序章完:旅立ち
今日は天気も良く、快適な気温だった。
3日前にこの町の町長、サブロからの依頼を受け、5年前位から始まっている魔物の超強化の謎の調査を依頼されたナムとミナ、そしてトウヤ。
時刻的には昼近く、3人は町の入口付近に集まっていた、見送り役として来ていたサブロ町長も居る。
本来は早朝には出発する予定だったのだが、若干1名が遅れてこの時間に出発することになった。
勿論ナムである。
ミナの所有する反りの入った片刃の剣を、ナムが頭部の真上で右手人差し指と中指で白羽取りをしている。
遅れたことに怒ったミナがナムに斬りかかってこの状況となっているのだ。
「あんたってやつはいつもいつも……!!」
「起きたら昼少し前だったんだ仕方ねぇだろ!」
ミナが時々両足で飛び剣に全力をかけているが、それをナムが涼しい顔で指で受け止めている。
すでに10分以上この状態な上にすぐ近くでトウヤが大笑いしており、サブロ町長があまりにも無視され地面に指でのの字を書いているという中々混沌とした状況である。
周囲の野次馬の奇異な視線が集まるのも仕方ないことだろう。
「ママー、あの人たちなにしてんの?」
「見ちゃいけません!!」
近くを通った親子のやりとりで一気に顔を真っ赤にしたミナが瞬時に自身の鞘に剣を収め、咳払いをする。
「後で覚えときなさいよ。」
ミナは恨みがましそうにナムを睨みつける、まだ顔は赤いままな上に、トウヤはさっきのやりとりを聞いて更に大笑いしている。
ミナは鞘に入ったままの剣をトウヤの頭に叩きつけ、悶絶したのを確認すると、地面にのの字を書き続けているサブロ町長に近づいた。
「それでは、そろそろ出発しますね、サブロさん。」
「ん……あぁ……頼んだぞ?」
サブロ町長は立ちがると涼しい顔をしているナム、顔が赤いミナ、地面で頭を押さえて悶絶してるトウヤを流しみる。
彼等は今、トウヤの屋敷で戦闘した時より更に装備を固めていた。
ミナは腰元の双剣、太ももの投げナイフ、背中のメイスに加え、胸元に大振りの近接用戦闘ナイフ、背中でメイスとクロスさせるようにミナの身長くらいのバトルアックスを装備していた。
トウヤも貴族風の服から魔術師がよく着る足が隠れる位の長さの黒いローブに肩から胴体、腰から下の両サイドに金属プレートが装着されたような戦闘服を着込んでいる。
そして両手の親指以外の指に1つずつ宝石のついた指輪が装着されている、色は全てバラバラだ。
ナムは……どうやらそこまで変わっていないらしい、武器を持たない彼には追加の武装がないのだ。
痛みが治まったらしいトウヤが息を吐いて立ち上がったのを確認したサブロ町長はゆっくりと改めて言葉を発した。
「今回の依頼の受注大変ありがたく思う、おそらく一筋縄ではいかんじゃろうが、いい結果が出ることを期待しておる。」
「正直、任せろとはいえねぇし何年かかるかもわからねぇがよ、なんとか調べてみるさ。」
「魔物による被害や驚異から町を救うついでだから気にしないで、サブロさん。」
「俺様とこの2人がいれば百人力だ、安心して待ってな町長さん。」
3人はのその言葉にサブロ町長は柔らかな笑みを浮かべる。
「それでは頼んだぞ、この町にもいつでも戻ってくると良い。」
3人は手だけ振って返答すると、そのまま町から離れていく。
サブロ町長はそんな彼らの背中を見守り続け、見えなくなると同時に大きく息を吐く。
この町に後にブレイカーと呼ばれる男、ブロウのナムと、アーツのミナがこの町に越して来るという幸運
さらにマギスまで町の近くに越してきてそれだけでもこの町の安全は謙遜なしに高かったのだ。
よもや自らそんな彼らが町から出ないといけなくなるような依頼を出すことになるとは思わなかった。
