俺、ご主人様と出会う。
空からなんかが降ってくるっていう本を小さい頃読んだ気がする。思わずびっくりするような、そんなものがふってくる話だ。
俺もあの本を読んで金とかゲーム機、おもちゃとか降ってこないかと思った。今なら何を望むかって?恋人だよ、恋人。どいつもこいつも彼女作ってリア充しやがって。でも俺はね、アレなの。作れないんじゃなくて、好きな人がなかなか出来ないだけなの。俺好きな人じゃないと付き合えないタイプだから。だから例え女の子に「好きです」って言われても、試しに付き合ってみるとか、もってのほかだ。まずは友達からはじめましょう、か傷つけないように丁重にお断りするね。男女交際というものは試しにするものではない。2人の心が通い合い、互いに好き合ったからこそするものなのだ。一方だけでは成立しない。即ち両想いでなければ俺は交際なんてしたくないのだ。……すまん。俺がモテると思って今こいつ死ねって思ったやつがいたら謝る。女の子に告白されたことなど一度もない。かっこいい告白の断り方を何通りも考えて、1人でシミュレーションをしたことはあるが、一度も生きたことはない。俺はね、君達の仲間だ。むしろ俺が告白して振られてる。
あの振られた次の日の、女子の目線ったらない。ちらちらとこっちを見てはコソコソと話し、しまいには「気持ち悪い…」って声が聞こえてきたり。
いやー、さすがに気持ち悪いはひどくない?ポジティブな俺でも不登校になるかと思ったわ。
だがこの日、すまないが俺は君たちを裏切ることになる。
日差しの強い春の日。学校に向かってしばらく歩いて、あまりの日差しの強さに、おかしくねぇか?とお天道様を見上げた時だった。
「……ん?」
何かが落ちてくる。やべえ、トリのう……にしてはでかい。それは人間の女の子だということを理解するにはしばらく時間がかかったような気がしたけど、多分一瞬だった。俺にとってはその時がスローモーションのように感じられた。
俺は彼女をカッコ良く受け止め…たわけじゃない。そこまでは無理だった。単純な激突。俺にそんなスーパーマン的なこと出来ると思った?残念でした!俺も残念でならん!こういう時はこう、お姫様抱っことかで受け止めたかった!いや!俺の頭の中ではそうなってた!
人間の体重ってけっこうあるよな。それも空から降ってきたら重力がさらになんたらなってなんたら。つまり衝撃は大きくなるわけだ。すまん!物理習ってない!にしては俺にかかった衝撃は思ったよりも遥かに小さかった。軽く朝飯をゲロりそうになったくらいさ。その時、間に合った、といったような声が聞こえた気がした。
「う…」
ぶつかった、否、受け止めた(ということにする)モノは想像を絶する美しさだった。
長い睫毛に、透き通るような白い肌。絹糸のようなさらさらの銀色の髪の毛。その髪の毛を二つに結い上げる赤いリボン。華奢な身体に、フリルのついた可愛らしい服。まるで人形のような完璧なプロポーション。あまりの美しさに俺は息をするのも忘れた。
だが我に返り、彼女が意識を失っていることこそが大変な事態だと思い、身体を揺さぶった。
「大丈夫ですか!?」
「……んっ…」
口元から漏れる吐息。なんかえっち。…いかん、じゃなくて!…揺さぶったら感じるシャンプーの臭い。興奮する。いかん、そんなことを考える場合じゃないと頭では理解していても考えずにはいられなかった。
彼女の瞳がゆっくりと開く。瞳は燃えるような赤だった。その瞳に吸い込まれるように……俺は一瞬にして恋に落ちた。
彼女はふらつきながらも立ち上がった。立つと小柄なのが良くわかる。150センチ前後だろうか。そして彼女が呟いた。
「……お前…」
「はい…」
女の子に初対面にして『お前』と呼ばれた上に、俺は自然と少女に跪くような格好になっていたがそんなことは全く気にならなかった。彼女は俺の頬に手を添え、顔を近づけてきた。俺はもう、彼女も俺に一目惚れし、さらに接吻とはなんて熱烈な愛情表現なんだ、俺も愛してる。と今後のおつきあいの仕方を走馬灯のように妄想しながら瞳を閉じた。
「……ち……」
