3章:合わさる情報
謎の敵からの襲撃を受けたノーラス軍基地。
その戦いから数時間が経った頃。
その内部の最も奥地に存在する執務室に全員集まったナム達は、シモン司令官へと戦いの顛末を報告していた。
「俺の出会った……と言って良いかはわからねぇが、見た敵は、まるで、女ちいせぇガキのようだったぜ、背中に羽が生えてるように見えた。
魔法が得意なんてレベルじゃなかった、相当な腕前だ。」
基地内部で追跡した敵存在の情報をシモンに話したナムは、そのままその顔をリィヤへと向ける。
「リィヤ、お前はセラルとずっと一緒にいたんだよな?」
「え、はい! セラルさんとは、ずっと一緒でした! でも、それがどうしました?」
リィヤからのその情報を聞いたナムは、驚いたように目を見開いた後に、どことなく安心した表情に変わる。
リィヤは、ナムのその表情変化に戸惑うだけだった。
「そうか、ならいいんだ。」
ナムはそれだけ言うと、隣にいるタイフへと視線を移す。
彼の体には、至る所に包帯が巻かれていた。
タイフが基地に戻ってきた時には、体に3発もの銃創を負った状態で現れた。
しかし、どれも急所は避けていたので、簡易的な治療を施して今に至る。
「僕か、えーと……この部屋に銃撃してきた犯人は、前に会ったシュルトという男だった。」
その名を聞いたナムとミナの2人は、それぞれ驚きの表情を向ける。
しかしナムの方は、少しは予想していたのかそこまで大袈裟ではなかったが。
「シュルト?」
「初めて聞きました。」
そんな2人に対して全く知らないとばかりに反応する、少し力なく椅子に座った状態のトウヤと、そんなトウヤの隣に立つリィヤだ。
「そういえば、2人はあの時会ってなかったわね?
シュルトさんというのが、タイフさんがずっと銃を教わってた人よ。 しかし、驚きね……まさかあの人が犯人の1人だなんて。」
「それだけじゃないよ、シュルトは……まるでベルアのような力を持っていた。 体の一部を変化させてきた。
それに、気になる情報も。」
タイフを除いた仲間達と、静かに聞いていたシモンは、タイフの言葉を待った。
既に聞き返したい情報はあるものの、これを超える情報があることは、タイフの口ぶりからすると明確だ。
「彼らの所属する組織は、全員人間、そして人数は10人
それと……組織の名前は闇の騎士って名乗ってた。
全部シュルトから聞き出した。」
「全員……人間だぁ?」
信じられないと言った様子のナムは、訝しげにそう呟く。
しかしそんなナムの疑念も、続いての発言で消え失せることとなる。
「いや……それは確かかもしれない。
詳しくは言えないが、俺様はそれを裏付け出来る。」
トウヤはそう言うと、誰にも気付かれないように、視線をリィヤへと移す。
結局トウヤは、ミリアのことをリィヤに話せていなかった。
彼女を捕らえることが出来ていれば、彼女に伝えることも可能だったが、本人が居ない今ではただ彼女を混乱させるだけだ。
「……そうか、まぁお前が言うならそうなんだろうぜ、だがそうなると……俺はもう1つ気になる。」
「その謎の力について、かな? それに関してはシュルトからも聞き出すことは出来なかったよ。」
申し訳なさそうなタイフの様子を見たナムは、問題ないと言わんばかりに片手を振る。
そして、顎に手を当て思案する。
「体の一部を変化させる……タイフの奴はどんな力だった?」
「まるでコウモリみたいだった。 超音波を使って、壁越しに僕の位置を全て把握していたよ。」
「トウヤは?」
「み……最初の敵は、単純なパワーアップのように見えた。 次のキーダと名乗った男は、体中に鱗のような物があった。 そいつに魔法は通用しなかった。」
それらを聞いたナムは、過去に戦った1人の男を思い出していた。
その敵と同じ力を持った、因縁の敵を。
「ベルアの奴は、異常な回復力と鋭利な爪だったな。」
「まさか? 同じ組織だと思ってるわけ?」
「逆にここまで共通点あって別の組織なんて有り得るのかよ。 何か……理由があって離反してたんだろ。 奴を殺したのもその闇の騎士とかいう奴の1人だったって話なら、筋は通る。」
ベルアも闇の騎士の1人だった。
そう予測したナムの意見を、仲間達は不思議と無視する事は出来なかった。
彼との戦闘時に、ナム達との戦いはオマケのように言っていたこと。
そして以前ナムが訝しんでいた、ベルアが何かと戦う為に戦力を集めていたように見えたこと。
その全てが、ナムの予測を裏付けていた。
