3章:敵の正体
ナムは、基地内部に侵入した謎の敵の追跡を続けていたが、その姿を確認することは出来ていない。
何度も飛んでくる魔法への対処と、この基地の迷路のような造りによる弊害だ。
しかし、そんな状況で追跡を続けている最中。
途中から、ナムは違和感を感じ始めていた。
(魔法が飛んでこねぇ?)
廊下の角を警戒しながら曲がり、拳を構える。
しかし、彼の警戒を嘲笑うかのように、何も起こらない。
(急に大人しくなった?)
魔法が飛んでこないのであれば、足を止める必要は無い。
その先の扉を勢いよく開け放って、周囲を見渡す。
念の為に天井へもだ。
それでも敵を見つけることは出来ない。
(どこに行きやがった?)
部屋を見渡し終えたナムは、その部屋にある残り3つの扉の内の1つを開ける。
運良く正解を引いたのか、その扉の向こうには廊下が伸びていた。
「この廊下は本物なのか? ほんとめんどくせぇ基地だ。」
そうボヤいたナムは、警戒しながら角に近付き、そして拳を握りながら身を角から出す。
しかし、その先に敵の姿は無かった。
魔法すら飛んでこない。
拍子抜けしたナムが拳を緩め、その廊下の先に進んだ時。
彼の頬の近くを微かに何かが通り抜ける。
その通り抜けたものの正体にいち早く気付いたナムは、その周囲へ目線を動かし、そして目当ての物を見つけた。
「窓?」
ナムの視界の先に、ガラスの割れた窓が見える。
天井に近い位置にあり、開閉は出来るようだが手は届かない。
先程ナムの頬を撫でたものは、微かな風だった。
室内の風に違和感を持ったナムが、たまたま見つけたのがこの窓だったのだ。
「あのガラス、少し煤が付いてるな……ん? まてよ?」
ナムはその周辺の床へと目線をやると、目当ての物を見つける。
床に散らばったガラスの破片だ。
その破片全てにも、上の窓ガラスと同じく煤のようなものが付いている
ナムは、その内の1つを手に取り、指先で何かを確認した後に、苛立たしそうに床へと投げる。
投げた破片は更に細かく砕け散り、ナムの足元にも飛んできた。
「……逃がしたか。」
そう呟いたナムは、悔しそうにその割れた窓を見上げ、そして舌打ちをした。
「闇の……騎士?」
シュルトとの戦闘になんとか勝ったタイフは、負傷した場所へ応急処置をしながら、シュルトとの約束の件を聞いていた。
まるでコウモリのようだったシュルトの姿は、元の人間の姿に戻っていた。
「うん、ぼく達はそう名乗ってる。 構成員は11人……いや、今は10人かな? ぼくはその中で9番目、別名が魔弾。
それがぼくの正体さ。」
シュルトから伝えられた情報は、とてもではないが信じられるような内容ではなかった。
現実味がない。
「その11人全員が……人間だって!? ならその力はなんなんだよ!?」
「流石にそれは話せないかなぁ、けどね……本当のことだよ?」
足と左下腹部に銃創を負ったシュルトは、壁にもたれかかり、力なく座り込んでいる。
しかし、その表情は相変わらず笑顔のままだ。
「あ、ちなみにもう1人居たでしょ? あの子は6番! またの名を爆砕。
とてもパワフルな素敵な女性さ!」
シュルトは頬に出来た微かな痣の跡を擦りながら、朗らかに笑う。
彼女の名前を教えようとした時、シュルトが殴られていた事をタイフは思い出した。
「彼女もその組織の仲間だったのか……それよりも、なんで基地の司令官なんて狙ってるんだ?」
「それも言えないね……ごめんね。」
重要な部分をはぐらかすシュルトに、タイフは苛立ちを覚え始める。
しかし、根底となる情報を明かせないのはその組織の一員としては当然なのも分かってはいる為、無理に聞く事も出来ない。
本当は聞き出すべきなのも分かってはいるが、不思議とそれをしたくないと思い始めてもいる。
「闇の騎士。 構成員は11人。 全員人間。 皆ぼくみたいな力を持ってる。 目的は話せない。
話せるのはここまでかな。」
シュルトはそう言うと、左下腹部からの出血を左手で抑えながら、彼はよろよろと立ち上がる。
片足を負傷しているせいか、その動作にも相当な時間が掛かってはいたが。
「どこへ行くつもり? そんな傷じゃ逃げられないよ。」
よろよろと移動を始めたシュルトに対して、タイフは牽制のつもりでそう声を掛ける。
しかし、シュルトは足を止めない。