彼女がそう呟いた直後、首に鋭い痛みが走った。なんかくらくらする。体力が奪われていくような、そう、それはまるで貧血になったような。目を開ければ、彼女は俺の首に噛み付いていた。
「!?」
驚いてる俺をよそに、彼女は素早く俺から離れた。彼女も驚いている様子だ。
「人間の…血を……」
彼女は戸惑った表情で後ずさりしながらそう呟いた後、空高く飛び上がり、屋根から屋根へと飛び移り去っていった。
「なんだったんだ…」
俺はくらくらしてたちあがれなかった。そう。貧血…ではなく彼女は黒の下着にガーターベルトという小柄にもかかわらずなんとも色気を放つ下着を身につけていたのを見てしまった。しかも、紐だった。ばっちり見た。もう、くらんくらんに決まってる。彼女の綺麗な顔立ちといい、いい臭いといい、そして下着が頭から離れない。
しかし、血を吸っていた。自分の首筋を触れば、そこには流血の後。
「バンパイアだ…」
俺は思わずそう呟いた。
よくファンタジーやらお伽話に出てくる、人間の血を吸うバンパイア。
朝でも出るんだな、こんな日差しが強いのに。とかそんなこと考えてる場合なのかとも思ったが、
「でも、ほんとに可愛かったな…」
ただだだ、そう思うばかりだった。
俺は親友に「貧血で休む」とメールを送り、親友からは「女子か」と返ってきた。
家に帰っても(といっても出かけたのは数10メートルだったが。)彼女のことばかりだった。どうしても彼女にもう一度会いたいが、どうすればいいのだろう。彼女を彼女にしたい!!って、ややこしいか。(笑)
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「……メル様、メル様!」
「ぐすっ…なによ、今妾に話しかけないで…」
膝を抱え泣きじゃくっていた女の子が、声をかけられてもなお膝を抱えたままそう答えた。様、というあたり、女の子に呼びかけているのは召使いや従者といったところらしい。
「いつまで泣いてるおつもりですか?」
「泣いてないもん」
召使いに顔を向けないまま、頬を膨らませながらそう答えた。
「泣いてます」
「だって、…人間の血を吸ったのよ!?」
「バンパイアとして、当然ではありませんか!ようやくバンパイアらしくなり、私は嬉しゅうございます!」
「妾は人間の血など飲みたくないのよ!」
両手を握り締め、駄々をこねるように女の子は言った。
「しかしトマトジュースでは限界がございます」
「むぅ」
「だから先ほどのように貧血にもなれば、力が未熟にもなるのです」
「妾は未熟などないわ!」
「学校でビリだったのによくおっしゃいますね」
「あれは…!……その…」
思わず立ち上がり、召使いに激怒したが、痛いところを突かれたらしくしどろもどろになった。
「このままじゃ契約の儀式も結べないかもしれませんよ」
「そんなことないわよ」
「ですが力が不十分ですと…」
「あーーーーーーっ!!!」
思い出したように女の子は頭を両手で抱え、叫んだ。
「どうされました?!」
「忘れてた…ぐすん」
「あ…メル様……」
「でも、わかるわよ!あいつの血の臭い」
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今日は父と母の帰りが遅いとわかり、俺は一人ラーメンをすすっていた。
彼女もラーメンとか食べるんだろうか。いつもフレンチとか食べてるお嬢様にしか見えんからなぁ…これ、どうやって食べるの?とか素で聞かれそうだ。箱入り娘…うん、可愛い。何でも可愛い。
「この俺が、世間のことも全部…手取り足取り教えてやるぜ…!なーんてな!」
カッコつけながらポーズを決めたその時、窓から入ってきた彼女と目が合った。
「お前何してるの」
「!!?」
目の前の出来事が信じられず、カッコいいポーズ!(俺はそう思ってる)のままフリーズした。会えた!今妄想してた彼女に!しかし、彼女は早くも他の女子と変わらぬ侮蔑の目を俺に向けている。
「……」
「あ、あの!お茶でも飲みますか?」
他にも何かあるだろ、と思いつつ俺の口から出たのはそんな言葉だった。
「そんなものはよい……む」
鼻をすんすんさせて彼女はあたりをキョロキョロした。そして、臭いの元、もとい俺のラーメンに気がつけば器に近づき、嬉しそうな声をあげた。
