1章:タイフの過去
ナム達がタイフに出会う数ヶ月前。
人口は100人程度の小さな村、ゼンツ村にタイフは暮らしていた。
早朝、布団の中でまどろんでいたタイフは腹部への急な衝撃に目を覚ます。
「ぐぇっ!何すんだマイカ!?」
タイフの腹部に足を乗せているのはタイフの3歳違いの妹。
<マイカ>である。
「お兄ちゃん!!今日は村の警備の日でしょ!?遅れるよ!」
「……あっ!!まずい!!ありがとなマイカ!!」
タイフは布団から跳ね起きると、慌てて身支度を始めた。
「全く……お兄ちゃんはマイカが居ないとダメなんだから。」
マイカはやれやれと言わんばかりに手を横に広げる。
そんな様子を見ていたタイフは若干恥ずかしげに着替えを終えると、部屋の一角にある武器を腰元に提げる。
輪っかのような形の取っ手以外に刃が着いた武器、圏とも言われる武器である。
それを2つ腰元に提げたタイフは慌てて自分の部屋から飛び出す。
「あら?タイフ?朝食は?」
「ごめん!!割とギリギリだから食べられない!」
タイフの母親はそれを聞き、苦笑する。
「19歳にもなってそれじゃこの先心配ねぇ。」
「むむむむ!」
タイフは若干の反抗をするが、時間が無いため適当に切り上げると玄関へ向かう。
「タイフ、忘れ物は無いのか?武器は?」
「持ってるよ!安心しろよ父さん。」
タイフは自分の父親にそう返すと、出発の挨拶だけして家から飛び出していった。
「お兄ちゃん行ったー?」
「行ったわよ、嵐のようにね。」
「ハッハッハ!いつもこんな感じだなぁ。」
タイフの父親が大きく笑うが、それを見た母親がボソリと言った。
「誰に似たんだか。」
「なんでわたしを見るんだ!?」
「お父さんも良く忘れ物するよね、いつもマイカが届けてんじゃん。」
父親はやられた、といわんばかりの表情で頭を掻いた。
その頃、家から飛び出したタイフは集合場所まで全速で走っていた。
この村では男は18歳を迎えると共に戦闘訓練を受け、魔物から村を守る警備隊をローテーションで任されるのだ。
19歳であるタイフは既に1年は警備隊に所属している。
幸運なことにタイフは村の中では戦闘面においてはトップの強さであり、先月警備隊長にすら模擬戦で勝利している。
遅刻を良くすることさえ無くなれば最高の隊員なんだが、と言うのは現隊長の悩みである。
「あら!タイフ!!まだこんな所にいるのかい?」
声をかけてきたのはこの村で野菜をメインで売っている店のおばさんだ。
「相変わらずだなぁおめぇは。」
同時に村唯一の鍛冶職人の親方である。
「寝坊しちゃったんだよ!!まだ間に合う!」
「俺の弟子ならゲンコツだなぁ、まぁ、きいつけろ!」
「転ばないでよー。」
そんな2人の声に手だけ振って返答すると、走り続けるタイフ。
その後も村人数名に声を掛けられながらも、時間ちょっと過ぎ位に集合場所に着いたタイフ。
隊長が腕を組みながら額に青筋を浮かべていることに気付いたタイフは引き攣った表情になる。
「よーし来たな、訓練2倍だ。」
「うげぇ!!」
無情に叩き付けられる罰にタイフは崩れる。
「タイフ、お前が強いのは誰よりも訓練をしておるからかもしれんな!ハッハッハ!」
隊長の高笑いに微妙な表情を浮かべたタイフは、今度こそあの最新鋭の毎日設定した時間でアラームを鳴らす時計を買ってやると心に決めたのであった。
その後もタイフは他の隊員よりもキツい訓練をこなし、その疲れた状態のまま模擬戦に移る。
タイフの武器、外側に刃のついた輪っかのような見た目の圏と呼ばれる武器は非常に扱いが難しく、隊員でも使用しているのは彼だけと言う状態だ。
この武器は投擲にも使用できるのだが、タイフの物は特別製であり、投げた後に手元に帰ってくるブーメランのような構造も有している。
外側に刃がついているのでかなり危険な構造なのだが、不思議なことに彼は問題なく戻ってきた武器の取っ手を掴み取り、戦闘を続行するのだ。
模擬戦では各人の得意武器をそれぞれ持ち寄り、その武器の刃にカバーを装着し、殺傷能力を可能な限り低減した武器を使用する。
勝敗の基準は、受けたまたは与えた攻撃が本来ならば致命傷または戦闘続行不可能な怪我を負うものと判断された時点で決まるのだ。
タイフは既に3人の隊員を打ち倒し、同じく勝ち残っていた隊長と戦っていた。
「相変わらず……すげぇ動きだな、明らかに難しい武器だってのに。」
「長い間使ってますからね、慣れましたよ。」
そう言うとタイフは隊長に向かって、刃を保護するカバーを装着した圏を投げる。
