3章:逃走者と爆砕
シュルトとタイフの戦いが激化していた頃。
正体不明の敵を追ってノーラス軍の基地内部を走るナムは、相変わらず逃げ続ける敵の存在を捉えられずにいた。
何かの羽が生えたその敵は、ナムに近付くことなく魔法での迎撃を繰り返していたからだ。
「ちぃ!」
廊下の角から飛んできた風の魔法へと拳を叩き込んで霧散させたナムは、苛立っていた。
魔法は相当強力な物ではあったが、トウヤと比べれば大したことは無い。
実態の無い物への干渉を可能とするアンチ・イマジナリの付与がされたガントレットと、それを操るナムの格闘技術の前では驚異にはなり得ない。
しかし、それを対処することによる足止め、魔法による視界封鎖が重なり、まだその敵の姿すら見ることは出来ていない。
「待ちやがれ!」
ナムはそう叫ぶと、魔法の飛んできた廊下の角へと全力で走り、素早くそこを曲がると共にその先に存在していた扉が閉まる。
それは、敵がわずかな時間差でその扉を通り抜けた事を意味していた
(そこか!)
ナムはその扉に素早く近付くと、その扉を全力で開け放つ。
しかし、それと共に眼前に迫り来る炎の魔法を見たナムは、咄嗟に拳を構えてそれを拳で殴って奥へと跳ね返す。
そして、跳ね返された魔法はその部屋の奥に続く廊下の角の壁へと勢い良く衝突し、その場に炎を拡散させた。
(魔術師タイプの敵だろうな、面倒過ぎるぜ全く!)
このまま追っていても埒があかない。
そう思ったナムは、全力でその敵を追いながらも他の手を考え始めた。
ナムはあくまで格闘家であり、接近戦が基本となる。
その為、魔術師タイプの敵に対しては接近が出来なければ苦労する羽目になる。
その弱点を自分で思い返した時、彼の頭の中に1つの案が思い浮かぶ。
それと共にナムは周りの状況を1度見回し、他に人間が居ないことを確認する。
(軍の基地だってのに、他の奴ら何処にいやがるんだ……まぁ、今は助かるがな。)
ナムは苦笑いをすると、敵を追いながらも自身の体の奥底へと意識を集中させる。
父親であるガイムから人前では使うな、と言明されているその力の源へと。
ブロウの人間であれば、絶対に持つはずのないそれ。
ガイムから魔力と教えられている物へと意識を集中させる。
(そういや……あの化け物みてぇなクソ親父ですら持ってねぇ魔力を、なんで俺が持ってんだろうな。)
ナムは一瞬よぎったその疑問を一先ず隅に置き、体の奥底に眠るその魔力へと意識を向け続ける。
それをしながらも移動を続けるナムの目線の先に、次の扉が見えてくる。
(……よし。)
そのタイミングで魔力への集中を終わらせたナムは、それを維持したまま近くに来た扉を静かに開け、右手を中に差し込む。
「火炎竜巻」
ナムの掌から部屋内部に向けて放たれた炎の竜巻は、その部屋の中で魔力を集中させて迎撃準備をしていた存在へと襲いかかる。
その光景はナムには見えなかったが、その後に聞こえた声により、彼の狙い通りになった事を悟る。
「え!? きゃぁぁあ!」
部屋の中にいたその存在の悲鳴を聞いたナムは、放った火炎竜巻を打ち切ると共に素早く部屋の中へと入ろうとする。
(あ? 女の声!?)
声変わりのしていないような、幼い印象を受けるその声に驚いたナムだったが、予定通りに扉を開け放つ。
所々に焦げ目が出来た部屋の中を一瞥したナムは、周りを警戒しながら部屋の中心へと進んでいく。
しかし、声の主は見えない。
周囲を見る限り、この部屋は行き止まりになっているようだ。
(行き止まりなのに姿がねぇだと?)
