3章:不安の手掛かり、そして不安
トラルヨーク防衛戦から約1ヶ月と少し経った頃、ナム達の周りでは色々なことが起きていた。
まず1つ目として、ナム達の怪我はすっかり良くなった。
1番重傷だったリィヤも、今はすっかり元気になっている。
2つ目にベルアとの戦いで壊れた装備品は、修理ではなく新規の鎧としてダガンとネネによって届けられた。
ネネが青い顔で鉄製の鎧を2つ。
ダガンが皮製2つと鉄製1つと背中にミナのバトルアックス。
という、明らかにダガンの娘に対する嫌がらせのような状態で現れた時には、流石のナム達も哀れに思ったものだ。
恐らく、2人は過去もずっとこんなやり取りをしていたのだろう。
ナム達は彼等に安くない料金を支払い、2人はまたその高い料金で諍いを起こしながら帰って行った。
ダガンによる言葉と、ナム達の見識で発覚したのだが、
鎧を少し進化させたらしい。
元の形状から更に多くの曲線を採用した新型の鎧は、相変わらずのダガンの高い腕前で造られ、かなりの性能となっているのが見て取れた。
しかし、当日。
ダガンの善意の改良に関して彼とミナとの間でこんなやり取りがあったのは、ナム達の記憶に新しい。
「へそと太ももの部分に追加装甲をつけたぞ。」
と、ドヤ顔でミナに説明したダガンだったが、彼女の反応は相変わらずだった。
「え、そこはこだわりなのよ! ダガンさん!」
「いやでも防御力がな?」
そんな不毛なやり取りだ。
これに関しては、ミナを除くナム達は全面的にダガンの肩を持った。
しかし、あまりに不毛な争いで疲れたのか、とうとうダガンは折れてしまい。
「まぁいいか、そう言われると思って取り外し可能にしといたぜ。
その……付けなくてもいいが、つけた方が頑強だぞ?」
「わかってるわ、流石ダガンさん!」
「お、おう。」
と、半ば押し切られる形となってしまい、ナム達はダガンに対して心の中で合掌をした。
そんなやり取りの後、ダガンは帰る間際まで首を何度も傾げながら。
「絶対おかしい。」
と何度も繰り返していたのを、ミナ以外は聞き逃さなかった。
まぁ、それは今は関係ないだろう。
それ以外では、サールの3人娘達もまだこの町に滞在しているらしい。
ガルドに首筋を剣で殴打されたとはいえ、怪我自体は大したことなかったサリーの退院は早かった。
早かったのだが、彼女達がサールに帰ることはなかった。
彼女達がすっかりハマっている広場での催し物が、理由は不明だが突然滞在を延期したらしい。
アンナとヨウコがあまりにもハマっている為、どうやらサリーも気になったらしく、今日は3人で見に行っている。
相変わらず彼女達は仲が良いようだ。
そんな平穏な日常の中、ナム達にとってはもう1つ良いことがあった。
塞ぎ込んでいたタイフが元気になったのだ。
「元気になったのは良いがよ、アイツ最近よくいなくなるよな?」
「どこ行ってるんだろうね?」
退院した筈の病院内を歩く、タイフを除いた4人。
その中のナムとトウヤはそんな疑問を抱きながら目的地へと進んでいる最中だ。
「ある時から一気に精神回復してたわね、何があったのかわからないけど。」
「遅く帰ってきた時でしょうか……怒られてるのに笑顔でしたし。」
何週間か前の話だ。
怪我がある程度治り、リィヤ以外には時間制限付きの外出許可が出た。
それから数日間、タイフは欠かさず外出していたのだ。
しかしある日、普段は時間通りに戻ってきていた筈のタイフが。
その日に限っては帰ってくるのが遅か。
あまりに病室に戻ってこないものだから心配したナム達だったが、そんな心配は杞憂で終わった。
大幅に遅刻したタイフの表情は、少し前の塞ぎ込んでいた時と比べればすっかり明るくなっていた。
勿論、制限を大幅に遅刻した彼は、その後に医師にガッツリと叱責されていたが。
しかし、リィヤの言う通り確かにあの日ぐらいからナム達と会話も普通にするようになっていた。
気味悪さは感じたが、塞ぎ込んでいるよりは良いと敢えて追求はしなかった。
明らかに何か良い事があったのだろうが、彼はそれを話そうとはしなかった。
彼が話すまで待とうと、仲間内で決めたばかりだ。
「ま、深く考えても仕方ねえ……それよりっと。」
そんな会話をしながら、彼らは目的地である病院の受付のような場所に辿り着く。
万全に動けるようになってから、彼等には確認しなくてはいけないことがあったからだ。
ナムが病院の受付に声を掛けようと近付いたその時。
彼の肩は突如掴まれ、足を止められた。
「ナムは引っ込んでて、私が聞くから。」
「あっ?」
「あー……お前は聞き方が雑だからな、確かにミナさんの方がスムーズだ。」
