3章:真の力
ノーラス軍基地内部を2人の男、ナムとトウヤが走っている。
ノーラス軍司令官、シモンの護衛としてミナを執務室に残し。
タイフは、窓の向こうから狙撃してきた見えざる敵の元へと向かった。
そして。
ナムとトウヤは、基地内部に入り込んでいるであろう、もう1人の敵を追っていた。
「クソ! 何処だここは!?」
「駄目だナム! こっちも偽物だ!」
しかし、そんな2人はもう1人の敵と会うことも出来ず、ノーラス軍基地内部で彷徨っていた。
シモン司令官は極端に小心者である。
その為、敵の襲撃に備えて基地内部を完全なる迷宮に仕立てあげている。
偽物の扉、階段、廊下、そんな各種の罠の前にいくらナムたちと言えど簡単には外に出られない。
「壁ぶっ壊しながら進んだ方が早え気がしてきたぜ。」
「さすがに辞めとけ、後でどんな事されるかわかったもんじゃないぞ?」
「冗談だ。」
トウヤは、明らかに冗談に聞こえないナムのその発言に肩をすくめる。
彼なら同意した途端に本気で破壊して進みかねないからだ。
「どうする、2人で行動してても……これじゃ時間が掛かるぞ。」
「あぁ、間違いねぇ……二手に別れて敵と出会った方が、ソイツの対処をした方がいいな。」
トウヤの言葉にナムは二つ返事で同意した。
その言葉と共に2人は無言で離れると、それぞれ別の扉から基地内部を進む。
(ちっ、見事に仲間達がバラバラになったな。)
リィヤはセラルと、ミナはシモンの護衛、タイフは敵のいるビルの屋上へ、トウヤとはこの基地の複雑さのせいで別れざるを得なかった。
緊急でありながら、1人になる事態はあまり経験がない。
それだけ、あの4人の力がナムの中で相当に大きかった事を彼は改めて痛感する。
(さっさと終わらせて合流しねーとな。)
ナムはそう内心で決意すると、たまたま目に止まった扉を思い切り開く。
しかし、その扉の向こうには壁しかない。
ナムは額に青筋を浮かべながらその扉を閉めた。
「なんで偽物まで開けられるんだぁ? めんどくせぇ!」
せめて扉の形に描かれた絵とかであれば判別は楽だと言うのに。
と、内心でボヤいたナムだったが、あの小心者司令官だからこそのこの仕組みなのだろうと、半ば諦めることにした。
ナムはその場で辺りを回し、廊下や下り階段のある場所へと近付いていく。
階段には全て踊り場があり、廊下も全てが直角に曲がっている。
どちらもここからでは道の先が一切見えない。
廊下は最低でも角に行く必要があり。
階段も踊り場までは最低でも昇降する必要がある。
相当に嫌らしい構造だ。
ここに侵入した賊などにとっては、だが。
「いや、ここから出たい部外者にとっても嫌らしい構造だな。」
ナムはそう呟いた後、廊下ではなく階段を一先ず降りようとした。
その時だった。
(ん?)
ナムの視界の隅、そこに人影が見えた。
ナムが行こうとした階段ではなく、廊下側の角の向こうにだ。
まるで1度姿を表したものの、ナムの姿を確認して慌てて隠れた。
どことなくそのように取れる行動だった。
軍の人間であれば、普通に考えれば隠れる意味などない。
「確認するか。」
降りようとしていた階段から踵を返したナムは、人影の見えた廊下の方へと歩みを進める。
それと同時にナムは、念の為に筋力低下の呪いが付与された3つのブレスレットの内、1つを自身の腕から取り外す。
途端に彼の体は1回り程膨れ上がり、ナムはその拳を握りしめる。
敵の可能性があるなら、油断は出来ない。
(魔物か? それとも。)
ナムは素早く廊下の角に身を隠すと、顔だけをその角から乗り出し、人影の消えた方向を目視する。
その時だった。
その先は行き止まりではなく、丁度その人影が向こうの角を曲がった所だった。
それは良い。
軍の人間が道を間違えた、ナムを敵と誤認した。
など、いくらでも理由が見つかる。
しかしナムにとって、その光景には目を見張るものがあった。
(なにかの……羽?)
ナムの視線の先で角を素早く曲がった人影は、本来であればナムに視認されることは無かった筈だった。
しかしその人影は視認された。
その理由は簡単だった。
角から姿を消す、まるで羽のような物を目視したからだ。
「ヒューマンか!?」
ナムは目を見開くと、慌ててその人影を追って次の角を素早く曲がり、その先の部屋にたどり着いた。
しかし、その部屋の先には再び廊下や扉があり、その先が何処に繋がっているか分からない。
「何処行った……ん!?」
部屋の周りを見回していたナムだったが、彼は慌ててその場から飛び去る。
途端に彼の立っていた場所に炎の魔法が直撃し、周囲に炎が舞い上がる。
(魔法だと……!?)
