3章:ナム達の知らない戦い
とある町の隠された空間。
その場所を根城にする、全身を黒い服装に統一した人間達。
そんな彼等は、実施した作戦の1つを失敗した、という理由による会議に参加することになっていた。
まだ主催者が居ない為、雑談の場になっているのだが。
「おーおー、もう平気かぁ? 魔弾、爆砕?」
そう声を掛けたのは、その組織の一員でありながら、上位騎士という立場を持った男。
別名、矛盾を名乗るキーダだ。
彼の視界の先には、2人の男女が居た。
魔弾を2つ名に持つシュルト。
爆砕を2つ名に持つミリアだ。
「うん、二鏡ちゃんのお陰ですっかり元気だよ!」
「アタイも同じさ、だけど……アイツを逃がしたのは悔しいけどね。」
タイフ、そしてトウヤに負けた2人は、小さくない傷を負っていた。
しかし、この組織に所属する聖魔術師である二鏡の少女の治療魔法で2人は全快していた。
「命を落とせば、ワタクシの魔法でもどうにもなりませんのよ? 特にシュルト様は相当な大怪我でしたわ……応急処置を行ったサラルに感謝してくださいまし。」
その本人である聖魔術師、二鏡のセラルとサラルは、それぞれが好物とする飲み物を嗜んでいた。
姉であり、聖魔術師であるセラルは紅茶。
妹であり、魔術師であるサラルは果物ジュースだ。
見た目も声も似ている2人だが、姉妹で好む食事の好みはまるで正反対である。
仲が良いを軽く超える絆を持つこの2人にとって、その程度の些細な好みの違いは、全く気にならないようだが。
「ふふふ、気を付けるよ!」
ウィンクをしたシュルトに対し、セラルは興味が無さそうに顔を逸らすと、妹であるサラルを熱い眼差しで見つめ始める。
「本当に美しいですわ。」
「も、もう! こんな時にお姉ちゃんったら!」
「自分達の世界でやってくれよ、全く。」
目の前で繰り広げられた光景に、ミリアは牽制の意味を込めてそんなことを言い、そしてため息をつく。
見えない所でやってくれる分には構わないが、目の前でそれが行われると、彼女にとっては目のやり場に困るのだ。
そんなやり取りの途中、視界の外から聞こえた盛大な欠伸を聞いたミリアは、そちらへと視線を動かす。
そこには、長い黒髪を両側で結い、黒く体の造形がはっきり見える服装。
そして、露出した手足にはベルトが何本か取り付けられた16歳ほどの少女。
5人の上位騎士の1人であった、剛爪のベルアにトドメをさした張本人が、部屋のソファに面倒くさそうにうつ伏せに寝転がっていた
「闘神はまだぁ? マイカ眠ぃんだけど。」
この組織の中で最も新人であり、死神の2つ名を持つマイカだ。
新人でありながら、任務等への意欲はほぼ無い彼女は、いつも無気力そうにしているのだ。
そんな彼女にも復讐したい相手は居るらしいが、詳細は誰も知らない。
「まぁ、待ちや! もうすぐ来る筈や。」
「おっそーい! もぉ、こんな事になったのは魔弾と爆砕の失敗のせぃなんだからねぇ!」
「ふふふ、手厳しいねぇ。」
文句を言うマイカに対して、頭を掻きながら笑顔を向けるシュルトと、額に青筋を浮かべて殴りかかりそうになっているミリア。
そんな彼らの雰囲気を前にして、冷や汗を流すキーダと、我関せずで、2人の空間を作るセラルとサラルの姉妹。
(おい、何とかせい! 魔神!)
