3章:マギスの意地
「くそ! ちょこまかと!」
タイフとシュルトの決着がつく少し前。
ノーラス軍基地内部で、未だ姿を見せない未知の敵を追い続けるナムは、1人悪態をついていた。
敵は狡猾であり、扉の開閉直後、通路の角に差しかかるタイミング等で馬鹿にならない威力の魔法を飛ばしてくる。
その為、無策に追う訳にもいかず、追跡が上手く行っていない。
かと言って慎重になりすぎると、それはそれで見失う可能性が高いこともあり、ナムは焦り始めていた。
(奴がもしセラルなら……リィヤはどうしたんだ?)
1度追い詰めた時、僅かに見えたその子供のような姿。
ナムの知る限り、ここまで魔法を高度に使いこなす子供は1人しか知らない。
ホーネットの森で見た、あれ程の強さを持つ子供はそう多くはない。
しかし、彼女がこんな事をする理由も全く検討がつかない。
(その辺も踏まえて、さっさととっ捕まえて確認しねぇとな。)
決意を固めたナムは、更に速度を上げて追跡を続けるのだった。
ノーラスの町中を走る2人の少女。
リィヤとセラルは、目的地である警察の詰める建物へと全力で走っていた。
既にリィヤは息を切らし、セラルには余裕があるという違いはあるが。
「どうやら、あのビルから銃声も微かに聞こえているみたいですわね。」
「はぁ……はぁ……そ、そうなん……ですか?」
振り返り、ヘロヘロになって走るリィヤを見たセラルは、彼女に向けて呆れたような表情を向ける。
ここまで体力が無いのは流石に予想外だったらしい。
「大変お疲れですわね。」
「す、すみません。」
前を走るセラルよりだいぶ後ろにいたリィヤは、少しずつ距離を縮めていく。
セラルが足を止めているからではあるが。
ナム達と旅をしたお陰で昔よりは動けるようになったが、それでも体力面は一般人よりも弱い彼女の足に合わせて移動しているせいか、普通よりも移動に時間が掛かっている。
しかし、待つ側である筈のセラルの表情からは、不思議と苛立ち等は見られない。
いつも通りのすまし顔である。
リィヤは、体力面に限界を感じながらも、そんな彼女にずっと抱いていた違和感について考え始める。
(セラルさん……この町に来てから印象が変わったような気が。)
森で出会ってからこの町まで一緒に旅をしたセラル。
彼女の家に寄った後、案内された飲食店の帰り。
そう、彼女との一時の別れの時に感じた違和感。
当時は微かな違和感だったが、今ではハッキリとわかる。
(どうして……あの時手を振るわたくしに振り返って答えてくれなかったのでしょう。)
セラルとの距離を詰めながらも、リィヤは自身の頭の中に浮かんだその違和感を、ずっと微かに抱き続けていた。
それだけでは無い。
今日の朝食の時もそうだ。
リィヤの中での彼女のイメージと、今朝の朝食時のイメージとでかなり差があったのだ。
(甘いもの好きだと思っていたんですけど……あ、それよりも急がないと。)
リィヤは、脱線していた思考を戻し、本来の目的の為に急ごうとした。
しかし、それが不運を起こす。
「あっ!?」
意識を一時でも他所にやっていたせいか、地面の僅かな出っ張りに足をひっかけた彼女は、咄嗟の事で受身を取る暇もなくその場に転倒する。
手を地面につく暇もなかったせいか、勢いよく顔を地面へと打ち付けた彼女は、顔面と体の至る所に広がる激痛に悩まされる。
「リィヤ様!? お怪我は……されてますわね。」
「うぅ……すみません……痛い。」
何とか地面に座ることが出来たリィヤだったが、顔の至る所に傷が出来、足の至る所も擦り傷だらけになっていた。
余程思いっきり転んだらしい。
そんな彼女に慌てて近付いて来たセラルは、彼女の怪我を見る。
「意外と大きいお怪我ですわね……全く、走っている最中は足元をよく確認してくださいませ。」
「すみません……。」
セラルはすまし顔のまま、目線を横に動かす。
そして何かを思案するような素振りを見せ、何かを諦めたような表情になると、リィヤへと話しかけてきた。
「仕方ありませんわ……そこで動かずに。」
「え? あ、はい。」
リィヤの返事を聞いたセラルは、彼女に向けて両手を真っ直ぐ向け、両掌をリィヤにかざす。
何もわかっていないリィヤは、その手の動きに困惑しながらも、言われた通りに大人しくしていた。
それから僅か数秒後、セラルの手先から白い光が発動した。
「セイント・ヒール。」
セラルがそれを呟くと共に、リィヤの体を白い光が包み、彼女の傷を塞いでいく。
「え? え!?」
自分の体に起こっている現象に困惑するリィヤは、傷のあった場所へしきりに目線を移す。
そこにあったはずの傷は、傷跡も残さずに綺麗に無くなった。 同時に痛みも完全に無くなっている。