「問題は……目的が全く見えねぇことだな。 なにが狙いなんだ?」
「わからないわね……軍の司令官を狙っているみたいだけど。」
ミナの言葉を聞いたシモンは、彼らの視界の端でものの見事に震え始める。
自分が狙われているという現実に恐怖でもしたのだろう。
「今はなんにしてもわからねぇな……それより、トウヤとタイフの傷を癒さねぇと。 またしばらく足止めか。」
そう呟いたナムに対して、目を輝かせたリィヤは静かに手を挙げる。
今回の戦いに参加していない彼女が発言する等珍しいこともある、と思いながらも義兄であるトウヤが反応した。
「どうしたんだ、リィヤ。」
「傷のことなら、1人凄い人が居ますよ!」
「へぇ、腕の良い医者か?」
トウヤからの発言に対し、首を横に振ったリィヤと、そんな彼女の返答に訝しむトウヤ。
「ほら、セラルさんですよ! 道端で転んでしまった、わたくしの傷を治癒の力で癒してくれました!」
「道端で転んだのか!? 気を付けてくれよリィヤ……ん、なんだって?」
リィヤの放った言葉に、トウヤは一瞬遅れて。
そしてすかさず席を立って驚いたのがシモンだった。
そんな2人の予想外の反応に、リィヤは2人へと視線をウロウロさせる。
そればかりか、タイフを除いて他の2人も驚いている。
「り、リィヤ……? 今なんと言った? 治癒の力?」
「は、はい。」
「薬とかで治療した訳じゃなくて?」
「はい、わたくしに傷跡が残っていないのが証拠になると思います!」
そう言ってリィヤは、自ら自身の足元を見せる。
転倒して怪我をした割には、確かに足は綺麗すぎる。
「そ、そうか……いい事を教えてくれたな! でかしたぞリィヤ!」
「あ、はい!」
トウヤに褒められ、本当に嬉しそうに微笑むリィヤ。
そんな彼女にトウヤも微笑み、そしてリィヤを除いたナム達とシモンに合図を送る。
その合図を見たシモンは、冷や汗を流したままではあったが、部屋の中に待機していた部下に合図を送った。
「リィヤさん、少しお話が。」
「え、はい! 良いですけど……。」
「ではこちらに。」
シモンから合図を送られた部下は、リィヤを連れ出して部屋から出ていく。
この部屋からリィヤがいなくなったのを見計らうと、残った5人は素早く身を近付けた。
「おい、なにが問題なんだトウヤ……わざわざリィヤを外させてまで。 普通に聖魔術師が見つかっただけじゃねぇのか?」
「おいおい、忘れたのか? 聖魔術師ってのは……100年に1人産まれるかどうかと言われている、特殊な魔力持ちの人間だ。
魔術師は聖魔法を使えないが、聖魔術師は逆に普通の魔法を使えないんだ。」
「あぁ……そういえばそう……おい待て?」
「そうよ、そうなると変だわ!」
ナム達の驚いた部分と、シモンの驚いた場所は違うのか、シモンは少し拍子抜けしたような表情で彼らを見つめていた。
「セラルは、ホーネットの森で、普通の魔法を使っていた……俺様も使える魔法だ。 これはどういう意味か?」
「トウヤは魔術師だ、つまり。」
「セラルさんが聖魔術師なら……使える訳がないわね。」
そこまで言い合った彼らは、そこで頭を抱えてしまう。
ナム達にとっては当たり前の情報だったが、リィヤは知らなかったのかもしれない。
だからこそ、その場で彼女に問いただすことが出来なかったのだ。
「どうなってやがる?」
ナムの口から思わず出た言葉の後、黙って聞いていたシモンが発言しようと口を開けたが、それを再びトウヤに遮られる。
「それに、おかしい事はもう1つある。
ナムは……知らないだろうが、ミナさんは知ってるよな?」
「えぇ、現代の聖魔術師は……確か行方不明の筈よ!」
トウヤとミナの発言を聞いたナムは、大きく目を見開く。
「どういうことだ?」
「いや、ナム……それは僕でも知ってたよ?
確か、ある両親が、自分の娘が聖魔術師だったって世間に報告して、それから僅か数日で両親は何者かに殺され、娘は行方不明。 だったよね、2人とも。」
「ええ、こういう時はナムは役に立たないんだから。」
ミナにそう言われ、ナムは額に青筋を浮かべながらも、反論できる内容では無いために口を閉じた。
しかしナムは、1つの可能性を思い出すと、指を鳴らして発言をした。
「双子は? 片方が聖魔術師、もう片方が魔術師なら問題ねぇだろ。」
「はぁー。」
自信満々にそう答えたナムに対して、ミナは露骨にため息を吐く。
「知らないなら変なこと言わないで、その聖魔術師は一人娘よ!
