3章:ノーラス軍司令官
雪の降り注ぐ町、ノーラス。
セラルと会う約束をしていたリィヤを店に残し。
目的地であるノーラス軍基地の姿を目に捉えながら、方向だけを合わせて移動しているナム達。
三武家本家の存在するこのノーラスは、タイフを除いた4人にとっては故郷だ。
なにせ、三武家のしきたりにより15歳で独り立ちをする迄は彼等もこの町に住んでいたのだ。
しかし、それでも彼等はこの町の地理に関してはそこまで詳しくはないのだ。
理由は簡単だ。
15歳になる迄の期間、彼等は当主による苛烈な修行を受けていた事もあり、外を出歩いた事自体がほぼ無いのだ。
その為、故郷でありながら地理に詳しくないというあべこべな状況になってしまっている。
「ナム達がこの町に詳しくないなんて、僕は驚いたよ。」
「しかたねぇだろ……家に軟禁に近い状態だったんだからよ。」
雑談をしながら、ナム達は町中に存在する公園の中へと侵入する。
南側と北側にそれぞれ入口のあるこの公園は、目の前に見える基地の姿を捉えながら通れる道として機能していた。
と、言うより。
たまたま目の前にこの公園が現れ、避ける理由もなかった事が主要因だろうが。
「まだなの!? 彼等はまだなの!?」
「少しお待ちを! 必ず来るから!」
「ぼくちん心配だよ! 早くしてくれなきゃ……そろそろ!」
公園の中に響き渡る子供のような声に、思わずナム達はそちらへと視線を動かす。
そこには、その声の持ち主と思われる背の低い少年、恐らく身長は140cm程だろうか?
同時に、そんな彼を宥める2人の大人がいた。
2人の男は軍の制服を着ている。
おそらく、道に迷ったようなあの子供を見兼ねて声を掛けたのだろう。
何かを叫ぶ少年は、公園の中を歩くナム達には全く気づいた様子もなく、ただひたすらに軍の男2人にワガママのような物を言い続けている。
「随分うるさい男の子ねぇ。」
「甘やかされて育てられたんだろうな……まぁ俺様達には関係ないよ。 」
まだ何かを騒ぐ子供を尻目に、ナム達は基地へと向かうために素早く公園を抜ける。
公園を抜けた後の道は、基地まで真っ直ぐ通っている。
もう迷うこともないだろう。
「ん!?」
入口の脇、壁に隠れるように立っていた軍の男に驚き、思わず変な声を出してしまったナム。
そんなナムの声に、その軍の男も驚いたのか不明だが、いそいそと公園の中へと走っていってしまった。
「な、なんだったんだ?」
「変な人だね……ま、基地まであと少しだよ。」
軍の男の謎の行動に首を傾げながらも、ナム達は気にせず基地へと向かって移動を再開したのだった。
「ここか。」
それから暫く後。
ナム達は、目的地であるノーラス軍基地へとたどり着いていた。
トラルヨーク軍基地と比べれば大した規模ではないが、それでもかなりの規模を持つ基地に、ナム達は思わず見上げる。
「軍の基地って派手よねぇ。」
「そうだなぁ。」
ナム達はしばらく基地を眺めていたが、ふと我に返って基地の門へと近付いていく。
両脇に立っている軍の人間が、近付いてくるナム達に気付くと、銃を持つ手を少し強くする気配を感じた。
エスト軍の司令官が殺された、という事件の影響だろう。
軍の人間達も相当警戒しているようだ。
「止まれ!」
軍の人間に呼び止められたナム達は、敵意が無いことを示すために大人しくその足を止める。
そんな彼らに静かに近付いて来た軍の人間2人は、ジロジロとナム達の顔や武器などを、舐めるように観察し始める。
そしてその目線がミナに向かうと同時に、2人は目を見開いて突然敬礼を始める。
「す……すみません!? 三武家の方々でしたか、大変な失礼を!」
突然敬礼を始めた2人の様子に、ミナを除いた3人はゆっくりと彼女へと振り向く。
「そういや、ミナだけ有名だったなぁ?」
「こんな時に役に立つなんてね……はぁ。」
三武家の跡取りの中で、唯一顔が大きく広がっているミナ。
そんな彼女のお陰で、軍の人間2人は即正体に気付いたのだろう。
「お待ちしておりました。 トラルヨーク軍のダルゴ司令官からお話は伺っております! どうぞ中へ。」
「詳しくは、シモン司令官からお願いします……その、お気を悪くしないでくださいね?」
後者の軍の人間が呟いた言葉に、ナム達は不思議な表情を浮かべる。
「気にするなよ、警戒するのは当然だ。」
トウヤの励ましの言葉を聞いた2人だったが、何故か表情は明るくならない。
そんな時、片方の男が口を開いた。
「いえ、それではなく……その、シモン司令官が……貴方達に失礼を働くかもしれず。」
「ダルゴで慣れてる、問題ねぇよ。」
ナムはそう言って、2人に手を振ってから門を通って基地へと進んでいく。