「……これで問題ない筈ですわ。 さぁ、急ぎましょう。」
「え、治療する魔法……? そんなものがあった……むぐ!?」
リィヤがその言葉を言うと共に、セラルはリィヤの口を掌で塞ぐ。
驚くリィヤを無視し、彼女は辺りへと視線を動かすと大きく安堵の息をはいた。
「あまり大きな声で言わないで頂きたいのです……あまり人に知られたくないのですわ。」
「す、すみません!?」
謝るリィヤに向けて、珍しく微笑みを向けて怒っていない事を示したセラルは、座り込んだままのリィヤに手を差し伸べる。
それを手に取ったリィヤは、彼女の力で簡単に立つことが出来た。
「さぁ、急ぎましょう。」
「はい!」
リィヤとセラルの2人は、目的地に向けて再び走る。
セラルヘ抱いた小さな違和感のことを、リィヤはすっかり忘れ。
ノーラス軍基地前。
そこで戦うトウヤは、体の6ヶ所に魔力を集中させながら姿勢を低くし、迫り来る鉄球を避ける。
直径1mの巨大な鉄球は、ノーラス軍基地の壁を粉砕し、辺りに瓦礫が飛び散る。
「くっ……ボルテック・キャノン!」
トウヤの右手から放たれた雷の大砲のような魔法は、高速でミリアの元へと向かう。
「何度やっても無駄さ、マギス!!」
ミリアは迫り来るボルテック・キャノンに向けて、もう片側の小型の鎖鉄球を盾のように回し、その魔法を防ぎ破壊する。
それと同時に大型の鎖鉄球を手繰り寄せ、代わりとばかりにトウヤへと投げ飛ばす。
「ポルター・ガイスト!」
左手から放たれた人工物を操る魔法は、迫りくる小型鉄球を対象にし、それを操作しようと魔力を操る。
しかし、トウヤの魔力でも思い通りにいかず、自身から僅かにそらすことしか出来ない。
小型の鉄球は、トウヤの顔横スレスレを通り抜け、彼に冷や汗を流させる。
「なんて力だ!?」
「ふん! この力を解放したアタイは、人外な怪力を得られるんだよ! 覚悟しなマギス!」
小型の鉄球を素早く近くに手繰り寄せたミリアは、大型の鉄球と共に回転させ、自身もその場で回りながらそれを横なぎに何度も振るう。
高速で横薙ぎに振るわれる2つの鉄球は、上下に避けることしか出来ない。
下手に近づけば、鎖に体を取られて身動きが取れなくなるか、体に巻き付いた遠心力で鉄球が自分に当たる可能性もある。
トウヤは魔術師でありながら、普通の剣士よりは剣の腕が立つ。
しかしミリアの持つ武器は、彼にとって非常に相性の悪い物だ。
ポルター・ガイストで操ろうにも、ミリアの力が強く上手くいかず、魔法で守ることも出来ない。
実態を持たないものへの干渉を可能とする、アンチ・イマジナリの付与された鎖鉄球、それは彼女のマギスへの憎しみが込められた物だ。
それは主の願い通り、トウヤを見事に苦戦させている。
(くそ、何とか出来ないのか!?)
それに加えて、トウヤにとってはこのミリアという敵は非常にやりにくい相手でもある。
愛する義妹、リィヤの孤児院での1番の親友。
下手に傷付けることも出来ず、ある程度力を抑える必要すらあるのだ。
(なるべく無傷で取り押さえたい、だけど……この強さ、俺様には荷が重いぞ!?)
こういう相手を得意としているであろう、ミナやナムの助力は、1人で出入口に来てしまった彼には得られない。
特にナムであれば、彼女の鉄球を簡単に受け止めてしまうだろう。
あくまで魔術師であるトウヤからすると、彼の身体能力はいつ見ても異常だ。
(実は人間じゃなかったり……なんてな。)
頭に浮かんだ馬鹿げた思考を振り払うと、トウヤは目の前の敵に意識を向ける。
相変わらず鎖鉄球を2つ同時に高速回転させており、少しでも隙を見せれば飛んでくるだろう。
変な思考は後回しにすべきだ。
と改めて思った彼は、体に集中させた魔力を魔法へと変換する。
先ずは自分の前に、ボルテック・キャノンという目立つ魔法を生成し、更に相手が魔法に気付かないよう、無言で10本近くのアイス・ニードルを発動させ、静かに彼女の周りへと生成していく。
「その魔法はもう破った筈だけど?」
「効かないと決まった訳じゃないからな。」
そう軽口を言い放ったトウヤは、ミリアに向けて高速でボルテック・キャノンを放つ。
ミリアは、その魔法の軌道上に向かって、再び盾のように鎖鉄球を回転させる。
このままでは先程と同じ結果になるだろう。 だが、今回は前回とは状況が違う。
(無傷は無理だ、まだまだ未熟だな……俺様は。)
ボルテック・キャノンを操作する右手をミリアの視界の先に出し、アイス・ニードルを操作する左手はさりげなく背中に隠し、視界外の氷の槍を操作する。
彼女の周りに生成したアイス・ニードルは、彼の魔力操作により、勢いをつけて彼女へと襲いかかる。
(恨むなよ!)