(私は介入しません。)
この空気に耐えられなくなったキーダは、近くに座っていたもう1人の男。
ずっと黙っていたせいで、存在感の薄かったアークへと視線で合図する。
しかし、肝心のアークはその視線による合図を跳ね除ける。
あの三武家、マギスのツヴァイでありながら闇の騎士に所属する彼は、ミリアにだけ正体を隠している。
彼女にマギスの人間だと知られれば、間違いなく敵対する未来が見えているからだ。
「貴方が対処しても良いんですよ?」
「……断る。」
そんなアークと同じくらい存在感の無い男。
無口なその男は、アークからの言葉に対して即座に拒否しながら、まだ来ぬ闘神を待ち続ける。
「かー! 上位騎士が2人もおって役に立たんなぁ! な、魔神、武神?」
「一応言っておきますけど、貴方もその1人ですからね、矛盾?」
魔神、アークからそう突っ込まれ、武神から睨まれたキーダは、口笛を吹きながら明後日の方向へ目を動かす。
どうやら、自分で解決する気は全くないらしい。
「ま、闘神が来るまでの辛抱ですよ……ね?」
アークは、傍にいるもう1人の上位騎士。
武神へと視線を動かす。
「ガルド?」
アーツのツヴァイであるガルドは、興味無さそうに鼻を鳴らす。
そして、アークに対して吐き捨てるように言った。
「……ふん、まぁラハムの奴なら何とかするだろうな。」
「間違いありません。」
最後の上位騎士の1人であり、この組織のリーダーでもある、闇の騎士の1番。
闘神のラハム。
この集まりを主催した張本人であり、あの御方の代弁者でもある彼が来ない限り、この雰囲気は払拭はされないだろう。
「……そういえば、漆黒と幻導は?」
「まだ任務中ですよ。 トラルヨークで。」
「……あの漆黒が珍しいな?」
「相棒が幻導ですから、今頃大量の文句でも言ってるでしょうね、幻導の胃が心配です。」
冗談を言うアークに対して、再び鼻を鳴らしただけで終わらせたガルドは、聞こえてくる足音に対して視線を向けた。
その足音は、少しずつこの部屋に近付いてくる。
任務中である2人と、あの御方を除き、この部屋に唯一居ない組織の仲間の到着を知らせる足音が。
「……来たな。」
「そうですね。」
2番の武神と、3番の魔神の2人は、騒がしい他の仲間に声を掛ける。
闘神の到着を知らせるその合図を前に、それぞれの仲間は様々な態度でそれを迎える。
素早く姿勢を正すミリア、笑顔のまま銃を回し続けるシュルト。
ソファーに寝転がって欠伸をし続けるマイカ、相変わらず二人の世界を作るセラルとサラル。
机に足を乗せて待つキーダ、腕を組んで立ち尽くすガルド、机に肩肘をつくアーク。
そんな多種多様の彼等の前に、最後の男が姿を表す。
「待たせたな、始めよう。」
「そうか! 奴らめ、やってくれたか!」
世界の中心の町にある、トラルヨーク軍基地。
そこの司令官であるダルゴは、目の前にある電話に向けてそんな言葉を発する。
相手はノーラス軍の司令官、シモンだ。
彼の手腕は自分の次に高いと評価しているダルゴにとっては、彼の安全が知らされただけでもそこそこ嬉しいのだ。
『な、な、中々やるねアイツら、君もいい人材を送ってくれたものだ。』
「ふん! 貴様に死なれてはノーラスが危ういからな!」
そんな2人の話しぶりを聞いていた、副司令官であるケンジと、その付き人とも言えるジンの2人は安堵する。
あの5人がシモン司令官を救ってくれた、というのがはっきりとわかったからだ。
ダルゴ司令官の読み通り、ノーラス軍に危機が迫った。
その結果を見る限り、ナム達に無理を言って向かってもらった甲斐があったというものだ。
「流石だ。」
「そうだねぇ……味方であってくれて本当によかった。」
小さく呟いたケンジ副司令官と、それに反応したジンの2人は、本当に上機嫌なダルゴ司令官の様子を確認すると、再び安堵する。
勿論、後者は理不尽なペナルティが無いことによるものだが。
「ふむ、敵は3人と? 今回は多くの魔物は居なかったのか?」
『そ、そ、そいつらは見なかった。 エストの怪異だったか? ぼくちんの所に来なかったならば、お前の場所に来るかもしれないぞ?』
「ふん! 流石だな貴様は! 精々警戒するとしよう。」