「こ、これは…!らぁめんじゃないの!!?」
「あ、はい」
「しかもネギもニンニクもたっぷり…!!」
「あ、食べます?」
「べ、別にこのような俗の食べ物好んだりしないわよ!」
「あ…そうですか」
ならさっきの嬉しそうな声はなんだったんだろう。あれかな、意地っ張りなのかな。声色と表情が全く一致しない。
「そんなにおすすめなら食べてあげなくもないわよ、この妾が!」
「いや、でもそんな大層なもんじゃないですし」
「た、食べてあげなくもないわよ!」
…食べたいんだな。やっぱり予想通り、彼女は意地っ張りなようだ。
「あ、はい作ります」
「さっさと作るがいいわ!」
言われるがままにお湯を温め始める俺。可愛い女の子に命令されちゃ男なんて奴隷さ。寧ろ奴隷にしてくれ。
西洋風のお人形さんみたいに可愛いのに、ラーメンが好き(本人は認めないだろうが)という見た目とのギャップにまたときめきを感じていた。彼女は当然のように俺の家の椅子に腰掛け、腕を組んで待っている。思いのほかそわそわしているようにも見える。
「はい、どうぞ」
「遅いのよ」
セリフ自体はツンツンしているが、声色はとても嬉しそうだ。フリフリの服を着たお人形さんのような彼女が一般的な家庭で夢中になってラーメンをすするこの様。なんとも似合わない。しかもすするのがうまくいかないようで、箸で必死に口に含んでいる。外国の方はうまくすすれないってどっかで聞いたことあるけどそんな感じだろうか。
「ごほっごほ!」
咳き込む彼女に麦茶を差し出すとぐびぐびと飲み干した。動く小さな喉さえ可愛い。
「まあまあね!」
とろけたような顔でそういう彼女は、先程からも言うように言葉と表情が全く合っていなかったが、またそこが可愛く、俺もとろんとした。可愛すぎか。
「あの、聞いていいですか」
「なによ、妾に質問するなんて人間も偉くなったものね」
「君はバンパイアなんですか?」
単刀直入に俺が聞くと彼女は箸を置き、立ち上がり、胸を張ってこう言った。
「そうよ。妾が高貴なバンパイア!それも王族であるパルデュール一族、メリーチア・フォン・パルデュールよ!」
「おぉー」
パチパチと思わず拍手。何もせず名前ゲット。彼女の頬についたネギが気になるが今は置いておこう。とにかく可愛い。
「ネギとかニンニクとか平気なんすね」
「そ、そうよ!?妾はそこらへんのバンパイアとは違うんだから!」
何故明後日の方向を向いて、かつ声が裏返っているのか。そこに突っ込んじゃだめか。
「そうであります!」
いつの間にか彼女の肩に一匹のコウモリのようなぬいぐるみのような生物が止まっている。
「メル様は時期王とも言われており、バンパイアの中でも最も偉い方の一人なのです!」
「うおぉ!?」
コウモリぬいぐるみ(?)がしゃべってる!?
「何驚いてるのよ?こいつは使い魔のアリシア。高貴なバンパイアに使い魔の一匹くらい当然でしょ?」
彼女は上から目線かつ誇らしげな顔でそう言った。が。
「えぇ!君の血の臭いをたどるのに五時間かかりましたがメル様は高貴なバンパイアです!」
「……」
「……」
誇らしげな顔の彼女の表情がこわばっていく。
「ネギとニンニクも大好きですがメル様は高貴なバンパイアです!」
「メルちゃんってあだ名なんだな」
俺も勝手にそう呼ぶことにしよう。うん。
「人間の血を吸うのはまだ2度目ですがメル様は高貴なバンパイアです!」
「それ以上言うとおしおきよ…!」
メルちゃんはアリシアをしめあげている。どうやら都合の悪いことを言われたようだ。アリシアは苦しみながらすみません…と謝った。
「メルちゃん、バンパイアって結構いるんですか?」
「馴れ馴れしいわね。えぇ、そうよ。でもバンパイアの存在は人間に知られてはならない。それが我が王の定めた掟。」
「えっ」
「これから貴方の記憶を奪う。それが掟よ。」
「そんな!?」
真剣な表情でこちらを見ている可愛い女の子。でもその視線はまるで獲物を狩るような目だ。一目惚れした運命の恋人(勝手に決めてはない、なんたって運命だからだ)に再会できたというのに、それは許されないというのか!?