そればかりか、腰元から小さな何かを取り出し、それを握りながらビルの屋上の端を目指して歩く。
「まってよ、まだ聞きたいことは残ってる!」
タイフは、移動したシュルトを追って慌てて移動する。
しかし、決着の付いた場所が端に近かった事もあり、シュルトは僅かな移動で屋上の落下防止の柵に辿り着く。
そしてそのままの立った姿勢で柵にもたれかかった。
そんなシュルトに対し、タイフは自らの銃の銃口を向けながら近付いていく。
「未遂とはいえ、貴方のしたことは許されることじゃない……逃がす訳には。」
そう言って銃口を向けるタイフを見つめながらも、シュルトは笑顔のままだ。
そんな彼の表情を見たタイフの中に、不思議な焦燥感が生まれ始める。
「何をする気だ?」
「うん? 楽しんだからね、帰ろうかと思って。」
「ここは屋上だ、その傷なら逃げ場は無いよ。」
シュルトは笑顔を絶やさないまま、手に持った小さなその謎の物体を、空高く放り投げる。
投げたその物体の正体がわからないタイフは、その場から念の為壁際に寄り、身を隠す。
「良いね! その慎重さ……君はやっぱりもっと伸びるよ!」
「まだそんな事を!?」
追い詰められた状態でも、タイフへと助言を続けるシュルトに対して、タイフは言いようのない不気味さを感じていた。
しかし、それを感じ始めたか否かのタイミングで、その謎の物体が動いた。
周囲に轟くような甲高い炸裂音が鳴り響き、思わずタイフは耳を塞ぐ。
反射的に塞いだにもかかわらず、少し耳の痛みまで覚えていた。
(くそ、なんて大きな音だ!?)
反射的に取った両耳に手を当てた姿勢を取っていたタイフだったが、シュルトの動向が気になった彼は、素早く銃を構える。
しかし、その視界の先では信じられない光景が広がっていた。
屋上の落下防止柵の上に立ったシュルトが、こちらに手を振りながら飛び降りようとしているのだ。
「何を!?」
「じゃあね、また会おう。 そしてまたやり合おう!」
タイフが慌ててシュルトへと走って近付くが、シュルトの行動は更に早かった。
既に柵から足を離したシュルトは、ビルの上から姿を消した。
その少し後に柵に近付いたタイフは、身を乗り出してシュルトの落下した場所から下へと目を向ける。
「こんな高さから飛び降りたら!?」
シュルトの姿が変わった際、確かに背中に羽根は生えていたが、それはかなり小さなものだった。
恐らく飛べないのだ。
元から飛べるのなら、先程の戦いで飛んでいただろう。
やったことは許されない事とはいえ、銃を教えてくれた師匠のような存在が飛び降りたという焦りから、タイフは必死に落ちたシュルトの影を探した。
しかし、タイフの目には彼の姿は見えなかった。
「え?」
そう、姿がないのだ。
ビルの下の地面にも。 見下げている空中にも。
「どうなって……!?」
シュルトを必死に探していたタイフだったが、彼の姿を見失った事に気付くと、地面に拳を打ち付けた。
シュルトを逃がした。
その事実と、逃がした自分自身への怒りで。
「いやぁ……助かったよ。」
ビルから飛び降りたシュルトは、その飛び降りたビルを見下ろせる位置で、そんな事を言い放つ。
彼をまるでお姫様のように抱える存在に対して。
「ちょっと、飛び降りるの早いよ! 間に合わなかったらどうしてたの!?」
「ふふふ、間に合わなかったらかぁ……ん、死んでた?」
今更ながらその可能性に気付いたらしいシュルトは、その場で身を震わせていた。
そんな彼の様子に、この存在は肩をすくめる。
「はぁーあ……折角基地に潜入したのに……辿り着く前にヤバい人に追われて、入った窓から逃げ帰る事になるなんて。
まぁ、結果的に良かったけどね。」
「ふふふ、逃げ帰ってくれてなかったらぼくは落ちてたのかぁ……怖い怖い。 本当に助かったよ。 まさか緊急用の逃げ方をすることになるとは思わなかった。」
シュルトからの礼を聞いたその存在は、それを無視するかのように目を瞑る。
そして、しばらくそのまま停止した後にゆっくりと目を開く。
「うん……ちょっと離れすぎてるから上手くいくかわからないけど、やってみるね。」
「うん、頼むよ……痛くて痛くて。」
シュルトをお姫様のように抱き抱えているその存在。
10歳前後の少女は、静かに体へと魔力を集中させる。
