3章:人狼探索3
ナム達が特に何も考えずに声を掛けた1人の男、タゲン。
タゲンから少しずつ広まっていった銀髪を持つ人間達との交流により、ムンとホシの家の中は異様な空気に包まれていた。
机を囲み集まる、10人という決して少なくない人間達。
美人でスタイルの良いイチカへと色目を使うタゲン。
新たに増えた大男、ワンドンへと警戒するような目を向けるムンに、そんな彼に恐怖するホシ。
怖がるホシに対し、顔を赤らめながら怪しい目線を送るイチカに、そんな彼女を忌々しそうに睨みつけるワンドン。
そして、そんな5人の彼らに相対する5人。
所謂ナム達である。
決して広くない家の中でこれだけの人間が集まっている影響か、少しばかり息苦しい。
「えー……昨日の夜の事纏めるわよ、ムンさんは夜更かし、ホシさんは眠っていて、タゲンさんは記憶がなくて、イチカさんは……言えないのよね?」
ミナの発言を聞いた対象の4人全員は一斉に頷く。
全員の反応を見たミナは、こちらを睨みつけるように腕を組んで座っているワンドンへと視線を向けると、彼に話しかける。
「えーと……ワンドンさん? 貴方は昨日の夜は何をしていたの?」
「おぉ!? なんで昨日の夜が関係あるんじゃあ!」
怒り顔でそう凄んだワンドンであったが、ミナの冷たい視線に気付くと、おもむろに目を逸らす。
その横でタゲンはその視線に体を震わせていた。
何故かニヤけた笑顔で。
「すまねぇな、俺達もあの司令官に無理難題言われててよ……黙って協力してくれると助かるんだが。」
「むう……し、仕方ないのう……昨日の夜はぁ、うむ。」
ワンドンは言いにくそうな表情に変わると、言葉を濁してしまう。
まるで昨日何をしていたかを今考えているような素振りで。
「ウチ少し知ってるよー昨日の夜更かししてた時に窓見てたら、なんか辺りをキョロキョロしながら歩いてたよー!」
「そ、そいつぁ怪しいな! 何してたんだいワンドンさんよ!」
タゲンはワンドンに対して強気でそう追求するが、ワンドンからの恐ろしい睨みつけを受けると同時に顔を青ざめさせ、イチカの手を握ろうとし、そのまま彼女に力強く跳ね除けられる。
何故かワンドンも額に青筋を浮かべながら更に彼を強く睨みつけた。
「思い出したわ! お前の事知っとる気がしてたんじゃ!
お前も夜中に夜の町を歩いとったわ! 左右にフラフラと! 何しとったんじゃ!?」
「えっ! いや……オレはそんな大した事じゃ。」
急に反撃を受けたタゲンは、顔を青ざめさせながら消え入るような声でそんなことを言い始め、それを聞いていたイチカも何かを思い出したらしく、割り込むように発言する。
「あ、わたしも見ましたね……よくよく思い出したら、この人道の途中でうずくまって唸っていたわ。」
「い、イチカさんまで!? オレは本当に怪しくないぞ!?」
ここに集まった人間達が言い合いを続ける中、それを口を挟めずに眺めていたナム達はそれぞれの状況を目配せしながら纏めていく。
(なんでこんなに怪しい連中ばかりなんだ?)
