序章:新たな依頼
町外の三武家、マギスの屋敷を襲った魔物の集団を殲滅したナムは、一緒に屋敷へ向かったミナ、救出した屋敷の主のトウヤと別れた。
その後、自宅に着いたナムは度重なる事件で出来なかった昼寝(既に夕方だが)を敢行していた。
2〜3時間程経った時だろうか、ナムの自宅の玄関が荒々しく叩かれ、再び目を覚ましたナム。
一時は無視しようと考えたが、あの2人と別れる時に不本意ながら自身の家が再集合場所にされた事を思い出したナムは、布団から起き上がり渋々玄関に近づいた。
そして扉を開けると、T字型の柄を持つ鍔の無いナイフを構えているミナと後ろで苦笑しているトウヤが見えた。
「あと2秒遅かったら投げてたわよ。」
「そんなこったろうと思ったぜ!!」
三武家、格闘戦闘術の権威<ブロウ>の跡取りであるナムの元に来たのは。
三武家、武器戦闘術の権威<アーツ>の跡取り、ミナ。
三武家、魔法戦闘術の権威<マギス>の跡取り、トウヤである。
本家から15歳で独り立ちした彼等が同じ町に居るのはタダの偶然であり、今では頻繁に交流しているナムとミナも、実際にお互いを同じ町で認識したのは2年前だった。
ミナは太もものホルダーに構えていたナイフを差し込むと「入るわよ」と言う短い言葉と共にナムの自宅に入り込む。
トウヤも「うお、汚!」という言葉と共に自宅に入る。
ナムも玄関を閉め、一応置いてある机の周りだけ適当に片付けると無言で机を指さし2人を座らせる。
そして仮にも客人に特に何も出すこと無く自身も机の周りに座ったのだった。
「それにしても久しぶりだなぁ、2人とも」
トウヤも特に気にすることなく全員が着席(床だが)したのを確認して話し始める。
「皆5年前に独り立ちして、ナムとは偶然2年前にこの町で会ってたけど、トウヤさんとは私達が独り立ちした時から会ってなかったものね。」
「まさかこの町に3人も集まるとはな、なんでお前あんな所に引っ越したんだ?」
純粋に再会を喜ぶミナと、襲われる原因の一端となった町外に屋敷を立てた事に疑問を持つナム。
「魔法の修練をするのに、町の中じゃやりにくいだろ?
質の良い武器もボディーガード達に渡してたから油断してたのは否めないな。」
「そういう事か。」
ナムは合点した感じで頷く。
「しかし、そのせいで2人も命を落とした、次は安全なところに自宅を作るとしよう。」
「それが良いわね、何故か本当に最近の魔物は強いから。」
「俺様も驚いたぜ、ビースト程度に一撃貰うとはな。」
トウヤは屋敷に現れたビースト、クラウンとの戦闘を思い出して舌打ちをする。
「ビーストだけじゃねぇぞ、ヒューマンなんかも前より格段に強くなってるらしい、この町に居る気配はねぇが……他の町で出現した際に討伐した軍に甚大な被害が出たとか聞いたことがある。」
「軍が?魔物用の装備をガッチリ固めてる町の守りのエキスパートじゃないか。」
ナムの言葉に驚くトウヤ。
以前……それこそ子供の頃だが、軍が町中に潜んでいたヒューマンを独自に調査して討伐していた、という話を聞いた事があったトウヤにとって、驚くべき話であった。
「私は遭遇してないけど、今回のビーストってクラウンだったんですって?
