3章:計画
「うっわぁ。」
ナム達が入院する病室の中にそんな言葉が木霊する。
少女のような、かなり幼く聞こえるその声の持ち主は、見た目もかなり幼く見える。
最早ナム達にとってはお馴染みとなりつつあるこの少女。
ネネは、実はれっきとした20歳の大人だ。
しかし、16歳であるリィヤよりも幼く見えるその外見と、子供っぽい性格がそれを感じさせない。
「この鎧がここまで壊れるとはな……一体お前達何と戦ったんだよ?」
そんな疑問を投げるのは、ガタイのいい体に頭をスキンヘッドにした、ネネの父親であるダガンだ。
ガイムが現れた日の翌日。
トラルヨーク内で楽しい催し物が開催されている。
と嬉しそうに報告しに来たアンナとヨーコが病室に現れた。
トラルヨークの広場で的当ての催しをやっているらしく、彼等は半月程滞在すると言う。
特にアンナが大はしゃぎしていた。
その際、ナム達はついでだからと彼女達に装備の事情を話したのだ。
ダガンの鍛冶屋への地図を渡すと同時に、2人へと伝言を頼み。
それをアンナとヨウコは快諾したので、この2人によって彼等は呼び出されていた。
ダガンの経営する、ダガンの鍛冶屋が制作する装備の質。
それはナム達三武家の人間から見てもかなり高性能である。
それをナム達は気に入っており、かれこれ3回目の依頼となるのだ。
それはダガンと……恐らくネネも同じだ。
高価なオーダーメイド品、それから原因不明だが良く防具が壊れた。
と修理を依頼する彼等は、ダガンとネネにとっても良い客であった。
本来、訪問形式の依頼受注はしていなかい彼等だったが、今回は特別と来てくれたのだ。
その2人が、今回の彼等の装備を見て唖然としている。
「あの防衛戦に出たの? あんな酷い戦い出たら怪我するに決まってんじゃん!」
「なんで決まってんだ!?」
ネネの本気の呆れ顔を見たナムは、大声で抗議する。
ダガンとネネには自分達の正体を明かしていない。
そのせいか何度も装備を壊す彼等を、ネネは大した実力者では無いと思っている節がある。
ナム達もわざわざ身分をばらすような人間達ではないため、この誤解はいまだに解けずにいるのだ。
「しっかしまた派手に壊れたなぁ。」
ダガンの目の前には、ベルアとの戦いで壊れた5人分の鎧が並んでいた。
その全てに爪痕のような破損があり、ダガンは彼等が戦ったであろう存在の強大さに寒気がした。
ダガンは、自分の作る装備に対して手は抜かない。
タイフとリィヤの革の鎧と革服は、金属製と比べると耐久性が足りないのは仕方ない。
この2人は、前回の時に金属製の鎧を装着出来なかったので、軽量な革の鎧を作るしか無かった。
しかし3人に作った鎧は、ダガンにとってはしっかりと最高品質で作ったと自負していた物だ。
いくら彼等がヘマをやらかしていたとはいえ、鎧がここまで破損することは予想外だった。
「ここまで弱いと、そろそろ死んじゃうよ!」
横から聞こえる、何もわかってない愛娘からの言葉に呆れながらも、彼は鎧の改良点を頭で考え始める。
「あ、ダガンさん……ついでに私用にバトルアックスを作ってくれないかしら、前回会った時に頼めば良かったんだけど。
ネネちゃんのちょっとした事件があったから忘れてたのよ。」
「良いぞ、確か背中に付けてたあの長めの奴だよな?」
「お願いするわ。」
ダガンはミナに対して指で丸をつくると、彼の持つメモ紙にそれを書き加える。
ダガンはそれを最後に、1度ナム達の顔を一通り眺めた後に、注文は最後だと察するとメモ紙をしまった。
「修理……できそうなものはしてみるが、新しくなる可能性は否定出来ないぜ?」
「それで大丈夫だ、頼んだよダガンさん。」
トウヤの返答を聞いたダガンが1度頷くと、それを見たネネが素早く部屋の机の上に並べられた革製の鎧を2つ持つ。
「あ、ネネ!? 軽いの持ちやがったな!?」
「早い者勝ちだよー。」
ダガンは頭を1度かくと、額に青筋を浮かべながら彼女の手にトウヤのローブのような鎧を乗せ、ダガンはナムとミナの鎧を素早く拾い上げ、足早に部屋から立ち去った。
突然乗せられた鎧の重量に、ネネは多少ふらつく。
「おっっも! こんの鍛冶馬鹿ー!?」
「はっはっはっ! 早く来いよー。」