しかしその判断をせざるを得なかったほど、今の魔物の謎の強化に関してサブロ町長は危機感を抱いていた
「杞憂なら良い、しかし……もしもこれが何か巨大な陰謀の結果なのだとしたら……今よりももっと危険な世界になる可能性があるのであれば。」
サブロ町長は一瞬だけ寒気を覚えると体を震わせた。
「ワシの判断はきっと間違っておらん……はずじゃ。」
サブロ町長はそうつぶやくと、彼らが旅立った方向をじっと祈るように眺め続けた。
外の平原を歩き続けたナムたちは、町が視界から消えたくらいのタイミングで目の前に数匹の魔物を見つける。
目玉に手足が生えたような見た目の魔物、トウヤの屋敷にも居た<ヒトメ>という種類だ。
能力的にはノーマルでも最下位であり、戦闘初心者数名で腕試しするには最適な魔物だ。
昔は子供でも追い返せてた筈なのだが。
「どうする?」
「襲ってきたら返り討ちでいいじゃねぇか、アイツなら町の連中でもなんとかなるぜ。」
ミナの発言に雑に答えるナム。
「良いのか?俺様がちょちょいと魔法ぶちかませば一瞬で消し炭だが。」
「次の町まで全部相手するつもりかよ、面倒だから気にすんなって。」
ナムはそう言ってヒトメ達を睨みつけると、彼等は冷や汗を垂らし視線を外した。
それを見たトウヤとミナは納得したような顔になる。
「な?ビーストに率いられなきゃアイツ等結構臆病なんだよ。」
ナムはブロウ家の方針で魔物への知識が3人の中で一番広い、自堕落な彼にしては意外な能力である。
「魔物に関してはやっぱりナムを頼りにするしかないわね。」
「自分でも勉強しやがれ!!毎回聞く気じゃねぇだろうな!?」
「え?だめなのか?」
ナムはがっくりと項垂れる。
「めんどくせぇ……!!」
「まぁ、勉強教えるつもりで頼んだわよ、ナム。」
「俺様にも頼むぜ、代わりに魔法教えてやるよ……そういやブロウは魔法使えないんだったな。」
「馬鹿にしてんのかてめぇら!?」
これが僅かな期間で3人に根付いた人間関係であった。
彼らの目標は一番近い場所にある小さな町……いや、村と呼んだほうが良いくらいの場所である。
<ファス>とよばれるその村はナム達の町よりも村の防衛力が低く、村人たちは魔物に戦々恐々としているらしい。
外壁の強化も村人の訓練などで手が足りておらず、進んでいないという噂だ。
その場所へ赴いて少しの期間防衛に協力し、村の外壁の強化などを村人に専念させて強化させるつもりである。
ついでに村人からなにか情報を聞き出せれば御の字である。
3人は言い争いながらも着々と歩みを進めていくが、そこに緊張感はない。
彼らの冒険はここから始まった。
ナム達がまだ移動中の頃、<ファス>の村の裏道に黒いフードを被った人間が歩いていた。
その姿に覇気はなく、どこか幽霊のような足取りの人間は周囲を警戒するように視線を動かしている。
「なんで……僕が……。」
黒いフードの人間は小さい声でずっと呟いている。
「どうして……こんな……。」
黒いフードの人間は何かに気づいたように壁を見る。
そこには紙が貼り付けられていた。
「あぁ……ここにも……くそ。」
それを確認した黒いフードの人間はさらにフードを深く被るとそこから早足で歩き去る。
「僕じゃない……あれは僕じゃない……。」
黒いフードの人間は自身の両掌を歩きながら見つめる。
「あれは……僕だけど……僕じゃない……!!」
急に大きく体を震わせた黒いフードの人間は肩を抱きながら歩き続ける。
頬には涙が伝っていた。
「マイカ……ごめん……。」
黒いフードの人間は小さな声で呟き続けながら、村の人通りの少ない場所を歩き続け、建物の影に消えた。
ここまでを序章にしたいと思います。