔の寸前で停止させた。


そして、当のワーウルフもその声に驚いたのか、完全にその場で大人しくなる。



「お願い……殺さないでよ……今日は失敗しただけなの……大丈夫だから……そのワーウルフ、いい子だから!」



泣きそうな聞き慣れた声を聞いたナムは、その声の主の正体に気付いた。



「昨日もだったから……寝不足気味だったから……体調が良くなかっただけなの、ウチが悪いの!」



振り返りが終わるまでに、完全にその人間の正体を確信したナムは、敢えて振り返らずにその人物に声をかけた。




()()か……そうか、お前が止めたとなると。」




ナムはそれだけを呟き、目の前のワーウルフをマジマジと見つめた。

目の前に現れた、()の姿を見たワーウルフは何処か泣きそうな表情に変わっていた。



「こいつは……()()だな?」

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