2章:メテオ・ストライク
とうとう再会したナム達とベルア。
両者の戦いは、以前よりも強くなっていたベルアの力の前に、ナム達の5人が全員行動不能になるという最悪の展開を迎えた。
ドルブの町で、ナムに煮え湯を飲まされたベルアは、戯れにナムの目の前で仲間達を1人ずつ殺すと宣言した。
しかし最後まで意識を保っていたナムは、最後の力を振り絞って立ち上がるのだった。
腹部をベルアに貫かれ重傷を負いながらも立ち上がったナムとベルアは、再びぶつかり合う。
恐怖と困惑に顔を歪めるベルアと、仲間達を守る為に怒りに表情を染めるナム。
両者の爪と拳は真正面からぶつかり合い。
ベルアの体は、自身の腕の骨の折れる音と共に一方的に吹き飛ばされる。
「ぐがぁ!?」
ナムの腕に装着されていた筋力低下の呪いが付与されたブレスレットは、既に全て外されている。
先程までの1つ装着したままの状態であればベルアが勝っていたが、今では完全にナムの力の方が上回っている。
筋力が上がって上昇するものは力だけではない、速度も同時に上昇する。
今のナムの身体能力は、完全にベルアを超えていると言っても過言ではなかった。
しかし、本来はその最後の1つを外してしまえば先程のように膨張した筋肉の前にナムの皮膚が裂けてしまい、長時間の本気での戦いは不可能だ。
長時間外していれば、皮膚からの出血で失血死してしまう。
しかし。
理由は本人にも不明だが、今の彼はそんな事を気にするような状態ではないのか、はたまた体に何か変化が起きているのか不明だが。
今の彼は、本気の状態を維持しておきながら体への不調の悪化が見られない。
(理由なんてどうでもいい……今はこの状況を利用してもらう!!)
またいつ力尽きて倒れるかもわからない状態で、自身の体の状態などいちいち見ている暇などない。
ナムは、このチャンスを逃すまいとベルアへと猛攻を仕掛ける。
ベルアが自身の体を腕で防ごうものなら、その隙間を縫って拳を叩き込み。
後方へ跳躍しようものなら、同じく跳躍して蹴りを見舞い。
横へ避けようものなら、回し蹴りを反対側から命中させる。
その全ての攻撃は、ベルアの体を見事にボロボロにしていく。
しかし、ベルアもやられっぱなしではない。
彼の体はドルブの町の時と同じように、強力な再生力を誇る。
しかもその力は現在更に強化されており、ナムの視界で捉えられる程に素早く傷が治っていく。
先程折った腕も、よく見たらもう骨が元に戻っている程だ。
「おかしい……おかしい! ジカルの作った強化薬を服用した我相手に1人でここまで!?
いくら三武家の跡取りでも有り得ません!?」
「関係ねぇよ、俺はただてめぇを倒すだけだ!」
ベルアはナムの拳を見事に腹に受け、大量に吐血する。
目玉が物理的に飛び出るほどの威力をその身に受け、更に追撃で数発叩き込まれながらも、ベルアはしぶとく反撃を繰り出す。
内蔵は致命的な傷を負っている筈だが、それでも敵の動きは落ちない。
「舐めないで欲しいですね……これでも我は上位。」
「うるせぇ!」
全てを言い切る前に顔面に叩き込まれたナムの拳の前に、ベルアは部屋の壁へと壮絶な力で叩き込まれる。
しかし、壁を滑るように床へと座り込んだベルアの体の傷は少しずつ治っていく。
その様子を見たナムは舌打ちをすると、再び床にヒビを入れながらベルアへと突撃する。
そして拳をベルアへと真っ直ぐ突き出すが、ベルアが首を逸らした為にその拳は部屋の壁へと命中した。
轟音と共にその部屋の壁は見事に粉砕され、壁の向こうの地中をまるで爆破掘削したような空間が出来上がる。
その惨状に顔を青ざめさせたベルアは、慌ててナムの脇をすり抜けて距離を取った。
「ありえない……ありえない!!」
ベルアは恐怖していた。
以前の屋敷での戦いでも、ベルアはナムの本気と対峙した事はあるが、あの時は脆い建造物の中であり、途中から外での戦いに移っていた。
しかし、この部屋は違う。
戦闘データを取る為に、特に頑丈に作られた物だ。
それを、ガントレットは装備しているとはいえ、素手と大差ない状態であっさり破壊した挙句、その向こうの地形にまで影響を与えるなど、流石の彼でも予想外だった。
(何者なんだ……一体奴は!?)
