3章:魔弾
「な、なんですか!?」
世界の北に位置する町、ノーラス。
その町中を歩いていたリィヤは、突然鳴り響いた謎の音に驚いていた。
それはその隣を歩いているセラルも同様だった。
リィヤとセラルは、その謎の音がした方向へと顔を向ける。
「まあ……まるで銃声のようですわね。」
「じ、銃声ですか!?」
町中に鳴り響いた音に驚きながらも、その正体に迄は気付いていなかったリィヤ。
しかし、隣のセラルからその正体を聞いたことにより、その方向にナム達が向かった事を思い出して更に取り乱す。
「に、兄様達に何か!?」
「うふふ、心配なさらずとも大丈夫ですわ。」
慌てふためくリィヤに対し、小さく笑ったセラルはそんなことを言い始める。
そんな彼女の言葉に対し、流石のリィヤも彼女へと疑念の目を向け始めた。
「なんで大丈夫だと言いきれるのですか!?」
セラルの余裕そうなその表情に、リィヤは珍しく強い口調で言い返す。
しかしセラルは、そんなリィヤに対して再び微笑む。
「あら、申し訳ありませんわ……悪い意味ではありませんの。
この町では時々催しでこのような音が鳴り響く事がありますので、ごく普通のことですわ。」
それを聞いたリィヤは、その焦燥感溢れる表情をどんどん崩し、最終的に顔を赤く染めて困惑の表情へと変えた。
自らが取り乱し過ぎていた事を自覚したらしい。
「あ……そ、そうなんですね、すみません。」
「問題ありませんわ。 ワタクシも最初の頃は大変驚きましたわ……皆が通る道ですわ。」
リィヤは照れくさそうに微笑むと、2人での町中の散策を続ける。
町中を眺めながら歩く彼女の視線には、町の人々の様子が映っている。
リィヤと同じようにその音に驚く人や、その音に一瞥しただけで再び歩きだす人。
子供に至っては全く気にしていない様子で友達と遊んでる様子もあった。
(セラルさんの言う通りですね、確かにそこまで気にされてはいないみたいです。)
リィヤは、先程取り乱したことを思い出して再び赤面する。
あのベルアとの戦いや、屋敷での事件を経験した自分の早とちりで、町中で騒いでしまった自分が恥ずかしくなったのだ。
普通に考えれば、あのような事件はそうそう町中で起こるものではないのだから。
(……ん?)
しかし、そう安堵した彼女の頭の中に、不思議な違和感が出てくる。
(んー……勘違い、でしょうか?)
リィヤは、自身のその違和感を何故か無視できなかった。
彼女は、マギスのしきたりで15歳を迎えた時に独り立ちをし、それから約1年程の間にドルブに移り住んだ。
つまり、16歳である彼女にとって、この町を離れた期間は僅か1年と少しだった。
兄や他の2人と違い、この町での記憶が彼女はかなり鮮明だったからこそ、この違和感が出た。
(わたくし、この町で銃声なんて聞いた事なかったような。)
しかし彼女は頭を横に振ると、その違和感を振り払う。
ノーラスに住んでいたとはいえ、彼女の生活はほぼマギス本家の中での記憶だ。
外で魔法の訓練をしていた兄のトウヤと違い、彼女はそこまで外に出た覚えもない。
何より、親友であるミリアを失ったショックにより、塞ぎ込んでいた時期も決して短くはない。
(わたくしが気付かなかった……だけですよね。)
「リィヤ様、ワタクシがお連れしたい場所がございますの。」
「あ、それは楽しみです! ぜひ行きましょう!」
セラルにそう言われ、リィヤは考え事を一旦辞めて彼女との交流を優先した。
兄達の好意で作ってもらった、新しい友人とも呼べるセラルとの時間を楽しみたいと思ったのだ。
「うふふ、それではこちらです。」
「はい!」
ナム達の危機を知らず。
リィヤとセラルの2人は、町中を楽しそうに回り始めたのだった。
緊迫した空気のノーラス軍執務室。
その部屋の中で物陰に隠れたナム達は、シモンが開いた隠し窓の方へ警戒の視線を向けていた。
「何処から撃ってやがる!?」
窓に向かって左側に身を隠すナムは、未知の存在の場所を何とか探ろうとしている。
しかし、下手に窓から身を晒してしまえば撃ち抜かれてしまう。
先程もトウヤが身を晒そうとした瞬間に、頭の位置へと銃弾がすかさず撃ち込まれた後なのだ。
ノーラス軍司令官のシモンの静止がなければ、トウヤは命を落としていた可能性もある。
「ナム、机を良く見て。」
「あ?」
ミナの放った言葉の通りに、ナムは机へと視線を移す。
シモンの座る机には、シモンを狙った1発目と、トウヤを狙った2発目の銃弾が命中しており、小規模ながら破損していた。
ナムはその机を観察すると、その破損箇所は机の低い位置に集中していた。
「破損箇所が低いな、それがどうした?」
「お、お、お前はそんな事もわからないのか!?