(わからないわ、もう少し話聞かないと。)
(俺様もミナさんに賛成だ、そもそもこの中にワーウルフがいるとは限らない訳だしな。)
3人はジェスチャーや口の動きだけでそれを伝え合い、それをミナが代表してタイフとリィヤにも伝える。
2人はこの3人程は素早く伝わらなかったが、何度か合図を変えながら伝え切る。
「す、凄いことになってきましたね。」
「うん、もう僕も何が何だか……思ったより面倒だね。」
リィヤとタイフは、お互いに耳元でそんな事を言い合う。
昨日の夜の事を聞くだけのつもりが、ここまでの口喧嘩に発展するなど、どうやっても予想出来るわけもなかった。
「み、皆落ち着……。」
「ちょっとちょっとー、ここウチとホシの家だよ! 大声で喧嘩するなら外でやってよー!」
ムンの弱い力で机が叩かれ、口喧嘩をしていた3人はそこで時が止まったように大人しくなる。
そんな3人を1回流し見たムンは、満足そうに腕を組んで何度も頷く。
「す、すまんムン……ついつい熱くなっちまった。」
「このワンドン、幼いおなごに諭されるなど屈辱じゃのう。」
「そうよねホシ君! イチカ姉さん落ち着いたわ! ごめんね!」
すっかり大人しくなったタゲンとワンドン、何故か1人だけ謝る対象が違うイチカの3人は、先程とは打って変わって落ち着きのある話し合いを始める。
「結局、3人共昨日の夜のことは話せない……ってことだよな?」
トウヤの放った言葉にタゲンとイチカ、ワンドンは、おもむろに目線を明後日の方向に向ける。
「お、オレの場合は記憶が無いんだよ……アレを……過ぎたから。」
「最後濁したのが怪しいのう、まぁそれでもこのワンドンが昨日何していようが関係ないがの。」
「どうだか……あ、ホシ君! わたしは特に怪しいことは無いんだからね?」
しかしこのとおり、3人とも昨日の夜の話をしたがらない影響で、ナム達の聞きたいことが全く聞けないままに時間だけが過ぎていく。
そんな中、家主であるムンが夕焼けに染まりつつある外の様子を気にし始めた。
「そろそろ夕食の準備しないとー。」
「あ、もうこのような時間なんですね……すみません、こちらの都合で長居してしまって。」
思ったより長居をしていた事に気付いたナム達を代表したリィヤがそう謝罪をするが、それを聞いたムンとホシは、同時に首を横に振った。
「構わないよー、タゲン兄ちゃんから聞いてるだろうけど、ウチら親いなくて2人暮らしだからね……たまにはこうやって騒がしいのも悪くないよー。」
「さ、さっきみたいな喧嘩は困るけどね……タゲ兄とイチカ姉も好きだし、ワンおじもそこまで悪い人じゃ無さそうだから。」
「ワンおじ……? おじ……うむ。」
おじさんと呼ばれ、何処かショックを受けていそうなワンドンを除き、他の2人は少しずつ帰り支度を始めた。
ナム達もそんな2人に釣られるように、それぞれが荷物を纏め始める。
その途中で、ムンはナムに目線を合わせながら机の上のあるものへと指をさす。
「飲まないの? それ。」
「そんな飲めるか!?」
ナムが一切を手を付けなかった、風呂場用の桶の中に並々と注がれた水を指さしていたムンは、残念そうに肩をすくめる。
そして、そんな様子を見ていたホシは、その桶を片手で持ち上げると、素早く風呂場へと持って行った。
「また来てねー、今度は風呂場のじゃなくて新しい大きな桶用意しとくからー……井戸から汲み上げるのに使ってるので良い?」
「普通のコップで良い! つか次は自宅から持ってくるぜ! 何出されるかわかったもんじゃねぇからな。」
ナムの返答に、ムンはケラケラと笑う。
そして、背後からホシが食材の入ったザルを持ってきたのと同時に、彼女はホシからそれを受け取ったが、そのザルを一瞬で地面に落とし、それを全力で唸り声を上げながら台所に持ち上げる。
そんな2人の様子を、タゲンとイチカは微笑ましそうに見つめていた。
付き合いが長いと言っていた2人にとって、近所の子供以上に特別な感情があるのだろう。
「僕達も今日は帰って、明日に正直に見つかりませんでした、でシモン司令官に報告して終わりでいいんじゃないかな。」
「あぁ、俺様もそれでいいと思うよ。 正直本当にワーウルフがいるのかわからないしな。」
タイフとトウヤの会話に、他の3人も躊躇なく頷いた。
その意見を拒否する理由など何も無いのだから。
