3章:小心者の実力
迷路のような内部構造を持つノーラス軍基地。
その最奥に位置する執務室。
そこに存在する小さな自分の机に、1人の男が座り込んでいる。
その部屋の主であるノーラス軍指揮官、シモンである。
身長は140cm程の小柄な体型の男であり、どこからどう見ても子供にしか見えない。
しかしその男は、とても似合わない程の勲章の付いた軍服にその身を包んでいる。
「ま、ま、町の警備は……この基地の警備は……ぼくちんの警備はどうなってる!?」
「シモン司令官の言う通りに配備してるよ、問題はない!」
小刻みに震えながら部下である人間に確認をするシモンに対し、かなり気さくな空気で答える案内人を買って出た軍の人間。
何かに震え上がるシモンと、まるで怯える子供をあやす様に窘める部下の男の姿は、まるで親子のようにも見える。
ナム達が彼に会ってからそこまで時間は経ってはいないが。
仲間達全員のシモンへの第一印象は1つ。
それは、異常な程の心配性。
そして、異常な程の小心者。
傍から見ただけであれば、とてもじゃないが司令官を務められるような男には見えないだろう。
しかし、この迷路のような基地内部を最短距離で進める程の記憶力。
ナム達への試験時に発した、様々な可能性を考慮するよう部下へ叱責する言葉。
その事実を考えれば、シモンの能力は恐らく相当高いのだろう。
肝心の本人は、今も尚部下に涙声で喚き散らしているのだが。
「ま、ま、まだ安心できないぞ! 敵が少数の可能性も考えて、基地内部の警備も強めるんだ!」
シモンはそう言うと、執務室の机の上の基地内部の至る所へと指を差しながらそんな指示を出す。
「き、き、基地の構造は既に敵に知られてると考えろ! 迷路は役に立たないと考えろ!
遠距離から攻撃される可能性もある! 基地近くの新しいビルも警戒するんだ! い、い、良いな!?」
シモンはそう言うと基地の物ではなく、町の地図に指を差す。
シモンが指を差した場所へナム達が目を向けると、ビルの大雑把な外観がわかる写真がそこに数枚貼られていた。
その写真や、追記された情報から察するに。
1か月前程度の最近に完成したビルのようであり、内部には飲食店や各種店。
そして最上階には、まるで公園のような憩いの場が作られているらしい。
ビルの高さも基地より高く、この町の新たなシンボルになり得る物だという。
「ビルの1番上に公園!? 随分思い切ったことをするわね。」
ビルが沢山立ち並ぶトラルヨークでも見られなかった型のそれに、ミナは思わず驚きの声を上げる。
それは他の仲間達も同じだったようで、皆同じように驚いた表情をしていた。
「町の規模ではトラルヨークには敵わない、ならば……という試験的観点から、そのような建物を立てた……と聞いています。」
「お、お、おい、ロニン! まだ話は終わってないぞ!」
ナム達へと風変わりなビルの説明をしていた、案内役をしていたロニンと言うらしい軍の人間は、シモンからの叱責に対して慌ててそちらへと向き直る。
その様子を見ていたナム達は、お互いに顔を合わせて苦笑いをした。
「ダルゴ司令官とはまた違った面倒さがあるな。」
「けっ……司令官ってのは、どいつもこいつも変なのしか居ねぇのかよ。」
苦笑いを続けるトウヤに、不機嫌そうに鼻を鳴らすナム。
しかし。
そんな彼らに何かを感じたのか、ロニンは急に振り向いてナム達の方へと再び体を向けてきた。
「このような見た目、性格ですが。 シモン司令官はノーラス軍に無くてはならない存在なのです!」
「お、お、おい!? このような性格見た目ってどういう意味だ!?」
机を手で叩きつけ、怒りのあまりに椅子から立ち上がったシモンを無視したロニンは、まるで我が子を自慢するかのように力説し始める。
「確かにシモン司令官は、どう見ても子供にしか見えませんし!
異常な程に心配性ですし!
異常な程の怖がりです!