破損箇所が低いってことは、ぼくちんを狙ってる敵の場所は……この執務室よりもっと高い位置ってことだろ!?」
状況を理解していないナムに苛立つように、シモンは震えながらそんなことを言い始める。
ナムは彼のそんな態度に少し青筋を浮かべたものの、状況的に彼の言うことは間違いないと判断するとそれを引っ込める。
「なるほどな……言われてみりゃそりゃそうだ。
で、ここより高い位置って何処だ?」
ナムの質問に、シモンは再び震えながら肩を落とすと、苛立たしげに叫ぶ。
「そ、そ、そこまで説明がいるのか!? 普通に考えて1箇所しかないだろ!?」
シモンの言葉に対し、ナムは折角引っ込めた青筋を再び浮き上がらせる。
ナム達はこの町に住んではいたものの、本家に軟禁されてた都合上そこまで立地に詳しい訳では無いのだから。
「俺様達はそこまで詳しいわけじゃない、説明して欲しい。」
ナムの怒りが高まってるのを察したトウヤは、すかさず彼が聞きたそうな質問を代わりにシモンへと投げかけた。
これ以上怒らせると面倒な事になりかねない。
「さ、さ、さっき説明しただろ!?
この執務室より高い建物は1つだけだ! つい最近開発されたビルだ!」
その言葉を聞いたトウヤは、素早く魔力を1箇所に集中させると、指を机の上へと向ける。
「ポルター・ガイスト!」
トウヤの放った人工物を操る魔法は、机の上の地図を彼の手元に手繰り寄せる。
その動きにすら未知の敵は反応し、地図に向かって1度銃弾が素早く撃ち込まれた。
魔法で手繰り寄せた判断は間違ってなかったと安堵したトウヤは、手元に来た1箇所に穴の空いた地図を広げる。
地図に貼られた写真と、それ対象物の位置を素早く確認したトウヤは、仲間達へとそれを伝えた。
「シモン司令官の言う通りだ、丁度そのビルはこの窓の向かいだ!」
「だ、だ、だからそう言ってるだろ!?
くそ……だからぼくちんは何度も言ったのに! 場所はそこはやめてくれって!?」
その言葉を聞く限り、どうやらシモンはビルの建設場所に意見していたらしい。
この様子では聞き入れては貰えなかったようだが。
「け、け、建設の責任者に後で手痛い罰を与えてやる!!」
後で罰せられるであろう見知らぬ人間に対して同情すると共に、ナム達はこの状況の打開策を考え始める。
この執務室の出入口は、丁度窓の正面に位置する。
下手に出ようとすれば未知の敵に撃ち抜かれるだろう。
「どうする皆?」
「う、うーん……厄介ねぇ。」
タイフの質問に、流石のミナも答えられなかった。
少しでも体を出せば撃ち抜かれる。
しかし、敵のいる位置に向かうにはこの部屋から出なくてはならない。
しかし、その出入口は窓の正面。
更に、先程のシモンの部下からの連絡を聞く限りでは、下の階にも未知の敵がいる可能性がある。
挟み撃ちになる可能性を考えると、時間も掛けられない。
(ナム達が動けないなんて……こんなこと今までなかったのに。)
予想外のピンチに、タイフは自分にも何か出来ないか考え始める。
しかし自分よりも全然強い3人が動けない中、自分に出来ることがあるとは思えなかった。
(何か……何か、僕にしか出来ない事。)
タイフは、これ以上ナム達の足を引っ張らないよう必死に考えた。
そして、本当に何となくではあるが、彼は自分の力を使うことにした。
特に理由があった訳では無いが、仲間の中で唯一無二の能力を持っていることを思い出した彼は、とにかくそれを使う事にした。
未来眼を。
(意味があるとは思えないけど……何もしないよりは!)