メルちゃんの足元に突然光を発する魔法陣のようなものが浮かびあがった。
「私の名と掟に従い、この者に契約の名を刻め!我が名はメリーチア・フォン・パルデュール!」
「メル様、その呪文は!?」
猛烈な頭痛が俺を襲い、思わず倒れ込んだ。
「ぐあぁ!」
「メル様…今のは忘却ではなく『契約』の呪文でございます…」
「へ……?」
頭痛がおさまり、俺がふとメルちゃんを見ると床にぺたんと座り込んでいた。
「そ…んな、うそ…でしょ?契約者はもっと高貴でかっこよくて強そうなのにしようと思ってたのに…」
「いくら忘却の呪文を使ったことがないからといって契約と間違えるなんて…」
「ねぇ、アリシア、どうにかやり直せないの!?」
「無理です」
必死にメルちゃんはアリシアに訴えたが、一刀両断された。
「そんなぁ…」
さっきまでの踏ん反り返っていた態度はどこにいったのか。今は涙をぽろぽろ流してはぬぐう、か弱そうな女の子であった。
記憶を奪う、と言っていたが、何故か俺の記憶はしっかりしている。
「メルちゃん大丈夫!?」
「うるさいのよこの下賤者!」
グーで殴り飛ばされ、背が窓に叩き付けられた。
「いっ……たくない?」
叩きつけられた窓にはヒビが入るほど強く叩きつけられたのに、俺の身体は驚くほど痛みを感じなかった。このヒビ後で親が見たら驚くな。どうしよ。
「痛くないということは、やはりメル様の契約者になった証でございます!」
「いやぁあぁあ〜〜!!こんな素朴で普通なやつが妾の契約者なんて〜かっこわるいよおぉ〜」
さらに泣き出すメルちゃん。
「えっと…アリシア?契約者って一体?」
「メル様のような高貴なバンパイアは、12歳〜17歳までの間に人間の中から契約者を作る決まりとなっております。契約者とは、つまり私のような使い魔のことです。」
「はぁ。」
その使い魔とやらは光のゲートとかに飛び込んで異世界から召喚されるとかそんなのではないのは理解。
「その者は一生メル様にお使えし、その身を捧げるのです。」
「はぁ!!?」
「その者はバンパイアの魔力を与えられ、普通の人間では考えられない強靭な身体を手に入れるのです!」
「ちょ、ついてけないんですけど…」
言っていることは何となくわかる。しかし、全然頭に入ってこん!ちょっと時間くれ時間!
「信っじらんない!このぼんじん!普通!平民!一般人!ゴミクズ!」
メルちゃんは突然俺を罵倒しだし、突撃してきた。
「うぉお?!」
「死ね死ね死ね死ね!こんなんなら契約者いらないいらないいらない!」
俺に馬乗りになり俺をポカポカと殴りつけてくる。こ、これはおいしい状況なのかそうでないのか。でも身体は密着してるわけで。あ。やっぱりいい臭い。
「…そっか、殺せばいいのよ!」
ふと、納得したように、当たり前のように言った。
「え?」
「そうよ。私には契約者はいなかった。いないのよもともと。こんなんならいない方がましよ!」
「ですがメル様…!」
「アリシアは黙ってなさい!!」
メルちゃんがアリシアに向かって手を伸ばすと、メルちゃんの手とアリシアの顔の間に魔法陣が現れた。メルちゃんはアリシアの口の中に手を突っ込むが、それは日常的に行われているのか、アリシアは溜息をついていた。
「はあぁああ!!」
メルちゃんがアリシアの口からなんと日本刀を取り出した。マジックかなんかですかこれ。ははー。
「とにかく死ねーーーーー!」
そしてすぐさま抜刀して俺にそう言って切りかかってきた。ちょ、ちょっと待て。マジックなら刀出して パンパカパーン!で終わりにしてくれ。
一目惚れした子にボコボコに殴られた挙句死になさいってそんなのありですか。
まだ名前しかゲットしてないんですけど。まだ胸のサイズとか好きな食べ物とか胸のサイズとか聞いてないし。まだ死にたくない。せめてキスだけでもして死にたい。
彼女が振り下ろしてくる刀に対し、俺は声もあげる事も出来ず、思わず目をつむり、せめて頭を守るように左手を出すことしか出来なかった。
ガキンッ!!
え、が、がきん…?