燃え盛る炎の先を凝視したナムは、魔法が飛んで来た先の廊下に、先程と同じ羽のような影を確認した。
その人影は再びその廊下の角の向こうに消える。
「逃がすか!」
ナムはその炎に向かって拳を1度薙ぎ払って消し飛ばすと、その廊下へと全力で駆け出した。
正体の掴めない人影のようなもの。
おそらく背中に羽の生えた、恐らく魔物であろう存在。
それを放っておいては更に被害が拡大する。
「早めに止めねぇと!」
謎の存在とナムは、お互いの正体を知らぬままにぶつかり合い始めた。
ノーラスで1番高い建造物。
屋上に人間達の憩いの場となる公園のような物を保有するビルのその場所では、2人の男が対峙していた。
ナム達と別れ、単独行動を取ったタイフ。
そして、そのビルの屋上からシモン司令官を狙っていた犯人、シュルトだ。
トラルヨークで出会った2人の男は、再会を喜び合う暇もなく、お互いに睨み合っていた。
いや、シュルトの表情は笑顔そのものであるのだが。
「また会えて嬉しいよ、タイフ君! ぼくのあげた銃は使いこなしてるかい?」
指に銃を引っ掛けてそれを回し続けるシュルトは、爽やかな笑顔のまま、まるで友人に話しかけるような。
そう、前にあった時と同じ声色でタイフに話しかける。
「そんなことより、説明して欲しい! なんで貴方がこんな事を!?」
「使いこなしてる? 使ってくれてたら……ぼくは嬉しいなぁ。」
タイフの質問に答えることも無く、シュルトは笑顔のまま指に引っ掛けた銃を回し続ける。
(本当に……前のままだ。)
タイフは、腰元に装備した銃と圏を同時に構え、シュルトを睨みつける。
しかし、当のシュルトはその笑顔を崩すことなく、爽やかな笑顔のままだ。
その笑顔は、彼のした質問に答えてくれることを本気で待っている。
そんな笑顔だ。
そんな彼に答えさせるには、先ずは自分が答えなければ進まない。
そう考えたタイフは、1度深呼吸をしてシュルトからの質問に答えることにした。
「使わせてもらってるよ。 あの時の特訓のお陰でかなり有用な武器になりそうだ。」
「お、それは嬉しいね! その銃はあくまで入口だよ、他の物も使ってみるといいかもね! ぼくのおすすめは……。」
シュルトがそこまで言葉を発した時、タイフは自分の銃を天に向けて1度撃つ。
その時の射撃音により、シュルトは言いかけていた言葉を止めた。
「そんなことより、今度は僕の質問に答えてよ。
なんで貴方がこんな事をしてるんだ? なんでこの町の司令官の命を狙ってるんだ!?」
タイフの質問に対して、シュルトは笑顔のまま回していた銃を腰元にそのまま持っていき、腰元のホルダーへとそれを収納する。
そして、そのままわざとらしく頭を搔いて見せると、やれやれと言わんばかりにその手を顔の横で広げた。
「それは……言えないよ。 いくらタイフ君にでもね。」
シュルトはそれだけ言うと、頭に被ったテンガロンハットを外し、それをその辺に放り投げる。
それを見たタイフは、放り投げられた帽子へと1度意識を取られるが、すぐさまシュルトへと再び向き直る。
「あ、じゃあこうしよう! 条件を達成したら教えてあげるよ!」
「条件……?」
笑顔のままのシュルトは、不思議がるタイフの表情を眺めながら本当に楽しそうに笑った。
元々笑顔ではあったが、それを更に強めた形だ。
「前に言ったよね、どんな形であれ……ぼくに君の腕を見せてくれって。
それを今やって見せてよ!」
シュルトの言葉の真意をタイフは掴みかね、本当に不思議そうに彼を見つめてしまう。
そんなタイフを見たシュルトは、声を上げて短く笑う。
「そんなに不思議がらないでよ、言葉通りだよ! ぼくと……勝負しよう!」
「勝……負!?」
「うん、君とぼく……どっちが勝つか、真剣勝負だよ! 腕を見るにはそれが1番良いんだ!」
シュルトはそう言うと、その爽やかな笑顔のままタイフと少し距離を取る。
「何を言ってるんだ、勝負ってなんだよ!」
「だーかーらー、そのままの意味だって! 楽しもうよ、ぼくも本気でやるからさ!」
シュルトは爽やかな笑顔を浮かべ、タイフはようやく彼の言ったことを少し理解し始めていた。