そんな会話をすると同時に、後ろから声が掛る。
「お! なら少しオレと酒付き合えよ! いい店知ってんぜ。」
「あ? 何だ急に。」
タゲンからの突然の誘いに驚きを隠せないナムは、1度他の仲間達へと視線を送る。
それの意図する意味を何となく察した仲間達は、苦笑いしながらも全員が頷いた。
「……あー、構わねぇってよ。」
「よっしゃ! じゃあこの後すぐ向かおうぜ、もう開いてるはずだ! ……イチカさんはどうですか!?」
「わ、わたしは却下……今減量中なの。 またね、2人とも。」
顔を赤らめたイチカはそれだけ言うと、一度振り返ってムンとホシに向かって手を振る。
目線の位置が完全にホシだけを捉えているように見えたのは気のせいだろう。
そして彼女は、素早くムン達の家から出て行った。
「んー……じゃあワンドンさんはどっすか?」
「適当だのう!? このワンドンも暇では無いのう、遠慮させてもらうわ。」
ワンドンはそう言うと、特に別れの挨拶もせずにその家から飛び出した。
2人が帰った後に、タゲンはナム達の方向へ向き直る。
「んじゃ、オレ達もいこうぜ。 はぁ……振られたか。」
イチカを誘う事に失敗したタゲンは、露骨に肩を落として落ち込んでしまった。
そんな彼に向かって、ムンは悪戯に笑う。
「タゲン兄ちゃんったら、イチカ姉ちゃんここんところ体重増えたって悩んでるのにお酒の席なんて誘っちゃって……女心わかってないねー。」
「それを先に言ってくれよ!?」
先程より更に肩を落としてしまったタゲンを、ムンは楽しそうに笑い飛ばす。
そんな2人を、少し苦笑いしながら眺めるホシ。
ナム達は彼等を残し、先に家から出たのであった。
それから数分後にタゲンはようやく家から出てくると、ナム達を案内する為、先導して移動し始めた。
すっかり夕暮れになった景色の中、まだ雪に覆われたノーラスの町は人で賑わっている。
「こっちだ、そんなに遠くない。」
タゲンそう言うと、少し先の道を曲がり裏路地へと入っていく。
メインの賑やかな町の風景とうってかわり、静かな雰囲気の細い道をしばらく進むと、右側に目立たない看板を携えた店が姿を現した。
「ここだ! エルベロ……オレの行きつけの店だ。 そんなに高くないし、そこそこ美味い酒が飲める。」
「普段飲まないからこういうお店はよく知らないわ……たまには良いわね。」
ミナのその発言と同時に、ナム達とタゲンはそのエルベロという店に入店した。
木造の店内はお世辞にも綺麗とは言えず、客層も旅人のような屈強な男が多い。
そんな彼らが、大きな声で談笑しながら酒をひたすらにあおっていた。
最早味を楽しむのではなく、酔うことを目的とした飲み方だ。
「さ、酒場って初めて来ました……。」
「そう言えば俺様も無いなぁ。 父上もほぼ飲まないしな。」
トウヤとリィヤの2人は、物珍しそうに店内を眺め始める。
この店の雰囲気にそぐわないような少女が来たからか、店内の客の一部から驚きの視線を感じる。
「おお、タゲン! 昨日は無事だったのか……お? 始めて見る顔ぶれだな。」
カウンターの奥に立っていた初老の男が、酒を注ぎながらそんな事を言ってくる。
恐らくこの店の店長だろう。
「……ん? 一応言っておくが、コレだからな?」
店長らしき男が慣れた手つきで握りこぶしを作り、親指を横の看板に向ける。
その看板には、15という数字に×が書かれた物が掛けられていた。
それはこの世界での酒の決まりのようなものだ。
絶対禁止という訳では無いが、基本的に12才以下は暗黙にダメとされ、店によっては独自のルールを決めている場所もある。
地下にあるような目立たない店では、子供だろうが飲ませる店すらあるという噂もあるくらいだ。
「わかってるよ! それよりオレの紹介で呼んだんだから面目潰すなよ!」
「誰に口聞いてやがるこの野郎! ……任せろ!」
店長らしき男が再び親指を向けた先には、空いている大きめのテーブルがあった。
それを確認したタゲンは、そのテーブルに向かってナム達を誘導する。
「結構賑わってるじゃねぇか。」
「知る人ぞ知る名店なんだよ。 特にここにいるような酒好き連中にはな……まぁ、オレもその1人だが。
まぁ、それより座れよ!」
タゲンに促され、ナム達はそれぞれ席につき、ナムはその物怖じしない性格から我先にと机に置いてあったメニューの書かれた紙を手に取って眺め始めた。
