3章:復讐鬼
「確か、ここを通った筈だな。」
ナムが不思議な人影と遭遇するよりも、タイフがシュルトの場所にたどり着くよりもしばらく前。
トウヤは、自分の記憶を頼りに迷路のようなノーラス軍基地を移動していた。
彼はナムよりは利口だった。
実際に基地の出入口との距離の話であれば、ナムよりも先に進んでいた。
「アイツの事だから、今頃力技で雑に進んでそうだよな。」
魔物の知識、異常な程の力の強さがナムの強さだ。
しかし、その強さはこの迷路のような基地の攻略にはまるで役に立たないだろう。
戦闘においては鋭い閃きを見せることはあるが、基本的に彼は性格が適当なのだから。
トウヤは1つの部屋から外に出ると、目の前に広がる2つの階段を眺め、記憶を頼りに上へと向かう階段へと向かう。
入口が近くなっている中、上へと向かう階段が正解なのは相当性格が悪いと、案内中に良く覚えていたのが助けとなった。
下に向かうと、確か扉が3つあり、その全てに部屋が設けられているが。
その全てがダミーだ。
間違えると袋小路になるように出来ている。
何故それをトウヤが知っているかというのは簡単だ。
案内役の軍人が間違えていたからだ。
「基地内部で、侵入した賊がもし軍の人達に追われてたら、心理的に下に向かいたくなるからな……良く設計されてるよ本当に。」
トウヤは登りきった先の通路を進み、途中にあった扉を無視すると、その先の直角に曲がった角を曲がる。
その扉の先も通路になっているが、角を曲がると行き止まりになっていて、やはり袋小路になる。
追われている時には、心理的に横へと逃げたくなる心理を逆手にとったトラップだ。
尚、これも軍人のミスで知った。
(今思えば、間違えすぎてたよな……あの人。)
トウヤはその時の記憶を思い出して苦笑いをすると、通路の先にあった階段を降りる。
ほかの階段と違い、ここの階段の踊り場は2回続いており。
2階分下に降りられるようになっている。
尚、その2つの踊り場に設置された扉が各1個ずつあるが、両方とも偽物だ。
(階段の先の部屋は……行きで見た感じ、確か左の扉だったな。)
トウヤは、階段を降りると共に向かって左の扉を開け放つと、その先の通路へと進む。
お馴染みの角を曲がって進むと、その先にはまた部屋があり、右の扉を進めば出入口だ。
(しまったな……ここまでに敵と遭遇してないが、まさか何処かで迷ってたりしないよな?)
トウヤは、記憶を頼りにスムーズに基地内部を進んでいた。
しかし、後ろから来ているであろう敵が、偽物の道に行ってすれ違ってしまった可能性を完全に忘れていた事を思い出す。
(しかし、ここで引き返して全部屋回る時間は流石に無いか……一旦外に出て誰もいなかったら戻るとしよう。
もしかしたらナムが偶然遭遇してる可能性もある。)
トウヤはそう決心すると、戻りかけた足を再び前へと動かす。
外を確認してからでも遅くはないと、トウヤは出入口に向かって全速力で走る。
肉体が強靭なナムや、線が細く見えても身体能力の高いミナと比べれば劣るが、トウヤの足の速さも魔術師としては相当速い。
そんな彼の全速力は、基地の出入口との距離を素早く詰めていく。
(むしろ、誰もいなかった時の方が大変だな。)
トウヤはそう苦笑して、到着した出入口の扉を警戒しながらゆっくりと開ける。
少しの隙間から外の様子を確認し、細心の注意を払って扉を少しずつ開けていく。
扉が開くにつれ、地面に倒れた軍の数名の人間達の姿も見えてくる。
(流石にいない……か?)
