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人生が二度あれば【呪術編】  作者: ゆずさくら
3/3

 目が覚めると、俺は布団から出れなかった。

 体の老化は、酷く進んでいた。まっすぐ立ち上がれなかった。

 俺はとにかく一階に下りて、用を足したかった。一歩一歩、ゆっくりと階段を下りていく。

 階段を下りきった時、俺はふと見てしまった。

「お兄ちゃん?」

 老化による手の震えではない。俺は恐怖で手が震えていた。

 ふすまの奥に見えたあれ……

「かあ、さん」

「どうしたの、お兄ちゃん? 分からなくなっちゃった? 私、妹の『はるみ』だよ」

 『はるみ』だとしてら、ふすまの奥から出てくるものか。あそこにいるのは『母』だ。

「かあ、さん、あそこに、いるのは、何?」

 俺はふすまの奥を指さして、言った。

 妹のふりをする人物は、うつむいて垂れた髪のせいで、顔が見えなくなっていた。

「……見たんだ?」

 かかった髪の奥で、目が光ったように見えた。

 俺は力を振り絞って言った。

「あそこに、いる、鬼、はなんだ!」

 妹のふりをする人物は、顔に掛かった髪を手で後ろにかきあげた。

 そして口元だけが笑った。

「ハハ…… ずいぶんハッキリ言えるじゃない。ちゃんと見えていないのに」

 眼は笑っていない。

「まさおはどのみち逃げれない…… からお話してあげてもいいわよ」

 机の下から椅子を引っ張り出してきて、俺の目の前で足を振り上げ、足をくんでみせた。

 この時、俺には逃げる、という選択肢がなかった。

「ほら、じゃあ、質問に答えましょうか?」

「父、は、どぉ、なっ……」

「ああ、せいじとかいうくだらない男の話ね。これは、まさおにも通じる話だから丁寧に話してあげましょう」

 手鏡をだして、自分の姿をを確認して、話し始めた。

「せいじは、生活のリズムが違う、という言い訳で書斎で暮らし始めた。それは生活のリズムをわざと妻のりょうこと変えた結果、そうしたのよ。そのころからせいじには、愛人がいたの。よそに女がいた。浮気よ、浮気。だからリズムが違っていたわけ。せいじは、妻に気づかれたくなかったのね。同じところで寝ていては一発でばれてしまうから」

 この女は、自分が母であることを隠さなくなっている、と思った。

「で、妻のりょうこは怒った訳。けど、あからさまに怒ったってしかたない。別れさせても、きっと次の女を作るだけ。とっかえひっかえするのが楽しいのだから、別れさせるのは逆効果。殺してやろう、と思ったりょうこは、呪術をしらべているときに、ある鬼に関することを知ったの。その鬼に従えば人の若さを吸い取って、術者に与えるというの。神社や寺、大きな図書館の文献をあたって、次第にその若返りの秘術が分かってきた」

「お、まえが、りょう、こ、だな」

「何言ってるの、今頃? その通りだけど。はるみはあんたのことまさお、って呼ばないわよね?」

 母は、足を組み替えた。

 そのふとももは、母とは思えないほど若々しい、娘の肌だった。

「とにかく、鬼にであうことが必要だった。秘術は鬼によって完成するの。必要な香や呪術の言葉ではないの。私は必死に探したわ。いないのなら、どこからか呼び出せるはず」

 すっ、っとふすまが開いた。

 それは人の手ではない青い、異様な手が開けたものだった。

 老化した体中の肌が、一瞬でとりはだになったのを感じた。

 母は、背中の方に親指だけむけて、ふすまの側を指し示した。

「いたのよ。あの部屋の中の畳の下」

 そして、たばこに火をつけた。

「さっそく秘術をはじめた。唸るような発声で唱えながら、香をたく。鬼は姿を消して近づき、せいじの生気を抜き取った」

 お、俺にしたことと同じじゃないか……

 母はふう、とたばこの煙を吐き、背もたれに体をあずけた。

「すぐに浮気なんかできなくなっていた。早く寝て、早く起きる。物覚えも、歩くスピードも落ちてしまって、あっという間に仕事上の立場も下がっていったわ。その代わりに私は若返った。少々食べても太らなくなったし、買い物ですれ違う男が明らかに私を見つめているのがわかる。母から、女に戻ったんだ、そう確信したわ」

 そんなことをしたら、妹が……

「あなたは引きこもりだから、そんな呪いに気が付かなったでしょう? そんな体になるまで私がりょうこと気が付かなかったのだから」

「は、るみ、が、きづい、た、はず……」

「まさおの言う通り、はるみは気が付いたわ。せいじの衰えで気づいたというより、私の若返りに嫉妬したのよ。何かあると思ったらしいわね。だから、同じようにはるみにも術をかけた」

 母は携帯灰皿を開け、たばこを突っ込んで消した。

 あいたふすまが、さらに広がり、上半身裸の、青い、鬼が出てきた。

 天井につきそうな身長、レスラーのような柔らかく厚い筋肉をまとった大男だった。

 青い肌も異常に思えたが、頭のてっぺんに生えている角から受ける印象よりは小さかった。

「まもなく二人とも老衰で死んだわ。死体は鬼の取り分。生気は鬼から私に注いでもらった……」

 母は服をぬぎながら、鬼の腕を上るようにして鬼に抱かれた。

 そうやって(・・・・・)、鬼から生気を受けたのだろう。

 鬼の腕に抱かれながら、俺を見下ろし、言った。

「まさおも死んで、鬼のエサになりなさい」

「お、ぉ……」

 お前もバチをうけるぞ、おれはそう言うつもりだった。

 鬼のすがたが陽炎のようにブレたかと思うと、俺は前が真っ白になった。

 遠く聞こえる声は、こう言っていた。

「やっと始まる。私の人生が。あなたたちにつぶされた人生を、もういちど生きるのよ……」




 おしまい



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