外での会話を聞いていたのか、基地の出入口付近で警備をしていた軍の人間達も何も言わずにその扉を開放し、ナム達を歓迎した。
「随分待たれていたみたいだね。」
その待遇の良さに、タイフは落ち着かないのかそんなことを小声で呟いた。
しかし、実際そうなのだろう。
彼らの表情は、ナム達が来たことを知って何処か安堵したようなものにも見える。
「余程司令官が厳しいのかしら……昨日買い物を優先したのは申し訳なかったかしら。」
ミナがそんな事を呟き、そのままナム達は基地の中に入った。
基地内部にも1人の軍の人間が立っており、一礼の後にナム達を案内するかのように先頭を歩き始めた。
ナム達はその案内役の軍の人間に着いていく途中で、内部の景色を見回す。
基地内部はかなり入り組んでおり、部屋に入る為の扉の数、通路の数、分かれ道の数が異常に多い。
分かれ道の通路はどれも直角に曲がっており、その先は視界に映らないような作りになっている。
扉の数も基地の面積に対して有り得ないほどに多く、明らかにいくつかの扉は偽物だろう。
「ず、随分堅牢だ……トラルヨーク軍基地より凄いと僕思っちゃったけど。」
「俺様もそれには同意だ……トラルヨーク軍より明らかに堅牢な作りになってるよ。」
ここに侵入した者は、この迷路のような基地の作りの前に苦労することになるだろう。
客人に対して案内人が率先してやってくる理由が何となくわかる。
「おっと、ここじゃない。」
順調に歩んでいたはずの案内役の軍人が1つの扉を開けた。
しかしその先には壁しかなく、上記の発言と共に慌てて締閉める。
ナム達に顔を向けて恥ずかしそうにしながらその隣を開けたものの、やはり壁。
焦りながらさらに隣を開けて部屋なのを確認すると、ようやくナム達を迎えた
「ちょっと不安になったわね。」
「ずっと居る人間ですら迷うのかよ……逆にそりゃ不味いんじゃねぇか?」
「俺様達、外に出られるのか?」
ナム達の不安の言葉を聞いた軍人は、ナム達に向かって大きく手を横に振って、安心しろと言わんばかりな行動をする。
しかし。
その後も行く道を間違えて行き止まりから引き返すことを3回。
扉の間違いは5回。
階段のミスを2回繰り返した後、ナム達はようやく司令官の執務室へとたどり着いた。
「も、申し訳ありません!」
「し……しょうがないよ、僕ももう帰れる自信ないし。」
落ち込む案内役の軍人を励ますタイフにも疲労が溜まっており、やつれていた。
しかし、それはナム達も同様である。
普通のルートよりも多く歩いたことにより、ナム達ですら疲れ果てていた。
「これは……私達が攻め込んだとしても苦労するわね。」
「二度と来たくねぇ。」
泣きそうな顔の軍人が執務室の扉を開け、それと同時にナム達はその部屋へと入り込む。
内装はダルゴの執務室のように、書類や本類が多く、シモンという司令官が座るであろう机が鎮座している。
机はかなり高めの設計になっており、大柄の男が使うようなサイズのものだ。
「へぇ……あの机を見る限り、中々の体格の持ち主ねぇ。」
「軍の司令官は肉体派ばかりみたいな通説でもあんのか!?」
ナム達は、そんな感想を呟きながら部屋の中を見回していた。
しかし、肝心の司令官が見当たらない。
「ん、司令官はどこだい?」
「あ、ここじゃないです。 もう少し先です。」
トウヤの疑問に対し、さも同然のようにそう言い返した軍の人間の言葉に、ナム達が唖然としてる中。
その軍人は部屋の中の本棚の1つを横にずらす。
本棚のあった場所の奥には入口があり、その奥にはハシゴが存在していた。
「この奥が司令官の執務室ですね、ここは空き部屋です。
あっと、押さえてないと勝手にこの本棚閉まるのでお先にどうぞ。」
「えぇ……!?」
軍人が押さえている間に、本棚の奥へと進んだナム達と共にその軍人も中に入り、本棚が説明の通りに元の位置へとスライドして戻っていく。
困惑し続けているナム達だったが、最早諦めたかのように何も考えずにそのハシゴを登る。
1階層分の高さをハシゴで登ると同時に、ナム達の目の前に再び執務室のような部屋が現れた。
順番に部屋に登っていくナム達の前に、1人の男が姿を現した。
いや、男というより最早少年と呼んでもいい存在だったが。
「き、き、き、君達は本当に三武家なのか!? ぼくちんを騙してないだろうな!?」
基地に来る前、公園でワガママを言っていた少年。
彼がナム達の目の前に立っていた。
「え……え?」
困惑するミナだったが、そんな態度が気に食わなかったのか、その少年は更に声を荒らげて怒鳴る。
「こ、こ、応えろ、本当に三武家なんだな!? 1人の顔は似てるけど、他の3人はし、し、知らないぞ!」
「落ち着け、何をそんなに怖がってやがる!? つか、司令官はどこだ?」
