2章:危機
この世界の魔物は大きく3つに別れる。
世界に最も溢れ、戦闘力も知能も低く、動物と大差ない行動原理を持つ<ノーマル>。
ノーマルと比べ知能が高く、戦闘力も大幅に高くなり、ノーマル達の群れを指揮する役割も持つ<ビースト>。
生まれつき、或いは後天的に人間の姿を取る、ビーストとは比べ物にならない程の戦闘力と知能を持つ<ヒューマン>。
その中でも、元は異形の姿を持ちながら自身の能力や特性で人間の姿を取れるようになったヒューマン個体を<メタモラー>。
偶然か神のいたずらか、人間の姿でこの世に生まれ落ちた存在。
そのヒューマンを<ネイキッド>と呼ぶ。
サールで暗躍していたサジスや、各地で遭遇した四天王の面々、森で出会った3人の鎧のヒューマンとの戦い等で、多くのヒューマンとの戦闘を経験したナム達。
そんな彼らは、とうとう彼等の主でありこれらの事件の裏に君臨していたベルアと再び遭遇した。
ナム達の行動により部下を失ったベルアは、三武家を危険視した為に自らナム達の目の前に姿を現した。
ベルアが大量に集め、トラルヨークに進行していた魔物達を殲滅し、そのままの足でベルアの元へと辿り着いたナム達は、ベルアとの決着をつけようとしていた。
「ドルブの町では不覚を取りましたが、今度はそうは行きません。」
肩から先の腕を、黒い毛皮のようなものへと変化させ、強靭な爪を生やしたベルアは、ドルブの町でもやったように自身へと付与魔法を発動する。
ビレイドも行ったパワー・ブースト、クイック・ベールの重ね掛けだ。
ベルアの体は赤と青で交互に点滅するように光り、その体の動きは更に早く、強くなる。
「それはこっちのセリフだ……あの時は俺1人だったが、今度は仲間全員がここにいる、今度は逃がさねぇぞ。」
仲間内で最も身体能力に長けたナムが真っ先にベルアとぶつかり合う。
ベルアの爪とナムのガントレットがぶつかり合い、周囲に火花が飛び散る。
しかし、そこでナムはまさかの展開に驚いた。
彼は三武家の中でも格闘術をメインとするブロウの跡取りであり、仲間の中で最も怪力を持つ男だ。
そんな彼が、ベルアの力に押されたのだ。
「な……にっ!?」
「言ったでしょう……今度は前回のようにはいかないと!」
ベルアの連続での爪の攻撃を、次々とブレスレットを装着した拳で打ち付け合うように防ぐナムだったが、彼の体は少しずつ後ろへと滑るように移動していく。
こんな事は初めてだった。
あのハルコンとの戦いですら力では勝っていたナムが、今では押されている。
勿論、現在ブレスレットは2つしか外していない。
しかし、3つ目を外すことはナム自身の体にも大きなダメージが襲う。
簡単に外す訳には行かない。
「ナムが押されてるの!?」
「どうなってる!?」
そんな光景に驚いたミナとトウヤは、それぞれの武器でナムを援護する為に行動し、その後ろではタイフが目の前の光景に驚いていた。
タイフは未来眼という3秒後の未来を見ることが出来る、超能力と呼ばれる生まれ付きの力を所持している。
しかし、未来眼は所持者が経験したことの無い事象においてはその効果を発揮しない、という弱点を持つ。
そのタイフが驚いたということは、今まさに未来眼の力が働いていない証だった。
「あのナムが……いや、今はそんな時じゃない!!」
タイフら首を横に振り、ベルア目掛けて自身の武器である圏を投擲する。
幸いなことに、ベルアの動き自体はしっかりと未来眼で補足できており、タイフの投擲は的確だ。
「雑魚の癖に煩わしいですね!」
しかし、その圏はナムとの戦いの最中に、ついでのように爪で弾き返されてしまう。
当然ナムもその行動の隙を突いて攻撃を繰り出すも、ベルアは簡単に爪でその拳を受け止め、再びお互いの打ち合いへと戻ってしまった。
ナムへの援護の為のつもりが、全く戦況に変化を与えられなかった事実を突きつけられたタイフは、悔しげに表情を歪める。
(僕の力じゃ……届かないのか!?)