間違いなく彼は本気だと。
本気で自分と戦うつもりだと。
「特別だよー? 君にだけ見せてあげるよ!」
シュルトはタイフに向け、親指だけを上に立てる。
これから戦うとは思えない程に、彼は陽気だった。
「ぼくの……本当の力をね。」
シュルトはそう言うと、ずっと浮かべていた爽やかな笑みを……真顔へと変える。
「ビースト・オーラ。」
シュルトが、何処かで聞いたことのあるその呪文のような言葉を呟くと共に、彼の体に変化が訪れる。
シュルトの耳が縦に長く伸びていき、その口元には小さな牙も生え、そして背中には小さな蝙蝠のような羽根が生える。
「え……な!?」
目の前の光景をタイフは信じられなかった。
人間のような体が、1部だけ変化する。
それは、まさに最近何処かで見た覚えがあった。
謎の呪文と共に腕を変化させた男。
そう……まるで、ベルアのような。
「ヒューマン……だったのか!?」
「ふふふ、なんとでも思っていれば良いよ……それよりさ、楽しもうよ! 折角のチャンスなんだから!」
シュルトは自身の表情を爽やかな笑顔に戻すと、腰元から2丁の拳銃を取り出し、素早くこの憩いの場にある建物の陰へと隠れた。
シュルトの動きを確認したタイフも、同じように建物の裏へと慌てて姿を隠し、未来眼を発動させる。
それと同時に、遠くからシュルトの大声が聞こえてきた。
「タイフ君! ぼくに君の力を見せてくれ!」
これから本当の戦いをするとは思えない程に、彼の声色は明るいままだった。
(戦いは避けられないみたい……だね。 なら!)
タイフは、シュルトとの戦いが避けられない事を悟ると、銃を持つ手を強くする。
実銃同士での戦いになると、不利なのはタイフだ。
彼は間違いなく様々な種類の銃を使いこなせ、更にあの謎の力もある。
(油断したら……すぐに負ける!)
タイフは、初めての銃同士の本気の戦いの前に、身震いをしていた。
シュルトの正体がなんであれ、自分よりも高い技能を持つ相手との一対一の戦いとなるのだ。
それに対する不安はそう簡単に拭えるものではない。
「だが、僕にだって未来眼が……。」
タイフがそう呟くと同時に、彼の足元の地面に何かが当たった。
タイフが恐る恐るそこへ目をやると、足の甲の直ぐ横の地面に風穴が開いている。
「ふふふ、ずっと同じ場所にいると死んじゃうよ! ぼくの姿を見ただろう? 何に見えた?」
遠くから聞こえるシュルトの声に、タイフの体は強ばる。
タイフはシュルトよりも後に隠れた。
彼は自身の体を建物に隠していた、こちらを目撃できるはずがない。
しかし、この地面の風穴を見る限り、シュルトはこちらの位置を完全に把握している。
わざと外されたのだ。
「蝙蝠って知ってる? 知らない訳無いよね? 洞窟内部とかの暗い所を住処にする……あのコウモリさ!
彼らは目が悪い、それなのに彼らは……暗い洞窟を壁にぶつからずに飛ぶことが出来るんだよ! 何故だと思う?」
タイフはこの場にいては危険だと判断し、別の建物の方へと移動する。
しかし、その間にもタイフの足元近くの地面に銃弾が命中し、タイフは顔面蒼白になりながら物陰に隠れた。
「彼らが暗闇を飛ぶことが出来る秘密……それは、超音波なんだよ。
彼らはその超音波を使って、壁やその他の位置を把握しているんだ。 何が言いたいか分かるかい?」
物陰に隠れていたタイフの足元に、3度目の銃弾が叩き込まれる。
シュルトの姿は見えない。
何処から撃たれているのかも全く分からない。
「そう! 超音波! ぼくはね、この姿ならそれを発することが出来る。 それを聞き取ることが出来るんだ。
だからね、君のいる場所は……例え建物の裏だろうと、ぼくには筒抜けなんだ!」
シュルトの言葉に、タイフは顔面を強ばらせる。
タイフはシュルトの位置を確認できない。
しかしシュルトは、こちらの位置を完璧に把握出来る。
「遊びはここまで! さぁ、タイフ君……楽しもうよ! のんびりしてると……次は当てちゃうよ!」
真の力を発揮したシュルトとタイフの戦いが始まろうとしていた。




