3章:日常と脅威
ネットの村にエイルが帰還した祝いとして開かれた宴の翌日。
もうじき昼となるであろうタイミングで、ネットの村の入口付近に少数の村人達が集まっていた。
「すまんな……セクト長老、二日酔いで動けなくてよ。」
そう言ったのは、この村で最も高い実力を持つギーサだ。
彼も昨夜は相当酒を飲んでいた筈だが、既に復帰しているようだった。
「あっはっは! お大事にと伝えてくれよ。」
セクト長老の現状を聞いたトウヤは、高らかに笑った後にそう答える。
ナム達は既に荷物を纏めており、すぐにでも出発が可能な状態となっている。
そんな状態でも、出発できない理由があった。
最後の同行人の準備がまだ終わっていないからだ。
「たく……これだから子供は苦手なんだ。」
「イライラしてんじゃないわよ。 普段はアンタが寝坊して遅れるんだからね!」
ミナにそう指摘され、寝坊の常習犯であるナムはそっと視線をあさっての方向へと向ける。
自覚はあるらしい。
「でも、なんで時間掛かってるんだろうね……この村に来た時にはほぼ荷物なんて無かったらしいのに。」
「えーと……タイフさん、恐らくそれは……あ、来ましたよ!」
リィヤが視線を向けた先に、ナム達が一斉に同じように視線を向ける。
そこには、相変わらずの白いレースの服装に身を包んだ、セラルと名乗った10歳前後の少女が歩いてきていた。
雨が降っている訳でもないにも関わらず、同じくレースのような装飾がされた白い傘を差している。
「お待たせしましたわ。」
そう言ったセラルの肩には、何かが大量に詰まったカバンが提げられている。
入りきらずに頭を出している物から、中のものはどうやら全て果物のようだ。
昨日詰めていた時より更に増えている。
「また……増えてるわね。」
「ここの村の方達大変お優しくて、ついつい。」
そう言うと、セラルは微かに悪戯な笑顔を浮かべる。
やはり見た目と話し方によらず、相当ちゃっかりしているようだ。
「セ、セラルさん……それ本当に痛む前に食べ切れるんですか?」
「問題ありませんわ。 これ程美味な物であればすぐにでも。」
肩に提げたカバンを少し揺らしながら、セラルは少し得意げに胸を張る。
そこまで大きく変わることない表情も、そことなく得意げだ。
意外と感情表現が激しいらしい。
「準備が終わった……ということは、これで1度お別れですか。」
寂しそうにそう言ったのは、この村の住人であり、今回この村に寄った目的でもあるエイルだ。
「そうだなぁ、まぁ……もう大丈夫だろ、元気でな。」
「貴方達にも、軍の皆さんにも、そしてビネフさんやデルダさん達にも大変お世話になりました!
この御恩は一生忘れません!」
「気にするな。 彼等に会ったら俺様達がそう伝えておくよ。」
トウヤは、そう言ってエイルに向けて手を軽く横へと振る。
「よし、じゃあ出発するぞ……早めに森を抜けないとな。」
「そうだった、帰りもホーネット達と鉢合わせする可能性があるのかぁ。」
ナムの言葉を聞いたタイフのボヤキで、リィヤが何かに気付いたようにセラルの方へと視線を向ける。
「セラルさんは……大丈夫なんですか?」
「あら、ワタクシは元々1人でここに参りましたの、問題ありませんわ。」
セラルはそう言うと、わざとらしく服の裾を手に持ち、広げるようにお辞儀をする。
ナム達は、彼女がどうやってこの村まで1人で来れたのかを知らない。
しかし、村人達の言葉によると、本当に彼女しかこの村に迷い込まなかったらしいので、本当に1人で来たのであろう。
「ま、ヤバくなったら守ってやるぜ。」
「あら、こう見えてワタクシそこそこ争いは得意ですのよ、後でご覧になってください。 ふふふ。」
セラルのその言葉に、ナムは少し不安を覚えながらも、今は気にしないことにしたらしい。
そして、それを機にナム達とセラルはゆっくりと村の入口へと向かっていく。
「本当に、ありがとうございました!」
背中から聞こえる、エイルの感謝の言葉に対し、ナムは背中を向けたまま適当に手を振り、そのまま森へと侵入していく。
深い木々の間に消えていく彼等の背中を見送っていたエイルは、ゆっくりと降っていた手を下ろす。
「行っちまったな、エイル。」
「はい……でも、きっとまた会えますよね。」
ヒューマンでありながら人間として育ったエイルを、先入観無しでここまで助けてくれた彼等に感謝しながら、ギーサとエイルはゆっくりと村の更に奥へと歩いていく。
「もう、騙されません!」
「ハッハッハ! 二度とお前を不安になんかさせてやるもんか!」
エイルとギーサは、お互いにそう宣言し合いながら村の中を歩く。
そんな中2人は途中で、フラフラになりながら自身の家の外で項垂れているセクト長老を見つけた。
「セクト長老、もう起きて大丈夫なんですか?」
「あー……大丈夫……じゃないわい。」
「こりゃしばらくダメだなぁ。 エイル……スマンが水持ってきてやってくれ。」
ギーサの頼みに、エイルは苦笑しながら頷いて村の中を走る。
ネットの村は、こうしてようやく取り戻した日常へと戻ったのだった。
「んー、やっぱり厳重っすねぇ……町には何とか入れたっすけど。」
トラルヨークの町中。
二階建ての住居の屋根の上に2人の男が座っていた。
黒い服で身を包んだ2人組だ。
「某の力があれば、どれだけ厳重であろうと突破出来る!