「どういう意味だおい!?」
ミナとトウヤへ抗議をするナムだったが、そんな彼を無視してミナは受付の者に声を掛ける。
ちょうど何かしらの書類を作成していたであろう受付の女性は、書類とにらめっこしていた時の仏頂面から瞬時に笑顔へと変える。
事務モードと応対モードの切り替えの速さは流石プロである。
「どこかお体を……あら、貴方達は?」
受付の女性は、新たな患者が来たと思ったのだろう。
しかし、ナム達を見てその考えを瞬時に振り払った。
その作り込まれたような綺麗な笑顔は、困惑の物へと変わる。
それもその筈だ。
彼らはあの戦いにおいて、死亡者を外せばトップクラスの重傷者だったこと。
彼等の病室に頻繁に三武家の当主が入り浸っていた事も重なり、病院内では有名人であった。
そして、そんな彼らが退院したことも、当然有名だ。
そんな彼らが、再び病室にに来ている。
となれば困惑するのも無理はない。
「……もしかして傷開きました?」
「え? あー……違うのよ……えっとー。」
ミナの返答に、露骨に安堵した受付の女性だったが。
となればなんの用事かと、けっきょく疑念は晴れない。
「エイルって言う人は入院とかしてたりする?」
それを聞いた受付の女性は、再び露骨に安堵する。
大した理由ではない、他の患者の容体を聞いてくる人間は珍しくない。
この病院では、その辺の情報を話すことに対しては特に規制はない。
受付の女性にとっては大したことないことだが、これがナム達の大きな目的だ。
あの戦いの後、すっかり姿を見なくなったエイルの調査である。
ナム達が最後に見た彼は、ベルアが陣取っていた最後衛の場所に立っていた姿だ。
エイルはヒューマン……しかもネイキッドだ。
その上で一時は敵陣営にいた彼がこの町にいる可能性はそこまで高くないが、全くありえない訳では無い。
サールの住人と間違われて回収された可能性もある。
全く情報が無い状態では探すことも困難であるため、ナム達はとりあえず病院から調べることにした。
真っ先にトラルヨーク軍に聞いても良かったのだが、何となくそれはしたくなかった。
討伐されてしまった。
と言う現実を突きつけられる可能性があったからなのかもしれない。
勿論その場合は、順番を変えたところで現実は変わらない。
それでもなんとなくの感情で軍に聞くのは避けたかったのだ。
せめて無事が確定するか、どうしても情報が無い時が来るまでは。
たとえ、それに意味などないとしてもだ。
「少々お待ちを……エイルエイルっと。」
すっかり緊張を解いた受付の女性が立ち上がると共に、背後にある大量の書類のファイルを探り始める。
彼女の指がエの位置に到達すると共に、そこから右側へとずらしていく。
名前順にしっかり整理されているようだ。
そのせいか、彼女の調査は思ったより早く終わる。
エの次がイの場所を通り過ぎ、2番目がウの位置に到達してしまったからである。
その中で書類を取り出さなかった時点でそこにはなかったのだろう。
「入院……されてないみたいですねぇ。」
「そうなの……ね。」
ナム達はそれを聞いて落胆する。
勿論、病院だけが調べるべき場所ではない。
しかしあれほどの戦いのあとだからこそ、無傷では済んでいない筈なのだ。
それがいないとなると、最早軍に聞くしかない。
「邪魔したわね、居ないなら仕方ないわ。」
ミナはそう言うと、礼をしてその場から離れようとする。
しかしその時、その受付の女性が慌てて声をあげた。
「少々お待ちを、何か外見に特徴などはありますか?」
「え……どうして?」
「実はですね……この病院に運び込まれた人の中に、数名身元不明の方も居たんですよ。」
受付の女性のその言葉を聞いたミナは、慌てて受付まで近付く。
「そんなことあるの?」
「普段ならありえないんですけど……あんな戦いの後でしたから。
それで外見だけおわかりならば特徴だけ書類に纏めてますので。」
ナム達は顔を合わせると、一斉に頷く。
世界の中心であるトラルヨークの病院の管理能力は相当なものだと、彼らは心の中で褒めたたえた。
「そ……そうね、青髪の青年よ……結構若く見えるわ。」
「青髪の若い男性……お待ちを。」
再び席を立った彼女は、今度は棚の右下の方を探り始める。
そこには文字のタグが無く、不明と書かれた書類の束だ。
文字タグの欄の書類は茶色く変色していたりするものもあったりする。
しかしその書類のどれもが真新しく、最近作成されたものだということが見て取れる。
「青髪の男性……青髪の……あら、この人は?」
「居たの?」
「え、ええ……この人はよく覚えてますよ。」
受付の女性は、その書類を回転させてミナに差し出す。
