貴女たち、百合営業やりなさい!
わたし、依田はるか。今年で二十歳になります!
職業―――アイドル!
輝かしい芸能界で、トップになるために毎日頑張って・・・。
「今日のイベント、お客さん半分くらい入ってましたよね!?」
マネージャーさんに、身を乗り出して意気揚々と尋ねると。
「チケット、1/3も捌けてないんだけど?」
キツイ現実を、突きつけられる。
―――そう、わたしは
―――職業:"売れない"アイドル、なんです
「はるかももう二十歳だっけ?」
「はい・・・」
「どうにかしないと、アイドルの賞味期限なんて二十歳過ぎりゃあっという間よ?」
「はい、それはもう・・・」
大手の事務所に所属させてもらって、華々しくCDデビューしたまでは良かった。
そのCD曲が大コケ。後発の曲も続かず、鳴かず飛ばずのまま。
そして。
呼び出されたのは、わたしだけでは無かった。
「・・・」
隣でずっと、不機嫌そうに頬を膨らませている女性。
「貴女もよ、雪音」
「・・・私は、アイドルなんかじゃないし。年とか関係ない」
アイドル"なんか"?
「あのねえ。2つ年上で、未だにメジャーデビューもできてない歌手とか、貴女ははるかより尚悪いのよ」
「私だって、チャンスさえあれば結果を出す自信はある」
「大した自信ね。あなたの書いた曲、また没食らったらしいじゃない」
「ぐ・・・」
「まあまあ、おふたりとも口喧嘩なんてやめてください」
「「アンタは関係ないでしょ!」」
喧嘩を諌めようとしたら、両方から怒られた。
「あはは・・・」
乾いた笑いを浮かべ、ふと。
部屋に備え付けで流れっぱになっていたテレビを見ると、今を時めく人気アイドルグループのCMが流れていた。
センターを飾るのは―――上原藍子。人気絶頂になってから3年余り。いまだ衰えないアイドル界の活ける伝説みたいな人だ。
「すごいですよね、藍子ちゃん。何かで一緒になった事ありますけど、わたしなんかに良く接してくれて、ほっぺにちゅーまでしてもらったんですよ」
「・・・」
「フレンドリーな人ですよねー」
「・・・、"それ"よ。今日呼び出したのは」
「はい?」
瞬間、マネージャーさんのメガネの奥がきらりと光る。
「貴女たち、今日からそのキャラでいきなさい」
「『そのキャラ』?」
「大好きーとか、なかよしーとか、抱き付いた画像撮れちゃいましたーとか、わたし達まるで恋人みたいなんですよーとか、つまり」
途轍もなくイヤな予感がした。
「『百合営業』よ!」
瞬間、
「「は、はぁ!?」」
わたし達は同時に反応していた。
「わたし、そんなの出来ません!」
「ふざけないで! 私は歌手よ。歌で勝負したい。そんな売れ方するつもりないから!」
二人で必死になって反論したが。
『出来ない? そんな売れ方したくない? どの口が言うの。貴女たち何様のつもり? このまま売れないなら本気でクビもあるんだからね? 事務所をクビよ? それでも良いなら無理してやれとは言わないけど~?』
と、最終的にはわたし達が押し黙る形で、受け入れるしかなくなってしまった。
「・・・なんでアンタなのよ」
「わたしじゃ、ダメですか」
「そう言う事じゃないけど・・・。ああもう、なんでこんな事になったんだろ」
雪音さんは頭を抱えてしまった。
無理もない。
わたしだって、乗り気じゃないし。
(でも、わたしは割り切れる)
アイドルの売れ方の1つだって、そう考えれば悪くはない。
問題は―――
("歌手"って名乗ってる、雪音さん・・・)
イヤだよね、そりゃあ。
さっき本人が言っていた通りだ。
歌で売れたい。歌をより多くの人に聴いてほしい。それが本心だろうに。
「あの・・・、」
でも、しょうがない。上から言われたことは絶対だ。
事務所に所属している以上、わたし達はその命令には従わなきゃいけない。
「と、とりあえず・・・。何か、やってみましょうよ」
雪音さんの肩をぽん、と叩く。
「・・・アンタは、」
「はい?」
「アンタは、こんなこと、イヤじゃないの?」
彼女は目を伏せていて、その表情をうかがい知ることは出来ない。
雪音さんが何を求めて質問をしたのかも。
だから。
「わたしは、売れるためなら何でもやりたいなって・・・」
この言葉を選んだことを。
「―――ッ!」
雪音さんが歯を食いしばり、キッとこちらを睨んできたところで。
「誇りも信念も何もない・・・! アンタとなんか、私はウソでも仲良く出来ない!!」
ひどく、後悔した。
「あ、あのっ・・・」
「着いてこないで!」
軽率、だったかもしれない。
改めて考えてみて、そう思うのに時間はかからなかった。
悩んで頭まで抱えちゃってた人に対して、『売れれば何でもいい』なんて。
あの時、雪音さんはわたしに否定の言葉を求めていたんだ。
一緒になって、事務所に対して怒ればよかった。そうすれば、少なくとも一歩、雪音さんと近くなれた気がする。
それなのに、わたしは―――
(ああ、やっちゃった・・・)
どうしていつも、こうなんだろう。
周りの空気を読もうとして、失敗して。
他人に流されて自分の芯がないから、曲を出しても誰にも響かず失敗して。
その"芯"を大事にしようとしていた雪音さんからすれば、わたしはものすごく最低な人間に見えていたことだろう。
なんで、同じことで何度も何度も失敗しちゃうんだろう。
(ほんと、ダメだな。わたし・・・)
その日は落ち込んで、落ち込んで。
ロクに眠れないまま、翌日。眠い目を擦りながらなんとか事務所まで来る。
ほぼ貫徹したままだったから、妙に朝早く事務所に着いてしまった。
いつもより一時間早く―――どうせだから、ダンスレッスンの準備くらしいておこうと、レッスンルームへ向かう途中。
――、―――っ。
「あれ・・・?」
歌のレッスンルームから、誰かの声が聞こえる。
朝が早い人も居たもんだと、ドアの窓から覗いてみると。
「あ―――」
そこに居たのは、雪音さんだった。
聞いたことのない歌を歌っている。
(これは・・・、雪音さんが、作った曲?)
