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妻は小学六年生  作者: 鹿ノ倉いるか


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12/24

瑞菜の結ばれるべき人

 僕が帰ったとき、既に家の前には萌莉さんの車が停められていた。

 急いで家に入ろうとすると、まるでタイミングを見計らっていたように玄関から萌莉さんが出てきた。

 僕を見る目は先ほどよりも更に冷ややかなものに変わっていた。


「送ってもらってすいません」

「瑞菜はちょっと気分が落ち込んでいるから。そっとしておいてあげて下さい」


 その声色は部外者を閉め出すような響きがあった。それにはさすがに僕も反発を覚えた。


「いえ。夫婦ですから。落ち込んでいるのを支えるのも夫である僕の役目です」

「それは二十四歳の瑞菜です。今のあの子は十二歳です。あなたとは夫婦ではないと思います」


 彼女の敬語には敬う気持ちなど微塵も感じられなかった。ただ相手を遠ざけたいという意志だけが伝わってくる敬語だった。

『何歳であろうが瑞菜は僕の妻だ』

 そんな言葉が喉元までこみ上げたが、口から出る寸前で抑える。

 今は水掛け論みたいな言い争いをしている場合じゃない。


「瑞菜に何があったんですか? なんで落ち込んでるんですか?」


 静かに問い質すと萌莉さんはちらりと家の方を見てから歩き出した。


「立ち話もアレなんで、車に乗って下さい」


 言われるままに僕は彼女の車の助手席に乗り込んだが、萌莉さんはエンジンをかける様子がない。どうやらどこかに移動するわけではなく、車内で話をするだけのようだった。


「私がなんで四ツ葉さんを嫌いなのか、分かりますか?」


 これまで態度だけで言葉として『嫌っている』と言われたことはなかった。あまりにもストレートすぎて、惚けることも憚られる。


「さあ。さっぱり分かりません」

「じゃあ教えてあげます」


 萌莉さんは僕の方を見向きもせず、止まったままの車のハンドルを握って前を見ていた。


「瑞菜は小学六年生の時、未来へとタイムスリップをした。そして見てきた未来の世界を、親友の私にだけ教えてくれました。漫画の『まなゆき』が実写ドラマ化されているとか、『魔法少女隊へようこそ!』のメンバーが六人に増えて男の子が一人加わったとか、信じられないようなことばかり言うから笑っちゃいましたけど」


 それは今まさに現実となっていることばかりだった。でも十二年前に聞いたら、にわかには信じられない内容なのだろう。


「はじめは絶対嘘だって思ってた。けど、あまりに瑞菜が真剣に何度も言うし、作り話にしては整合性が取れた話だから、私も少しだけ本当なのかもって思ったりもしました」


 まだ僕を毛嫌いする理由は見当たらない。話の先を促すように僕は無言で萌莉さんの横顔を見た。


「ちょっと興味が湧いてきた私は『未来では瑞菜は結婚してるの』って訊いてみました」


 静かに一呼吸置いたあと、萌莉さんは僕の顔を見た。


「それで、瑞菜はなんて言ったんですか?」

「結婚してると言ったわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だって教えてくれたの」

「えっ!?」


 心臓がドクンと震えた。

 それはどう考えても僕のことではなかった。

 百歩譲って瑞菜の美的感覚が特殊で僕がイケメンに見えたとしても、身長は高くない。これは個人的な感覚の問題じゃなく、具体的な数値として表れるから間違えようがない。


「つまり瑞菜と結婚するはずの人は、失礼ですけど四ツ葉さんじゃなかったんです」

「そんな」

「だから私は瑞菜があなたと結婚すると言ってきたとき、反対したんです」


 僕は瑞菜と結婚をする運命ではなかった、ということなのだろうか。


「瑞菜が選んだ人を否定するなんて良くないって分かっている。でも四ツ葉さんと結婚されたら歴史が変わってしまう。だから反対したんです。馬鹿みたいと笑われるかもしれませんが」

「なるほど。そういうことだったんだ」


 初対面の時から萌莉さんが刺々しかった理由は分かった。そしてそれが小学六年生の時に原因があったということは衝撃的だった。しかしそれはタイムスリップの謎を解く鍵になるどころか、よけい訳が分からなくなるパズルのピースだった。

 

 言いたいことを言った萌莉さんだったが、その表情は複雑だった。僕たちの間に気まずい沈黙が訪れ、虫の鳴き声が車内にも聞こえてきた。


「それで結局、萌莉さんは瑞菜がタイムスリップしたことを信じていたんですか?」


 念のために訊ねると、萌莉さんは思案顔で少し恥じるように笑った。


「瑞菜は将来すごく素敵な人と結婚できるんだとはにかみながらも嬉しそうに言ってました。作り話で盛り上がって、勝手に色んな設定を考えるというのは当時私たちの間で流行っていた遊びだったんです。だからその『未来の花婿さん』も瑞菜の考えた設定だと考えてました」

「なるほど」


 確かにそれくらいの年頃の子ならばそんな遊びもしていそうな話だ。僕も小学校の下校時に『悪の組織』の尾行をまくのに忙しかった覚えがある。


「やがて二週間くらい経つと瑞菜はタイムスリップの話をしなくなりました。だから当然まだ見ぬ未来のフィアンセについても語らなくなったんです」

「忘れてしまったということなんでしょうか?」

「多分そうなんだと思います。私がイケメンのフィアンセについてからかっても、全く意味が分からない様子でキョトンとしてましたし」


 瑞菜はせっかく出逢えた運命の人の顔も忘れてしまった。でもそれを聞いた萌莉さんの方は瑞菜の話を覚えていた。


「瑞菜が忘れてしまったら、それまでからかっていた私の方がなぜか気になってしまって。瑞菜は運命の人と結ばれるべきだって思うようになってしまったんです」


 車の外では強い風が吹いたようで木々が大きく揺れ、その激しさとちぐはぐな小さなカサカサという音が車内に届いていた。


「瑞菜が忘れてしまった運命の人と引き合わせる。そんな変な使命感に駈られてしまいました。だって未来の旦那さんの話をするときの瑞菜は本当に幸せそうで、可愛らしかったから」

「だからどう見てもその運命の人ではない僕との結婚に反対していたんですね」


 萌莉さんは僕の目を見て頷いた。


「馬鹿馬鹿しいことだというのは分かってます。途中からは半分意地で嫌っていたところもあります。今さら態度を改められない気まずさで」

「いや、まあ。事情が分かったのでなんかすっきりしました」


 これで僕と萌莉さんの確執もなくなり、瑞菜を元の時代に戻す為に力を合わせることが出来る。そう思った。

 しかし心の中で差し出した握手をするための手は叩き返される。


「でも今回のことで分かった。瑞菜は本当にタイムスリップしていた。だからやはり四ツ葉さんと瑞菜は結婚すべきではないんです」

「え? なんでそうなるの?」

「だって帰ってきた瑞菜は運命の人と結ばれた話を私にしてくれたんです。ちゃんと運命の人と結ばれないと、きっと過去の時代に帰れない。そんな気がするんです」

「そんなっ」


 タイムスリップを終わらせるためとはいえ、その為に別れるなんて無茶苦茶な話だ。しかもそれで元に戻る保証もない。

 だが萌莉さんは至って真剣にそう考えているようだった。



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