2章完:動き出す物語
時は進み。
空は暗く染まり、辺りを照らすのは月明かりのみ。
そんな時間のとある平原の上空。
翼を生やし、どこかを目指して飛び進む人型の存在がいた。
背中に生えた翼、それは傍から見れば隼のようなデザインをしており。
片手には杖のような物を携えている。
その体からは、多少であるが液体が滴っている。
上空から落ちたその液体が、地面のどこに落ちるか等この存在にはどうでもよかった。
痕跡で追われる可能性はゼロではないが、こんな広大な平原に落ちたソレなど、誰にもわかりはしない。
(炎で塞ぎましたが……完全には止まりませんね。)
空を飛ぶその存在は、時々辺りを見回しながら上空を進み続ける。
何かを警戒しているような様子だ。
(追われていたら不味いですが、奴に追われる前に辿り着かなければ……傷も深いですしね。)
その存在は辺りの警戒はそこそこに、目的地へと向かう速度を上げる。
(騙し通せている筈……です。
何より……彼らが勝っていれば、警戒する必要も無い。)
だがその確率は低い。
奴に作ったアレの力の前では、いくら彼らでも勝敗などわからないからだ。
それならば、最低限の警戒をしつつ早めに目的地に向かうしかない。
(ですが、良いデータが取れました……あの御方も満足でしょう。)
その存在はニヤリと笑い、あの御方への報告を楽しみとしていた。
そしてそれと同時に、彼が目指すべき場所が目の前に現れる。
周囲は肌寒い。
しかし、この寒さはかなり久しぶりだった。
ある種懐かしい寒さに感動しながら、この存在はその目的地に向かう速度を更に早める。
(何年ぶり……でしょうかね?)
この存在はしばらく後、明かりが少なくなったとある町の上空を飛ぶ。
夜も深い今の時間ならば、わざわざ空を見上げる存在もそうはいない。
いたとしても、鳥と間違えてくれるだろう。
そんな事を思いながら、この存在はもう一度辺りを見回し、1つの建物の前に降り立つ。
そして、建物の出入口の前に移動するが、扉にノックをするでもなく周囲を探りはじめる。
(確かこの辺に……おっと。)
その存在は、目当てのもの……取っ手のような物を見つけると、それを思いっきり引っ張る。
取っ手はワイヤーのような物で繋がっており、それは元に戻ろうとするかのように応力が掛かっている。
そして、そのまま手を離すとその取っ手は、引っ張られるように元々その取っ手があった場所へと思い切り叩きつけられる。
周囲にはその音は響いていないが、その取っ手の繋がったワイヤーの先の何処かには重い音が響く。
それは、この取っ手の存在を知る者だけに通用する物のようだ。
それからしばらく後、その玄関の向こうから言葉が聞こえる。
『ご要件は?』
「3個持ってきた。」
『いつもお世話になっております。』
そのやり取りの後、玄関前のその存在は家主の迎えを待つことなく玄関を開け、中に入る。
普通の家よりは豪華だが、あくまでその程度の内装の家だ。
しかし、その存在は内装への興味を持たず、そのまま近くの壁を探る。
(ほんと……帰るのも面倒な。)
その存在は、隠された取っ手を発見すると、そのまま力を込めて、重いスライド式の扉を開ける。
この取っ手が無ければ開けられない程の重さだ。
その重い扉を苦労して開けると、その先に隠された地下へと向かう階段が現れる。
どうして隠れる者は地下に部屋を作るのだろう。
と、そんな感情を抱きながら、その存在はゆっくりと階段を降りる。
その階段は3度ほど折り返し、かなりの距離を下る。
そして、その長い階段を降りた先には、重々しい雰囲気の鉄の扉が姿を現した。
「戻りましたよ。」
『久しぶりやなぁ……えーと……ジマルはんやっけ?』
その扉の先から聞こえた懐かしい声と、その特徴的な言葉使いをする男に、この存在は懐かしさを覚える。
