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妻は小学六年生  作者: 鹿ノ倉いるか


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11/24

大人の予行演習

 西日がまぶしくすべてを赤く染める景色の中、サングラスを持っていない僕は目を細めながら車を走らせた。

 ようやく瑞菜の実家に到着したのは、午後四時を回ったくらいの時間だった。


「あら、道彦さん」


 洗濯物を取り込んでいたお義母さんは僕の顔を見て驚いたように笑った。


「瑞菜は、いますか?」

「ごめんね。今日は昔の友達と会うんだって言って出て行っちゃったのよ」


 ひと足遅かったかと唇を噛む。


「その人のお家はご存知ですか?」

「昔の友達とだけしか聞かなかったからわからないのよ。携帯に電話してみたら?」

「そうですね」


 慌て気味でスマホを取り出して瑞菜にコールすると、家の中から聞きなれた着信音が微かに聞こえてきた。


「あら、あの子。携帯忘れて行っちゃったのね」


 普通はあり得ない忘れものだけれど今の瑞菜は小学六年生だ。スマホを常に持ち歩くという習慣はなかったのだろう。


「でも歩きだしそんなに遠くに入ってないと思うわ」

「いえ。昨日電話で話したんですが、萌莉さんと一緒に行くって言っていたんで、もしかすると車で移動してるかもしれません」

「なるほどね。でも萌莉ちゃんもこの時間はまだ仕事だろうし」


 思案顔でお義母さんは遠くの山に視線を巡らせていた。


「とにかくその辺を探してみます」

「悪いわね。あの子が戻ってきたら電話するわ」

「ありがとうございます」


 瑞菜の記憶はあくまで小学校六年生の頃のものだ。同級生も既に家を出て一人暮らしなどをしているかもしれないし、少し遠くで暮らしているかもしれない。だから旧友と会うのであれば萌莉さんの助けが必要となる。

 僕はあまり彼女が得意ではないが、瑞菜の支えになってくれるのであればありがたい話だ。


 一応念のためにお義母さんから聞いていた萌莉さんのアパートに寄ってみたが、やはり不在だった。小学校や神社、僕しか教えて貰っていない例の秘密の場所も探したものの瑞菜の姿はなかった。


 秋の落日は早く、手をこまねいているうちに辺りは薄闇色に変わっていた。先ほどまで見えていた稜線も田畑も雑木林もその輪郭がぼんやりとなり、代わりに街灯の家々の明かり一つひとつがやけに明るく温かく映っていた。

 こうしているうちにも瑞菜がどこかで寂しさに震え、世界から取り残された疎外感を感じているかもしれない。

 そんな不安に駆られていた。


(瑞菜、どこにいるんだ)


 もうこの付近にはいないのかもしれない。そう思った僕は車で幹線道路沿いにあるショッピングモールへと向かった。

 この地域は駅前よりも車でアクセスできるところの方が賑わっており、特にその辺りはショッピングモールを中心に小さな街が形成されている。


 駐車所に車を停めて複合施設に入ると、辺りの物寂しさとは打って変わって賑やかな色や音で埋め尽くされていた。まるで二重に世界がある気持ちになる。

 ハロウィンが終わりクリスマスまではまだ遠いこの時期、各ショップは思い思いのデコレーションで彩られている。


 僕はそわしなく辺りを見渡しながら店内を歩き回った。ここにいるという保証は何もないが、一縷の望みをかけて隈無く探し回る。

 しかしそんなに都合よく見つかるはずもない。

 それでも執念深く何度も端から端まで歩き、各フロアを昇ったり降りたりを繰り返していた。


(どこにいるんだ、瑞菜……)


 円形に吹き抜けた広場的な休憩所に戻ってくると、突如鐘の音が鳴り響いた。


「すごーい!」


 甲高い女の子の声が聞こえ、反射的に振り返る。そこには見知らぬ女の子が巨大な仕掛け時計を見上げる姿があった。ちょうど七時になり、からくりが動き始めたところで他にも幾人かの子供たちがそれを見上げていた。

 僕はその中に妻の姿がないか探した。


 大型のからくり時計には様々な仕掛けが施されている。列を作って回るアヒルの親子、窯を開けてパンを取り出すパン屋さん、魚を狙う猫。愉快で幸せな世界観で溢れたからくり時計だ。