タイフが内心でそんなことを思っている中、そんなタイフの後ろから、頬の横を手が通り抜け彼を驚かせる。
その手の先からは青白いバリアが展開され、意識を心の中に向けていたタイフに向けて放たれた魔法のような物は、そのバリアに命中し、消滅した。
「危なかったですよ、タイフさん!」
「ご、ごめん……そうだよね、集中しなきゃ!」
その手の持ち主はリィヤだった。
悔しさで戦いから意識を逸らしていたタイフ目掛け、ベルアが片手間に魔法をタイフに向けて放っていたのだろう。
リィヤが近くに居なければ大変なことになっていただろう。
「わたくし達ではベルアに敵わないかもしれません、それでも!」
リィヤはバリアを素早く解除すると、ナム達の戦いの邪魔にならず、それでいて補助もできる位置に陣取り直した。
そんな彼女の姿を見たタイフは、自身の頬を数度叩く。
そして、手に残った残り1本の圏をしっかり握ると、ナム達のサポートに適したタイミングを待つ。
(リィヤに教えられるなんて……情けないな、僕は。)
気合いを入れ直したタイフは、その場に留まらずに移動を開始する。
「僕にだって……!」
タイフが自分の力不足に悩んでる最中。
ナム、ミナ、トウヤの3人は、矢継ぎ早にベルアへと攻撃を仕掛けていた。
ナムとミナの抜群のコンビネーションによる前衛と、トウヤによる後方からの魔法での攻撃。
彼らが得意とするいつもの陣営だ。
しかし、そんな彼らの戦法をたった1人で対応する。
それどころか反撃をする余裕まであるベルアの表情は余裕に満ちていた。
ナム達の感じた印象が間違いでなければ。
まだ本気を出していない。
とも取れるその表情に、彼らは焦りを覚え始めていた。
彼ら3人は既に全力で戦っているからだ。
宿敵であるベルアを前にして、余裕のある戦いを彼らがする筈もない。
しかし、そんな3人の力を結集して尚、ベルアからは余裕の笑みが無くならない。
(不味いわね……一体どうなってるのよ!?)
ドルブの町では、ミナとトウヤは別のビースト達と戦闘をしていた。
当時、このベルアを瀕死にまで追い詰めた時にこの敵と戦っていたのはナム1人だった。
しかし、それでは辻褄が合わない。
この強さを元々持っていたのであれば、当時ナムが1人で戦えた筈がない。
いい勝負どころか、ナムの死体がリィヤの屋敷の中で転がっていてもおかしくなかった筈だ。
勿論、過去にもナム達3人を苦戦させた相手は存在した。
しかしそれは、誰もが何かしらの秘密を持った上で、彼らの意表を突く形の能力を持っていたからだ。
炎を操る不死身のヒューマン、アグニス。
巨大なゴーレムであり、頑強な体を持ったハルコン。
拳、武器、魔法を極めたネイキッドであるビレイド。
全てに共通する事は、1目見ただけではその弱点を察知することが難しいが、弱点さえ判明すれば戦いようがあった存在であった。
しかし、このベルアに至ってはそんな物は存在しない。
そんなものがあるのならば、2度目であるこの戦いは本来有利にならなければおかしい。
しかし現実はそうではなく、この敵は更に強くなっているのだ。
「どうしましたか? 我はまだまだ余裕ですよ?」
その獣にも見える黒い毛の生えた腕に、爪の生えた手を的確に振り回しながらナムとミナの攻撃を軽々と捌き、遠くから飛んでくるトウヤの魔法をその爪で切り裂き。
更に2人からの猛攻を掻い潜って反撃までするベルア。
流石のナムの表情も余裕が無く、必死に食らいついているという印象を見て取れる。
それ程までにベルアは強敵だった。
前回と同じく1人で戦っていたら、一瞬で殺されていただろう。
(やべぇな、前より明らかに強ぇ……!)