「な、なによっ!?これ!?」
目を開けると、俺の左手の前に何か目に見えない壁があり、刀を防いでいる。
「に、人間の分際でふざけないで!」
その後もブンブンと刀を振るメルちゃんだが、その壁に阻まれ一向に俺に当たる気配はない。
「メル様、こ、これは魔法障壁です!」
「は、はぁ??」
「おそらくメル様と契約を結んだことで出てきた能力かと思われます」
「に、人間風情に傷一つつけられないなんて!屈辱だわ!!」
メルちゃんはまだ諦めず、思いっきりまた刀を振り降ろしたが、何もないのに滑って転んでしまった。
「だ、大丈夫?」
「う、うぅ…」
そして再び泣き出してしまった。
「メル様、大丈夫ですか?!」
「なんでこうなるのよ〜!もぉ最悪よー!」
俺はふと思った。
この子大丈夫かな。
一目惚れしたわけだが、キツそうな性格だし、偉そうな割りにかなりの泣き虫。そして偉そうな割りにかなりのドジっ子。そして偉そうな割りに弱い。
そこもまた可愛いのだが、どこか冷静な俺がそう言ってる。難がありすぎると。
メルちゃんが突然泣き止み、真剣な顔をした。
「この気配は…」
何かを感じたように立ち上がり、窓を見る。
「メル様…」
「いくわよ、アリシア。」
俺を一度見て、
「また来てあげるから大人しくしてなさい」
と言って、窓から外に飛び出して行った。
「め、メルちゃん?!」
俺も思わずメルちゃんとアリシアについて行き、外に出た。
「な、んだあれ?!」
見慣れている路地で、信じられない光景が広がっていた。
3mほどの影のようなものが子どもを締め上げ、喰らおうとしている。
「メル様、結界はばっちりでございます!」
「ええ、今度こそ、倒す!」
メルちゃんは刀を構えると空高く飛び上がった。
「はああぁああ!!!!」
刀を振り下ろし、斬りかかる。が、影から手のようなものが伸び、その斬撃を防ぐ。
「契約を結んだから、汚鬼が見えるようになったのですね」
「レキ?」
俺の頭上からアリシアが話しかけてきた。
「はい。汚鬼は主に人間の欲に吸い付く鬼です。成長すると凶悪になり、あのように人間を喰らおうとします。」
「そんなものがなんでここにいるんだよ?!」
「いままでそこに居ましたが、見えなかった。が正しい表現です。汚鬼はバンパイア及び契約者しか認識することができません。」
「メルちゃんは何でそんなのと戦ってんだよ?!」
「古くから人間の血を必要とするバンパイアは人間を喰らう汚鬼と対立しておりました。そのため、我が一族一代目の王が汚鬼の殲滅を義務化したのです。」
「そう、だったのか…」
って、なにすぐに順応してんだ俺。何とも信じがたい。でも、もしそれが本当なら知らず知らずのうちにメルちゃん含めバンパイアは俺たちを守ってくれていたってことになるのかな。いやでも血は勝手に飲んで記憶を奪ってなにもなかったことにしたりしているのならギブアンドテイクなのか?
「ここで契約したのも何かの縁。私はどんな方であってもメル様に早く契約者を見つけていただきたかった…!」
「アリシア?えっと、俺まだよく状況わかってないんだけど…」
「あなたの役目はメル様をサポートし、一緒に戦う事です!どうかメル様と一緒に汚鬼を殲滅してください!」
「お、俺ぇ!?そんな、一緒に戦えって言われても!?」
さっき見た汚鬼は黒くて、凶悪で怖い。おまけに人間を喰うとか…そんなんと戦えって?普通の高校生にどう戦えっていうんだ?どうかメルちゃんと知り合ったこと以外は夢であって欲しいんだが。
「くっ…!!」
いつの間にかメルちゃんが汚鬼に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられていた。
「メルちゃん!!」
駆けつけると彼女は無数の傷をつけられ、血を流していた。あまりにも痛々しく、自分の血の気が引いて真っ青になって行く感覚になった。
「アリシア、メルちゃんが!!」
「…申し訳ないのですが私にはどうすることも…。メル様は今まで汚鬼に勝ったことは一度もありませんし…今回も引いた方が良いでしょう…」
い、一度も勝ったことが、ない?俺はもうメルちゃんはばんばん汚鬼を倒していてもう「任せなさい!」って感じだとばかり。そうだよな、この子強そうに見えて弱いんだった。
