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妻は小学六年生  作者: 鹿ノ倉いるか


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19/24

十二年前の事故

 家に戻るとお義母さんがニヤニヤと笑いながらで迎えてくれた。


「あら瑞菜、こんな夜中にデート?」

「デ、デートじゃないし! ラーメン食べに行ってただけ!」

「それをデートって言うんじゃない。いいのよ、二人は夫婦なんだからデートくらいしても」

「違うってば!」


 お義母さんのからかいに瑞菜はむきになって怒っていた。そんなやり取りが面白くて、つい僕は口を挟まずに見入ってしまう。


「でも夜中にラーメンなんて食べたら太るわよ? 太ったら道彦さんに嫌われちゃうかも?」

「太らないし! それに四ツ葉さんは見た目なんかじゃなくて思い出を大切にする人なのっ」

「へぇー?」


 下手なことを口走った瑞菜は気まずそうに俯き、お義母さんは更ににやけた。


「もういいから! 身体が冷えたからお風呂行ってくる!」


 瑞菜はお風呂場へと逃げ込んでいってしまった。

 お義母さんはまだからかい足りなかったのか、今度は物言いたげな顔で僕を見た。

 慌てて話題を変えようと、僕はお義母さんに質問する。


「お義母さんは行ったことありますか? ちょっと行った先にある『煌都軒』っていうラーメン屋に行ってきたんですけど」

「煌都軒? ああ、あの店ね! 懐かしい。行ったことありますよ」


 お義母さんは手を叩いて微笑んだ。


「懐かしい? 結構前に行ったんですか?」

「もうずいぶん前。それこそ十二年前に一度ね」

「十二年前?」


 突然十二年前という今の状況のキーワードが飛び出して驚く。それと同時によくそんな昔に一度行ったきりの店を覚えていたなと不思議に感じた。


「そう。瑞菜がタイムスリップから戻ってきてしばらくしてからかな。そのラーメン屋に行ったの。ところが」


 お義母さんはそこで一呼吸置いて恥じるように笑った。


「主人がビールを飲んだから帰りは私が運転したんだけど。慣れない道ということもあってね。事故しちゃったのよ」

「えっ!?」

「事故って言ってもガードレールにぶつかっただけなんだけどね。幸い怪我した人はいなかったんだけど」


 そんなことがあったなんて全く知らなかった。結婚した後も瑞菜からはひと言も聞いていない。


「大丈夫だったんですか?」

「ええまあ。でもその時を境に瑞菜のタイムスリップの記憶が消えたの」

「タイムスリップの記憶?」

「ええ。瑞菜のタイムスリップした記憶がなくなったって話したと思うけど、実はあれってこの事故が原因だったの」


 お義母さんは気まずそうにやや早口でそう言った。

 そういえば先日お義母さんがそんなことを言っていたのを思い出した。

 元の時間軸に戻った瑞菜はしばらく未来の話をしていたが、ある時を境にその話をしなくなったということを。


「事故のあと、あの子は顔が真っ青になってしばらくなにも喋れなくなってね。もちろん病院にも連れて行ったけど頭を強く打ったわけでもないみたいだし、脳波にも異常はなかった」

「へぇ……」


 お義母さんの話を聞きながらやけに胸騒ぎを覚えた。

 もしかするとこれはタイムスリップになにか大きな影響がある話なのかもしれない。


「それになくなった記憶はタイムスリップに関することだけなのよ。それ以前のことも、それ以後のこともしっかり覚えてる。ただ十二年後の未来に行った記憶だけがなくなった」

「ということは」

「そう。私たちは瑞菜のタイムスリップごっこが終わったって判断したの。だってお医者さんに言えないでしょ? 『この子はタイムスリップしていたんだけど、その記憶がなくなりました』なんて」

「そりゃ、そうですよね」


 もしそんなことを言おうものなら今度はお義母さんたちが脳の精密検査を受けるかもしれない。

 むしろその事故をきっかけに娘が荒唐無稽なことを口走らなくなったことを内心喜んだのだろう。

 事故とタイムスリップの因果関係について思考を巡らせていると、お義母さんは「道彦さん」と僕を呼んで真剣な顔をした。


「もし瑞菜がこのまま戻らなかったら、どうしますか?」

「あ、はい。実は……僕もそのことについて考えていたんですが……」


 その続きを言おうとして、言葉に詰まってしまった。

 しかしそれは避けて通れない問題だ。はっきりと伝えなくてはいけない。お義母さんにも、瑞菜にも。


「瑞菜はまだ十二歳です。結婚なんて早過ぎますし、そもそも十二年後の世界を受け入れさせるのは酷なことです。彼女には、彼女の人生があるんですから。だから瑞菜とは──」

「どうかっ」


 お義母さんはやや大きな声を上げ、僕の言葉を遮った。その目は真剣で切実な、ただ娘の幸せを願う母の眼差しだった。


「どうかこれまで通り、瑞菜のそばにいてやって下さい。お願いします」

「お義母さん……」

「あの子が紹介したい人がいるって私に話してくれたときの顔を、私は今でもはっきりと思い出せます。柄にもなく緊張して、少し照れ臭そうで、でも物凄く幸せそうな顔をして道彦さんのことを話してくれたの」


 もちろん僕もいつまでも瑞菜の隣にいたい。しかしそれが瑞菜の幸せにならないのであれば話も違ってくる。


「必ず、必ず瑞菜は元に戻ります。僕がなんとかします」

「そうね。瑞菜はきっと元に戻るわよね。だって十二歳の瑞菜は実際戻ったんですから」

「そうですよ。だから心配しないで下さい。あと数日したら何事もなく元に戻りますよ」

「それもそうね」


 これは悪い冗談、もしくは神様の手違いだ。いずれにせよ笑っていれば終わる。

 そう決め付けるように僕とお義母さんは声を上げて笑った。


 トットットットットと廊下を走る音がして、湯上がりの瑞菜が駆け戻ってくる。


「なに笑ってたの? どうせまたお母さんが変なこと言ったんでしょ? やめてよね、もうっ!」


 瑞菜はまださっきのからかいの続きだと思ったのか、不服そうにお義母さんと僕を睨む。

(必ず僕が瑞菜を元の時代に戻してみせる)

 その目を見ながら心の中でそう誓った。


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