3章:苦悩と出会い
ベルアの謎の死を知ってから更に2週間程経過した頃。
魔物の大郡の脅威から救われ、いつも通りの日常を取り戻しつつあるその町。
ビルと呼ばれる、複数の民家や商店等が1つの縦に長い建物に収められたそれがいくつも立ち並び、建物の間の整備された道を車両が複数走る光景が見える、トラルヨークの町中。
そこをのんびりと歩く男の姿があった。
体にはまだ包帯が巻かれているものの、歩く分には支障が無くなるまでに回復したタイフである。
彼は3日前に医師から外出許可を貰えたのだ。
それからというもの、この3日間ほど毎日のように町の中を歩いていた。
他の仲間達も既に大部分が動けるようになっており、唯一まだベッドの上なのはリィヤのみとなっている。
彼女は元々体が強くなく、ナム達のように攻撃を避けるような技術も持っていなかった。
そのせいか思ったより傷が深く、仲間の中で最も長く動けない状態となっていたのだ。
その事実が更にタイフの精神を蝕んだ。
いつものように……そう、いつものように隙を突いて背後から奇襲を掛けたつもりだった。
未来眼の力でも、自身の攻撃が成功する未来が見えており、いつも通りにナム達の力になれると思った。
しかし、べルアの方がもっと上だった。
彼の経験上、未来眼の力で先読みした不意打ち攻撃は、今までに何度も成功していた。
何度もナム達を救ったというその自信が、彼の未来眼の力を狭めていた。
それは3秒後の未来を見ることの出来る、非常に強力な力だ。
人間や魔物を問わず、誰しもが時々持って生まれる可能性がある、超能力という物の一つである未来眼。
しかしその力の本質は本物の未来予知ではない。
自分の経験や知識から敵の動きを読む。
という歴戦の人間なら皆が習得しているもの。
それを外すことなく完璧に予測できる力と言うのが本質だ。
いくらナイフに毒が塗られていようとも、ナイフに毒を塗る戦術がある事を本人が知らなければ、塗られた毒までは予知できない。
しかし逆に言えば、ナイフに毒を塗る戦術を知っているか経験していれば、そのナイフが実際どちらであろうが完璧に予測できる。
その性質が災いし、不意打ちを失敗していないという彼の経験が、べルア戦では悪い方向に働いてしまった。
(僕は……何が出来る?)
圏という円の形をし、その外径に刃を持つ近接戦も投擲も可能な武器を使うタイフの戦闘スタイルは、本来であればかなり強力な物だ。
しかしここ最近の戦いで、彼は心の奥底で現実を叩きつけられていた。
近接戦を挑もうにも、もっと強いミナやナムがいる。
遠距離戦を行おうにも、それをより得意とするトウヤがいる。
味方のサポートをするにも、強力なバリアで仲間を守れるリィヤがいる。
彼は、この現実を何度も何度も味わってきていた。
しかしそれでも、未来眼の力を使っての的確な指示は可能であったし、敵の動きを予測できる分不意打ちも簡単だったからこそ、今まで力になれていた。
しかし、その優位性すらこの前の闘いで打ち砕かれた。
(僕のいる意味……なんだ?)
あの時、病室で投げかけられたガイムの言葉がタイフの心の中に燻り続ける。
『落ち込むことに意味はねぇ。てめぇのやるべき事はなんだ?』
『わからねぇなら……てめぇはアイツらにとって要らねぇよ』
図星だった。
何をすべきなのかわからない。
いくら訓練をしようと、三武家のようにはなれない。
彼らは生まれついてから、あの強さになると言うのが運命づけられ、そして当たり前としてされてきた存在だ。
彼らの訓練の量は、今は無きゼンツ村で警備隊をやっていたタイフであろうと比べること自体失礼な話だろう。
幼少期から、それこそ地獄のような訓練を繰り返してきている筈だ。
だからこそわからない。
(はは……ダメだな、僕は。)
考えれば考えるほど解決策は思い付かず、無力感だけが募っていくばかりであった。
そんなタイフは、いつの間にか見覚えのある場所にたどり着いていた。
巨大な男の像が立つ、トラルヨークの広場だ。
(いつの間にこんな所まで……マズイな、時間間に合うかな。)
タイフは自由に外出ができる訳では無い。
決められた時間内だけのものであり、あくまで特別な措置なのだ。
まだ完治してる訳では無いので当然の事だった。
この広場と病院の距離は大分離れている、今帰ったとしても多少遅れてしまうだろう。
(帰路に着くか……ん?)