トウヤは内心で基地内部を捜索する労力を想像しゲンナリする。
しかし、そんな彼の杞憂は無駄に終わった。
「へぇ……アイツの言うこともたまには当たるんだねぇ?」
姿を確認する前に聞こえた、トウヤにとって聞き慣れない女性の声。
それを聞いた彼は、敵がいることを察するとその扉を一気に開け放つ。
基地を取り囲む防壁の、唯一の門。
そこを塞ぐように仁王立ちをする1人の人影が、トウヤの目に映る。
「さて? アンタがこの基地の司令官かい?」
トウヤは、相手のその言葉でその声の主が、攻撃してきた見えざる敵の仲間だと瞬時に理解する。
門を塞ぐように立つスタイルの良いその女性は、まるで蛮族のような露出の高い鎧を来ており、髪は肩までの長さ。
そして、相当に鍛え上げられた強靭な体。
そして何より、1番目を引くのはその体に巻き付く鎖。
その先に取り付いた直径1m近い無地の鉄球。
見た目で女戦士とわかるその見た目の女性は、勝気な表情をトウヤに向けていた。
「早く名乗りなよ。
隠したって無駄だよ? アタイがここを守ってる限り、アンタは逃げられないんだからね!」
トウヤは、敵であろう女性の顔を呆然としながら見つめていた。
この女性を見たことは無い。
服装も、声も、全く知らない女性の筈だ。
その筈なのに、何故かトウヤはその女性を知っている気がしていた。
(何処で……? なんで俺様は彼女を知ってる気がするんだ?)
「どうしたんだい、ビビって声も出ないのかい?」
敵の女性の挑発の言葉にも反応せず、トウヤは記憶を手繰る。
不思議と何処かで見たような、その女性の顔を見つめながら。
(他の容姿に見覚えは全くないのに、何故か彼女の顔だけ既視感がある……!?)
「早くしなよ! アンタは司令官なのか? そうじゃないのか!?」
彼女の大声に、トウヤは思考を戻される。
一先ずその疑問を隅に追いやったトウヤは、彼女の言う通りに名乗り始める。
「期待に添えなくて申し訳ないが、俺様は狙いの人間ではない。」
「嘘じゃないだろうね? それが本当なら、アンタに用はない!」
止まらない彼女への既視感を抱えながら、トウヤは自己紹介を続ける。
「そうはいかないんだ、君が司令官を狙う敵ならば……俺様も無視する訳にはいかないんだ。」
訝しむ女性を見つめながら、彼は話を続ける。
「こう見えても、一応三武家の一角の跡継ぎだからね。
マギスの跡取り、トウヤだ。 なぜ司令官を狙うのかわからないが、君を止めさせてもらう!」
トウヤはそう言い放つと、自身の体へと魔力を巡らせる。
この女性がヒューマンの可能性もある状況では、彼も本気で警戒するしかない。
敵の動きを警戒しながら、体の至る所に魔力を集中させ、戦う準備を進めるトウヤ。
しかし敵であろう女性は、トウヤの想像とはうってかわり。
まるで信じられないものを見たかのような驚きの表情をしていた。
戦う準備さえせず、目の前のトウヤを穴が開くほど見つめ続けている。
(なんだ?)
敵の予想外の反応に、トウヤは警戒を続けながらも魔力の集中を続ける。
しかし、次に彼女から発せられた言葉と挙動は、トウヤには予測できないものとなった。
「マギ……ス? トウヤ? アンタが?」
「……? そうだ、俺様は強いぞ……逃げるなら今のうち……だ?」
トウヤが言葉を言い切る直前。
目の前の女性は可笑しいものを見たかのように笑い始める。
声を押し殺すような、静かな笑いを。
「アンタが……マギス……そうかい、アンタがね。」
「なんだ? 何がおかしいんだ?」
目の前の女性はひとしきり笑うと、急に表情を引き締めて、体を縛るように纏わせていた鎖をゆっくりと解いていく。
地面へと落ちていく鎖をトウヤは眺めながら、彼女の動きに最大限の警戒をし続ける。
「これは、神のイタズラなのかね……それとも運命なのかい?