「可愛い娘であるウチに何たる仕打ちかぁ! ……あ、また後でね、出来たら連絡するから。」
ネネはそれだけ短く言うと、怒りのままにダガンを追って病室から去っていく。
相変わらずの元気なネネの姿を見たナム達は、1人を除いて安堵の表情を浮かべた。
「守れたのよね……勿論お父さん達やマッド・ウルフ……軍の人達の力も大きくあったけど。」
「元気な姿を拝見できて、わたくしとても嬉しいです! ……痛た。」
「嬉しいのは分かるがよ、お前は大人しくしてろ。」
嬉しさから来る笑顔から一転、痛みに顔が引き攣ったリィヤは、涙目でコクコクと頷く。
ベルアの爪は、指全てが武器のようなモノであった。
そのせいで、体に負った傷は1つではなく、最低でも3本は切り傷が出来てしまっている。
そのため、治りが極端に遅いのだ。
「また数ヶ月コースかぁ?」
「俺様達、病院にいる時間の方が長いんじゃないか?」
「特に、ナムは更に療養してたしねぇ? ネットの村で。」
「うっせぇ!?」
ナムは1度怒りを顕にしたが、同時に疑問が浮かんだのか、表情を変える。
「ネットの村といえば、エイルは無事なのか?」
「そういえば、情報が無いわねぇ?」
ネットの村の住人から、彼を無事に返して欲しいと頼まれていた彼等にとって、彼の無事は不安の種である。
ナム達がビレイドの元へと辿り着いた際には、既に姿が無かった。
恐らく別の場所へと向かっていたのだろうと考えたナムは、彼の正体を思い出すと顔を曇らせた。
「まさか軍に殺れてないだろうな?」
「それはないと思うぞナム、あのダルゴ司令官だ。」
「まぁ、あのクソオヤジなら問答無用では殺らねぇだろうが、アレだけの激戦だったんだぜ? 巻き添え食らったとかも有り得るだろうよ。
……最初は敵側にいたしな。」
「それは……有り得るわね……誰か知らないかしら?」
3人は、エイルの安否を気にし始めるが今の状態では動くことすら適わない。
3人は取り敢えず次来た誰かに質問をすることを決めると、唯一会話に参加していない1人に意識を向けた。
タイフは、あの後からすっかり言葉を発しなくなってしまった。
ガイムから言われたことが余程堪えたのだろう。
「ちっ……ベルアの謎の死、エイルの安否、そしてタイフか。」
「悩みは尽きないね。」
「クソ親父……余計なこと言いやがって。」
ナム達は、タイフを弱いとは思っていない。
未来眼の力を使いこなす彼は、これまでにも幾度となく窮地を助けてくれていた。
今回は戦力差が大きく開いていた為、たまたま窮地を呼び込んでしまっただけなのだ。
しかし恐らく彼は、今そんな事を言っても聞かないだろう。
今回たまたま、という問題ではないのだ。
前から実力不足に悩んでいたのだろう彼の心を癒す方法など、ナム達にわかるはずもない。
「考えてもわかんねぇ、取り敢えずさっさと治して全部解決するぞ。」
「アンタのそういう脳筋なところ、助かるわ。」
「褒めてんのか?」
「今回はね。」
ナムは1回鼻を鳴らすと、頭の下に両手を置く。
そのままいつものように眠ろうとした時、横のミナの動きに違和感を感じた。
まるで、何かを悩んでいるような。
「なんだ?」
「ナム、アンタ……いや、なんでもないわ。」
「あ? なんでもねぇなら良いが。」
ナムはミナの様子に首を傾げると、そのまま瞼を閉じた。
(ミナもなんか問題あんのか? これ以上増えるなよ。)
ナムはそんな事を思いながら、誰よりも早く意識を落としたのだった。
それから数日後。
とある町の地下に存在する場所では、2人の男が会話をしていた。
「アークはん? そらアカン……待った!」
「ダメですよ、待ったナシです。」
2人はその空間の机を2人で囲み、何やら遊びのような物をやっていた。
網目のような模様が書き込まれた木の板があり、その上に彫刻のようなものが並んでいる。
2人はその彫刻を交互に動かしていた。
ウォー・ゲームと呼ばれるその遊びは、他の世界ではチェスとも呼ばれる代物だった。
兵士が8つ、騎士、魔術師それと番人は2つずつ、王女と王はそれぞれ1つ。
それぞれに対応した見た目の彫刻を交互に操作し、敵の王を討ち取る事を目的としたモノだ。