3秒後の未来を見ることの出来る未来眼を発動させたタイフは、その目で窓の方向を見る。
勿論、何か見える訳では無い。
当然だ、今は隠れているだけなのだから。
(よし!)
タイフは何かを決心すると、窓に向かって近付いていく。
仲間達は、そんな彼の行動に思わず目を見開く。
「お、おいタイフ!?」
「何する気!?」
ナムとミナの静止を無視し、彼は窓に姿を晒そうと決意して行動する。
窓に体が出るか出ないかの所で、タイフの表情は変わって行く。
「や、や、やめろ! 死にたいのかおま……。」
「大丈夫!」
静止するシモンの言葉にそう答えたタイフは、着々と窓へと歩いていく。
このままではタイフが撃たれると思い、ナムは咄嗟に彼を止めようと動こうとした。
しかし、タイフは何故か表情を大きく変えると、それを慌てて静止する。
そして彼は、ナムが止まった事を察するとその驚きの表情のまま窓の前へ移動していく。
そのまま、タイフは無防備に窓に姿を晒した。
しかし、彼に銃弾は撃ち込まれなかった。
ナム達も、その様子に驚いていた。
「どういう……ことだ、僕は……この敵の銃弾を完璧に予知できる?」
未来眼の未来予知能力には弱点がある。
それは、未来眼の能力の根幹は、あくまで使用者の経験に依存することだ。
未知の攻撃に対しては、未来眼の能力は発揮されないのだ。
「まるで……何度も見たかのように……窓に飛び出たナムが頭を撃ち抜かれる未来が。 ハッキリと……これ迄に無いほど鮮明に。」
タイフはそう呟くと、思わずシモンに対して手を向けていた。
まるで何かを求めるように。
そしてシモンもそれを察すると共に、懐から双眼鏡を取り出してタイフへと投げる。
投げられた双眼鏡を受け取ったタイフは、向こうに見えるビルへとその双眼鏡を向けると、屋上を見る。
暫くそうしていたタイフは、表情をみるみる驚きに変化させる。
「そうか、そういうことだったんだ……なるほど。」
タイフは双眼鏡をシモンへと投げ返すと、机のスイッチを押してからゆっくりと出入口へと向かっていく。
狙われていて押せなかった窓の開閉スイッチをタイフが操作したことにより、開いた窓は再びゆっくりと壁に閉ざされていく。
これで、今の膠着状態からは脱出できる。
「どうしたの、タイフさん!?」
タイフのお陰で一先ず危機は去ったが、彼の行動が理解できないミナは、彼に対してそう言葉を投げかける。
「あのビルに行ってくる、犯人が……敵がわかったんだ。
ナム達は、下にいるであろう敵の方を頼む!」
1人で行こうとするタイフに、ナムは咄嗟に声をかけた。
「俺も行く! お前一人じゃ危ねぇぞ!」
「いや、僕1人で行きたい……理由を聞きたいんだ。」
「ちっ……そうか、なら仕方ねぇ……下は任せろ。」
タイフの態度に何かを感じたナムは、事情を察してタイフの行動を了承する。
「なんだか知らねぇが、無茶はすんなよ!」
「うん。」
タイフはそう言うと、執務室の扉から出て言ってしまった。
タイフが居なくなると同時に窓もようやく壁に隠され、ナム達は咄嗟に集まる。
「よし、ビルの奴はあいつに任せるとして、下の女とやらは俺たちでやるぞ!」
「でも、大丈夫かしら……どうして1人で?」
「それは俺様にもわからん、けど今は下の敵を優先しよう!」
ナム達は頷きあうと、同時に部屋から出ていこうとする。
しかし。
「ま、ま、まて!? 誰か1人は残れよ! ぼくちんを守れ!」
出鼻をくじかれたナム達は、思わず転びそうになる。
しかし、確かにそれもそうだ。
下手にシモンを置いていくと危険かもしれない。
「あーもう! 仕方ないわね、私が残るわよ!」
嫌々そう答えたミナに対してナムとトウヤは頷くと、今度こそ2人とも執務室を飛び出した。
「ちっ、やっぱ軍の基地になんて来たくねぇ!」
「何かしら起こるよなぁ……俺様達呪われてるのか?」
「不吉なこと言うじゃねぇ!?」
軽口を言い合いながらも、2人は迷路のような基地の中を記憶を頼りに進み続けるのだった。
執務室を飛び出してからしばらく後、タイフは基地の外に出ていた。
1度基地の中を歩いた経験から、未来眼の能力でどれが偽物の道か判別できる彼は、素早く基地から脱出出来ていた。
下にいるはずの敵とは一切会っていない。
恐らく、その敵もあの迷路のような基地の中で迷っているのだろう。
(そんなことより……早くあのビルに!)
