俺とご主人様、学校に行く。1
白目を向いた後、気を失った彼女を家まで運び、ソファーに寝かせた。
にしても、バンパイアだの、契約だの、使い魔だの、汚鬼だの、魔法だの……色んなことが一気に起こりすぎて、まだ現実なのかよくわからん。いや、確かなことはメルちゃんが凄く可愛いと言うことだ。
うん、寝ているメルちゃん激かわ。写真に撮りたい。白い肌に、少しピンク色のほっぺ。唇も小さくて可愛く、桜の花びらのように美しい。キスさせてくれ。
「メル様に劣情を抱くんじゃありません」
「いって」
アリシアの小さな足で頭を小突かれた。
「な、なぜわかった!?」
「そんなの目を見ればわかります」
おいおい、お前までそんな汚いものを見る目で見るな。コウモリもどきのくせに。見た目どう見たってぬいぐるみだ。
「ふっ、劣情なんて言われちゃ困るな。俺のメルちゃんへの愛はそんな汚いものじゃない。ぴゅあぴゅあだぜ」
胸を張ってそう言ったが、アリシアは完全スルー。俺を無視して心配そうにメルちゃんを見つめた。
「メルちゃん、どうしたんだ?」
「恐らく魔力を使い過ぎたのではないかと。…恐らく。」
俺は自分の出した魔法に驚いたから、と思っていたが、アリシアもそう思っていたようだ。気が合うな。
「メルちゃん…魔法?二メートルしか飛ばないって、いってたよな?」
だからメルちゃんは汚鬼の近くで、かつ無防備な状態で呪文を唱えていたのだ。
「はい。しかし貴方の血を吸ったことでメル様は強力な魔力を手に入れたようです。」
「俺の血で…?」
「はい。主にバンパイアは魔法や武器を自身の体内にある魔力で行います。主に寝ている時に回復もしますが、それだけでは闘えるだけの魔力は補えないのです。」
「それで人間の血…ってわけなの?」
「はい。人間の血は魔力を宿しているのです。魔力の多さは人それぞれですが…貴方のような方は初めて見ました。」
「え?」
「あの人間の血を好まないメル様でさえ我慢出来なかったのです。貴方は相当な魔力を宿しているのですよ。」
「俺が…?」
「ええ。多くの魔力を宿した人間はバンパイアにとってはご馳走なのですよ。」
「ってことはメルちゃんにとっても!?」
「ええ、貴方のような方がメル様のパートナーでよかった。よろしければメル様に魔力供給をお願いできませんか?」
「そうなのか!俺はメルちゃんに吸って貰えるなら大歓迎だよ!」
血を吸うということは密着するということだ。何度も体を密着させた二人はもう異性として意識せざるを得ない。ということはつまり、こうなる!
「だめっ…もう妾我慢できない…っ」
「我慢しなくていいんだよ、メルちゃん、ほら欲望のままに吸ってごらん?」
「んっ……!」
俺に覆い被さり、首筋に噛み付くメルちゃん。こくんこくんと小さく喉を鳴らす。
「…貴方の血って本当に美味しい…身体が熱くなっちゃう…」
「いけない子だね」
メルちゃんの細腰に手を回し、身体を密着させたまま離さない。
「あっ…だめだってばっ…」
「おいで。俺のメル、罰として可愛がってあげる」
小さく頷き、俺に身体を預ける美少女。そして、俺は彼女の秘密の花園へと手を伸ばすーーーー。
「妾は人間の血など絶対吸わないわ」
俺の素晴らしい妄想を砕くピシャリとした声が聞こえた。ソファーからむくりと立ち上がったメルちゃんがいた。
「大体汚鬼に勝ったのも、妾の実力なんだから!!」
「メル様!目が覚めたのですね!」
「アリシアもこいつに色々言い過ぎよ!私は絶対こいつなんか無理!!」
「メルちゃん…」
俺の妄想の中ではとろんとした表情で微笑みかけてくれていた彼女は今は仁王立ちで鬼の形相である。
「調子に乗らないでよね人間風情が。アリシア、帰るわよ。」
さっと踵を返して帰ろうとする彼女を見て俺は叫んでいた。
「俺の名前は羅宮海!」
メルちゃんが振り返り、真っ赤な瞳が俺を見つめる。
「俺はメルちゃんが好きだ!」
そう叫んだ俺は必死だった。
「まだバンパイアとか、契約者とか俺にはまだよくわからないけど」
真顔で彼女が見つめてることが視界に入り、悔しさと恥ずかしさで顔が熱くなるが俺は言葉を続ける。
「でも俺にはこの気持ちがあるから!メルちゃんのためなら誰よりも頑張れる!だから俺は誰よりもメルちゃんの契約者に相応しい自信がある!」
想像ではメルちゃんは真っ赤になり「よろしくしてあげてもいいけどねっ」的な感じでなんだかんだ認めてくれると思っていた。