自分の所に現れなかったからと夢物語で終わらせないシモンに対し、ダルゴは満足そうに大声でそう宣言する。
彼のこの小心者が故の異常な警戒心の高さに関しては、ダルゴも適わないと認めているのだ。
実際、隠れ潜んだ脅威に対しての対策能力は彼に迫る者は居ないだろう。
「精々気を付けるが良い!」
『お、お、お前もな!』
短い言葉で別れを言い合った2人は、ほぼ同時に受話器を置いたようだった。
ダルゴはすかさず後ろへ振り返ると、ケンジを睨みつける。
「聞いた通りだ!」
「はっ! 上手くやってくれたようで。」
電話の会話など、後ろで聞いていてもわかりはしないのたが、そこはダルゴらしい所だ。
勿論ケンジやジンに至っては、ダルゴの会話のみである程度内容を推測する能力を得ているのだが。
ダルゴの上機嫌な表情を見た2人は、彼の求める答えを言えたことに安堵していた。
そんな時、執務室の扉が勢い良く開かれた。
それに驚いた3人は、一斉に扉の方へ振り返る。
「大変です! ダルゴ司令官! 基地内部に謎の存在が!?」
「何!? ジン!」
「はっ!」
突然の報告に対し、ダルゴはすかさず指示を出し、ジンは素早く報告に来た部下と共に部屋から飛び出していく。
それを見送ったダルゴとケンジの2人も、今出来る準備を始める。
ケンジは腰元に自身の武器であるレイピアを構え、ダルゴは自分の机に座り、素早く連絡を取れるように電話に手を置く。
「……まさか、エストの?」
「シモンの奴にもエストの怪異の事を話題に出された! こんなすぐに現れるとは思わなかったがな。」
「未来予知レベルの、あのシモン司令官の言葉ですからね……今更驚きません……ん?」
ケンジは、何かに気付くと、腰元のレイピアの柄を握りながら、ゆっくりと後ずさりを始める。
まるで、背後にいるダルゴを守るかのように。
「どうした?」
「何者かの気配を感じます……微かにですが。」
ケンジの言葉を聞いたダルゴは素早く席を立ち、そのままケンジの背後に近付き、それと同時にケンジは腰元のレイピアを抜き放つ。
「居るのはわかってる……姿を見せろ。」
そう言い放ったケンジを、部屋の隅から見ている者が居た。
姿を消し、この部屋から出て行った2人とすれ違うように部屋に潜り込んだ者が。
(まさか……某に気付く者がいるとは。)
漆黒のガジス。
ダルゴ司令官の命を奪う為に潜入した彼は、真っ直ぐにこちらを睨み付ける男にそれを阻まれてしまう。
(……幻導、すまん……時間を浪費してしまいそうだ。)
ガジスは、この場に居ない相棒へとそう謝罪すると共に、彼の持つ刺突専用の剣を構える。
(早めに片付けるとしよう。)
トラルヨーク軍基地が見渡せる建物の屋根に、1人の男が座っていた。
右腕に無数の星のような紋様を浮かばせたその男は、いつもよりも多く召喚した存在を操っていた。
「くっ……流石に強いっすね、エスト軍とは大違いっす。」
トラルヨーク軍基地へと攻め込ませた、その魔物のような存在が次々と討伐される感覚を覚えながらも、幻導のパプルは、数を足すように次々と魔物のような存在を召喚していく。
(特に、あの赤い衣装を着た集団の強さが尋常じゃないっす……!? ガジス……早くっすよ、いつまで持つかわからないっす!)
パプルは、攻め込む前の情報収集の大切さを改めて学んでいた。
トラルヨーク軍に新たに配属された特殊部隊、レッド・ウルフの存在。
それを知らなかったら、少ない魔物でしか攻め込まなかっただろう。
時間を更に掛ければ、敵を全滅させること自体は簡単だろう。
しかし、今回の任務は殲滅ではない。
(どうっすか? ガジス……調べは大切っすよ!)
極端に時間の浪費を嫌う相棒へ、それ見た事かと言わんばかりにしたり顔をするパプル。
しかし、そんな彼も戦闘の激しさの前に素早く意識を戻す。
「さぁ、下僕達……! オイラの為に戦うっすよ!」
パプルの周りの地面に、何度目かの魔法陣が浮かぶと、そこから魔物のような存在が次々と現れ、基地へ向かって突撃していく。
ナム達の居ないトラルヨークにて、密かに戦いが始まろうとしていた。
闇の騎士のメンバーが全員判明しました。