 子供たちは目を輝かせてそのからくりを指差し、親に一生懸命に報告していた。しかしその中に妻の姿はなかった。


 僕も幼い頃はからくり時計が大好きだった。「もうすぐ動きだすから」と駄々を捏ねて、五分ほど時計の前で立ち止まっていたこともある。

 母は「早く行こう」と急かしながらも、結局は辛抱強く僕を待ってくれていた。

 今の瑞菜はそんな年頃なんだ。


 十二歳になればある程度は大人と同じように扱われるが、それはあくまで準備期間の予行演習である。「もう大人だから」と親は言っていたが、本当の大人に対してそんなことを言ったりはしない。不器用な僕らを、大人はちゃんと見てくれて、助けてくれた。

 以前母から聞いた言葉を思い出す。子供がクズる時は手許や足許を見てはいけない。余計にイライラしてしまうらしい。

 そういう時は顔を見ればいい。そう言っていた。


 子供の言動は大人から見れば稚拙で、短絡的で、時に無意味にさえ思える。けれどもちろん子供は子供なりに考えている。

 顔を見れば苛立つことなく、理解しようと思えるそうだ。


(僕はきちんと今の瑞菜と向き合えていただろうか?)


 三十四歳の僕にとって十二歳の女の子というのは、実の娘だとしても無理はない年の差である。

 諦めかけていた気持ちを引き締める為に両頬をぴしゃっと叩いて再び僕は瑞菜を探す。


 更に一時間ほど探しても瑞菜の姿は見当たらなかった。お義母さんから連絡はないから、まだ家にも戻っていないのだろう。

 もう一度萌莉さんのアパートに行ってみよう。

 そう思って踵を返したときだった。


「あっ!?」


 全国チェーンのカジュアルなイタリアンレストランから出てくる瑞菜を見つけた。具合でも悪いのか俯き加減で、隣を歩く萌莉さんも心配そうにしていた。


「瑞菜っ!」


 思わず大きな声を上げてしまい、無関係な人まで僕の方を振り返った。


「四ツ葉さん」


 俯き気味だった彼女は顔を上げて僕の姿を確認した。

 ここ最近お下げだった髪も今日はストレートに下ろし、少し大人びている。

 瞳は何事かがあったことを物語るように潤んでいた。


 僕が近寄ると萌莉さんはそれを阻止するように瑞菜を自分の方へと引き寄せて、静かな闘志を燃やした目で僕を見据えた。


「なんで四ツ葉さんがここに?」

「心配になって見に来たんだ」

「そうなんだ。ごめんなさい、迷惑かけて」

「謝ることじゃないし迷惑なんかじゃない。大丈夫」


 もう一歩近付くと瑞菜はニットの袖口から出した指をもじもじと絡ませて俯いた。


「私がいるので心配は要りません」


 萌莉さんは僕らの間の空気に割って入るように、刺々しくそう言った。


「ありがとうございます」

「いえ。友達として当然です。こんな時に瑞菜を置いて帰るような人に今さら心配されることではないですから」


 いつもは無視や控え目な嫌味で留めていた萌莉さんだが、今日はかなり強く僕を非難してくる。

 しかしその指摘はもっともなので黙って頷く。


「ごめん。萌莉さんの言う通りだ。僕は理由をつけて逃げていた」

「そんなことないよ、四ツ葉さん」


 素直に謝ると瑞菜は慌てて僕のスーツの裾を引っ張って首をゆるゆると横に振った。

 萌莉さんはつまらなさそうにそっぽを向く。


「これからは僕ももっと真剣に元の時代に戻れる方法を探すから」

「……うん。ありがとう」


 赤い目をした瑞菜が頷いた。しかしなんとなくその会釈は社交辞令的に感じた。


「取り敢えず家に戻ろう」


 駐車所に向かおうとしたところで萌莉さんが瑞菜の手を引く。


「私が瑞菜を送りますんで」


 それは有無を言わせない口調で、瑞菜も少し戸惑っていた。それでもお構いなしに萌莉さんは瑞菜を連れて立ち去っていった。

 萌莉さんへなぜそこまで僕を嫌うのか。改めて不思議に感じる。

 もしかすると前世で何か因果があり、こちらは覚えていないけど向こうは覚えているとかあるのだろうか。

 妻がタイムスリップしてしまった今となっては、そのくらいの超常現象があったとしても驚かない。


 それよりも瑞菜の様子の方が気掛かりだ。昔の友達と会っていたはずだが、何故あんなに落ち込んだ様子だったのだろうか。

 様々な可能性が脳裏に浮かんだが、その全てが僕の心を掻き乱す類のものだった。


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