しかしメルちゃんを見ればそこには、侮蔑。軽蔑。汚物を見るような目。
「あんたのいいたいことはそれだけ?」
「あ…」
「バッッッカじゃないの!!!?」
今度はメルちゃんが叫んだ。
「気持ち悪い気持ち悪い死ね死ね死ね!!!!高貴な妾に向かって馴れ馴れしいのよ!身の程を知りなさい!あんたみたいなのが契約者なんてぜっっっっったいに認めないわ!!!!」
そう言うとメルちゃんは踵を返し、窓から去って行った。
「そんな…」
俺はガクッと膝を着いた。そりゃまだ恋人になれると思ったわけでは無いが、あそこまで言われると流石に凹む。俺のガラスのハート、ブロークンハートだ。
何が吊橋効果だ。汚鬼と一緒に戦ってハラハラドキドキ危機一髪を共に経験した俺に少しは好感度上がったっていいだろ。なのにあの態度。好感度ゼロどころかマイナスじゃね?エロゲの主人公も最初ゼロからとかマイナススタートあるけどさ、それは毎日学校とか会えるシチュエーションが用意されているわけで。
つまり俺には好感度を上げる手段が何も無い。もう会えもしないかもしれんのだ。だから必死にもなった。しかしあんな風に言われては追いかける気力も起きない。
膝を抱えて部屋の片隅で沈むことしかできない。某バラード曲が俺の頭の中で流れていた。
「メル様!…メル様!」
「そんなに言わなくても聞こえてるわよ!」
「靴…」
「あ…」
靴は今頃海の家の玄関だ。
「彼のこと結局殺しませんでしたね」
「うっさいわね!今日は汚鬼とも戦ったし、見逃してあげたのよ!」
「彼は相当な魔力をもっていますし、きっとメル様のお役に立ちます!」
「気に入らないものは気に入らないのよ!いいから早くかえるわよ!」
「メル様……わかりました」
アリシアはメルの背中へと止まり、姿を変えてコウモリの翼となった。メルはコウモリの翼をはためかせ、夜の街を飛んでいく。
(あんなやつ……)
腹立たしい気持ちは飛んでいる間中消えなかった。
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「メルも数年後には契約者を決める年齢になるな」
思い出すのは幼少の頃。
「そうよ、おじいさま!つっよいのにするの!」
「そうかそうか。」
自分を撫でる祖父の優しい手。
「おじいさまには契約者いないの?」
「あぁ。随分昔に死んだよ。人間とは儚い命だ。」
「どんくらいつよかったの?」
期待の眼差しでそう聞く私に祖父は困ったような、切ないような顔をしていた。
「…あぁ。強かった。とてもな。」
「おじいさま…?」
(俺はメルちゃんが好きだ!)
そしてあの男の言葉が蘇る。本当に馬鹿らしい。馬鹿らしい。
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「はぁ…」
ブロークンハートでなかなか眠れなかったが、いつの間にか寝ていたらしく、眠気眼に朝日が眩しい。
「…っ!!?」
そして時計を見て絶望する。
……8時20分!?
あと10分でホームルームが始まる時間。いつもだったらもう学校に着いている時間だ。
なぜ母ちゃん起こしてくれぬ!!!
急いで制服に着替えて出た頃には五分前。遅刻は間逃れないがとにかく走る。
こんなときに1限は鬼怖い田村の科学だ。なんとか悪あがきしたいところ。
「え…?」
軽い。
俺はありえないほどの速さで風を切り、あまつさえ自転車を抜かし、自動車さえも抜かした。
俺すげぇっ!!!?
「ひゃっほーーーー!!」
今俺のテンションを上げてくれるものなら、何にでもすがりたかった。
俺ってすごい。
そういや昨日契約者は身体能力があがるとかなんとか。
想像するのは黄色い声。
「羅宮くん、すごーーい!!」
「きゃーーー!かっこいい!」
「陸上部に入らない?…色々個人レッスンして欲しいな…?」
「羅宮くん、好き…」
ふ、ふふふふふふふ。
「俺には心に決めた人がいるから」
っとカッコつけていきたいところだ。
俺はそう、メルちゃん、もといバンパイアの契約者。もう人間とは一味違う。(一味ってなんだ)許されぬ恋。
「待って、羅宮くん!私、思い出が欲しいの!1度だけでいいから!」
おっと、そうくるとは…!
「お願い…」
くっ、童貞にその攻撃は卑怯なのではないのか!!??据え膳食わぬは男の恥と言うが!
くっ!どうする俺!?
ドガァッ!!!!!