「んじゃ、俺はこれだ。 ほらよ。」
ナムの手からミナへとメニューが渡される。
「初めてだから私何を頼めばいいのかしら。 ……ん、これ美味しそう。 はいどうぞ。」
今度はミナからトウヤに渡され、自然に横に座っていたリィヤも横から眺める。
「父上が稀に飲んでたのはこれだった気がするな、リィヤは?」
「わたくしは……ミナさんのと同じのにします。 果物ジュースみたいで美味しそうです!」
トウヤの手から今度はタイフへと渡り、彼はそれを眺める。
「僕はコレしようかな、はいタゲンさん。」
「いや、いらん。 おーい、注文頼むぜ、オレはいつものだ。」
カウンターから店長らしき男が出てくると同時に、それぞれが頼みたいものを指さすと、彼はそれを素早く書き留めてカウンターの奥へと戻って行った。
そして少しの後、テーブルに6つの酒が運ばれてくる。
ナムの前には酒をただお湯で割ったもの。
ミナとリィヤの前には赤い果汁で酒を割ったもの。
トウヤとタイフの前には麦から作られた発泡酒がそれぞれ配られる。
そしてタゲンの前には、とても小さなコップに透明な酒が注がれた物が置かれた。
「ん? 随分量が少ねぇなそれ。」
「コレを飲まないと付与魔法が掛からないんだよ、よし、全員来たな!」
タゲンはそう言うと、おもむろにその小さなコップを持ち上げる。
ナムとトウヤ、そしてタイフは同じようにコップを持ち上げ、ミナとリィヤは他のメンバーの動きを見ると、慌てて真似るように持ち上げた。
「そんじゃ、偶然の出会いを祝って!」
タゲンの一言と共に、ナム、トウヤ、タイフがコップを打ち鳴らし、それに遅れるようにミナとリィヤも慌てて打ち鳴らした。
「お、おい。」
その後のタゲンの行動に、思わずナムは彼に向かってそんな事を言い始める。
彼はその小さなコップの内容物を素早く飲み干してしまった。
それと同時に、慣れたように店長がそのコップに2杯目を継ぎ足しに来る。
「程々にしとけよ。」
「わかってるよー。」
そう言いながら、彼は再びそれを飲み干す。
異常に飲むペースが速く、ナムでさえ酒を飲む手が止まっていた。
「あのペースで飲むべきなんでしょうか……兄様?」
「やめとけリィヤ、飲むの初めてだろ。」
タゲンの勢いに圧倒されながらも、ナム達は目の前のそれに口をつけ始める。
ナムは予想外にもゆっくりと量を減らし、トウヤはおっかなびっくりとそれを飲み。
タイフは意外にも既に半分ほど内容物を減らしていた。
ミナとリィヤはその甘い味の酒に目を輝かせながらそこそこ早い速度で減っていた。
「美味しいわね……ちょっと変な後味あるけど。」
「こ、これはこれで良いかもしりぇませんね。」
既に顔が赤く染まっているリィヤに、割と平然としているミナ。
飲みなれているのか普段と変わらないタイフと、少しばかり顔が赤いトウヤ。
そして一切顔色が変わらずに飲み続けるナム。
それぞれが違う反応を示しつつ、この酒の席は過ぎていく。
その途中でいつの間にか頼まれていた、豆をメインとした軽食が前に出された。
「ヒック……これはオレの奢りだ、食え食えー!」
4回目の店長らしき男からの継ぎ足しを飲み干したタゲンは、既に頭がフラフラと横に揺れている。
そして店長らしき男が面倒になったのか、テーブルの上にタゲンに注がれていた酒の瓶がいつの間にか置かれている。
勝手に注いで飲め、という意思表示なのだろう。
ナムはそんなタゲンを見て若干ドン引きしながらも、仲間達へと視線を向ける。
味が気に入ってしまったのか2杯目を頼み始めたリィヤ。
ようやく半分程無くなったミナ。
2杯目を半分に減らしながら目の前の軽食をつまむタイフ。
父親が飲んでいた酒の味に何か思うところがあるのか、何故か感激しているトウヤ。
そして予想以上に飲む少女に、ナムの視界の端で沸き立つ他の客達。
中々混沌とした状況に、ナムは目線を彼等から外すと。
自分のペースで目の前の酒を飲む。
(……大丈夫か? こいつら。)
この後に起こるかもしれない面倒な事態を想像した彼は、考えることを辞め、今は久しぶりの酒を楽しもうとした。
現実逃避してるだけなのだが。
「おーいアゴル爺! 無くなったぞ、2本目よこせー!」
タゲンのその言葉を聞いたナムは、現実逃避していた思考を更に他所にやることにした。
もうどうにでもなれと言わんばかりに。