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アヴァロン

アヴァロンに着くと、彼女はドルイドに連れられて、コルベニック城の広間にも似た、暖かで光に満ちた豪奢な部屋へと案内された。

ややあって、ドルイドの一人が白い銀襴織りの布にくるまれた大きな黄金の皿を運んでくると、どっしりしたマホガニーの卓の上にそっと載せて、いずこへと消えてゆく。

数多の宝玉で飾られ、ケルト模様を施された杯の如き大皿。美しく豪華なその姿に思わず見惚れていると、ドルイドが彼女に教えてくれた。

「これが、あなたが探していた聖杯(グラール)です」

「え、これが――――?!」

確かに綺麗だけれど、どう見てもこれは大きな皿ではないか。聖杯と呼ばれるには無理がある気がする。

彼女の心情を察したドルイドが、そっと耳打ちした。

「ケルト神話に出て来る『グラール』、つまり聖杯は、もともと宴会用の大皿を意味していたのですよ。キリスト教の聖杯(チャリス)とは全く別の物なのです」

願いを叶えてくれるのならば、どんな聖杯だろうと構わない――――そう返しかけた彼女の眼前に、ゆったりとしたローブを纏った優美な金髪の女性が進み出ると、まるで幾千年もの(よわい)を重ねて来たかの如く威厳をもって尋ねて来た。

「娘よ、そなたは何か望みがあってここへ来たと聞いているが、申してみよ」

女性は眩いばかりに輝いていて、清冽な気を宿している。

ひと目で彼女が女神だと察した愛彩が、迷わず答えた。

「お願いです、私の兄の視力を取り戻して下さい!」

「そなたの願いを叶えるには、『禁忌()の(ッ)誓約(シュ)』が必要だ。その覚悟はあるか」

言いながら女神が黄金の大皿に手を触れると、皿が仄かに輝き始める。

愛彩が両手で祈るように握りしめていたサクラソウの束が、かすかに震えた。

 願いを叶えるにはゲッシュが必要――――女神は確かにそう言った。

 ケルトの神に願いごとをするには、通常何らかの犠牲をともなう。

 ゲッシュというのは、ケルト神話でおなじみの呪術のようなものだ。

 一般に「~しない」という禁忌(タブー)を守ることを誓い、その内容が厳しければ厳しいほど恩恵があるとされている一方、ゲッシュを破ると神からの罰が与えられる。

例えばケルト神話の英雄であるクー・フリンは、「犬の肉を食べない」「目下の者からの食事の招待を断らない」というゲッシュを立てていたのだが、彼に恨みを持つメイグ女王の罠にかかり、三人の片目の老婆に犬の肉を食べていくように誘われて、断れずにそれを食べてしまった結果、神に罰を与えられて死に至った。

ゲッシュを立てるのならば、慎重に内容を選ばないと、命すら奪われる危険があるのだ。

(それでも、もしもこれで兄様の目が治るのなら――――)

 危険を冒すだけの価値はある。

 愛彩がこくりとうなずくと、女神が彼女に向って命じた。

「ならば、今ここで誓いを立てるがよい」

「……はい」

((私は人生のパートナーとなれる英国人の弟が欲しかったのだ。東洋人の妹などいらない!))

兄の心の叫びにも似た言葉が、彼女の脳裏にこだまする。

ゲッシュを立てるのに、迷う必要はなかった。

彼女の母は黄色い肌の日本人だ。だから彼女はどうしたって、白い肌の英国人になどなれはしない。

けれども、そんな彼女でさえ兄の願いの一部だけならば、叶えてあげられるかも知れないのだ――――。

黒曜石の瞳で女神を見上げると、決意を固めた彼女がゆっくりと誓う。

「私は兄が人生のパートナーを見つけて幸せになるまで、女として生きることはしません」

「そのゲッシュを立てれば、そなたは男になるが、それでも良いのか」

愛彩が静かに、だがきっぱりと頷くと、眼前の女神が黄金の皿に手をかけたまま淡々と告げた。

「よかろう。ゲッシュは成立し、そなたの願いは聞き届けられた」

美しいケルトの女神がそう言い終わるや否や。

聖杯から洪水のごとくに光が溢れ出し、たちまち視界が白一色に染まった。

あまりの眩しさに、閉じていた両目を両手で覆うと同時に、彼女の意識が急速に薄らいでゆく――――――。

それから一体、どれほどの時が過ぎたのだろうか。

ふと目を覚ますと、愛彩は先ほど転んだ草むらの上に、独りで横たわっていた。

あの光に満ちた部屋や聖杯、それにドルイドらしき白衣の人々や女神はもう、影も形も見られない。

(まさか私、転んだ拍子に頭でも打って、今まで夢をみていたとか……?)

そう思って落胆したのは、ほんの束の間だった。

すぐに彼女は己の体の変化に気付き、先ほどまでの出来事がすべて現実だったことを知る――――――。





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