両親がそう報告したんだから間違いないわ。」
「……お、おう、そうか。」
ミナから本気で呆れられ、ナムは冷や汗を流しながらそっぽを向いた。
世間の情勢に興味が無い彼にとって、こういう話題はついていけないのだ。
「さてそんなことより、次に会うべき存在が確定したわね。」
「セラルだな。 俺様もそう思ってた。」
「家も覚えてるし、丁度いいね。」
この先の方向性を決める3人を横目に、ナムがふと視線を動かすと、口を魚のように動かすシモンに気付く。
「どうした?」
「い、い、いや……ぼくちんもその行方不明知ってた。
い、い、言おうとした。」
「お、おう……元気だせ?」
何故か少し落ち込み気味な彼に対し、ナムは心の中で憐れむのであった。
すっかり夜になったノーラスの町中。
そこを歩く一人の少女がいた。
(すっかり遅くなってしまいましたわ……結局会えませんでしたし。)
夜になり、更に雪が強くなった町中をセラルは歩く。
自分の住む家を目指して。
「冷えますわね……早く自宅へ。」
セラルは体を震わせながら、移動を続ける。
今は震える体も、後で必ず暖まる。
仲間達にある情報を教えられていたセラルは、それだけを楽しみに帰宅していた。
そんな楽しみな気持ちだったからか、セラルは割と早めに自宅の前へと辿り着いていた。
「心配。」
セラルは、素早く自宅の塀の門を開け、自宅の玄関を開け放つ。
そして、自宅の奥の部屋の明かりが灯っているのを確認したセラルは、大きく胸をなでおろした。
「今帰りましたわ!」
とても陽気な声で、セラルは叫ぶ。
そして、それに反応するかのように、家の奥から1人の人間が飛び出てくる。
長い白髪を持ち、レースをふんだんに使った白い服。
そして、人形のように白い肌を持つ、10歳前後の少女だった。
その少女は、セラルと全く同じ見た目を持っていた。
「朝以来ですわね、ようやく会えましたわ!」
「うん! ワタシも寂しかったよ!」
2人はそう言い合うと、どちらかともなく近寄って抱き合い、そして長い口付けをした。
そのまま何分か過ぎた頃に、ようやく唇を離した2人は、再び2人で抱き合う。
「心配しましたわ……怪我をしたのかと。」
「ごめんね、勝手に使っちゃった。」
「良いんです! 貴方が無事なら!」
セラルは、その言葉ともに何かを思い出し、その少女の体をぺたぺたと触り始める。
どことなく顔が赤らんでいるのは気の所為だろう。
「火傷を?」
「す、少しね……今日追いかけられた人に。」
その少女の言葉を待たずにセラルは小声で魔法名を呟くと、その少女の火傷は一瞬で治療された。
それからも執拗にその少女の体を触診し続けた彼女は、名残惜しそうにそれを辞めると、再び抱きしめる。
「誰が……誰がワタクシの大切な貴方にこんな傷を!?」
「あ、あー……実はワタシも良くは見えてないんだよね……でも体は大きかったよ……ほら、あの人見たいに。」
その少女は抱きしめられながらも、右の人差し指である男の姿をなぞる。
少女がこの町に来るまでに共に旅をし、その夜からはセラルも間違いなく会っているであろう人物を。
「あの男が……!」
「ほらほら、ダメだよセラル! 今はまだ、ね?」
「……貴方がそう言うなら仕方ありませんわ。」
一先ず怒りを抑えてくれたセラルを見た少女は、セラルを抱き返しながら安堵する。
「折角ワタシ達の世界をくれたんだから、少しは協力しないとねー」
「ええ、わかっていますわ……ワタクシ達の世界がある限りは、協力も惜しみませんわ。 その代わり。」
2人は無邪気に笑い合い、その笑顔を邪悪に染める。
「「邪魔をするなら殺す。」」
「ワタクシはあなたさえいればいい。」
「ワタシも……お姉ちゃんがいればいい。」
「「他には何も要らない。」」
2人はそう言うと、抱きしめていた力を弱め、少しだけ離れる。
しかし、お互いの両手はまだお互いの肩に置かれたままだ。
「愛してますわ、サラル。」
「愛してるよ、セラル。」
2人はそう言って再び抱き合い。移動し、そのままベッドへと2人して倒れ込んだのだった。
予想していた人もいるかもですね
二鏡は双子でした。