わたしには難しいことは分からないけれど、雪音さん"らしさ"が、垣間見える。
彼女と接した時間は多くは無いけれど、それでも感じることのできた信念の強さだとか、そういう部分がメロディーに乗って、詞として流れ込んでくる。
(確かに、粗いけど・・・)
雪音さん"らしい"、そんな曲―――
思わずその場で聞き惚れるように頬けていると。
「・・・」
ぎょっ。
ドアの窓越しに、彼女と目が合った。
(や、やばっ・・・!)
わたし嫌われてるから、怒られる・・・!
そう思ってその場から逃げ出そうとも思った。
でも。
(ここで、逃げたら)
決定的に雪音さんと行き違ってしまう。
直感でそう思い―――
「お、おはようございます。雪音さん・・・」
がちゃり、と。レッスン室のドアを開けた。
「なに?」
彼女の反応は冷たかった。
そりゃそうだ。昨日あれだけ怒られちゃった上に、ドアから練習風景を盗み見てたなんて・・・。
心象は最悪だろう。
だから。
「あ、あのっ。今の曲・・良かったです!!」
わたしはわたしの本音を、そのままぶつけることしかできなかった。
「・・・、ありがとう」
そこで意外だったのが、雪音さんがわたしの言葉を真正面から受け取ってくれたことだった。
「あ、こ、このピアノ! ちょっと使ってもいいですか?」
「備え付けのものだけど・・・、どうするの?」
「わたし、小さい頃ピアノ習ってて・・・。今の曲、弾けるかもしれません!」
どうしよう。
こんな事言うつもりも何もなかったのに。
言葉が溢れてきて、止まらない。
「弾いて、くれるの・・・?」
「はい! 弾かせてください。楽譜とかありますか?」
「自分用のだけど・・・」
「ああ、これあれば大丈夫です。ちょっと練習していいですか?」
「て、適当で見づらくないかな」
「そんなことないです」
どうしてだろう。
雪音さんの事だと、わたし、こんなに積極的になれるんだ。
「よし・・・。じゃあ、1番の頭から」
「うん」
雪音さんの歌声に、わたしの拙いピアノを合わせる。
正直、とても他人には聞かせられるレベルのものじゃなかったと思う。
音は外すし、躓くし。
ピアノ弾いたのも久しぶりだったから、全然、上手くできなかった。
それでも―――
(雪音さんを、こんなに近くに感じる)
鍵盤を叩いていると、雪音さんの気持ちが流れ込んでくるようだった。
強い想いで書かれたのであろう、少しぐちゃぐちゃってなっちゃってる譜面に、この歌詞に―――"彼女"を感じることが出来るのだ。
こんなにも近く、すぐそこに。
一曲、歌い終わった後。
「・・・私たち、意外と良いコンビになれるかもしれないわね」
言いながら笑う、雪音さんの表情が、すごくかわいくて。
(―――あれ)
今、少し・・・。胸が、高鳴ったような。
「はい」
そんな気がして。
確かめるように胸を押さえながら。
「雪音さんのこと、わたしも好きです」
わたしも、彼女にふと微笑む。
「す、好き!?」
「あれっ? ち、違うんですか・・・!?」
「そこまでは言ってない!!」
今はこんなに近く思う、貴女に―――
「じゃ、じゃあ写真撮りますからね~」
「一瞬だからね・・・? しっかり撮りなさいよ」
「分かってますっ。連写モードにして・・・」
撮るのは、される側のわたし。
しっかりとスマホを構え、準備オッケー。
「いつでも、どうぞ・・・」
「じゃ」
その声とともに。
『ちゅっ』
ほっぺたに柔らかいものが当たる。
「ひゃあ」
それと同時に変な声が出て、それでもしっかりスマホを押して。
「へ、変な声出さないでよっ」
「えへへ。でも、写真撮れましたぁ~」
そのまま画面を雪音さんに見せてあげる。
「ぐぬぬ・・・。これをSNSにアップしろというの・・・!?」
「これで今日から世間的にわたしと雪音さんは恋人ですねっ」
「なんでちょっと嬉しそうなのよ!?」
ふるふるとスマホ画面を見つめながら震える雪音さんの、その真っ赤になった顔が、ちょっとだけかわいらしくて。
『ちゅっ』
「ふぇあ!?」
今度は、わたしの方からキスしてしまった。
今のは・・・撮って、ないよね?