ナムの脳裏に1つの言葉が浮かんだ。
それはこの旅の始まりである1つの依頼。
魔物の謎の超強化。
ベルアの実力が急激に上昇した様を見た彼の脳裏に浮かんだそれは、彼の背中を更に震え上がらせる。
「おかしいですね、貴方達は三武家……人間最強の存在の筈です。
感激ですよ、この我が貴方達と互角以上に渡り合えるなんて!」
同時に繰り出されたナムの拳とミナの剣を両手で受け止めたベルアは、その勢いのまま2人を回転するように振り回した後に地面へと叩きつけ、2人をトウヤ目掛けて投擲する。
それに驚いたトウヤは、咄嗟に魔力を変換してナムとミナに目掛けて魔法を放ち、2人を止めた。
「流石だな、トウヤ!」
「痛たた……助かったわ!」
2人を魔法で受け止めたトウヤは、そのまま2人を地面へと降ろす。
ポルター・ガイストで、彼ら2人が装着している鎧を操作したのだ。
「礼は後だ、それよりも……!?」
トウヤが2人に言葉を投げると同時。
既にトウヤに肉薄していたベルアは、彼めがけてその爪を繰り出そうとしていた。
意識を2人に向けていたトウヤはそれに対応出来ず、その爪が彼を切り裂こうとしたその時だった。
ベルアの爪は青白いバリアに阻まれ、ギリギリの所で彼に命中する事は無かった。
「大丈夫ですか、兄様!?」
「間一髪だな、助かったぞリィヤ!」
義理の兄の危機を助けられたことにより、彼女の表情は僅かに綻ぶ。
しかし、そんな彼女はすぐさま表情を引き締め、自身の張るバリアへと意識を向け直した。
「相変わらず……鬱陶しい力ですねぇ、リィヤお嬢様?」
ベルアはバリアに阻まれたその爪を突き立て、更に強く力を込め、同時にリィヤの腕に相当な負荷が掛かり始め、みるみるバリアへとヒビが広がっていく。
(持たない!?)
トラウマでの錯乱状態で発揮した前回と違い、今回は意識をしっかりと保った状態であるにも関わらず、前回よりも早くバリアに損壊が発生した現実にリィヤは困惑する。
前回は爪での連続攻撃を、ナム達が合流するまでは何とか耐えきることが出来た。
しかし、今回は強く爪を押し付けたというだけの行為だけで破損直前となっている。
リィヤが慌ててしまうのも無理はない。
しけしその時、ベルアの背後からナムとミナが迫り、ベルアへと攻撃を仕掛けたことにより、バリアの破壊と同時にベルアをその場から離すことに成功する。
「ヒヤヒヤするわ……後ろに下がってリィヤちゃん!」
「良くやった!」
バリアを破壊されてしまったリィヤに対し、2人は声を掛けると同時に再びベルアへと攻撃を仕掛け、トウヤもすかさず魔法を展開し、彼へと放った。
「2人ほど足手まといが居ながらもその強さ……流石は三武家ですねぇ。」
「足手まといなんかじゃねぇよ、あの2人が居てこそ俺達の強さだ!」
「そうですか、それは申し訳ないです……しかし。」
ベルアは迫り来る2人の攻撃を受け止め、そしてトウヤの放った魔法をその場から飛び退いて躱した。
「これを見てもそう言えますか?」
ベルアはそう言うと、何故かその場で後ろへ振り向くような動作をしながら、その爪を後ろへと振るう。
そんな敵の不思議な動作を見ているナム達の表情は、みるみる青ざめていく。
ナム達には見えていた。
仲間の1人が、いつものように不意を突こうと後ろからベルアへと迫っていたのを。
「避け……!!」
ナムの大声も虚しく。
その爪は見事にタイフの体に4本の大きな傷を負わせた。
「あっ……!?」
その攻撃を受けたタイフの体は僅かに宙を舞い、その手に握られていた圏は自然に床へと向かって落ちていく。
それだけではなかった。
ベルアは更にもう一撃爪をタイフへと命中させ、最後に全力で蹴りを見舞い、部屋の壁へと激突させる。
飛び散った血が床へと落ちる迄の間の僅かな時間でそこまでの攻撃を受けたタイフは、その血が床へと付着すると同時に動かなくなってしまう。
「タイフ……さん?」
体に大量の切り傷を負わされ、壁に強い力で激突させられた彼の意識は既に無かった。
僅かに身体が動いているので、まだ生きてはいるだろう。
しかし、それでも危険な状態である事には違いない。
しかし、そんな彼めがけてベルアはさらに追撃をしようと迫る。
「させねぇよ!!」
仲間内で最も身体能力の高いナムは、我先にとタイフとベルアの間に割って入り、敵の爪をその拳で受け止めた。