その状況に困惑したナムは、念の為もう一度部屋の中を見渡そうとした。
その時だった。
背後に感じた熱に気付いたナムは、咄嗟に背後に振り返ると、その拳を斜め上……つまり天井目掛けて振るった。
ナムのその判断は結果的に正解であり、拳を振るった先には、背後から放たれた炎属性の魔法が迫っていた。
「あっぶねぇ!?」
その魔法を拳で殴って爆散させたナムは、その熱量に思わずもう片方の手で顔を覆ってしまう。
それと同時に、床へと何かが降り立つような音と共に、何者かが走り去る気配を感じた。
(天井にいたのか!? クソ!)
ナムは周囲の炎の残骸に向け、もう一度拳を横薙ぎに振るって霧散させる。
それと同時に入ってきた扉の奥廊下へと視線を向けると、先程から何度か目撃しているような羽の生えた人影が見えた。
しかし、今回はその敵にとっても予想外だったのか、先程の火炎竜巻によって多少傷を負って走りが遅くなったのか、多少鮮明にその人影が目に留まった。
(……ガキか!?)
奥廊下を曲がった人影は、大人と比べると相当背が低かった。
その事実を知ったナムは、頭の片隅に残っていたある人物が真っ先に思い浮かべる。
(女……ガキ……魔法が得意……まさか? だが、奴はリィヤと行動してるはずだが……いや、それよりも早く追わねぇと!)
ナムの頭の片隅に浮かんだ人物。
セラルと似通うその存在への疑問を1度追いやったナムは、再び追跡を開始したのだった。
地面を強く蹴り、その場から跳び去ったトウヤ。
そんな彼の元いた場所に叩き込まれた巨大な鉄球は、地面の砂や土を巻き上げる。
「落ち着け! 俺様は君と戦う理由はない!」
「アタイにはあるんだよ! マギス!」
地面へと叩きつけた巨大な鎖付き鉄球を素早く回収したミリアは、それを再び頭上で3周程回転させた後に、再びトウヤへと向けて直線的に投げ飛ばす。
ミリアの扱う巨大な鎖付き鉄球は、鎖が非常に長く。
トウヤへと鉄球を投擲してもまだ彼女の体の周りに鎖が残るほどの長さを誇る。
更に、巨大な鉄球の付いていない方の鎖の先端にも拳で握り隠せる程の小さな鉄球が付いており、そちらもトウヤへと襲いかかるのだ。
巨大な鉄球と比べれば破壊力は少ないだろうが、人間相手であればそれだけでも致命傷になり得る。
「アタイを舐めてると死ぬよ! まぁ、復讐させてくれるなら有難いけどね!」
「何度も言うが、君の言っていることは……!」
トウヤが全てを言い切る前に、ミリアの放った小鉄球がトウヤの顔面近くへと迫り来る。
それを咄嗟に首を横に逸らして避けたトウヤは、眼前の敵……いや、愛する義妹の親友の様子を探る。
その表情は恨みに満ちていた。
(なんとか説得出来ないか……っと!?)
トウヤの眼前に再び巨大鉄球が迫り、トウヤは全力でその場から上へと跳び上がる。
しかし、それをミリアは読んでいた。
跳び上がったトウヤ目掛け、今度は小鉄球を投擲する。
「くっ!? 仕方ない! グラビティ・ホール!」
トウヤは、咄嗟に飛んでくる小鉄球目掛けて重力フィールドを展開する。
彼の狙い通り、重力で重さが増した小鉄球は高度を下げ、トウヤの足元下ギリギリを通り抜けた。
「ちっ、やるじゃないかマギス!」
舌打ちをしたミリアは、2つの鉄球を素早く手元に戻すと、それを今度は自身の両脇でそれぞれ縦回転させる。
その一連の動作の途中で地面へと降り立ったトウヤは、ミリアのその容赦のない攻撃を受けたことにより考えを改める羽目になった。
(やりたくはないけど、1度動けなくしてから話す必要があるか!)
