3章:魔弾の力
雪の降るノーラスの町中を歩くリィヤとセラルの2人は、突然鳴り響いた轟音に足を止めていた。
建物に巨大な何かが命中したような音がした方向へと顔を向けていたリィヤは、その方向に何があるかに気付くと顔を青ざめさせた。
「何かが衝突したような音が致しましたわね。」
「あちらは、軍の基地ですよね? 兄様達に何かが?」
リィヤはその音のした方向、基地へと向かって走ろうとした。
しかし、その手を素早く何者かに握られてしまう。
手を掴んだ者を確認しようと振り返ったリィヤの視線に写ったその相手は、セラルだった。
「リィヤ様の身が心配ですわ、向かわない方が。」
リィヤの手を、相変わらずのすまし顔のまま掴んでいたセラルを見たリィヤは、初めて彼女へと苛立ちをぶつける。
「どうしてそんなに冷静なんですか……セラルさん!?」
「慌てても良い結果にはなりません、ワタクシは折角の御友人である貴方を心配しておりますの。 向かわせませんわ。」
リィヤの大声にもセラルは表情を崩さない。 そればかりかより握る手を強くする。
その力は10歳前後の少女からは考えられないほどの力であり、非力なリィヤでは振り払おうとしても振り払えない。
自分より6歳近くも下の少女に腕力で勝てない。
そんな事実は、結果的にリィヤの頭を冷やす結果となった。
理由は恥ずかしさからではあるが。
「落ち着いて下さって安心しましたわ、落ち着いて対処しましょう。」
「あ……はい。」
力で負けた恥ずかしさからかすっかり大人しくなったリィヤだったが、それでも基地の方向へと心配そうに視線を向ける。
そんな彼女の様子を見たセラルは、静かに掴んでいたリィヤの腕を離した。
「何が起こっているか不明なこの状況で、無闇に行動するのは悪手ですわ。」
「そう……ですね。」
納得した様子のリィヤを見たセラルは、彼女に気付かれない程度に安堵の息を吐く。
そして、再び彼女に見られない程度に顔を基地の方へと向けた。
リィヤは、彼女に力で負けたのが余程ショックだったのか、微妙な表情で顔を下に向けており、そんなセラルの行動に全く気付いていない。
それを知ってか知らずか、基地へと顔を向けたセラルは。
すまし顔を大きく歪ませ、まるで最も愛する人を前にした女の子のように顔を赤らめさせ、満面の笑みを向けていた。
「セ、セラルさん……どうしましょう。」
リィヤの言葉を聞いたセラルは、その表情を素早く元のすまし顔へと戻すと、まるで何も無かったかのようにリィヤへと向き直る。
「軍の基地で何かが……それであれば、ダメ元で警察に連絡致しましょう。
軍よりは戦闘力は落ちると考えますが、何もしないよりは好転する筈ですわ。」
セラルの言葉に、リィヤは力強く頷く。
これからの方針を決めた2人は、足早にその場から移動したのだった。
ノーラスの中で最も高い標高を持つ高層ビルの屋上。
そこに広がる憩いの場として設計された公園のような場所。
そこには全く似合わない銃声が鳴り響いていた。
建物の陰に隠れながら、何処に隠れているか分からないシュルトを探しているタイフ。
その途中で、何度かタイフがその場で立ち止まったり。
姿勢を引くしたりする度に、タイフのいた場所の壁や足元に銃弾が命中する。
彼の未来眼の力で3秒後の未来を見ることで、この予測不能な攻撃を何度も辛うじて避けることが出来ている。
(どうなってるんだ!?)
タイフは銃弾を打ち込まれる度に、素早く周囲を見渡している。
しかし、それにも関わらずタイフの視界にシュルトの姿は見えない。
不思議な事はそれだけでない。
壁にシュルトの撃った銃弾が命中することについてはそこまで不思議ではないが、同時に足元へと命中する銃弾も少なくないのだ。
足元に当たるという事は、上から銃弾が降ってきている事になる。
しかし、公園に存在する各建物の天井にシュルトの気配が全く無いのだ。
(彼の弾道を知っているからか、カラクリ不明でも避けられてるけど……これがどう言うことなのかは未来眼の力じゃわからない!)
考え事をしていたタイフは、なにかに気付くと同時にその場から慌てて跳ねるように跳ぶ。
途端に、そこへと再び上からの銃弾が地面へと撃ち込まれる。
(集中しないと……シュルトの腕なら油断しただけで不味い!)
未来眼の力によって銃弾を避けられているだけであるタイフには、思考をする暇も立ち止まる暇もあまり無かった。
シュルトはタイフが未来眼を持っていることを知っている。
そのせいか、彼は攻撃を不定期にしている。
今のように連続で撃たれる事もあれば、時には5分くらい攻撃が無いこともある。
未来眼は片目で現実、片目で未来を見る必要がある。
その仕様上、使用者の判断力がとても大切な能力となっている。
その使い手に対して不定期に攻撃することにより、相手に休まる時間を与えないようにしているらしい。
(シュルトらしいね……しかも僕の位置は彼には筒抜け、なのに僕はシュルトの場所がわからない。
更に姿を見せずに弾を僕に向けて当てる事が出来る方法もわからない。)
コウモリのような謎の力を発揮したシュルトは、その元となる生物と同じように超音波を利用してこちらの位置を完全に把握できる。
そんな今の状況を理解したタイフは、自身のあまりに不利な状況に舌打ちをする。
「ふふふ、舌打ちなんてダメだよタイフ君、楽しもうよ!」
微かな舌打ちに対して、突然聞こえたシュルトの大声に驚いたタイフは、その場で声のした方向に顔を向け、素早くそちらへと走る。
「凄いね、ぼく相手にここまで耐えてる人間は君が初めてだよ!