タイフは無我夢中で走り続けた。
基地とビルの距離自体はそこまで離れてはいないが、焦りからか遠く感じる。
(理由を聞かなきなきゃ。)
走り続けるタイフの前に、あのビルが近付いてくる。
あのビルの屋上からなら、走っているタイフを目視出来るはずだ。
執務室の窓も隠した今、狙うならタイフが1番狙いやすいだろう。
それなのに、やはり未来眼視線でも撃ってくる未来が全く見えない。
双眼鏡でうっすらと見えた敵の姿とこの行動で、タイフの中で敵の正体が繋がっていく。
そんなことを思いながら走っていたタイフは、無我夢中でビルの中へと入ると。
中の階段を素早く駆け上がっていく。
普通の人間よりは身体能力が高いタイフと言えども、基地からこのビルまでの走ったことにより、少し息が乱れ始める。
それでも足は止まらなかった。
(なんで。)
もう何度階段を駆け上がっただろうか。
息の乱れが大きくなっていく。
(なんで……あなたが?)
気付いてしまった敵の正体を確かめるべく、疲れた体を無理矢理動かして階段を登っていく。
その時、目の前に一際目立つ大きな入口が顔を出した。
太陽光が入り込むその入口は、間違いなく屋上を示していた。
(どうしてあんなことを!)
最後の階段を駆け上がり、その入口から外に出る。
そこに広がる光景は、様々な小さな建物や彫刻、草木に満ちた憩いの広場だった。
とてもビルの屋上には見えないその光景に感動する暇もなく、タイフは前に真っ直ぐ進んでいく。
目的の人物を見つけたからだ。
この広場に他の人影は居ない、だからこそ彼が目立つ。
その、見慣れた男が。
「やぁ、やっぱり来たね。」
その男は、背後にいるタイフに向き直ることも無くそう呟いた。
「教えてくれ、なんであなたがこんなことを?」
「うーん、どう答えれば良いのかなぁ。」
ほふく状態のその男は、肩元に長身のライフルを構えていた。
恐らく、長距離を狙うことの出来る銃だろう。
本体の上に望遠鏡のような部品が付いている。
その男はその銃から手を離すと、ゆっくりと立ち上がる。
そして、服についた砂やらを叩き落とすと。
その頭に、見慣れたテンガロンハットを被ると、タイフにゆっくりと向き直る。
「びっくりした、思わずトリガーから指離しちゃったよー。」
その男は、そう言いながらタイフと対面した。
爽やかな笑顔を維持したまま。
「なんで……あなたが……なんでだよ!」
タイフの叫びにも反応せず、彼は腰元から拳銃を抜き取ると、それを指先で回し始める。
「改めて名乗ろうかな。
僕は……シュルト! 魔弾とも呼ばれてる。 よろしくね、タイフ君?」
爽やかな笑顔で再び自己紹介したシュルトは、本当に楽しそうにタイフと向き合うのであった。