大きなため息を吐いて踵を返そうとしたタイフの視線の先に人だかりが出来ていた。
何かしらの催しをしているようで、人々の歓声が湧き上がっている。
(あー、あの娘達が言ってたな……射的のだっけか。)
病室でアンナとヨウコがはしゃいでいたのを思い出したタイフだったが、今のこの心境ではとても見る気にならない。
そう思い、そのまま広場から移動しようとしたタイフだったが、彼はその内心とは裏腹に不思議とその催しを無視出来なかった。
何故かはわからない。
しかし、何かしら惹き付けられるものがあったのだろう。
踵を返して去ろうとしていた彼の歩みは、自然にその人だかりに向かっていた。
(少し……だけ。)
病院に帰らなくてはいけないのはわかっているが、歩みは止まらない。
そんな彼の耳には、その催しの周りに集まっている人間達の声が聞こえている。
「今日が最後なの!?」
「またどこかに行く予定らしいぞ、今のうちに見とこうぜ!」
そんな声を聞きながらも、タイフはまるで吸い寄せられるようにその群衆の中に入り込んだ。
そして。
既に始まっているその催しは、彼の目を大きく見開かせた。
進行役兼演者とも言うべきその男の銃の腕前。
それはまるで芸術であった。
次々飛ぶ木の板の的、掌で包める程度の大きさのボール、挙句の果てにはガラスで出来た子供が遊ぶような小さい玉まで。
その全てを彼は、撃ち漏らすことなく貫いていた。
銃弾が対象を破壊する度に湧き上がる歓声。
それに比例するかのように目を見開くタイフ。
不思議だった、何がこんなに自分を惹き付けるのかわからない。
しかし彼は、この催しから目を離せなかった。
(凄い……こんな腕があったら戦いにも。)
タイフはそこまで考え、この不思議な気持ちへのなんかしらの糸口を掴んだ気がしたが、今はこの催しだけが彼の関心だった。
結局彼は、病院の規則の時間を大幅に破る時間となったことにも気付かず、その催しが終わるまでそこに立っていた。
そして催しが終わると同時に、先程掴んだ糸口の正体が彼の心の奥に広がっていく。
(そうか……そうだよ……僕は確かに彼らには追いつけない…だけど……彼らにない強さを持てば良いんだ。)
何かを悟ったタイフは、集まっていた人間達がこぞって彼らに料金を支払う中、無我夢中で人混みをかき分けながら進む。
金などは持っていない。
しかし、今の彼の心境ではその行動は止められない。
「料金はお気持ちで構いません! 今日までありがとうござ……おや?」
客から金を受け取りながら感謝をしていた、催しの主催者である男が、とうとうタイフを発見する。
他の客とは雰囲気の違うその男に興味を持ったのかはわからないが、彼の関心は完全にタイフに注がれていた。
しかし彼は、タイフから目線をそらすと彼にだけ見えるように掌をこちらに向ける。
それは、明らかに少し待てと言う意図を持つものであった。
「またどこかでお会い致しましょう!」
それを悟ったタイフは、逸る気持ちを抑えながらも彼の言うとおりにし、周りの客達が全員その場を離れるまでその場で待ち続けたのだった。
タイフが彼の元に近付いてから10分程経った頃だった。
最後の客が帰路につき、それを見送り終わる。
それでもその場で待つタイフの雰囲気で、彼は客ではないと悟ったのだろう、彼が何も払わなくてもこの男は満面の笑みを向けている。
「切羽詰まってるね、どうしたの?」
「あ、えっと……その。」
ここでタイフはふと我に返った。
つい感情のまま行動したが、今タイフの中で渦巻く感情を彼に伝える準備が出来ていなかった。
というより、彼の中で思い付いたこの気持ち、行動に相手が強力する利点など無い。
普通に考えて拒否されるのが普通だ。
しかし、それでも。
彼は思い切って話をしてみることにした。
この思い付きを形にする為に。
「と、突然で申し訳ないんだけど……す、凄い銃の腕だ。」
「お、嬉しいねー、ファンになってくれたー? サインなら書いてあげるよ!」
「あ、いやあの……その……そうじゃなくて。」
「えー、残念だなぁ。」
つばの広い帽子をかぶり、茶色を基調とした服を着たこの男は、わざとらしく肩を落とす。
「ちょっと、明らかにそんな雰囲気じゃないだろう? アタイでもわかるよ?」
「わかってるってばぁ、冗談冗談!」
主催者に話しかけたのは、彼の助手のような動きをしていた女性だ。
とても鍛え上げられており、その見た目は力自慢の戦士と行った風貌だ。