妄想にふけっていた俺は乗用車にはねられた。
「大丈夫ですか!!?」
運転手が出てきて俺には駆け寄ろうとしたが、様子がおかしいことに気がついたようだ。
「ぜんっぜんいたくないもんねーーーーーーーー!!」
そう叫んで俺は走り去った。
「セーフ!!」
そう言って2年2組の教室に入った俺にはホームルームまで1分もの余裕があった。
しかも息切れもなし、疲れもなしと来たもんだ。素晴らしい。
「海、ギリギリすぎ……ってどした!?」
そう言ったのは金髪短髪クールな親友の陽。俺の後ろの席である。
「え?」
「制服きったねーぞ」
服を見れば薄汚れ、破れているところもある。
「海どうしたの?」
そう言って来たのは隣の席の黒髪長髪の日本美人な水無月。
「ちょっとばかし無理しちまったな…」
「なーにかっこつけてんだか。もう、昔から無茶するとこあるんだから。」
「お前は昔の俺の何を知っている!?」
二人とも昨年からの仲だが、水無月は何故かふざけて幼馴染風に接してくる。
そうしているうちにホームルームがはじまり、いつもの日常が始まった。一昨日の俺と違うのはこのブロークンハートの恋心。なんつって。
はぁ…メルちゃんに会いたい。
「海。砂埃ちゃんと払って来なさいよ?」
ホームルームが終わって10分間の休み時間になると幼馴染のような女房のような水無月がそう言ってきた。
「へいへい。」
ふ、水無月。そうしていられるのも今のうちだけだぜ。
何せ今日は体育がある。
今まで勉強も普通、帰宅部ながらも運動もまぁ普通の俺が輝く時である。
「ふ、ふふふ。」
「なぁ水無月、ついに海壊れたのか?」
「陽なんか知ってる?いつも以上におかしいわよね。」
そんなことを親友達が言っているのも耳に入らず、体育の時間。待ってました!!!!
気持ちの良い青空!白い雲!
「今日はいい体育日和だな、陽!!」
「お前、いつも体育だりぃとかいってなかったか?昨日貧血で休んだんだし、無理すんなよ。」
「ふ、俺は今日本気…だしちゃうぜ。」
「はいはい。」
陽は剣道部で運動神経はかなり良く、まぁまぁモテる。張り合おうという気は起きたことはないが、体育ではいつも陽とは大きな差ができていた。
「今日の俺には、陽も惚れるかもな…」
悟ったように俺が言うと
「そういうのは勘弁しろ」
と陽が言った。
なるほど、今日はテニスとな。いつもの俺だったら適当に打ち合って終わらせるところだが…
「海、適当にゲームしてまわせってさー。やろうぜー。」
ふふふ、今の俺にそんなこと言っていいのかい?陽くん。
「ふっ、ケガするぜ…?」
「お前前々から中二病だと思ってたけど酷くなったな。」
俺からのサービスゲームか。クールな陽は適当に済まそうとボーッとしている。
パコォン!!!
「!?」
ボールは風を切るようにして一瞬で陽のコートに叩きつけられた。そのボール、消えるよ。
見ていたまわりのやつも「なにあれやばくね?」と騒ぎだし、サーブ一発目にしてなんだなんだと人だかりが出来始める。
「え、お前遂にドーピングか…」
陽は信じられんようだ。こいつの表情が大いに変わるとこ久しぶりに見たな。
「ふっ、どんどん行くぜ!」
パコォン!!
そうして陽が俺のサーブを返せることはなく、陽のサーブも全てリターンエースし、俺は完全勝利を収めた。
「海すげえぇ!」
「なぁ、テニス部入らねぇ?」
「羅宮くんあんなにすごかったっけ?」
「なんかかっこいいかも…」
「え、あんたマジ?」
いつの間にかクラス全員の野次馬ができ、担任含め拍手喝采を受けた。
ふふ、すまんな陽。
「おかしーやろ」
と陽。
「ちょっと海!!」
と水無月。この超常能力がバレる訳はないのだが、何だが隠していた物を母親に見つかった気分のようになり、心の中で「げっ」と呟いている自分がいた。
「ちょっと来なさい」
水無月に少し外れのひと気が無い場所に連れて行かれた。ま、まさかようやく俺の魅力に気がついたか?いや、俺にはメルちゃんが…
「何したのよ?怒らないから言いなさい。」
……なわけないよな。知ってた。
「別に、俺の実力だよ実力。」
「テニス私よりヘタだったじゃない!」
「突然上手くなることだってあるさ」
「もぉ、上手くなったとかそういうレベルじゃないでしょ!」
その時女子から水無月を呼ぶ声が。
「あ、ごめん、今行くー!…とにかく!ずるはダメだからね!」
と言って水無月は去って行った。
ふぅ、なんとかやり過ごしたぜ。あいつうるさいからな。
「なかなかの美人さんですねぇ」
「黙ってりゃあな。……え!!?」
そこにはもう会えるとは思っていなかったメルちゃん…ではなくアリシアがいた。
また、メルちゃんに会える…?
俺は一瞬にして希望の光を垣間見た。