ベルアは、目の前の人間……の筈の存在に明確に恐れている。
他の三武家と雑魚2人は大したことは無かった。
今のベルアの力であれば簡単に倒せることは証明済みだ。
正直、三武家当主ともいい勝負が出来ると自負していた。
しかし、この男は異常だ。
強さだけではない、彼の視界に収まっているもの。
アレは明らかに異常だ。
(時間を稼ぐ手段は……恐らくもう使えない……ならば!)
ベルアは彼との真正面から戦うことを決意する。
逃げ回っていても殺られる、ならば反撃した方がまだ勝機はある。
アレだって永遠に使えるものでは無いだろう。
そう思ったその瞬間、ベルアはナムの姿を見失う。
視線を外した訳では無い、それなのに急にナムを見失った。
顔を青ざめさせ、必死に辺りを見回そうとした時、ベルアの顔面の中心に突如拳が叩き込まれ、彼の体は真後ろへと再び吹き飛ぶ。
(な……に……がっ!?)
しかしそれだけでは終わらない。
今度は壁に命中する前に、背後からの殴打を突如背中に受け、背骨の音が辺りに鳴り響く。
「あ……がっ……!?」
「どうせ治るだろうが……まだ終わらねぇぞ!!」
自身の背中の中心から下の感覚が消失すると同時、ベルアの両肩はナムに捕まれ、膝蹴りをその体に連続で叩き込まれる。
「な……舐めるなぁ!?」
消えゆく意識を無理矢理覚醒し、ベルアはナムの体目掛けてまだ動くその爪を振るい、彼の体に大きな爪痕を残した、
その痛みに怯んだ隙に、ベルアは再び腹部に爪を突き立てて風穴を開けると、ナムを頭突きで更に怯ませてその拘束から逃れる。
それと同時に、ベルアの下半身の感覚が少しずつ戻ってくる感覚を覚えた彼は、ニヤリと笑う。
「我の傷は癒える! しかし貴様は我ほどではないようですね……ならばこの戦い、やはり貴方の負けです!」
「うるせぇ……治るならそれ以上に殴るだけだ!!」
拘束から逃れたベルアを追って振るわれたナムの拳を避け、返しに爪での攻撃を繰り出すベルア。
その爪はナムの肩を微かにカスり、少量ではあるが出血させる。
しかし、まだ満足に下半身を動かせない弊害で、更の返しでナムの蹴りを顔面にマトモに受けたベルアは、回転しながら横へと吹き飛んでいく。
ベルアの体は、確かに自己治癒力が高い。
しかしナムの攻撃によるダメージは大きく、一撃受けるだけで回復した分のダメージなどあっさり超える。
それをわかっているのか、ベルアも先程のような煽りを言っておきながら、内心では非常に焦っているようだった。
勿論、焦っているのはベルアだけではない。
敵の異常なほどの生命力を前に、自身の体がいつまで持つかナムもわからないのだから。
ここまでの生命力を持ったヒューマンなど、過去に1度も遭遇していないのだから、この個体が相当異常なのだろう。
しかし、そんな泣き言は言っていられない。
ナムがここで倒れてしまえば仲間達は死ぬのだから。
「やらせるかよ!」
蹴り飛ばしたベルアに向かって全力で跳躍し、彼が何かに激突する前にナムは追いつくと、その勢いのままベルアの腹へと蹴りを叩き込み、そのままベルアごと壁に激突させる。
再び多量の吐血をしたベルアの背後の壁は崩壊し、体を止めていた障害物が無くなったことで体がわずかの時間空中へと留まる。
ナムは彼が床へと落ちる前に足で蹴りあげ、そこへ拳を上へと振り上げ、彼の顔面へと強烈なアッパーを炸裂させる。
ナムはそれで満足せず、そのまま何度も拳を敵へと叩き込んだ。
「……!?」
最早言葉を発する事すら満足に出来なくなるほどに体にダメージを受けたベルアは、藁にもすがる思いでその腕をナムの方角へと振るい、ナムの足へその爪を突き刺す。
「ぐっ……しつこい野郎だ!?」
足から僅かに力が抜けたその瞬間、ベルアは手から適当な魔法を放って、ナムの体へと命中させ、彼を仰け反らせた。
その隙に体勢を立て直し、ベルアはフラフラの体でその両手の爪をナムに向けて連続で振り抜く。
(こいつ……まだこんなに動けんのかよ!?)
