3章:無茶な依頼
その日、タイフは外の騒がしさで目を覚ました。
全く慣れないベッドの上で目を擦ったタイフがゆっくりと起き上がり、そのままの動きで窓の外を見る。
相変わらず雪に覆われた町並みの中を、早起きに分類されるであろう人達がまばらに歩いていた。
そんな和やかな景色には似合わない程の足音、そして声がどこからか鳴り響いていたのだ。
「なにがあったんだろう?」
好奇心が湧いたタイフは、三武家の1つであるブロウ本家の当主、ガイムの部屋から出る。
そしてそのまま彼は屋敷からも出ると、外の様子を確認するかのように視線を辺りに動かした。
和やかな町中の景色の中に、慌ただしく走り回る人間達の集団が何組かあり、彼等は外を歩いている人間達や、家の扉をノックしたりしていた。
寝起きで頭が働いていないタイフは、もう一度目を擦ってその集団に視界のピントを合わせる。
そんな彼の視界に映った人間の集団は、最早見慣れた制服を来た同じ組織の人間達だった。
「あれは軍の人達かな? 一体何が……まさかこの町に魔物でも襲撃してきたのか!?」
異常な光景からそんな心配をしたタイフは、すっかり眠気が覚め、慌てて外で慌ただしく走り回る集団の1つに近寄ると、その中の1人に話しかける。
「何があったんですか?」
突然タイフに話しかけられた軍人は驚いたようにタイフへと視線を向け、彼が三武家の仲間の1人だと気付くと共に、まるで救世主が現れたかのような明るい表情に変わる。
「おお! 確か貴方はタイフ殿か!? 他のお仲間は?」
明るくそう回答したその軍人は、タイフの両肩にそれぞれ手を置いて揺さぶってくる。
頭が振られて視界が定まらない中、タイフは慌てて答えた。
「ま、まだ集まってないけどど、1人ならすすぐにでも呼べますよよ?」
「おお、ならお願いしたい!」
軍人からの揺さぶりから解放されたタイフは、フラフラししながらもなんとかブロウ本家へと戻った。
そしてそのまま足早にナムの就寝している部屋に飛び込んだ彼は、ベッドの上で爆睡しているナムを見ると同時になにかの現実を直視してしまったかのような絶望した表情に変わる。
「しまった、あの人に嘘ついた……すぐには無理だったか。」
タイフは何処か達観したような表情に変わると、おもむろに部屋の中を見回し始める。
それは現実逃避による部屋の内装眺めであったが、そんな彼の視界にあるものが映った。
ナムの部屋の中に雑に積まれた箱の1つの蓋が半開きになっており、その中身が少し見えていた。
それはまるで小型の銅鑼のようなものであったが、タイフはそれを見つけると共に笑顔になる。
(使えるんじゃないか、あれ。)
タイフは素早く箱に近付き、その銅鑼のような物を取り出す。
掌4つ分程の大きさの正方形のフレームの上に取っ手が付いており、その中心に吊らされるような形で打ち鳴らす銅鑼のような物が付いた物品だった。
タイフは更に箱の中を探ると、これを打ち鳴らす為の物であろう金属製の球体の付いた棒を発見し、それを取り出した。
(金属? 随分重い棒だなぁ。)
疑問を感じたタイフであったが、今はナムを起こすことが先決である事を思い出すと、その棒を大きく振りかぶる。
(こういうの、使ったことないけど……まぁ、元気よく叩けば良いんだよな?)
彼は、この時未来眼を発動していれば。
とか後悔したらしいが、それは未来の彼である。
力一杯に振り下ろした撥は、普通の人間よりはそういう物の扱いに長けていた彼の腕により、普通よりも素早く銅鑼に吸い込まれていく。
そして、撥と銅鑼が接触した時。
この時のタイフの記憶はここまでだった。
「随分時間が掛かるなぁ、と思ってたら物凄い爆音が鳴り響いて驚いたよぉ、はっはっはっ!」
タイフが話しかけた軍人は、顔を青ざめた2人の男を見ながら高笑いをする。
珍しく力無く俯くナムと、まだ耳の痛みが引かないらしいタイフの2人である。
「最悪の目覚めだ。」
「こればかりは本当に申し訳ないと思ってるよ。」
突然の聞いた事のある爆音のせいで珍しく悲鳴を上げながら飛び起きたナム。
周りを慌ただしく見回した彼の目の前に広がっていたのは、気絶をしたタイフとその周りに転がっていたあの忌々しい銅鑼だった。
あまりに起きない幼少の頃のナムを起こす為、ガイムが何も考えず、とても良くつんざくような音が鳴り響くよう特注で作らせた物であり、あのガイムですら1度使ってからは封印していたいわく付きの物。
ナムもそれがトラウマになっており、ガイムが封印した場所から持ち出し、自分自身の力で再び隠していたその音響兵器とも言うべき物品が床に転がっているのを見た彼は、珍しく恐怖した。
「あの音を聞いて思い出したよ。 10年くらい前にも爆音が鳴って、魔物の仕業だと確信してノーラス軍が大々的に動いたんだけど、魔物の姿は無かったっていう話。 長く務めてる仲間が言ってたなぁ。」
「あ、あー……それは大変だったなぁ? それより何があった?」
冷や汗を流しながら不自然に話題を変えたナムをチラリと見たタイフは、何かを察するが敢えて何も言わなかった。
それは軍人も意味を察する事以外は同じだったようで、いきなり疲れきったような顔になる。
「シモン司令官が、昨夜の狼の遠吠えで。」
「なるほどね。」