「ジカルです……全く、相変わらず名前を覚えるのは苦手らしい。」
神官服を着込み、背中から翼を生やし、その手に杖を持つこの男。
ベルア四天王の1人であるジカルは、苦笑する。
『せやせや、ジカルはんや……なんや? やっとること終わったんか?』
「先に入らせてください、無傷では無いもので。」
『おぉ、スマンスマン……ちょいまち、良い人材が加入しとってな、ついでに呼んでくるわ。』
「お願いします。」
扉の先にいる男がその場を離れる寸前、その鉄扉の鍵を外す音が聞こえ、ジカルは安堵すると共に中へと入る。
(私が離れてからも、仲間が増えているようですね。)
ジカルはそのまま、その部屋に設置されていた椅子に座り込む。
体に付いた大きな刺傷からは、いまだに血が少し流れている。
(未熟なヒューマンだと思って油断しましたね……殺す気は無かったとはいえ。)
ジカルは、最後に戦ったあのヒューマンの事を思い出し、笑う。
あの青年は無事だろうか、最後に我ながら少しムキになってしまった。
しかしそれも同然である。
こっちは彼とは違い人間なのだから、こんな傷を負わされては命が危うい。
そんな事を思いながら少し待っていると、この部屋の奥の扉から2人の存在が入ってくる。
1人は……懐かしい。
先程の特徴的な言葉を使う男だ。
頭に横向きに帽子を被り、タンクトップと呼ばれる袖のないどころか、肩まで出るような薄着を着た男。
それに、彼女は何者だろう。
隣の奇抜なファッションをした男とはまた違う、これまた奇抜な服装。
白を基調とした派手なフリフリのドレスを着た、恐らく10歳位の少女。
室内だと言うのに白い傘を開き、その肌は陶器のように白い。
「彼女は?」
「10番、二鏡や。」
「私が離れてから入った方ですね……しかし、こんな子供を?」
二鏡と呼ばれたその少女は、ジカルから放たれたその言葉に対して、不満そうに頬をふくらませる。
「ワタクシの力にご不満がありますの?」
「あ、いえいえ……そもそも知りませんし。」
ジカルの弁解を聞いた、二鏡と呼ばれるその少女は口元に手を置くと、悪戯な笑みを浮かべる。
元々本気で言っていた訳では無いのだろう。
意外とお茶目な雰囲気を見せたその少女だったが、ジカルの傷を見ると同時に、目を輝かせる。
「そのお怪我……大変、それでワタクシを呼んだのですね……お力になれれば幸いです。」
その少女は開いていた傘を畳むと、ジカルの傍に寄る。
そして、その手をジカルへと向けると、体内の魔力を掌へと集中させた。
「セイント・ヒール。」
ジカルが驚くと共に、彼の体の傷はみるみる治療され、塞がっていく。
ついでに痛みも収まってきた。
「驚いた……聖魔術師ですか!?」
「せや、100年に1人産まれるかどうかの貴重な存在……それがこの子や。」
ジカルは関心しながら、二鏡と呼ばれるこの少女を眺める。
しかし、そこで彼はとあることを思い出し、近くにいたその男へと疑問をぶつけた。
「矛盾……1つ良いですか?」
「なんや、魔神?」
魔神と呼ばれたジカルは、1回彼女の方へ目線を動かしてから問う。
「確か……現代の聖魔術師は……行方不明になっていた筈です。
本人の家族2人……つまり両親は死亡し、子供は居なくなっていた……と。」
「あー、その家族の娘本人や。」
「なるほど。」
聖魔術師は、この世界では貴重な存在だ。
それだけに、聖魔力を持った人間は狙われやすい。
聖魔術師を利用しようと考える悪意を持った人間によって。
この少女の両親は、5年前程に謎の死を遂げていた。
両親は、世間に聖魔術師の誕生を広めた。
自分の子供が聖魔術師であったという事実に喜んだのだろう。
しかし、それから僅か数ヶ月後……その両親は亡くなった。
事故ではない、確実に何者かによって殺されていた。