ナムは少年をとりあえず放置し、部屋の中にいるであろう司令官を探す。
しかし、この部屋にはその少年しかいなかった。
いや、よく見ると。
その少年は、公園の時とは別の服装になっていた。
そう、それは軍の人間の制服だ。
しかも、ただの制服ではない。
勲章や、階級を示すものであろう装飾がふんだんに使われたものだ。
そう、まさにそれと同じような服をダルゴも着ていた。
「え、まさか……君が、司令官?」
「の、ノーラス軍司令官、シモンを知らずに来たのか!? お前達本当に三武家か!? 証拠をみせろ!」
シモンらしき少年は、それだけ叫ぶと後ろに飛び去り。
前の執務室の物よりは2回りほど小さい机の後ろに立つ。
そして、その机の下をまさぐって何かを押す、天井から吊り下げられた銃火器が彼の机の上に降り立つ。
「おい!? 俺達は三武家だ! 何考えてやがる!」
「あ、怪しいヤツめ! なら早く証拠を見せるんだ!」
シモンはその重火器のハンドルを掴み、ナム達に向けてその銃口を向ける。
その目は血走っており、まるで彼等を信じていないようだ。
「落ち着いて、私達は敵じゃないわ!」
「な、な、なら早く証拠を見せろ!」
銃口をこちらに向けるシモンは、ひたすらに証拠を見せろとしか叫ばない。
あまりの扱いに大慌てになるナム達だったが、それを見兼ねた案内役の軍の男が前に出る。
「こ、この方達は間違いなく三武家だ。落ち着いてシモン司令官!」
「うるさい! お前の記憶力と判断力でどうやって本物だってわかる!?
偽物の可能性を考えたか? ヒューマンの可能性を考えたか? そもそも三武家が全員まとめてここに来る利点を考えたか!?
お前はここに来るまでに11回も道を間違えたな!? 信用できるか!」
何かで見張っていたのだろうか、シモンは彼のミスの回数を完全に把握していた。
そもそも、彼はナム達よりも遅くこの基地に来ていた筈なのに、もうこの部屋に辿り着いている。
ナム達が迷っている間に、彼は恐らく迷わずに最速でこの部屋に来たのだ。
見た目はともかく、相当な能力を持つ人間らしい。
「証拠はないのか? ならばお前達を撃つしかない! 動くなよ!!」
シモンは、軍人やナム達に向けた銃口を動かすことなく、ハンドルに付いたトリガーに指を掛ける。
それを撃たれれば、流石のナム達であろうと死は避けられない。
しかし、かと言って交戦する訳にも行かない。
「どうするの!?」
「こいつめんどくせぇ……!」
シモンは、指を掛けたトリガーに更に力を込める。
ナム達は、彼に黙って撃たれないようその場から動こうとした。
このままでは蜂の巣だからだ。
前に立つ軍人も、大慌てで止めようとしている。
しかし、そこでナムはある事に気付いた。
「動くな、お前ら!」
「何を言ってる! 俺様達が撃たれるぞ?」
「いいから、動くんじゃねぇ!」
ナムの言葉に、仲間達は半信半疑ながらもとりあえず従った。
この時のナムの直感はバカにはできないことを、仲間達もわかっていた。
緊張した空気の中、シモンのトリガーを引く力は大きくなっていく。
「動くなよ。」
ナムのその言葉から、僅か数秒後。
シモンの握る銃火器の銃口から弾が放たれ……なかった。
銃口から飛び出したもの。
それは、合格とだけ書かれた小さな標識だったからだ。
目の前の光景に驚いていたナム以外の仲間達だったが、それがシモンの何かのテストだった事を悟ると、脱力する。
「す、す、凄いな……これを前にして本当に逃げないとは。」
シモンはそう言うと机のスイッチを押し、その重火器を天井へと戻す。
そして、まだ怖がりながらもナム達の元へと寄ってくる。
「そ、そ、その勇気……本物のようだね、ぼくちんはシモン。
か、か、歓迎するよ、三武家!」
握手を求めて手を差し出したシモンに答え、代表でナムがそれを握り返す。
「そこの軍人が微動だにしてなかったからな。 明らかに射線だったのによ。」
ここまで案内役を務めた軍人が、あれだけ錯乱していたシモンの銃口の先にいながら、一切逃げようとしなかった。
撃たれる可能性がありながら、である。
カラクリを知らなければ取れない行動だ。
それを見たナムはテストの可能性を思いつき、仲間達に伝えたのだった。
「か、か、賭けたね……すごい勇気だよ。 本物を降ろすスイッチもあるんだよ?」
それを聞いたナム、そして軍人は顔を青ざめさせる。
そして、そんな軍人の表情を見たナムは、それに対しても更に顔を青ざめさせた。
「本物あるって、さては知らなかったな!?」
本気で実銃の存在を知らなかったであろうその軍人と、それに対して冷や汗を流すナム。
そして、そんなナムを信じて動かなかった仲間達も同様に大量の冷や汗をかいている。
唯一平然としているのはシモン1人だけだった。