自分の危険を避けようと基地をこのように改造した張本人でもあります!」
ロニンの後ろで、シモンは怒りのあまりに顔が真っ赤になっている。
これがトラルヨーク軍であれば、ダルゴからの手痛い制裁が待っていたであろう。
背後のシモンが、机の下の方に手を伸ばしているような行動を始めてしまい、ナム達は少し不安を覚えながらも。 当のロニンは喋るのを辞める気配がない。
「しかし……その欠点がこのノーラスを支えているのです!」
ロニンから発せられたその言葉を聞いたナム達は、一斉に首を傾げる。
それの意味を、ナム達は理解しかねていた。
その後のロニンの止まらない喋りを要約すると。
ある時は、そろそろ町の近くに魔物が現れる頃だ! と大騒ぎし、渋々警備を強化したら実際に魔物の群れがやってきたり。
その魔物の群れを退治中、まだ魔物は隠れ潜んでるかもしれない! とシモンから急に連絡が入り、実際に隠れ潜んでいた群れを発見したり。
ある時は、基地に賊が入り込んでるに違いない! と大騒ぎし。
仕方なく基地内を見回ったら本当に侵入者が入り込んでいたり。
と、このような嘘か本当かわからない話を、次々とナム達に語ったのだ。
「それって……未来予知レベルじゃないか!? 流石の僕も信じられないよ!」
「しかし、これは本当の話なのです!」
それを語るロニンの表情は、真面目そのものであり。
とても冗談には見えない。
「それが本当だとすると、確かに相当便利な能力じゃねぇか。 ……で? そんな奴が今何を心配して叫んでやがるんだ?」
ナムの疑問に、ロニンは後ろ……シモンの方へと視線を向けてから、もう一度ナム達の方へと顔を向けた。
「それが……エスト軍の司令官が殺されたという報を聞いてすぐ、次に殺されるのはぼくちんだっ! と騒ぎ始めまして。」
「なるほどな、それで外の連中もピリピリしてた訳だ。」
ナム達がこの基地に到着した時の、軍の人間達の警戒の強さの理由に納得したナムは、小さく鼻を鳴らした。
「む……ぼ、ぼ、ぼくちんが説明するつもりが……まぁ良い
!
と、と、とにかく、ダルゴからエストの件を聞いてるなら話は早い! ぼくちんの事を守る大義を君達に与える!」
「……なんか守りたくなくなってくる言葉ね?」
ミナは、自分達に守られるはずのシモンの尊大な態度に思わず苦笑してしまう。
しかし不思議な事に、シモンが子供のような見た目をしているからか、そこまで不快感はない。
それもある意味、彼の強力な個性なのかもしれないとミナは内心だけで思うことにした。
「それで……シモン司令官はどんな敵が来ると?」
タイフの質問に、ロニンはもう一度シモンの方へと視線を向ける。
その視線に対してシモンは掌を前に向けると、静かに語り始めた。
「ま、ま、間違いない……ぼくちんを殺しに来るのは。
に、に。」
シモンはそこまで言うと、しどろもどろになりながら最後の言葉を言い放った。
「人間だ。」
シモンから放たれた、普通なら有り得ないその言葉に。
ナム達は、目を丸くする。
「人間……だと?」
「さ、流石にそれは違うんじゃない!?」
軍は、町を魔物から守る為の組織である、対魔物のエキスパートなのだ。
魔物……とりわけビーストやヒューマンから命を狙われるならわかるが、人間が軍を攻める利点は全く無いと行っても良い。
マッド・ウルフリーダー、ビネフのような軍への恨みを持つ人間はそう多くはない。
それなのに、人間に命を狙われていると言い放つシモン司令官に、ナム達は驚きを隠しきれなかった。
「き、き、君達は馬鹿か!? エストの事件をよく考えて見ろ!
魔物の発見報告はあるが、それにしては統制が取れすぎている!」
シモンのその言葉に、トウヤは少し考えてから発言した。
「ヒューマンは?」
「ば、ば、馬鹿か!? ヒューマンがいたなら司令官だけを殺す意味はなんだ!?
そこには、人間の意思が紛れてるに違いないんだ! 普通に考えたらわかる!」
トウヤの言葉に、シモンは心底イライラしたように声を荒らげて反論する。
まるで、なんでそんなこともわからない? とでも言うように。
そして。
その言葉に対し、仲間の中では唯一ナムだけがその可能性について冷静に考えていた。
ダルゴから聞いたエスト軍司令官殺害事件。
確かに、魔物が犯人にしては被害が最小限、尚且つ指揮系統の麻痺を確実にもたらしている。
(シモンの言う通り、確かに魔物が主導してるにしては……騒ぎがあまりに小せぇ。)
ナムがそこまで考えた時、続けてシモンの口から放たれた言葉に。
ナムの思考は止まる。
「ぼ、ぼ、ぼくちんの考えでは……恐らく何かしらの組織が関わってると思ってる!