戦う意思を決意したトウヤは、自身の体に集中させ続けていた魔力を1つ消費すると、自身へと速度強化魔法、クイック・ベールを付与する。
自身の体を青色に点滅させたトウヤは、更に魔力を消費させて自身の周りに雷の槍のような物を出現させた。
「怪我しても恨むなよ! 下位魔法、ボルト・ランス!」
雷できたこの魔法は威力は低いが、人間相手であれば最低でも感電くらいはさせる効果があり、更に実体を持たない魔法である為、通常の武器であれば防ぐことも出来ない。
トウヤが全力で放てば、魔物ですら黒焦げに出来るが、相手はリィヤの親友だ。
流石に威力は抑えている。
その槍を高速で放ったトウヤは、手先に魔力を集中力させると、それを自在に操る。
避けられても確実に当てる為だ。
「先ずは動きを止めさせてもらうぞ!」
トウヤのその言葉を聞いたミリアは、その魔法の速度に目を見開いた。
しかし、それだけだった。
「流石はマギスの跡取り、だけどね。」
迫り来るボルト・ランスをしっかり睨みつけたミリアは、両脇で縦回転させ続けている鎖を握る手を強くする。
「マギスを殺す。 そう決意をしたアタイが……アンタらへの対策をしてない訳ないだろう!?」
「!?」
ミリアはそう叫ぶと、その言葉に驚いたトウヤを睨みつけた。
そして、左手に持った小鉄球側の鎖をまるで盾のように自身の前に移動させると、持つ手を少しずつズラして回転の直径を広げていく。
(まさか!?)
そんな行動に不安を覚えたトウヤだったが、ボルト・ランスを当てない訳にもいかない。
彼はその不安を抱えたまま、それを高速で突撃させる。
しかし、そのボルト・ランスは、無惨にも彼女が回転させている鎖に命中すると共に破壊されて消滅した。
「そうか……その鎖鉄球……付与されてるな、アンチ・イマジナリが!」
「当然だろ? 訳言って仲間に頼んで、アタイの使う武器に付与してもらったんだよ……鉄球だけでなく鎖にもね!」
ミリアはそう叫ぶと共に、全て解いていた鎖を、再び自身の体に多少巻き付ける。
投擲距離は多少短くなったが、まだそれでも長さはかなりある。
「さて、アンタも本気にならざるを得なくなった訳だね、そうなると。」
ミリアは両手で鎖を引っ張り、体に巻いた鎖を締め付ける。
「アタイも……ようやく本気でアンタを殺せるって訳だね!
ビースト・オーラァ!!」
ミリアの叫んだそのどこかで聞き慣れた言葉と共に、彼女の体に変化が起こる。
元々鍛え抜かれていたその体は、更に隆起し、更に逞しくなっていく。
それだけでは無い。
腕や足に黒っぽい大量の毛が生えていき、体には殆どそれが見られない。
そんな人外な姿に変化したミリアに、驚きを隠せないトウヤは、震えるような声で呟いた。
「ビースト……オーラ? な、なんで君がその言葉を? それになんだ、その姿は!?」
「今、アンタにそんな事を気にする余裕が……あるのかい!?」
ミリアはそう叫ぶと、再び鎖鉄球を2つとも側面で回転させる。
その動きは今迄と同じだが、大きく変わった事があった。
回転させる速度が、明らかに上昇しているのだ。
それは見た目通り、彼女の筋力が急上昇した事の証明だ。
「魔法は封じた、接近戦もこの鎖鉄球で出来ない、さぁ! どうするんだいマギス?」
「くっ!?」
トウヤが行動すると共に、ミリアの鉄球も彼へと襲いかかる。
その速度も先程より上昇している。
常人よりは高いがあくまで魔術師であるトウヤの反射神経ではかなりギリギリで避ける必要がある。
その後、継続的に辺りに衝突音が何度も響き渡り、何度も魔法が放たれた。
町の人間達が、この異変に気付く程の激しさで。