狼の遠吠えに関する話を、昨日まさにナムから聞いていたタイフは、彼の言葉で何が起こったかをある程度理解する。
「大変だなぁ、おめぇらも。」
「下手に未来予知レベルの怖がりなもので無視も出来ず……あ、コレだ。」
軍人の男がそう言って懐から数枚の紙を取り出すと、それをナムに渡す。
その紙に視線を落としたナムは、その内容を一瞥すると感心したように声を上げた。
「銀髪の人間のリストかよ……よくもまぁこんな物を。」
「狼の遠吠え毎に同じような事態になるので、予め用意している。」
軍人の気苦労を内心で同情したナムは、そのリストへもう一度視線を落とす。
名前と住所が書かれたそのリストの名前の部分に横線2本で消された物が複数あり、まだ記入されていない人物も数名存在しているようだ。
「それは昨夜の遠吠えのした方角に関する聞き込みで、住所的に可能性は低いと判断された人物となる。」
「今迄で見つかってるのか?」
ナムの質問に、軍人は顎を触りながら静かに答える。
「それが……シモン司令官にしては珍しい事に、この件に関してだけは特に何も起こらないのだ。」
本当に不思議そうにそう呟いた彼の言葉に、ナムとタイフは顔を見合わせる。
「それは……確かに不思議だね。 大体は実際に起こるんでしょう?」
「うむ、大体どころか……ほぼに近い。 それなのに、遠吠えに関してだけは彼の杞憂で終わってしまう。
その人物達も、全員に何度も接触していてね……最早彼等にとっても日常みたいになってるんだ。」
嫌な日常だな、と内心でその人物達に対しても同情したナムだったが、一応そのリストの中身をしっかりと目を通す。
普通にいる髪色ということもあり、町の至る所に点在しているようであり、リストの数が膨大になっている。
そんな中、そのリストに見慣れた名前を見つけた。
(やはりあいつ……セラルも候補か。)
彼女の場合、銀と言うよりは白に近い。
それでも色が似ているということで一応リスト化されているのだろう。
遠吠えの方角が重なったのか、まだ彼女の名前に二本線は引かれていない。
そんな中、他と消され方が違うリストを発見した。
「ん? 名前が二本線じゃなくて三本線で消されてる奴がいるみてぇだが?」
「それは既に亡くなっている人達のだ、数はそんなに居ないがね。」
なるほどな、と内心納得したナム。
しかし、そんな中にもう1人見慣れた名前があった。
「死んだ奴の名前、随分古いのを残しているんだな。」
「よく気付いたね、記録として残しているんだが……まさか知り合いでもいたかい?」
「あー、まぁそんなもんだ。」
ナムはそう短く答えると、その紙を素早く他の紙の後ろに移動させてしまう。
そんな彼の行動に、軍人もタイフも首を傾げるが、特に何かを知っているわけでもない為に深く聞くことはしなかった。
その後、全ての紙の内容を確認したナムは、その紙を軍人に突き返すように返却した。
「んで、シモンはなんだと?」
「と、と、遠吠えの主を探せ! だそうだ。」
声真似のような事をした軍人の返答に、ナムは知っていたかのように深くため息をついた。
軍と関わるとろくな事がない。
そんなジンクスを改めて感じた彼は、無言でその場から離れようとする。
「ちょ、どこ行くの?」
「あ? 決まってんだろ……他の連中と合流だ。 さっさと片付けるぞ。」
それを聞いたタイフは、慌てて彼について同じように移動を開始した。
途中で振り返ると、例の軍人が見送りをするように敬礼しているのが見える。
最初から協力してくれると信じていたような動きだった。
「意外にナムって協力的だよね。」
「どういう意味だ? ……まぁ、めんどくせぇ事はさっさと終わらせるに限る……実際この町のワーウルフの噂話は絶えねぇからなぁ。」
2人はそんな事を言いながら、ミナやトウヤ、そしてリィヤ達と合流すべく移動を続けたのだった。
敬礼しながら2人を見送った軍人は、2人の姿が見えなくなると共に敬礼を解く。
そしてこの町の寒さに震えながらも、返された紙の1枚を上に出すと、その内容を確認し始めた。
先程の彼の不思議な行動が気になったのだ。
特に深い理由は無かった。
彼が紙のリストを上から確認していると、2名の名前の上に三本線での消し込みが行われていた。
「1人はデニル……あー、去年病気で亡くなったお爺さんだな。 あともう1人は……?」
軍人がもう1人に視線を動かすと、その名前……と言うより住所に注目した。
(ここじゃないか……彼が出てきたこの家だ。)
今まさに目の前にある、数年前から無人となっている謎の屋敷。
表情には出さなかったが、この屋敷から人が出て来たという事実に、彼は内心とても驚いていたのだ。
(亡くなったのは……20年前位、家族か? 名前は。)
軍人の目が名前に止まる。
しかし、彼にとってはそこまで思い入れのある名前ではない。
(フウル……女性か。 母親? 姉? 亡くなった年月から考えると妹はおそらく無いだろうな、なるほど、それならあんな反応になってもおかしくは無い。)
そう納得した彼は、その書類を懐に仕舞う。
好奇心を満たせた、その事実だけを認識して。
「さて、聞き込みを続けるとしようか。 今日こそはしっかり眠る!」
そんな決意を抱いた彼は、足早にブロウ本家の前から立ち去ったのであった。