「余程その足手まといが大切と見えますねぇ?」
ベルアは本当に可笑しそうに笑いながら、ナムに向かってその爪を振るう。
先程よりもさらに早い速度で。
「わざわざ我の目論見に引っかかってくれる程に?」
「!?」
ナムは気付く。
タイフを助けるという気持ちのあまりに、先行しすぎたことに。
ナムの周りには、今仲間は居ない。
遠くの方で、慌てて近付いて来ているミナと、魔法を準備するトウヤ、口元を押さえて顔を青ざめるリィヤが見える。
「三武家3人で互角以上の相手に1人で来るなんて……馬鹿ですねぇ。」
ナムは咄嗟にその拳を構え、ベルアに目掛けて振るう。
しかし、ベルアの攻撃はナムよりも更に早い。
ナムの拳と爪の応酬は前回の戦いとは違い、一瞬で終わりを告げた。
ベルアの爪が見事にナムの腹部を貫くことによって。
痛みで動きが遅くなったナムの体を、もう片方の爪で更に追撃し、突き刺さった爪をナムの体を蹴り飛ばすことにより引き抜く。
(しま……った……)
ナムは力なくその場で倒れ、床に血を広げる。
重傷を負ったナムは最早動けなかったが、それでも戦いを続けようと立ち上がろうとした。
しかし、目の前で起きた光景に彼は愕然とする。
当然だった。
3人で何とか渡り合っていた相手に、1人が欠けたのだ。
その後の戦いは一方的だった。
双剣で応戦していたミナは、その爪を見事に体に数度受け。
前衛を失ったトウヤを守るようにバリアを展開していたリィヤは、それを破壊されて同じくその爪の餌食となり。
最後に残ったトウヤすらも、1人では応戦も満足に出来ずに爪に裂かれて倒れた。
「く……そ!?」
一瞬だった。
一瞬のほころびで全てが崩れたのだ。
「おやおや……随分あっさりと終わりましたねぇ?」
爪を血に染めたベルアは、それを払うとゆっくりとナムに近付いてくる。
その後ろでは仲間達が力なく倒れ、その床を血に染めていた。
トウヤとミナはまだ体が僅かに動いているが、リィヤとタイフは動きが見られない。
相当危険な状態の筈だ。
それがわかっているのに、ナムの体は満足に動かない。
「貴方には煮え湯を飲まされましたからねぇ……そうだ、良いことを思いつきました。」
ナムは必死に体を動かそうとした。
ベルアが悠長に話している間に、この状況を打開するために。
「貴方の目の前で、1人ずつ首と体を切り離しましょうか、どうでしょう? ワクワクしますねぇ。」
ナムは腹部に空いた巨大な傷を庇いながら、必死にゆっくりと立ち上がろうとする。
恐らく、ベルアは本気でやるだろうという焦りと、させまいとする強い意志で、彼は体を動かす。
「誰からが良いでしょうか?」
しかし、ベルアも油断している訳では無い。
ナムが立ち上がろうとする姿を注視しており、警戒を解いていないのは明白だった。
(なにか……手は……?)
ナムの目線は、おもむろにあるものへと向けられた。
3つのブレスレットの内の最後の1つへと。
(迷ってる……暇は……ねぇな!)
ナムはゆっくりと、そして確実に立ち上がる。
仲間達を守る為という、それだけの意思で彼は自らの体を無理やり動かしていた。
「驚きました……まだ立てるとは……!」
「言っただろ……今度こそ……逃がさねぇとな。」
ナムは右手の最後のブレスレットに手をかけ、それを外した。
ナムの体の筋肉が更に膨張し、一回り大きくなると同時に、彼の関節の皮膚が一瞬のうちに裂け始める。
ただでさえ出血多量の中であり、ナムの意識は更に遠くなる。
「久しぶりですね……我はもう知っていますよ? それの弱点をね!」
ナムは遠くなる意識を無理やり覚醒させ、自身の全力でベルアへと一瞬で肉薄する。
ナムの本気の身体能力は、今のベルアよりも更に速かった。
(恐ろしいですね、まだこんな力が……ですが。)
ナムの拳をギリギリで躱し、追撃を必死に避け続けるベルア。
その表情からは余裕が無くなっており、流石の彼も油断したら不味い状況だという事が見て取れた。
(速い……!? ですが、貴方の負けです。)
ベルアは反撃をせず、ただひたすらにナムの攻撃を避け続ける。
反撃することを諦め、回避に全意識を集中させた結果。
自身よりも身体能力の高いナムからの攻撃を完全に捌いていた。
(先程の傷と、その力による代償……我はただ避けるだけで、貴方は勝手に自滅する。)