ベルアの爪をその拳で受け止めると、彼の右手からは硬い物質が折れるような音が鳴り響くが、ベルアはひるまない。
ナムの体を数度爪で切り裂き、自分のもう片方の腕すら折られ、そこでようやく攻撃が止まった。
「我は負けません……まだ我にはやることがある……貴方などついでの目的の1つでしかない。
さっさと死ねぇ!!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ……そんなの。」
ナムは動きの止まったベルアの頭に向け、自身の両拳を祈るように握り合わせた状態で振り下ろす。
その衝撃で頭が下に思いっきり倒れるように移動すると同時に、そこへすかさず膝蹴りを顔面に叩き込んだ。
「俺達も同じだ。」
顔面に渾身の膝蹴りを入れられたベルアは、空中を舞うように仰向けで飛び、そのまま床へと倒れ込む。
「俺達だって、本来の目的はてめぇじゃねぇんだよ。」
ナムは仰向けに倒れたベルアの両腕に、それぞれ足を乗せた。
「だがな、てめぇはドルブ、サール、トラルヨーク、ネット、色んな場所で悪事を働いてやがった。」
ナムの拘束から必死に抜け出そうとしているベルアを見下ろしながら、ナムは続ける。
その拳を強く握り込みながら。
怒りのあまり強く握り過ぎているのか。
掌から伝わる何か鋭いものが刺さっているような痛みと、絶え間なく血が滴り落ちる感覚を覚えながら。
「部下を全員殺された少女がいた、一生治らねぇ障害を持った女もいた、村でひっそりと平和に暮らしてた特殊な人間の青年を騙した。」
ナムはその拳をゆっくりと自身の背後へと持っていく。
実戦では殆ど使い道のない、素人がやりがちな全力での殴打のための準備を。
「挙句の果てに……サールの町の人達すら利用しやがった。」
顔面蒼白なベルアを、冷たく見下ろすナムの表情は、どんどん怒りに染まっていく。
ナムの掌から落ちた血は、ベルアの体に1滴ずつ落ちていく。
「てめぇはやりすぎた。」
ナムはその拳を更に背後に持っていき、腰を低くする。
「受けてみやがれ……俺の正真正銘の本気の拳をよ!!」
「く……クソがァァァアア!?」
ナムはその拳を全力で下へと振り下ろす。
ベルアの走馬灯のような光景。
それが間違いでなければ、まるで彼の拳に炎が纏ったような錯覚すら感じる程のその拳の威力。
「隕剛撃。」
ナムの呟くようなその言葉と共に、その拳はベルアへと無慈悲に振り下ろされた。
ベルアの体を中心に、広範囲に巻き起こった衝撃。
ナムの拳を受けた床は大きく抉れ、まるで隕石が落ちたかのように巨大なクレーターのようなものが発生する。
勿論、そんな物を受けたベルアの体も無事では済まない。
体の至る所から骨折れる音。
内蔵が破裂するような音。
何かがひしゃげるような聞くに耐えない音。
そんな物が一斉に辺りに響き渡る。
「あの世で……反省しやがれ!」
大きなクレーターの中心で、腹部へと巨大な風穴を開け、白目を剥いて意識を失ったベルアを見たナムは、彼の体の上からゆっくりと移動する。
念の為回復しないか注視していたが、ナムが見ている間に、先程のような治療はされなかった。
「油断は出来ねぇ……こいつは……まだ動く……か……も。」
しかし。
怒りが多少収まったせいか、ナムの体は再び悲鳴を上げ始める。
先程まで気にならなかった、皮膚の裂けの痛みと出血も再びナムの体を脅かす。
彼は薄くなる意識の中、最後の力を振り絞って右手に1つブレスレットを装着し直す。
筋力低下の呪いにより、体が一回り小さくなったナムだったが、そのまま床へと倒れ込んでしまった。
その時に偶然見えた右の掌に、何故か4つのまるで太い針が刺さったような、横並びの傷跡を見つけたが、今のナムにはそんなことはどうでもよかった。
「やっべ……早く……あいつらを町に運ばねぇと。」
ナムはそう考えたが、最早体は動かない。
ナムの視線の先では、崩壊した床の上で転がっている仲間達がいた。
全員気を失っているようで動かない。
死んでいなければいいが、ここでは確認のしようもない。
「動け……くそ……。」
ナムの意識はどんどん薄くなっていく。
このままでは、折角勝利しても仲間達の命が危うい。
そう思ったその時。
遠くの方で、沢山の人間達の声のような物が聞こえ始めた。
(誰だ……こんなところに?)
ナムは頭によぎったその疑問をあまり考えることなく、そのまま意識を失った。
それから少し後、ナム達の倒れている部屋へと沢山の人間達がなだれ込んで来たのだが。
それを彼らが知るのは、もう少し後のことであった。
ベルア戦、とうとう完結です。