その事実は、当時の世間を騒がせたものだ。
しかし、肝心の聖魔術師である子供の姿は無く、悪意ある人間によって拐われたとされたが、今まで情報が全く上がっていなかったのだ。
その本人がまさかここにいるとは思わなかったジカルは、二鏡と呼ばれるその少女をまじまじと観察し始める。
「まさか、貴方達が?」
「なんちゅー疑いかけとんねん、ワイらちゃう!」
「ですよね……おっと、すみません。」
ジカルは、傍で聞いていた二鏡に向け謝罪する。
死んだ家族のことを本人の前で話すなど、褒められたことでは無い。
しかし、その少女は不思議そうな表情で首を傾げていた。
「何故お謝りになられるのです?」
「あ、いや……君の家族の事を話題にしてしまいました、と。」
「問題ありませんわ。」
そう言うと二鏡と呼ばれた少女は、畳んだ傘をもう一度広げると、ジカル達に背を向けて扉を開けて別の部屋へとゆっくりと歩いて去ってしまった。
「安心せい、いつもの事や。」
「気を悪くしたわけ……では無いようですねぇ。」
ジカルは安堵すると、塞がった傷を1度撫でる。
「剛爪は?」
「無傷では済まないと踏みましてね、死神に頼んであります。」
「おぉ、あの子なら大丈夫やろ……てっきり情が湧くかと思っとったで……長い間奴の手下として潜り込んどったしな。」
「まさか。」
ジカルはほくそ笑むと、ふと何かを思い出したかのように自分の杖へと魔力を集中させる。
そして、杖に溜まった魔力を消費すると、自分の体へと魔法を放つ。
同時に、彼の体はどんどん変化を起こし、ジカルとしての外見を変えていく。
「あー、なんか違和感あると思っとったわ。」
「早く言ってくださいよ……見た目全然違うじゃないですか。」
ジカルはその姿を別の人間へと変える。
いや。
恐らくこれが……彼の本当の姿なのだろう。
「おかえりなぁ……魔神……いや。」
特徴的な言葉を話す男は、彼の姿を見て懐かしさからか笑顔になる。
「アークはん。」
ナムとの小競り合い……というより一方的な痛めつけを行ったガイムは、病院から外に出た後にトラルヨークの町中を歩いていた。
鼻歌をしながら町を歩く彼に対し、周りからの熱い視線が刺さる。
それも同然だ。
町中をあの有名人、三武家ブロウの当主が歩いているのだから。
更に、この町を魔物から守ってくれた救世主でもある彼を無視する住人などいない。
ガイム1人で散歩しており、周りには他の当主はいないが、それでも目立つことには変わりない。
そんな彼は、歩きながらも首元に掛けたアクセサリーを触る。
青色をした宝石が1つ嵌められたそのネックレスは、長いこと装着されているのか、既に色はくすみ始めている。
しかし、宝石や周りの金具には傷1つ無く、相当大事にされているのがわかる。
この宝石は、息子であるナムはその存在は知らない。
本人の前では見せたことがなかったからだ。
(さぁて……参ったなぁ。)
ガイムは、鼻歌を歌いながら陽気そうに歩いている。
しかし、その内心は朗らかではなかった。
(そうだろう……フウル?)
ガイムはその首に下げられたネックレスを指で玩ぶ。
(起きちゃいけねえことが起きた……俺とお前が最も危惧したことがよ……上手くいかねぇもんだなぁ、フウル。)
ガイムは周りの視線にはしっかり気付いており、時々手を振りながら歩く。
その見た目は、有名人が気まぐれに町中を散策しているようにしか見えない。
しかし、彼の心は穏やかではない。
(おめぇには反対されたが……俺は決めたぜ。)
ガイムは、その場で立ち止まる。
そして、空を高く見上げると、そのネックレスを首から外して空高くあげた。
「必ず見つけてやる……怒るかもしれねぇがな。」
ガイムの突然の行動は、周りからすればなにかの見世物に見えたのだろうか?
