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序の口 ①

「神々よ!どうか我らの言葉を信じてください!」


叫ぶ男の額は先程から止まらない涙か、七日と七夜降り止まぬ豪雨によるものか分からぬほど濡れていた。


「ならぬ。貴様らは楽園を侵略せんとこの塔を作り上げようとしたのであろう?」


昼とも夜ともわからぬ暗雲の彼方から厳かに、そして無情にその声は響いた。


「違います!信じられぬのならば我らはこの街と塔を捨てこの地を去ります!どうか全ての民の命と言葉を奪うのはおやめください!」


天の声に男の横から現れた女は、これも涙と豪雨に顔を濡らしながら叫ぶ。


「……それに嘘偽りはないか?」

「「我らの『言霊』にかけて!!」」


激しい豪雨と天から降る声の威圧感に男と女は平伏し、額を塔の石畳に擦り付けながら叫んだ。


「信じよう。二度と楽園に帰ろうなどと考えるでないぞ。この世を楽園に変える事こそ貴様らの使命と心得るのだ」


その瞬間いつ降り止むとも知れなかった豪雨は消え去り曇天に切間がさして、二人に光が降り注いだ。


「心得ました!」

「決して忘れません!」

「「必ずや地上を楽園に変えてみせます!」」


男と女はもう届くとも知れない天に向かって答えた。






それから数え切れぬほどの時が経ち、二人の誓いも、神々も忘れ去られた世界で人々は争いを繰り返していた。


「王よ、最期にお言葉はございますか?」


処刑台を囲んで、大広場は多くの人だかりで溢れかえっていた。

口々に殺せ、殺せと処刑台に向かって群衆は叫んでいた。


「……なぜ其方はこのような事を?」


全ての親族の処刑、床の拭き切れなかった血を見つめ、拘束された王だった老人は腹心であった裏切り者を平伏しながら見上げた。


「全ては脆弱なるこの国を変えるためです。そのためには王よ、まずは貴方に消えて頂く事から始める必要があったのです」


そう語る男は甲冑に虎の毛皮を纏い、豪華に装飾されたマントを着ていた。

手には間もなく振り下ろすであろう血塗れの剣が握られていた。


「なるほどな、魔導機とやらの力があればそれも可能かも知れぬ。だがな……」

「王よ、そろそろ語らいは終わらせねばならぬようです」


王は四方を囲む建物の屋根を上回る巨大な鎧を見ながら男に引き続き言葉を紡ごうとしたが、彼に遮られた。

王にはもう怒りも生きる欲も無かった。

ただ早く愛する妻や幼かった息子ともう一度会いたいと願っていた。

男は鎧を鳴らしながら剣を振り上げた。


「ハイド……この国を頼む」

「心得ました」


王の願いを受け入れた後、男は剣を振り下ろした。

しばしの静寂の後、万雷の拍手や歓声が処刑台に立つ男に向けられた。


「愛しき我らが民よ!ここに我、ハイド・サーガが脆弱なる王族を滅ぼし、魔導機を駆る騎士達によって統治された強国への歩みを始める!」


男、ハイド・サーガが剣を掲げ、大広場の群衆に叫ぶと同時に、四方を囲んだ巨大な鎧も剣を掲げた。

それと同時に拍手や歓声がさらに沸き起こり、建物の窓から花弁を撒く者や、どこから持ち出したのか酒を酌み交わす者で溢れかえった。


「素晴らしい光景だね。人の死を喜ぶ愚か者達からの羨望が君に集まっていくよ」


ハイドの隣には、いつの間にか男とも女とも取れない白い長髪と肌、真紅の眼を持つ者が立っていた。

仮に少年とするならば、彼は白い礼服をゆらゆらさせながら微笑んでいた。


「黙れ……」


ハイドは誰にも聞こえないような声を絞り出し、今にも振り出しそうな曇り空を仰いだ。






かつて魔導技術に優れた小国『マギア』が一繋ぎの大陸に存在していた。

四方を列強国家に囲まれた明日も知れぬその国は、王の腹心であった騎士『ハイド・サーガ』が行った魔導技術で動く大鎧『魔導機』を用いたクーデターによってその歴史に幕を閉じた。

魔導機を操る物を騎士と呼んだハイドの治める騎士国家『ナイトロード』は列強国家を瞬く間に侵略し、その勢力は大陸の三分の一に及んでいた。

かつてマギアを支えていた魔導士達が結束し、ハイドを討たんと軍備を進めたこともあったが、開戦直後にナイトロードの魔導機軍が圧倒的な勝利を収めた。





そして十五年の月日が流れた。





「で……初めは連戦連勝に沸いていたこの港町トータスも治世を行う騎士様の圧政によってあっという間に廃れちまった……」


そう語る道端に座り込んだみすぼらしい男は落胆した。


「なるほどのぅ……そりゃ大変じゃったな!わははは!」


話を聞く少年は赤黒い髪を後頭部で短く結え、赤い着物に熊の毛皮を纏っていた。

腰には細やかな装飾のされた刀を携えていた。


「へへへ……大変なんです……へへへ」

「わはははは……」


二人は笑い合っていたが、みすぼらしい男の表情が徐々に引き立っていった。


「あ、あの。そろそろ……」


みすぼらしい男は恐る恐る手を伸ばした。


「ん?なんじゃい?」


少年は首を傾げた。


「な……なんだじゃねぇだろ!」


みすぼらしい男は立ち上がり少年に縋り付いた。


「な、なんじゃ!?ワシは女専門なんじゃが?」

「ち!ちがう!金!金だよ!哀れな男の話を聞いたんだ!金くらい払えよ!」


縋り付く男を振り払う少年。


「なんじゃそんなことか。生憎とこの国の金は持ってはおらん」

「なっ……ふざけんな!」


少年は男に背を向け去ろうとする。

男は懐から小刀を取り出した。

そして少年の背中に刃を立てんと駆け出した。


「!!」

「へ……へへ……ざまあみやがれ……なっ!?」


少年の背中にぶつかった男は少年の背中に刺さったはずの小刀を見た。

そこには少年の血に濡れるはずの刀身が無くなっていた。


「わははは……ワシにただの刃物が刺さるわけなかろう」

「ひっ……!ま、魔導士!」


少年は男に振り向くこともなく笑った。

男は後ずさると背後にあった石につまづき、尻餅をついた。


「さて……」


少年は転んだままの男に歩み寄る。


「ひっ!い、命だけはっ!!」


男は慌てて跪き頭を地面に擦り付けた。

すると男の目の前で何かが落ちる音がした。


「こ!これは!」


男が恐る恐るそれを見ると、それは一握りの金属だった。


「ま、魔鉱じゃねぇか!しかもこの輝き……」

「刃物と情報代はこれで勘弁しとくれい」


少年は跪いた男の前で手を合わせて蹲み込んだ。

そして少年は再び男に背を向け立ち去った。


「な……なんだあいつ……」


男は力なくその背中を見つめるだけだった。

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