に、に、人間の組織だ! 間違いないぞ!」
ナムが、心の中でおぼろげに懸念していた事を、シモンは見事に言葉にした。
まるでナムの心を読んだかのように。
「人間の……組織だと!?」
「有り得ないわよ、人間が組織立って軍の司令官ばかり狙う……それこそ、それになんの利点があるの!?」
シモンは、ミナの反論に対して首を横に振る。
「そ、そ、そんなことぼくちんが知るか! 重要なのはそこじゃない! ぼくちんは命を狙われている……か、か、確実にだ、問題はそこなんだ!」
シモンがそれを叫んだ、その時だった。
彼の机の上にある電話が鳴り響いた。
シモンはその音に驚いて体を震え上がらせ、慌ててその電話を取る。
(おいおい、電話の音にもビビるのかよ!?)
流石に小心者過ぎると、ナムが呆れかけたその時。
電話を取ったシモンの顔が見る見る青くなっていく。
その様子に、何かが起こった事をナム達は悟った。
「き、き、基地近くに謎の女が来てる!?」
思わずナム達は、拍子抜けしたように肩の力を抜いた。
あまりにシモンの顔が青ざめさせたので、とんでもない報告が来たのかと警戒したナム達は、安堵のため息をつく。
しかし、シモンの反応はナム達の予想を裏切るものだった。
「げ、げ、迎撃しろ! そいつは敵だ!」
シモンの突然の命令に、ナムた達は勿論……電話の先の軍の人間達も困惑してる様子が見て取れる。
部下の返事が無いことに腹を立てのか、シモンの表情は怒りに染まっていく。
「げ、迎撃だ! 返事はどうし……。」
シモンが大声でそれを叫ぶ途中。
電話の先から小さな悲鳴。
いや、ナム達が聞こえるほどの悲鳴なのだ、恐らく相当な声量の悲鳴がしたのだろう。
実際、電話を耳に当てていたシモンはしかめっ面をしている。
「クソっ! 馬鹿な部下共が!」
シモンは慌てて机の横に手を伸ばすと、そこにあったスイッチを押し、すぐさま席を立った。
それと同時に、机の後ろの壁の一部が動き出し。
床に面するように設置された、大人の身長程度の窓が姿を現す。
つまり、シモンの身長では頭の上に窓部分が少し余る位の高さのものだ。
シモンはその窓から外を確認しようとしたのだろう。
実際彼は、素早くその窓へと走っていた。
しかし、彼は再びナム達には予想できない動きをした。
「攻撃!?」
シモンは何故かすぐさま窓のある位置から向かって右側へと飛び退く。
突然のシモンの謎の行動に対してナム達が呆気に取られていた僅かな時間に、それは起こった。
突然窓ガラスが割れ、その先にあった机に何かが命中するような音が鳴り響く。
「な……に!?」
ナム達は咄嗟に窓から身を隠すように、部屋の壁側へと素早く移動した。
そして窓の近くにたまたま移動したトウヤが、ゆっくりと窓の外を見ようと身を乗り出し始めたとき。
「ば、ば、馬鹿!? 頭出すな、死にたいのか!?」
シモンの言葉に、トウヤは窓に少し出していた頭を素早く引っ込め。
それと同時にトウヤの頭があった場所にまたもや何かが撃ち込まれた。
その何かは再び机に命中すると、大きな音と共に机を軽く破損させる。
それを見たトウヤは、少し冷や汗をかいていた。
シモンの忠告がなければ、頭を撃ち抜かれていたかもしれなかったからだ。
「……これ、銃弾ね!」
ミナは、机に当たった2発の攻撃の損傷箇所へと視線を向け、そこに突き刺さっていた小さな物、銃の弾を素早く発見していた。
「……良くわかったじゃねぇか?」
「ふ、ふ、普通に考えればわかる! そんなことより早くぼくちんを奴らから守れ!?」
シモンは歯をガタガタ言わせながら、頭を抱えるように涙目で震えていた。
傍から見れば情けないことこの上ない。
しかしナム達は、ロニンの言っていた彼の危機察知能力の高さに嘘はないことを確認していた。
(思ったよりとんでもねぇ奴だな……それより。)
ナムは、震え上がるシモンをとりあえず無視し、窓の向こうに居るであろう敵に意識を向ける。
しかし、ナム自身が窓の外を確認した訳では無い。
何処から攻撃を受けているのか、彼には全く分からない。
「何が……起こってやがる!?」
突然の敵の攻撃に、思わず呟いたその言葉は。
シモンの絶え間ない歯の音に掻き消えた。