何かを期待するような視線を向けられながらも、特に気にすることも無く、彼は再び歩き始める。
後日、このガイムの散歩はこの町にとっては大きな突発イベントのような扱いとなり、彼と会えた者とそうでない者との間の話題の種になるのだった。
「んがっ!?」
病院のベッドの上で意識を取り戻したナムは、鳩尾の痛みで飛び起きる。
意識が戻ると同時に、痛覚を脳が認識した結果である。
「あ……起きたわね。」
「あ?……おう、ミナか。」
「トウヤさんも起きてるわ……アンタは相変わらず起きるの遅いわね。」
寝ていたのではなく、気絶していたのだが。
そう言おうとしたナムだったが、ガイムから知らされた事実が頭に残り、言い返す気力も起きない。
隣から聞こえたミナの声には元気が無く、何処か戸惑っているようにも見えた。
「どうした、お前らしくもない。 いつもなら言い返してくるだろうに。」
「そんな気分じゃねぇ。」
ミナの向こうから聞こえた声、それはトウヤのものであった。
彼も普通に話せる位は無事らしい。
そしてトウヤは、ミナとは違い普通に声色だった。
「すまねぇ……また逃がしちまったらしい。」
「アンタが謝ることじゃないわ……えっと、その、先に倒れた私達が悪いのよ。」
「お前が守らなきゃ、タイフは死んでいたよ。」
先にやられたタイフを守る為、ナムは1人でベルアの前に立ってしまった。
それが全滅の引き金となったのは言うまでもない。
しかし、そうしなければベルアはタイフを容赦なく殺していただろう。
「後でああすればこうすれば、なんて意味ないよ……そうだろう?」
「……まぁな。」
トウヤは足先のベッドで寝ているリィヤへと視線を向ける。
彼女は寝息を立てており、無事らしい。
その右斜め前のタイフも同様だ。
「情けねぇな……俺達。」
ナムのその言葉に、ミナとトウヤは自然と言葉が止まる。
3人も三武家の人間が集まっておきながらこの体たらくだ。
過去にも危うい場面は沢山あったが、なんとかこの5人で切り抜けてきていた。
しかし、今回は本当に運が良かっただけだ。
「俺は……もっと強くならなきゃいけねぇな。」
「俺様もだ……お前だけじゃない。」
トウヤは、呟くように決意したナムに対してそう答え、ミナの方へと視線を向けた。
「な、ミナさん!」
「え……あ、そうね……私もよ。」
「どうした?」
ミナの煮え切らない態度に、疑問を投げかけたトウヤだったが、ミナは寝ながら手を振る。
「なんでもないわ、ちょっと考え事してただけよ。」
「ならいいけど。」
ミナはそう言うと、ナムの方を一瞥する。
ナムはそんなミナを訝しむが、彼女は布団を顔まで被って表情を隠してしまった。
「なんだぁ?」
ナムは首をかしげるが、鳩尾の痛みがぶり返してそれどころではなくなってしまった。
いきなり昏倒させた父親への怒りを奥底に燃やしながら、彼は再び夢の中へと落ちるのだった。
そして、その時。
ミナは布団の中で再び考え事をしていた。
それは、彼女にとっても現実なのか夢なのかわからない記憶についてだ。
(ありえない……筈なのに。)
彼女が見た夢、それは。
ナムとベルアが一騎打ちで戦っていた時の光景だ。
その時の記憶は確かではない。
ベルアの爪で重傷を負い、意識が朦朧としていた時だ。
そのせいで、今ミナを悩ませるソレは、夢なのか現実なのか全く確証がないのだ。
記憶の通りなら、その戦いの中でナムは1人立ち上がり、ベルアと一騎打ちをしていた。
しかし、その時の記憶にありえないものが映っているのだ。
(私の見間違い……だと思うけど。)
ミナはその光景が記憶に焼き付いて離れなかった。
しかし、そんな話は今までに聞いたこともない。
しかし、実際に記憶に焼き付いてるこの光景の答えが欲しかった。
(おかしいじゃない……あんなの……おかしいわ。)
その光景が消えない。
いつも一緒にいる仲間であり、小さい頃から付き合いのあった幼なじみでもあるナム。
そんな彼の光景が頭から離れない。
(あの……アレは何?)
ミナの記憶が蘇る。
夢であって欲しい、そう思いたいが……あまりに鮮明なその記憶。
(アレじゃまるで……獣じゃない。)
ミナの記憶の中のナムは、とても勇敢だった。
仲間を守るため、1人であのベルアと戦っていた。
しかし、問題はそこでは無い。
(なんで……爪が長くなってたの……なんで牙が……そして。)
ミナはその記憶を振り払おうとするが、離れない。
(なんで……傷がみるみる塞がってたの!?)
ミナはその日、その謎の記憶と戦い続けた。
しかし、答えは出ない。
そしてそのうち、彼女は自身の悩みから解放されたかったのか、または心が何かしらの防衛を図ろうとしたのか。
それは夢であったと信じ込もうとし、そのまま眠りにつくのだった。
年内に2章を完結させられて驚いています。
次回からは3章となります!