ナムの拳が頬を掠めたベルアは、それだけで口内に血の味を感じる。
ナムの異常な力の前に背筋が震え上がるベルアだが、それでも必死に避け続けた。
そして、少しの時間の後。
ベルアの目論見は完全に達成されてしまうこととなった。
「……くそ……が!!」
限界が来てしまった。
出血により体の力が自然と抜け、その場で片膝を付いてしまったナムは、悔しげに表情を歪める。
「は……ははははは! 限界のようですねぇ!」
ベルアは、片膝をついたナムに近付き、その体へと蹴りを見舞って彼を床に倒れこませた。
「あの時と同じですねぇ……いや? あの時とは違って、今の我は無傷でしたねぇ。」
ナムを馬鹿にするように挑発し続けるベルアは、再度ナムの顔に蹴りを入れた。
床に新たに血を撒き散らしたナムだったが、敵意の眼差しをベルアへと向け続ける。
その表情から相当な怒りを感じ取ったベルアは、何故か相手がもう動けない身であることを知っていながらも、その体を震わせる。
「恐ろしい男です……さて、貴方は我の問に答えなかった……ならば……我の好きな順番でやらせてもらいましょうか?」
「ま……待ちやがれ!?」
ナムの言葉を完全に無視したベルアは、まるでどのおもちゃで遊ぶか決めるような手軽さで、指を仲間達に向ける。
そしてそれを何度か繰り返した結果、その指はリィヤに向けられた所で止まった。
「おっと、偶然彼女に指が止まりました、懐かしいですよね……どれにしようかな? って奴を久しぶりにやってみたんですが、運命ってのはあるものなんですねえ?」
ベルアはそう言うと、高笑いをしながらリィヤへと近づいていく。
(くそ……くそくそくそ!?)
ナムは必死に体を動かす。
このままでは、彼女だけでなく次々と殺されていく。
何とかしなければと必死に足掻くが、肝心の体は動かない。
(情けねぇ……こんな時に!)
ナムは自身への不甲斐なさに怒りを募らせていく。
(ふざけんなよ……ここで動けねぇ奴になんの価値があるんだ、動きやがれ!!)
リィヤとベルアの距離はどんどん縮まっていく。
その間にもナムの怒りはどんどんと膨れ上がる。
その時だった。
不思議なことに、それに比例するように体の調子が少しずつ良くなるような感覚を覚えたナムは、少しずつ再び立ち上がろうとする。
理由は分からない。
それでも、立ち上がれるなら立ち上がろうと必死に体を動かす。
(早くしろ……早く立て!!)
ナムの体は少しずつ動くようになり、少しずつ更に立ち上がる。
(やつを……止める……そうだろナム……サボってんじゃねぇぞ!?)
ナムは自身への怒りを持ったまま、見事に立ち上がる。
そして、その様子をしっかり見ていたベルアは、足を止めるとこちらへ振り向いた。
「さすがにしつこ……なっ!?」
ベルアが何かに驚いている。
それはそうだろう、すでに瀕死の男が立ち上がったのだ。
驚いても無理はない。
「なっ……なっ!?」
ベルアの表情はどんどん困惑と驚愕に満ちたものへと変わりっていき。
その間にもナムの体はどんどん調子が良くなっていく。
本人にも理由はわからない、しかし不思議なことにそれを変だとは思わなかった。
彼にとっては、まだ戦えるという希望に繋がったからだ。
「な……何者ですか……!? 貴方はぁぁぁあ!?」
ベルアからの不思議な問いに対し、ナムは苛立ちを覚えながらも歩み続ける。
「何者か? 何を今更……俺は!」
ナムの体の痛みが不思議と引いていく。
確かに、出血による体の不調は残っている。
しかし、良くなることも、悪化することもない。
ナムは、一時的にでも体を動かせるようになった自身の体に感謝した。
仲間を助けるという目的を果たせるかもしれない。
討伐は無理でも、再び撤退させることが出来るかもしれない。
ナムにとって今の体の不思議な現象の理由などどうでもよかった。
目の前の敵を倒せるだけの力さえ残っていればそれで良かった。
「ブロウの跡取り……ナムだ! かかって来やがれ、てめぇの好きにはさせねぇ!!」
驚愕そして、何故か恐れのような表情を向け続けるベルアに向けて、ナムはゆっくりと拳を構えた。
力が籠りすぎているのか、掌に謎の痛みが現れたが、そんなことはどうでもいい。
「動ける今のうちに、てめぇを倒す!」
唯一残ったナムとベルアの最後の戦いが再び始まった。
次回、最終決戦です。