しかし、その魔力の集中が上手くいかないのか、かなりの時間を掛けた後に、ようやく準備が終わった。
「ふぅ……こんな大変なものを簡単に使えるなんて……やっぱり凄いなぁ。
あっと、ごめんね。 えーと……セイント・ヒール。」
その少女が放ったその魔法は、シュルトの体を光らせると共に傷を癒していく。
しかし、それは表面を塞いだだけに留まり、僅かな時間ですぐに掻き消えてしまった。
「あ……ここまでかぁ。」
「いや良いよ、とりあえず血は止まった。」
シュルトの返事を聞いたその存在は、背中に生えた蝶のような羽を羽ばたかせると、ビルの斜め上の上空から離れていく。
「とりあえず、様子を見てからあそこに向かうね。」
「うん、よろしく頼むよ。」
シュルトは、そう言うと。
自分を抱き抱える少女に対してウィンクをする。
しかしそれを見た少女は、露骨に嫌な顔をした。
自分の顔は割かしモテる。
そう思っていたシュルトは、少し傷つきながらも笑顔を崩さない。
「そんな顔しないでよー、ねぇ?」
まだ嫌な顔をするその少女に対して、彼は笑顔のまま。
「二鏡|ちゃん?」
基地から聞こえた異音を、ノーラスの警察署へ通報したリィヤは、一先ず用事を終わらせた安堵からか、警察署の外でへたり込んでいた。
「ワタクシ達が一先ずやるべきことは済ませましたわ。」
「はい、疲れました……でも、兄様達が心配です! わたくしはこのまま基地へと向かいます!」
ここに来るまでにヘロヘロになっていたリィヤから、信じられない言葉を聞いたセラルは、珍しく表情を驚愕に染める。
「危険かもしれませんわよ?」
「それでも……わたくしだってあの人達の仲間ですから!」
リィヤの強い決意を見たセラルは、またもや珍しく表情を
笑顔にすると、口元に手を置いて静かに笑う。
決意を笑われたと思ったリィヤは、彼女へと少しばかりの不満顔を向けた。
「あら、申し訳ありませんわ。 可笑しい訳ではありませんの。
とても強い絆を見たので、思わず笑顔で溢れてしまいましたわ。」
セラルの言葉を聞いたリィヤは、さっきまでの不満顔から照れた表情へと変えた。
そんなコロコロ変わるリィヤの表情をみたセラルは、今度は可笑しそうに口元に手を置いて笑う。
そんな中突如町中に大きな音が鳴り響き、驚いたリィヤはまるで子猫のように体を跳ね上げてから、音のした方向へ目を向けた。
その方向には、この町の中で1番目立つビルが建っていた。
「あら……これは。」
「な、な、なんですか!? 何が起こってるんですか!?
す、すみません! わたくしもう行きます!」
基地からの轟音、更に町のビルからの炸裂音。
明らかな異常な事態に、リィヤは義兄と仲間達の安否が心配になったようだ。
今にも走り出しそうな勢いだ。
「わかりましたわ、お気を付けてリィヤ様。」
「ま、また今度ゆっくり会いましょう!」
そう言うと、リィヤは再び基地の方角へと移動し始める。
急いではいるようだが、やはり疲れからかそこまで足は早くはない。
そんな彼女を見送ったセラルは、町中のその巨大なビルへと目線を向けた。
「あの音がしたということは……余程苦戦しているみたいですわね。 ならばワタクシも向かいましょう。」
リィヤの姿が見えなくなると共に、セラルは物陰に隠れた。
そして、周囲を確認し、人影が無いことを確認する。
「ビースト・オーラ。」
小さな声でそれを呟くと共に、セラルの背中からは蝶のような羽が生える。
そして、それを羽ばたかせて空へと飛び立つと、出来る限りの速さでビルへと向かって移動する。
(ああ……この距離では着くのに時間が掛かりますわ……心配、心配、心配、心配。 無事であれ。 ワタクシの最も愛する子。)
空中を飛んでいるセラルの下には、先程別れたばかりのリィヤが見える。
しかし、彼女の視界には既にリィヤなど写っていない。
(ああ……もどかしいですわ、早く会いたい。 触れ合いたい。 1つになりたい。 あの子の笑顔が見たい。)
自分自身の身体に違和感を感じたセラルは、その意味を考えると、更に焦り始める。
いつものすまし顔も、焦りと怒りが混じったような恐ろしい形相に変わっている。
(怪我を!? そんな……待っててくださいまし、ワタクシがすぐに!)
ノーラスの町を見下ろしながら、1人の少女は飛ぶ。
愛しい存在の元へ。