アレは身体能力は高い上に読みにくい動きするけど、特殊能力なんか無いからトウヤさんなら圧勝できる相手の筈なのに一撃貰ったってこと?」
「あぁ、雷属性の上位魔法ボルテック・キャノンですら生き残った、油断したよ。」
トウヤなら幾ら油断したところで相手に行動させずに倒せる筈の相手なのだ。
魔物に詳しいナムに良くそう聞いていたミナは驚いている。
「俺も横目で見ていた、まぁ遊びすぎなところはあったが、普通ならあの電撃玉で倒せる相手だったな、昔なら間違いなく。」
ナムもクラウン相手に本気で戦っていた訳では無いが、右腕に3つ装着されている筋力低下のブレスレットを1つ外す羽目になった相手なのだ。
昔ならそんな事せずとも倒せていた。
「何か……変よね?自然にそんな魔物の超強化が起きてるとは思えないんだけど。」
そんなミナの言葉に、ナムとトウヤも同時に頷く。
「でも、誰かの思惑が絡んでるなんてのもあまり現実味無いんだけどなぁ。」
「だが、それしか考えられねぇんじゃねぇのか?」
ナムにそう言われたトウヤは腑に落ちない表情をしながらも言葉を紡ぐ。
「じゃあ……仮に誰か……人間としよう、魔物を強化して何の利益がある?」
「人間なら利益は無いわね、自分が襲われたら終わりだもの。」
「そうなると……?」
ミナの言葉に考え込むトウヤ。
「ヒューマンじゃねぇのか?」
それを聞いたトウヤとミナは同時にナムを見る。
「人間に利益ねぇなら……魔物しかねぇだろ、それも魔物の中でもトップの知能を持つヒューマンが黒幕、そう考えられねぇか?」
ミナとトウヤは考え込むと、特に反論は無いようで無言で頷く。
「でも……もしそうだとしたら……非常に不味いことが起きようとしてるんじゃないかしら?」
「俺様もそう思うぜ、それが本当なら……ほっとけないぞ?」
「ただの想像でしかねぇよ、証拠はなにも……ん?」
ナムは急に玄関の扉を叩く音、ノック音がしたことに気付くと話を中断して玄関へ向かう。
そして少し乱暴に玄関を開けると、そこにいたスーツ姿で60歳近いであろう年齢の男が立っているのを確認した。
「……誰だおめぇ、依頼か?」
「え、あ、まぁ……そうじゃが。」
スーツの男は何故か狼狽してるような挙動でたどたどしく答えた。
変な空気を察したミナがナムの元へやってくる。
「どうしたのよ、依頼……者じゃ……?」
ミナは男を見て固まる。
「なんだミナ、お前知ってんのか?」
「な……ナム?まさかアンタこの人すら認識してないわけ!?」
「知らん。」
ミナはガックリと力が抜けるように頭を下げると、再びナムの方を見た。
「サブロさんよ!サブロ町長!!この町のトップ!つかそのくらい知っときなさい!」
ミナは頭をはたこうと手を出したが、ナムはそれを見もせずに掌で止める。
腐ってもブロウの跡取りなのでこういう時に何も出来ずにミナは1人ストレスを貯める。
ミナはむぐぐと言わんばかりにナムを睨みつけるが、当の本人はどこ吹く風である。
「あの……そろそろ話を聞いてもらっても……?」
放置されていたサブロ町長は引き攣り笑顔だった。
机の周りでは元々座っていたナムとミナにトウヤ、そしてサブロ町長が増え、ただでさえ狭い家が更に窮屈になっていた。
サブロ町長は咳払いをすると、静かに語り始める。
「内容というのはまさに貴方たちが話していた件になるのじゃが。」
その言葉に少し空気が張り詰める。
ここでの会話のことはまだサブロ町長に話していない3人は、この老人の底知れなさに驚く。
「ん?あぁ……違うのじゃ、この家の壁が薄いのか中の会話が外でも丸聞こえでな。」
3人は一気に脱力すると、サブロ町長の話を静かに待った
「本当はブレイカーと呼ばれるナム君にお願いしようと思っていたのじゃが、ちょうどいいの。」
サブロ町長はナムからミナとトウヤへ視線を移す。
「町長であるワシから君達へ正式に依頼を出す、依頼料は毎月君達の口座に支払いしよう。」
毎月の支払い……つまり、足の長い依頼だということだ、それを察した3人はお互いに目を合わせる。
「魔物のここ数年の超強化の謎、君達に解明してもらいたい。」