3章:上位騎士
北の町ノーラスに存在する、ノーラス軍基地。
そこの出入口付近で遭遇したミリアとの戦闘を終えたトウヤ。
義妹であるリィヤの親友であった筈の彼女の不思議な力の前に、予想外の苦戦をしてしまうが、何とか無力化に成功した。
そんな彼女の力の秘密を聞き出そうと会話を試みたトウヤだったが、彼女の口は硬かった。
「マギスなんかに渡す情報はないよ!」
両肩と両足をアイス・ニードルに貫かれているにも関わらず、彼女の恨みの籠った表情に変化はない。
「何度も言ったが、俺様の父上がリィヤを引き取ってから、あの孤児院に魔物の襲撃があったのは偶然だ。」
「はっ、信じられないね!」
視線だけで人を殺せそうな程にトウヤの事を睨み続けるミリアは、動かない四肢を何度も動かそうとするが、傷によりそれは叶わない。
彼女の渾身の蹴りによって、トウヤ自身も体が言うことを聞かない状態であり、お互いに座り込んだ姿勢で牽制を続けている。
リィヤの親友であるミリアを殺すわけにもいかず、完全に膠着状態だ。
「アンタ達の力があれば、あんな魔物達屁でも無かっただろうに! 見殺しにした事実は変わらないだろう!」
「……結果的にはそうかも知れない、だが知らせを聞いた時にはもう手遅れだったんだ。 助けられたら助けていたよ。」
「言い訳は聞きたくないね!」
そう吐き捨てたミリアは、近くの鎖を掴む。
そして、それを振り回そうとするも、肩の傷で上手くいかない。
そんな自分自身に対してかはわからないが、忌々しそうに舌打ちをした。
「仇が目の前にいるってのに……くそ!」
「諦めろ、それが出来ないように肩を狙ったんだ……大人しくしててくれれば悪いようにはしない!
……リィヤもお前のことを本気で心配していたんだぞ?」
リィヤの名を聞いたミリアは、若干俯きながら顔を曇らせる。
トウヤには、その表情から何かを読み取ることは出来ない。
しかし、戦う前の言葉を聞く限りでは、彼女にとってはまだリィヤは特別の存在から変わらないのだけは見て取れる。
「もう辞めにしよう、リィヤも会いたがっている。 お前が生きていると知れば喜ぶ。 俺様達に付いてくるんだ!」
その提案を聞いたミリアは、更に顔を俯かせる。
力の入らない右掌を強く握りしめ、その手を震わせる。
「わかってんだよ、そんなことはね。」
「なら!」
説得を試みるトウヤに対して、ミリアは苛立ったようにその拳を地面に叩き付ける。
先程までの威力はないが、それでもその拳に込められた怒りだけは、嫌という程にトウヤにも感じられた。
「こんな姿で、どうやってあの子に会うってんだい。 アタイの目的はお前達マギスへの復讐なんだよ! 全てを終わらせて! この力を手放してからじゃなきゃ会える訳ないだろ!」
「リィヤがそんなことを気にする子か? 君ならわかるだろ!?」
トウヤはそれだけ大声で叫ぶと、右手に魔力を集中させ、魔法を1つ発動させ、ミリアの近くにあった鎖ハンマーを操る。
人工物を操る魔法、ポルター・ガイストだ。
「何をする気だい!?」
「傷付けはしない、リィヤに会わせてやる。
その前に暴れないように拘束させてもらうだけだ。」
トウヤに操られた鎖ハンマーは、みるみる彼女の体の周りに纏わりついていき、その体を鎖で縛り上げていく。
何とか抵抗しようとしたミリアだったが、力が万全でない状態だからか、その拘束からは逃れられないらしい。
「くそ、マギス……アタイの復讐はまだ終わってない!」
「その傷で何が出来る、諦めるんだ。」
ミリアの体をしっかりと拘束し、鎖ハンマーの操作を手放したトウヤは、ゆっくりとその場から立ち上がる。
蹴りの衝撃のせいでまだ完全には動かないが、歩くだけならなんとか出来る。
「後で馬鹿みたいに力の強い俺様の仲間が来るはずだ、彼に運んでもらう。」
「くそ……アタイはまだ負けてない……負けてない!」
拘束から逃れようと、ミリアは強く体を揺する。
しかし、魔法による操作でしっかりと縛られたそれは、ビクともしない。
(弁解は後でする、それよりも先ずは彼女の確保。 それよりもナムはどこに行ったんだ?)
基地内部から一向に出てこないナムに対してため息をつきながらも、彼は少しずつミリアに近付いていく。
その間も、彼女は鎖の拘束を逃れようと必死にもがいていた。
(さて、どうやって弁解する……。)
マギスへの恨みの強い彼女の説得に頭を悩ませ始めた、その時だった。
ミリアの前の地面に何かが降り立つと共に、大量の砂埃が舞い上がる。
地面には雪も積もっているにも関わらず、それをまるでものともしない威力だ。
「なんだ……!?」
舞い上がった砂埃に思わず目を手で覆った彼は、目に砂が入らない程度に少しだけ目を開く。
煙幕のように広がった砂埃が少しずつ晴れていくに従い、目の前に現れた存在の姿も少しずつ見えてくる。
人間のような姿をした、1人の男。
頭には帽子を横向きに被っており、服装は肩を丸出しにするような袖の無い服と、同じく裾の短いズボン。
ここまではいい。
しかし、彼が普通の人間ではないと確信できる要素が一つあった。
「あちゃー、手痛くやられてもうたなぁ? 爆砕はん。」
「げっほげっほ!? ちょっと、アタイまで巻き込まないでくれるかい?」
目の前でそんな会話をしているその男。
彼の体は、見えている部分である、顔、腕、足。
その全てがまるで鱗のようなもので覆われていた。
「なんだお前は!?」
そう叫ぶトウヤに気付いたその男は、キョトンとしたような表情を浮かべると、ミリアとトウヤを交互に眺める。
「お、アンタが爆砕こんなにしたんか? 中々やるやんか……軍の人間、ちゅー訳でも無さそうやな?」
独特の喋り方をするその男は、鱗だらけの腕を1度肩から回す。
そして首を左右に曲げて鳴らすと、トウヤに近付いて来た。
「待ちな! 矛盾!」
「問題ないちゅーねん、ワイの強さ知っとるやろ。」
「そうじゃない!」
前の2人のそのやり取りを聞きながらも、トウヤは体に魔力を集中させる。
ミリアを見知ったようなやり取りから、あの男が敵だと判断した彼は早かった。
「ボルテック・キャノン!」
トウヤの右手から放たれた大砲のような電撃の玉は、真っ直ぐにその男へと高速で向かっていく。
そんな状況でありながら、その男は視線をいまだにミリアに向けてのんびりと会話をしていた。
(油断したな!)