時間を無駄に浪費するな!」
「はいはいっす、何度も言うっすが……過信だけはするなっす!」
幻導と呼ばれるパプル。
そして、漆黒のガジスの2人は、前回エストの町で起こした行動の時と同じように、家の屋根からトラルヨーク軍の基地を視察していた。
望遠鏡を使い、見える範囲で建物をしっかりと偵察をするパプル。
その横のガジスは相変わらずに腕を組み、貧乏ゆすりをしながら待っていた。
エスト軍基地よりも建物の規模が大きく、その分配置人員も多いトラルヨーク軍基地。
パプルは、今回の仕事は前回よりも大変になると考え、ゲンナリしていた。
「こりゃー、堅牢っすねぇ……地図とかがあればっす。」
「某の力なら問題ない、早く攻めるべきだ。」
「誰かから手に入れられれば良いっすけど……こりゃ今日は様子見で辞めておくべきっすね。」
ガジスの言葉を完全に無視したパプルは、そう言うと懐に使っていた望遠鏡を仕舞う。
「何故だ!」
「基地内部の情報が無さすぎるからっす!
確かにその力は強力っすが、あくまで視覚しか騙せないっす!
相手は世界最強の軍っすよ、どんな機械で警備されてるかわからんっす!」
パプルはそう言って、座っていた屋根の上から立ち上がり、纏っている黒い衣装を数度叩いた。
「それに、オイラの力で召喚した魔物でも、流石にあの数相手には……!」
「……っち! ならば早く情報を集めるぞ! 時間は有限なのだ!」
「お、珍しく乗ってくれたっすね、普段からそうであれば楽っすのに。」
2人は足早に屋根の端に移動し、下に人間が居ないことを確認してから地面へと素早く降り立つ。
着地時に足音がしたパプルに、足音を一切させずに降り立ったガジス。
生粋の暗殺者と、あくまで召喚者である2人の能力の違いが、顕著にそこに表れていた。
「もう少し静かに降りろ。」
「無理言うなっす。」
2人は軽口を言い合いながら、町の裏通りをいくつも経由しながら、町中を静かに移動していく。
そして、今はもう使われていない道沿いの大きなゴミ箱へと、その黒い衣装を脱いで投げ入れる。
「暫くは旅人として潜伏するっす。」
「手早く情報を集めるぞ!」
町中で歩いていても違和感のない服装へと変わった2人は、そのまま車両も走る大通りへと出ると、道歩く町人達の列に溶け込んだ。
あまりに町の景色に自然に溶け込んだ為。
町人達は一切違和感を抱くことなかった。
「誰が詳しいっすかねぇ……この町あまり知らないっす。」
「ふん、適当に町中を歩く軍の人間にでも聞けばいい。」
ガジスのとんでもない提案に、パプルは思わず頭を抱えた。
しかし、そこで何かを思い出したかのようにパプルは顔を上げると、ガジスの耳元へ口を近付けて小声で話し始めた。
「そういやっす、2人はちゃんと向かってるっすよね?」
「魔弾と爆砕か? 問題ない筈だ、ちゃんと説明しただろ。」
「ま、大丈夫っすよね……偶然この町にたどり着く前に出会えて良かったっす。」
2人は、道中で偶然出会った2人の話題を始める。
どうやらトラルヨークで活動していたらしい2人は、闇の騎士のアジトに暫く帰ってきていなかったのだ。
その為、あの御方からの指示を聞いていない唯一のメンバーだった。
それが偶然2人と出会え、その場で指示を伝えることが出来た。
以前、ガジスが上機嫌だったのはこの為だ。
探す手間が省け、時間を有効に使えたガジスの機嫌は相当良かった。
「確か、あの2人だけでなく……二鏡も向かうっすよね?」
「そうだ、あの町の基地も中々規模が大きいからな……ふん、全て某に任せれば良いものを。」
ガジスはそう言うと、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
かなりの気分屋であるガジスの機嫌は山の天気のように変わるのだ。
パプルがもっとも彼に対して苦労している部分でもあ
「ネットの村に一応基地がないか確認しに行ってる筈っすが……確かアッチが向かってるっすよね?」
「うむ、そうでなければホーネットの森は危険だ。」
パプルはそれを聞くと、露骨にため息を吐いた。
「怖いっすねぇ……何かやらかしそうっす。」
「奴は少し落ち着きがないからな、まぁ任せるしかあるまい。」
2人はそれを最後に雑談をやめ、町の中を散策する。
しかしこの町の住人達は、基本的に他の人間と関わろうとする意思がなく、情報集めも難しい状況にあった。
他の町や村ならば、話しかければ気楽に話してくれるが、この町の住人は下手に声をかけると怪しまれてしまう。
屋根の上での調査前に、まさに2人はそれを経験したのだ。
「難儀しそうっすねぇ。」
「だから早く攻め込むべきだと言ったのだ!」
「それはもっと難儀っす!」
トラルヨークに潜んだ町の驚異である2人は、全くそんな事を周囲に悟らせずに行動を続けていた。
彼等の目的はトラルヨーク軍司令官、ダルゴの命。
彼等の預かり知らぬ間に、波乱が起こるであろう時は、刻一刻と近付いていくのだった。