アタイに運命が微笑んでくれてるのかい?」
言葉の意味を掴めずにいたトウヤは、そこで記憶の中に引っかかるものを掴み取った。
彼女の顔、それを見た場所をとうとう思い出す。
しかしそれはありえなかった。
ここにいるべき存在ではない、彼の記憶が正しければ。
その記憶の女性はこんな事をする存在ではない。
「やっと会えたよ……アタイ達の仇……アタイが人生を掛けてでも殺すべき人間! まさかこんな所で会えるなんてねぇ!」
トウヤの記憶に浮かんだもの。
それは彼にとって大切な存在がいつも大切にしていた物。
1枚の写真。
義理の妹であるリィヤが大切にするその写真。
「アンタはアタイを知らないだろうね……あの子を引き取った時に会ったのは、あくまでアンタの父親……マギス現当主!」
幼少のリィヤと一緒に写っていた、彼女にとって恐らく義兄であるトウヤと同じくらい大切な存在。
「でもさ、名前を聞いた事くらいはあるんじゃないかい? あの子なら話す筈だよ。」
リィヤの、孤児院での親友。
あの事件で消息を絶っていた彼女。
「ミリアという名前くらいは知ってるだろ!?」
その名前は知っていた。
当然だ。
会ったことは無いが、マギスの屋敷に引き取られた時に、リィヤが何度も楽しそうに話していた存在なのだから。
「アタイは……マギスに復讐する為に生き延びてきたんだ!
アタイ達を見捨てたアンタ達をぶっ殺す為にね!」
「見捨てた? なんの話しだ!?」
「とぼけんじゃないよ!」
ミリアは大声で怒号をあげると、手に持った部分を除いて体から解いた鎖を全て地面に下ろす。
そして鉄球に近い鎖の部分を拾い上げると、それを頭上で振り回し始めた。
「アンタ達は知ってたんだろ? 孤児院に魔物が迫ってきている事を!
だから孤児院で1番能力が高かったリィヤを保護した!
アタイを含む他の子供達を見殺しにしてでも!」
ミリアから発せられたその言葉は、トウヤにとっては全く身に覚えの無い内容だった。
父であるドウハは、たまたまあの孤児院を訪れ。
そして、たまたま潜在能力の高いリィヤを見初めて養子にした。
いくらドウハとはいえ、魔物の襲来など予測できるはずはない。
しかし目の前のミリアは、トウヤに向けて憎しみに溢れた表情を向け続けている。
「それは違う! アレは偶ぜ。」
トウヤが弁明しようとした瞬間、目の前に高速の鉄球が迫る。
間一髪でそれを避けたトウヤの横をすり抜けた鉄球は、基地の出入口に命中するとそれを粉々に粉砕する。
ミリアは外したことを確認すると、舌打ちをしながらそれを素早く引っ張り、再び頭上で鉄球を振り回し始める。
「偶然? 馬鹿言うね。
アンタは知らないだろうね……あの事件がどれだけ悲惨だったか……!
アタイ達と共に暮らした子供達は、次々に切り裂かれ! 食われ! ミンチのように潰された! アタイの目の前で!」
ミリアは憤怒の表情を浮かべたまま、鎖を伸ばしてその鉄球をトウヤに向けて横薙に振るう。
しゃがんでそれを避けたトウヤの頭上を通り抜けた鉄球は、基地の壁を破壊しながら横へを進み、再び彼女の頭上へと戻る。
トウヤは後ろの基地の惨状を見ると、冷や汗を流す。
「皆の死を背に、泣きながら魔物から必死に逃げたアタイの気持ちなんてわからないだろうね!
後ろから聞こえる魔物の足音に怯えながら、いつ終わるかわからない逃走を続けたアタイの気持ちなんて分からないだろうさ!」
「父上は襲撃を本当に知らなかった! あの事件で皆を助けられなかった父上がどれだけ後悔していたか!」
ミリアはトウヤの弁明を聞きながらも、それを鼻で笑いとばす。
「どうだか……身内以外には冷酷な男だからね、ドウハは。
もういい、アンタを殺し。 ドウハも殺す!
そして、アンタ達からリィヤを取り戻してやる!」
ミリアはそう言うと、まるで話はそれで終わりと言うように振り回し続ける鉄球へと意識を向けたようだ。
最早説得は出来そうもなかった。
「ミリア……またの名を爆砕、覚悟しなマギス!」
基地の門を近くで遭遇してしまった2人の、悲しいすれ違いによる戦いが始まろうとしていた。