慌てて回避した隊長の頭の上を横なぎにすり抜けた圏は、近付いていたタイフに掴み取られ、回避行動で把握が遅れた隊長の右肩に振り下ろされる。
「ちぃ!?」
隊長は規則通り、肩をやられた想定で右手から力を抜くと、左手に彼の武器であるロングソードを構え直す。
タイフは1度も攻撃を受けておらず、五体満足な状態だ。
「厄介な武器だ!!」
「そりゃどうも!それ!」
タイフは再び圏をなげる。
距離を取ったら不利になると悟った隊長は、タイフに向かって全速で近付く。
圏を少ない動きで避けた隊長はロングソードをタイフに向かって左袈裟斬りで振り下ろした。
勝利を確信した隊長だが、その攻撃はタイフのもう1つの圏によって受け止められた。
彼はこの武器を2つ持ちしているのだ。
「うおおおお!!」
隊長は左手1本しか使えない状態にも関わらず、タイフに向かって横なぎや振り上げ、突きに蹴りまで混ぜながら連撃をするが、それは全てタイフに捌かれてしまう。
「僕の勝ちです、隊長!」
「言うようになったじゃないか!!」
隊長はそう言っ再度左袈裟斬りでタイフに向かって攻撃しようとするが、急な首筋への強い衝撃に地面へと倒れてしまう。
何事かと周りを見ると、タイフの手に戻ってきたもう1つの圏が握られていた。
隊長はその戻った圏が首に当たり、本来であれば斬首されていたことに気付くと、大人しく両手を上げて負けを認める。
「大した奴だ。」
隊長は立ち上がり、地面に落ちたロングソードを拾い上げ、鞘に収めるとタイフに近付いて、握手をした。
隊長はこの村ではトップクラスの剣士だった、先月までは。
「たまたまこの武器と僕の能力が噛み合っただけです、本来の剣術なら隊長にはまだ敵いません。」
「お前にその力があると知った時は驚いたよ、そして嫉妬もしたな。」
「使いこなすのかなり大変ですよ。」
「確かにな、オレには出来そうもないな。」
そう言って隊長はタイフから離れると、警備隊全員の前に立つ、模擬戦は彼ら2人が最後だったのだ。
「本日の訓練はここまでにする、各自帰宅し良く休むといい、また明日同じ時間にここに集合だ、タイフ……遅れるなよ?」
「善処します。」
タイフは今日の訓練量を思い出しげんなりしている。
隊長の締めの言葉が終わると、隊員がそれぞれ解散していく、中には最後のタイフと隊長の戦いの話題をしながら帰る者もいた。
そして特にやる事も無いタイフはまっすぐ帰宅途中である。
「1回も反撃出来なかったなぁ。」
タイフは隊長との接近戦時、捌くのに必死で反撃ができていなかったことを思い出す。
投げておいた自身の武器による不意打ちで勝利したが、実力はまだ追いついていなかった。
「三武家のアーツ……今の跡取りさんは女性なんだよな、全部の武器を極めてるって話だけど……凄いなぁ、僕の能力があっても勝てる気がしないよ。」
タイフは昔、アーツの跡取りの顔写真だけは見た事があったのだ、流石に昔過ぎて記憶がおぼろげだが、かなりの美人だった記憶はある。
三武家の中で彼女だけは唯一ファンへのサービスが良い、他の2人……マギスとブロウの跡取りはあんまり写真等は出回っておらず、顔すら知らない人も多いと聞いている。
ブロウの跡取りはそういうものを大変面倒くさがっていると聞いているし、マギスの跡取りは性格上はファンサービスはウェルカムだが、取り巻きの黒服連中が一切許さないらしい。
そんな状況なのでアーツの跡取りは非常に人気が高く、今どこの町に住んでいるのか等の情報が非常に高値で取り引きされているとか、その情報の真偽はともかく。
「僕も写真の1枚や2枚は持っとくべきかなぁ……ん?」
タイフは村の通路の真ん中に落ちている物を見つけ、歩みを止めた。
そこにあるのは柱の上にドクロの頭が乗っている形に掘られた石で出来たチェスの駒のような物が存在した。
大きさはおおよそ10cm程であろうか。
「なんだこれ?」
タイフはそれを手に取り、手首を回転させて色々な方向から眺める。
「また雑貨屋のおば……魔女さんが変なの仕入れたかなぁ。」
雑貨屋の女主人は今年で50歳になる、魔女に憧れているらしく、自身の魔力は皆無なのに服装は魔女そのもののな格好を好み、カウンターの真ん中に意味ありげに丸いガラスの玉が鎮座しているのだ。
この玉は特に効果は無く、鍛冶屋の親方に頼み込んで作ってもらったものらしい、本人はワシの魔力が籠っておる、なんて言ってるが。
「後で聞いてみるか、今日は疲れたから明日にでも。」
タイフはその黒いドクロの彫刻を服のポケットにねじ込み、帰路を更に進んだのだった。