「メルちゃん、逃げようよ!!」
俺は必死にそう言った。俺も怖い。こんなのと一緒の空間に居たくない。
「い、やよ…今妾が逃げたら…あの子が喰われるわ…そして、パルデュール家の王に背くことになる…」
「でも、このままじゃメルちゃんが!そうだ、他の仲間とかは近くにいないの!?」
「だから嫌よ!背を向けるなんて貴族として恥だわ!」
「何言ってんだ、命の方が大事だろ!?」
「お前に言われる筋合いはないわ!ここは妾に任せて人間らしく逃げなさい!」
「メルちゃん!!」
メルちゃんは俺の前にふらつきながらも立ち、まだ汚鬼に立ち向かおうとしている。
この子は…弱いのに、傷ついても立ち向かって、あの子を守ろうとして。黙ってメルちゃんが戦うのを見てた自分がはずかしくなってきた。
「お、男が女の子を守れなかったらもっと恥だよなぁ…」
「お、お前…」
俺はメルちゃんを汚鬼から守るように立っていた。足がガクガク震えてる。怖くてたまらない。でも俺は男として今ここで逃げるわけには行かない。そう思ったんだ。弱くても立ち向かう、この子の勇気を見て、おれも勇気を出すべきだと思った。
汚鬼の手のような部分が刃物に形を変えて俺に向かってくる。
「危な…!」
メルちゃんがそう叫んだ気がしたけど今は集中して何も耳に入らない。
男は可愛い女の子、もとい好きな女の子を守る為に産まれてきたんだと俺は思う。怖かろうがションベンちびりそうだろうが、死にそうになろうが、わけがわからんくてもとにかく可愛い子は守る!
「うおおおぉぉ!」
でろ!さっきの魔法障壁とやら!!!
ガキイイィィイン!!
両手を出すとさっきよりも分厚く見える壁の様なものが、汚鬼の刃物の様な手とぶつかり合い、火花が散っている。相当な力だったが、なんとかふんばって耐えれる。
「め、メルちゃん!!」
今だ、と言うように彼女に視線を移せば、
「人間の分際で…!」
メルちゃんは俺の後ろから飛び上がり、
「妾に命令しないで!」
刀を思い切り振り下ろし、汚鬼に渾身の一撃をお見舞いした。
汚鬼は苦しむように影を蠢かせている。
「アリシア!魔力コードを解除よ!」
「は、はい!」
ま、まりょくこーど?
き、聞きなれない言葉だな。
「メル様!射程距離は…!」
「わかってるわ!」
「なんだ!?何がはじまんの!?」
「火の精霊よ!妾の声聞き届けたまえ!」
メルちゃんが光に包まれる。どうやら魔法の呪文のようだ。なんだ!そんなのあるなら早く使ってくれ!!
「業火の炎で焼き尽くせ!」
「め、めるちゃん?!」
集中しているせいか、メルちゃんは汚鬼がまた動きはじめていることに気がついていない。なーんであんな汚鬼から二メートルくらいの距離で呪文?!
「放て!……っ!?」
呪文の途中だったようだが、汚鬼が攻撃を仕掛ける前に俺はメルちゃんを抱え、汚鬼から離れた。次の攻撃に俺の魔法障壁とやらはなんとなく耐えられん気がしたし。
メルちゃんは羽のように軽く感じた上に思いっきり地面を蹴った俺は10mくらいをひとっ飛びて離れることができ、自分の身体能力の向上に驚いていたがメルちゃんは離せと言わんばかりに暴れた。
「ちょっと!?なにすんのよ!?」
「え。だって危なかったし!?」
「妾の魔法の射程圏外になっちゃったじゃない!」
「メル様の魔法は二メートルほどしか飛ばない上に一度しか使えませんからね」
とアリシア。お前居たのか。
なるほど。だからあんな近くで無防備に唱えていたのか。えーと、その魔法とやらもこの子そんなに強いってわけじゃないのか。
「ちょ、アリシア!余計なことを……っえ!?」
そのときメルちゃんの手のひらから何かが収束している。
「ま、魔法が完成して…?!」
メルちゃんはかなり驚いている様子で、思ってもないタイミングでそれは放たれたようだった。
それは銃弾のように早く、でも半径10メートルほどの大きさでビームのように炎が放たれ、俺たちはその反動でまた吹っ飛んだ。
そして吹っ飛びながらその炎が汚鬼の身体を貫いたのをはっきりと見た。炎は火花のように空高く舞い上がって消えて行き、汚鬼も蒸発するように消えていった。
俺は唖然とした。それは俺だけでなく、メルちゃんもアリシアも唖然としていた。
「メル…様!」
メルちゃんは驚きのあまり白目を剥いて気を失っていた。