トウヤが勝ちを確信し、そのタイミングで丁度その男も魔法に気付いた。
しかし、既に目と鼻の先にあるその魔法の回避は間に合わない。
「な、なんちゅー!?」
その男の間抜けな叫び声と共に、ボルテック・キャノンは見事に彼に命中する。
驚愕するミリアの目の前で。
「矛盾!?」
命中した魔法の衝撃で、再び舞い上がった砂埃や、電撃の光が辺りを覆う。
再び視界が塞がれたその場所の煙幕のようなそれは、またもや時間と共に晴れていく。
(全力で放った……無傷ではないと思うが。)
晴れていく視界と共に、トウヤもその男を警戒しながら体に再び魔力を集中させる。
次の魔法の準備が終わると共に、その煙幕は完全に晴れ上がった。
しかし、そこに広がる光景はトウヤにとって驚くべきものだった。
「……なっ!?」
思わず声を上げたトウヤの視線のその先。
ミリアの前に立っていた男は。
先程と変わらない姿勢でまだ立っていた。
「おーこわ! なんちゅー魔法撃つんや、この男!?」
「せめて避けるくらいはしなよ、アンタって奴は本当に。」
トウヤの全力のボルテック・キャノンを受けたにも関わらず、無傷であっけからんとしたその男の姿を見たトウヤは、信じられない物を見るかのような表情を浮かべている。
「ミリ……ちゃう、爆砕はん、なんやこの男は?」
「もう名前バレてるから本名で良いよ……分かるだろ?」
ミリアの返答を聞いたその男は、目を見開いてトウヤを眺める。
「おー、名前バレとるっちゅーことは……コイツがマギスかぁ。 そないから凄い魔法放つんやなぁ。 納得納得。」
呑気な反応を返したその男は、トウヤへと全身で向き直ると、その場で腰を曲げて礼をした。
突然の行動に、流石のトウヤも相手の意図が全く読めていない。
「お初にお目にかかります。 ワイはキーダ。 一応5人の上位騎士の1人とかいうのやらせてもろうとりますわ。」
「組織の話はしてないよ。」
「あちゃー、しまった変なこと言うてしもた! 忘れてーな。」
バツが悪そうに頭を搔いて苦笑いをするキーダに対して、トウヤは驚愕の表情のまま動けずにいた。
突然現れたこの男は、トウヤの全力の魔法を何かしらで防ぎきった。
かなりの強敵であろう事は見受けられるが、当の本人にはそんなオーラは全くない。
「わかっただろ、アイツはアタイに任せるんだ。」
「おー、完全に理解したわ、やけどその傷じゃ無理や、1度帰ろ。」
そう言ったキーダは、暴れるミリアを肩に素早く担ぐと、その場から立ち去ろうとする。
流石のトウヤも、その行動は見過ごせず、集中させていた魔力を消費して魔法を放つ。
「逃がすか!? エアロ・ブラスト!」
右手から放たれた大砲のような風の魔法は、再び背中を向けたキーダに向けて高速で飛び、その魔法は彼の背中に命中した。
「わっとっと……しつこいなぁ。」
しかし、背中に当たった時の衝撃で多少よろめいたものの、やはりダメージを受けているようには見えない。
1度ならず2度目迄も、自分の魔法が通用しなかったことに、トウヤは驚きを隠せない。
「面倒臭いから跳ぶで、しっかり捕まっとき。 暴れたら落ちるかもしれん。」
「う……ちっ、わかったよ。」
トウヤとの決着を付けられないことにかなりの不満があったはずのミリアも、この男の前には形無しのようだ。
肩の上で暴れていた彼女はすっかり大人しくなる。
「ちっ、マギス……今回はアタイの負け……だけど、次は勝つ……同じ手が通用すると思わないことだ……うわぁぁ!?」
ミリアが全てを言い切る前に、キーダはその場で腰を低くし、全力で跳躍していた。
猛スピードで空に跳び上がったキーダは、猛スピードで町の建物の裏へと移動し、トウヤの視界から完全に消えてしまった。
「くそ……こんな体でなければ!?」
ミリアを逃がしてしまった。
その事実と、戦いの終わりによる緊張感の薄れからか、彼の視界は暗転し始める。
(ダメージが……思ったより……大きいの……か。)
薄れゆく意識の中、トウヤの目の前に映る人影があった。
門の遠くから、フラフラと走り寄る見慣れた姿が、
(リィ……。)
それっきりトウヤの意識は、しばらく暗闇の中に落ちたのであった。