勝利を確信したトウヤは、複雑そうな表情になりながらも、容赦なくアイス・ニードルを高速でミリアへと差し向けた。
しかし、ミリアがボルテック・キャノンを破壊すると同時に、トウヤの視界に大型の鎖鉄球が迫る。
(何!? 投擲で破壊したのか!)
先程まで盾のように回転させていた姿を見ており、前回と同じように防ぐと思い込んでいたトウヤは、咄嗟にその巨大鉄球を大きく側面に飛んで避ける。
脇を通り抜けた巨大鉄球は、基地に対してもはや何度目かわからない損害を与える。
(くっ……あぶな……い!?)
巨大鉄球を避けて安心したのも束の間、僅かな時間の後に彼は脇腹への強力な衝撃を受ける。
脇腹への衝撃と痛みに驚いたトウヤがへと視線を向けると、そこにはいつの間に近付いたか。
ミリアの右足による飛び蹴りが食い込んでいた。
「がふ!?」
かなりの勢いで蹴られたらしく、トウヤの体は基地の壁へと勢いよく激突した。
痛みに霞む目を何とか見開き、眼前に迫る巨大鉄球から何とか体に鞭打ち、足の力を使って跳び去って避ける。
「今のを避けるのかい、これで終わりだと思ったのに……しぶといね!」
ミリアは忌々しそうにそう吐き捨てると、トウヤに投擲した巨大鉄球を全力で引っ張る。
そのまま、手元に戻ってきた巨大鉄球を回転させることなく、後方に飛ばし鎖を短く持った彼女は、鉄球の勢いで体を後方へとまるで飛ぶようにトウヤから距離を取った。
高速の移動にもかかわらず、彼女は姿勢を崩すことなく地面に足から降り立つ。
「なるほど……鉄球の飛ぶ力を利用して自分も移動してきた……のか。」
「流石のアンタも対応出来なかったみたいだねぇ?
まぁ、マギスは身体能力は三武家最弱だから仕方ないさ。
その様子だともう動けないだろ?」
ミリアの言う通りだった。
トウヤの体はしばらく動かないだろう。
「さて、最後に言い残すことはあるかい?」
ミリアは、そう言うと巨大鉄球を縦に回転させ始める。
その様子を見たトウヤは、自嘲気味に笑う。
「そうだな……一つだけ言うことがある。」
「へぇ? アタイ達孤児院の皆への懺悔かい? 命乞いかい?」
トウヤは全身の痛みに耐えながら、震える手を少し浮かせる。
「いや……どっちも違う……俺様が言いたいのは。」
左の掌をミリアに向け、そして少しずつ指を曲げていく。
その様子を見たミリアは、まだ魔法を放とうとしていると思い、小型鉄球を盾替わりに前で回転させる。
「マギスを舐めすぎてるな……ミリア。」
トウヤが左の掌を完全に握ると共に、魔法を警戒していたミリアは、ニヤリと微笑む。
自身の魔法への対策に対しての絶対の自信があるからだ。
そう思っていた。
「な……なんだい?」
ミリアの体に突然覚えた痛み。
それに驚いたミリアは、振り回していた鉄球を力なく地面に落とすと、その痛みの原因へと目を向ける。
それは両肩や足に刺さった、氷の槍。
アイス・ニードルだった。
先程、トウヤがミリアの周りに生成していた物だ。
トウヤは攻撃を受けながらも、必死に魔力を繋ぎ止めて魔法が消えないようにしていたのだ。
「アンタ……いつの間に!?」
「俺様は、確かに一対一での戦いに向いてない……本来ならばナムやミナさんやタイフ……それにリィヤ辺りに守ってもらって初めて本領が出せるんだ。
だけどな……俺様だって三武家、マギスの跡取り。」
両足を貫かれたミリアは、そのまま力なく地面へと膝をつく。
肩の負傷により、鎖を振り回すことすら満足に出来ないらしい。
「その辺の魔術師とは格が違うってこと……1人でも中々やるって事を、見せてやらないとな。」
「くそ、マギスぅ!」
ミリアは、膝をついた姿勢のまま悔しそうな表情で動きを止めた。
お互いに傷だらけでの勝利だったが、一先ずトウヤの目的は達成した。
「さて、話してもらうぞ……君のその力はなんだ? 君は人間だろう? どうしてそんな姿に……何があったんだ?」
トウヤの質問に対し。
身動きが取れないミリアは、ただただ恨みを込めた表情でトウヤをにらみつづけるのであった。