見やすく差し出された書類に目を通したミナは、少しの後にナム達の方へと向き直った。
「本人よ。」
「本当ですか、ミナさん!?」
エイルが入院していた痕跡を発見した、という情報に喜ぶリィヤと他の仲間達だった。
しかしミナは、喜びもそこそこに再び受付の女性の方へ顔を向けると、彼女に質問をし始める。
「生きてるの?」
「はい、貴方達より早く終わる退院しました……というか、こちらとしても驚く程に回復が早くて。」
恐らくヒューマンが故の回復の早さだろう。
それを聞いたミナは、失言をしないよう冷や汗をかきながら続ける。
「退院後はどこに?」
「それがこの人のことをよく覚えてる理由なんですけど……覚えていますか? 以前トラルヨーク軍基地を襲撃した組織を?」
(マッド・ウルフね。)
それを聞いたナム達は、当時の光景を思い出す。
基地へ襲撃をすると予告した上で、メンバー全員でそれを実行。
当時たまたまトラルヨークへ到着していたナム達により、収まったあの事件を。
しかしミナは、何故このタイミングで彼等の名前が出るのかと不思議に思った。
それは仲間達も同じだったようで、お互いに目線を合わせていた。
「その、エイルさんの引受人なんですが……彼らなんですよ。」
「え。」
「デルダさんという赤い衣装を着た女性の方が引受人として、彼を連れていきました。
入院していた彼等のリーダー、ビネフさんと共に。」
この病院マッド・ウルフが入院していた。
という事実にも驚いたが、今はそこでは無い。
行方不明だった存在の足跡を掴んだという事実が、今は重要だった。
「助かったわ!」
「いえいえ、見つかると良いですね。」
ミナは頷くと共に受付の女性に感謝し、すぐさまそこから離れる。
目的地がわかったからだ。
彼等のいる場所は恐らくあそこしかない。
「結局またトラルヨーク軍基地かよ。」
「もう何度目でしょうかね、あそこに行くの。」
「最初から向かってた方が楽だったかもね。」
ナム達は軽口を言いながら、急ぎ足で病院から出発する。
全く情報がない時と比べれば、大きな進歩だ。
それに、無事なことがわかれば軍に彼の行き先を聞くことにも抵抗はない。
ネットの村の住人達と約束した。
エイルは必ず連れて帰ると。
その約束が無事に果たせそうなことに、ナム達は安堵し始める。
もし万が一があれば、彼等に会わせる顔がなかったからだ。
「ひとまず安心だね。」
「そうですね、兄様!」
そんな彼等の喜びも束の間。
突然、彼らの中である不安が急に渦巻き始めた。
その理由はハッキリしている。
トラルヨーク軍基地にエイルがいる可能性が高い。
という、彼の正体を考えると中々肝が冷える事態というのもある。
しかし、彼等の不安はそこではなかった。
「今度は大丈夫かしら。」
不安そうなミナの声に、すかさずトウヤが答える。
「そこまでだ、ミナさん。」
何故かミナにそれ以上続けさせないよう諭したトウヤに対し、ナムも同調する。
「言いたいことはわかるぜ。」
ナムにしては珍しい反応に対し、何故かリィヤも不安げな表情に変わる。
「えーと……あはは。」
ナム達の不安。
それ自体は大したことではない。
普通の人間なら笑い飛ばすような不安だ。
しかしそれでも、ナム達にとってはそれは大した不安だった。
トラルヨーク軍基地に行くと、何故か必ず事件に巻き込まれる。
というジンクスのような不安は。
「ま……まぁ……今回はもう何も無い筈よ?」
「だといいがなぁ。」
「何も無いと俺様は信じる!」
エイルの行方という1つ目の不安が解消されると共に、新たな不安が増えたナム達だった。
そんな中、不意に何かを思い出したかのようにリィヤが考え込む。
「兄様……1つ気になったのですが。」
「お、なんだリィヤ?」
可愛い義妹の気になったこととくれば、兄としてトウヤは聞かなければならない。
そう感じた彼は笑顔で彼女に向き直る。
基地へ向かうことへの不安を打ち消すためだった、というのもあるかもしれない。
しかし、その笑顔は長くは続かなかったが。
「これから会うマッド・ウルフの皆さん……わたくし達を恨んでたりしてませんよね?」
リィヤの言葉に、ナム達は一斉に額に冷や汗を流す。
手助けしなければトラルヨーク軍に被害が出ていたとはいえ、彼らの計画を率先して潰したのは。
何を隠そうナム達なのだ。
「リィヤ……これ以上不安要素を増やさないでくれ。」
「あ……えーと……す、すみません兄様。」
エイルとの再会を前に、新たな不安がもう1つ増えたナム達であった。
ナム達完全復活!
露骨なフラグを立ててる気がしますがきっと気のせいです。