トラルヨーク等の大きな町の1部で流行っており、頭脳に自信を持つ人間がこぞって競い合っているのだ。
2人の盤面は、見る人が見れば明らかに片方が不利な状況になっている。
「堪忍してや、アークはん強いねん!」
「貴方が弱すぎるんですよ……矛盾。」
「今、心にグサッときたわグサッと!」
矛盾と呼ばれた特徴的な言葉を話す男は、腕を組んで頭をひねらせていた。
次の手を考えているようだが、どう足掻いても最早彼に勝ち目は無い。
魔神とも呼ばれるアークの手持ちは、兵士を多少失っている程度だ。
しかし相手は番人や騎士に最強の王女迄も失っている。
あと数手でアークの勝ちであった。
しかしそんな時、彼らのいる部屋に重い衝突音が鳴り響く。
来客……しかも仲間が来たことを知らせるものだ。
アークは視線を矛盾へと向けるが、彼は悩んでいてこの音に気が付いていないようであった。
ため息を吐いたアークは、仕方なさそうに立ち上がると、この部屋にある、とある物へと近付く。
外とこの部屋を繋ぐ、細い空洞である。
ここに声を出すと、丁度建物の玄関先へと声が通じるようになっているのだ。
「さて……おっと矛盾? 盤面を動かしても私は覚えてますからね?」
アークにそう釘を刺された矛盾は、丁度アークの彫刻に手を伸ばしていた時であり、バツが悪そうに笑って誤魔化した。
(全く……油断も隙もない。)
アークはそう内心でボヤくと、その空洞に顔を近づける。
「ご用件は?」
アークはそう呟くと、少し経ってから返事が帰ってくる。
『2つ持ってきた。』
言うまでもなく、これは彼らの暗号である。
この音を鳴らせる存在そのものが既に仲間の証明なのだが、念には念を押してもう1つ決められていた。
その答えが帰ってくると同時に、アークはそれが仲間だと気付く。
「いつもお世話になっております。」
そう返したアークは、空洞の横にあるハンドルを捻り、その場から離れた。
カラクリにより、玄関に繋がっているそのハンドルを回せば、その場に行かずとも鍵を開けられる。
本人が行けばリスクがあるが、こうやって遠隔操作をすれば仲間を騙った存在であっても問題ない。
この部屋は更に隠されており、仲間でなければ見つけることすら出来ないのだから。
「2つ……武神かいな!」
「そのようです……おっと、その盤上の騎士は私の手元にあったはずですが?」
「バレとる!? 」
こっそり取られた彫刻を盤上に戻していたのを目ざとく見つけられ、彼は渋々その騎士を相手の手元に戻す。
そんな事をしてる間に、外からは足音が近付いてくる。
いまだ悩む矛盾を無視し、アークはこの部屋の出入口である鉄の扉へと視線を向け、それと同時にソレが開かれる。
「久しぶりですね?」
「……ふん、お前もな。」
武神と呼ばれたその男は、2人がやっている遊びに目をやると、嫌そうな顔をする。
「好きだな。」
「得意なので……武神もどうですか?」
「やらねぇ、んな事より……あのお方から伝言だ。」
「ほう?」
あのお方からの伝言。
そう聞いただけで、さんざん悩んでいた矛盾もすかさず姿勢を正す。
それ程までに彼らにとっては重要な人物らしい。
「計画を開始しろ。」
たったそれだけだった。
にも関わらず、アークと矛盾の2人は目配せをすると、矛盾が席を立って奥へと移動した。
恐らく、他の仲間へと伝えに行ったのだろう。
「魔弾と爆砕、そして死神はそれを知っていますか?」
「会ってねぇ。」
「分かりました、なるべく早く伝えましょう……来てしまいましたか。」
「迷惑な話だ。」
残った2人がそう会話している中。
再び音が鳴り響く。
すかさずアークが席を立ち、先程と同じように空洞へと進み、同じ質問をした。
『11個持ってきたよぉー。』
アークはそれを聞き、またもや同じ返答をすると、武神へと向き直った。
「どうやら、死神もご帰還ですね。」
「丁度良い。」
この先をどうするかを目線だけで会話する2人は、どちらからともなく話を続ける。
「先ずは?」
「そうだな。」
武神と呼ばれた男は天を仰ぎ、そして結論を出した。
「邪魔な各地の軍のトップを消すか。」
2人は頷くと、ここに来るであろうもう1人の来客を待つ。
不穏な空気をその場に漂わせながら。
新たな組織が動き出しました。