普通の相手ならとっくに死んでるだろうね! 未来眼……素晴らしい力だ!」
タイフは、耳を凝らしてシュルトの声を聞きながら、その場所へと走る。
しかし、シュルトもそのタイフの行動を謎の力で把握しているだろう事は間違いない。
(どうすれば捉えられる……? どうすれ……ば!?)
突如、未来眼の視界に危機が映り、その場で立ち止まって上から降ってきた銃弾をやり過ごし、地面へとそれは命中する。
急いだあまりに、建物の壁から離れていた事を思い出したタイフは、急いで壁の近くへと移動する。
しかし、それと同時に今度は横から銃弾が迫る未来が見え、その場で腰を低くしてそれを避ける。
その銃弾は近くの壁に当たらず、タイフの上を通り抜けて背後の遠くの壁へと命中した。
冷や汗を流したタイフだったが、そこで彼は1つの違和感に気付く。
それに気付けたのは偶然だった、シュルトの声を聞こうと耳をすましていたからこそのものだ。
(ん? 僕の元に撃たれた銃弾は2発だったよな?)
タイフは、その疑問を考えながらその場から走る。
先程と同じように耳をすませながら。
それを知ってか知らずか、またもやタイフに向かって銃弾が襲いかかる。
(やっぱり?)
それを間一髪で避けたタイフは、感じた違和感の正体について考え始める。
(今ので3発目……それは間違いない。 なのに変だな?)
タイフは近くの壁にもたれるように身を隠し、未来眼の視界に集中する。
(僕の耳には……6発分の音が聞こえた? 1発の銃弾が撃ち込まれる度に、毎回1発多く聞こえる?)
タイフは、その違和感に気付くと共に、わざと大声でシュルトへと声をかける。
本来なら敵に位置を悟られる原因になる行動だが、謎の力を使うシュルトには、彼の位置などとっくに知られている。
「撃たれている数と、聞こえる発砲音の数が合わないみたいだね!」
タイフには狙いがあった。
シュルトの性格であれば、タイフが何かに気付いたと知れば本心から歓喜するだろうと。
そして、彼なら教えてくれるはずだ。
その力の秘密を。
「お……凄いね!? 気付いたか……流石はタイフ君!
そんな君に免じて教えてあげよう!」
まるで戦闘中とは思えない程に明るい声で答えるシュルトに対し、自ら聞いたとはいえ彼の本心が読めずに困惑するタイフ。
しかし、これはチャンスだ。
タイフの使う未来眼は、経験と知識で強化される。
この謎の攻撃の正体を知れれば打開策が見つかるはずだ。
「銃の弾っていうのはね、金属で出来ている……それは君も知っていると思う。
魔法と違って、物質を飛ばす武器だからね!」
シュルトの説明に耳をすますタイフ。
動かない今の彼の状態は、シュルトにとっていい的の筈だが、攻撃してくる様子はない。
「物を高速で飛ばす以上、弾の硬さと当たった場所によっては……跳ね返ってしまう事がある、跳弾って言うんだけどね。」
タイフはその説明を聞くと、驚きのあまりに目を見開く。
シュルトとの練習では、空に向かって撃ち込み。
尚且つ的にしていた物も木材で出来た物だった故に、その事実を知らなかったのだ。
「勿論、その跳ね返った弾を命中させる技もある。
でも、それじゃあぼくは満足しなかったんだ……何せ地面や壁の環境次第で使えないんだからね。
だけど、そこで昔のぼくは考えついたんだよ。」
シュルトのその言葉と共に、タイフは耳に再び2発の発砲音を捉え、それと同時にタイフの目の前を銃弾が横切った感覚を覚えた。
それに冷や汗を流していると、再びシュルトの声が聞こえてくる。
「弾で弾を跳弾させれば好きな位置に撃ち込める。 てね!」
それを聞いたタイフは戦慄する。
大きめの的にすら、最初は当てることすら難しかった彼にとって。
弾に弾を当てるなど、有り得ないほどのとんでもない技量だとすぐにわかったからだ。
「これがぼくのオリジナル技、蜂弾……弾の消費が2〜3倍以上になることと、弾の強度的に2回迄しか跳弾させられない弱点はあるけどね!」
その言葉が終わると共に、未来眼の力でその攻撃に気付いたタイフは、慌ててその場から跳び去り。
そこへと1発の銃弾が横切る。
どうやらこれで説明は終わりのようだった。
「君は、ぼくが魔弾と呼ばれる切っ掛けを作った力を見抜いた、まだまだ楽しめそうだね……タイフ君!」
シュルトは本当に嬉しそうにそう叫ぶと、両手に持った拳銃を1度回してから、先程から何度もやっているように、刹那の時間差で発射した2発の弾をぶつけ、タイフのいる場所へと跳弾させた。
恐るべき狙撃能力を持つシュルトとタイフの戦いは、まだ続く。