筋骨隆々でありながらスタイルも良く、露出の多い鎧を着込んでいても様になっている。
その見た目は蛮族にも見えなくもない。
「もしかしてー、なんか悩んでる? おっと待って当てたげるよ……そうだなぁ。」
主催者らしき男は、話そうとしたタイフを手で制すると、これまたわざとらしく眉間に人差し指を置いた。
そしてそれをグリグリと押し付けるように指を動かすと、これまたわざとらしく掌と拳で1度叩く。
「何故かは知らないけど、君ー力不足を感じてるね?」
「な……え!?」
自身の心情を見事に当てられてしまい、タイフは困惑する。
そこまで表情に出ていただろうか、と自らの頬を何回か両手で潰すように押し込んだ。
「ぼく達は長いこと旅しててね、色んな人を見てきたんだよ。
君のような表情をしている人は……大体何かが足りないんだ。
特に君の場合……その身のこなしを見るに、中々の強さみたいだし。」
主催者らしき男はそういうと、いかにもどう? と言わんばかりにウィンクをしてくる。
そしてそれに狼狽したタイフの様子を見た彼は、これまたわざとらしく首を大きく縦に振った。
「んで……君はどっちかと言うと戦士っぽいけど……どうしてぼくに声を掛けたの? 君ならこっちの方が為になりそうだけど。」
「こっちって言うな。」
主催者がこれまたわざとらしく人差し指を横の女性に向け、それをその女性がすかさず叩き落とす。
とても気持ちの良い音が辺りに鳴り響くと同時に、主催者の男の表情は一気に青ざめた。
「あー、痛いなぁ、ゴリラ……あ、いえなんでもないよ! まぁ、ぼくに声を掛けてきたってことは……もしかして、これ?」
隣の女性が拳を握り込むのを見た彼は、すかさず取り繕う。
冷や汗をかきながら笑顔のままの彼が指さしたものは銃だった。
「……うん。」
タイフの中で生まれた解決策。
それは……銃だった。
圏を使うのを辞めるつもりはない。
しかし、それだけでは彼らの力になれない。
ならば、新しい戦法を取り入れようと彼は思い付いたのだ。
元々軽い身のこなしが強みの彼にとって、武器を変えると言っても限界がある。
そもそも近接も遠隔もできる圏よりも彼に合う武器がそうある訳もない。
しかしそこでタイフは、彼の銃の腕を見た事で、武器を変えるのではなく。
新しくサブの武器を持つことにしたのだ。
武器を複数持てば重くなり、動きは阻害される。
しかし、彼の使っている拳銃程度であれば、そう動きは変わらない。
この世界に溢れている火薬兵器は、魔法とはまた違う強みがある。
魔法名を言う必要もなく、発射速度に至っては完全に勝っている。
問題は魔物へ適当に撃った所で致命打にはなり得ない事だ。
しかし、彼には普通の人間にはない強みがあった。
未来眼だ。
「凄く……図々しいとは思うし、貴方達に利点がある訳じゃないけど……お願いがあるんだ。」
「大体わかるけど……なんだい?」
満面の笑みでこちらを見つめる男。
願いはわかっているが、あくまで言わせるつもりらしい。
飄々としているが、そういうところは芯が通ってるらしい。
「僕に……それを……銃を。」
「うん。」
タイフは1度深呼吸し、心を落ち着かせる。
「教えてほしい。」
タイフのその言葉を聞いた彼は、更に笑顔を強める。
彼にとって、そう言われることはわかっていたのだろう。
だからこそ答えは早かった。
「駄目、君にはまだ早い。」
時間を置かずにそう答えられてしまい、タイフは内心落胆する。
そりゃそうだろう、初対面の相手にいきなり教えを乞うたのだ。
普通に考えれば断られる。
「……う、そうだよな……いきなりこんな。」
「勘違いしないでよお……まだって言ってるでしょ?」
しかし、彼のその言葉を聞いたタイフは訝しげに彼を見る。
「君怪我してるでしょー、そんなんじゃ身にならないよ、治してからまた来てよ!
教えるのを拒否したわけじゃないよ。」
「あ……良いの……か?」
「コイツが良いって言ってるし、良いんじゃない?」
まさかの展開に、タイフは唖然と彼ら2人を交互に見る。
そんなタイフに向け、主催者らしい男が手を伸ばした。
「ぼくはシュルト……仕方ない、君がまた来るまで滞在延長するよ、お客さんも多いし稼げるからいいや。」
「あ……ど、どもタイフです。」
「タイフ……何処かで聞いたような……まいっか、よろしくねタイフ君!」
タイフとシュルトという男が握手をする。
これが、タイフとシュルトの初めての出会いとなったのだった。
かなり久しぶりのタイフメイン話でした。