ヨセフの子孫
気がつくと明生は、見覚えのある石造りの城の広間に立っていた。
(ここは……コルベニック城……!)
窓も光源もないのに明るい、ケルト文様が随所に見られる瀟洒な部屋の中央では、レイモン、ミシェル、それにガブリエルが、立ち尽くしたままラファエルの手を見ていた。
聖杯はもうどこにも見あたら無かった。もしかすると、あれはホログラムのような幻像だったのだろうか。
他のトレジャーハンター達の姿は見られず、ユリエルも来てはいなかった。多分、イエス・キリスト縁の者ではないからだろう。
(ぼくがここに来られたのは、もしかするとこのロンギヌスの十字架のおかげなの……?)
明生が胸元の重みを確かめながら、そんなことを考えていると。
部屋のどこからか、白いローブをまとった数人のドルイド達と、銀髪の若き聖杯王ヨアキムが、彼等の目の前に出現した。
四年前から全く歳をとったようには見えない優しげなヨアキムが、五人を眺めながら驚きの声を上げる。
「おやおや、今年は豊作だなあ。聖杯劇に、キリスト縁の者が五人もいたなんて!」
相変わらず、荘厳なローブと王冠にそぐわないカジュアルな話し方に、ついクスリと笑いがこぼれる。
と、それに気付いた彼の視線が、明生の顔に向けられた。
「あれ、君はどこかで会ったような……」
彼女がぎくりと体を強張らせる。
「……そうだよ、メイだ! 大きくなったねえ、メイ。お兄さんの目は見えるようになったかい?」
ミシェル達の視線が、一斉に彼女に集まった。
彼女が、きまり悪そうにもごもごと答える。
「はい……おかげ様で。あの時はどうも有難うございました」
「良かった、あれからどうなったのか、ずっと心配していたんだ。ケルトの神様は君の願いを叶えてくれたんだね」
「はい……」
ミシェルの顔をチラリと盗み見ながら、彼女が答える。
やはり、聖杯を見つけてユリエルの視力を戻したのは明生だった――――ミシェルは何も言わなかったが、彼の得心したような表情は、そう語っている気がしてならない。
「おめでとう。ところで君、チャリスの制服を着ているけれど、お兄さんから借りたのかな?」
「……いいえ、これはぼくの制服です。どうしてチャリスの制服だと分かるんですか?」
「ぼくも昔、チャリスの生徒だったから。ぼくも君達と同じように聖杯劇の最中に召喚されて、ここへやって来たんだよ」
では、あの行方不明の生徒はやはり、ヨアキムだったのだ。
その彼が、首を傾げると続けた。
「それにしても……おかしいなあ、君は確か女の子だったと思うんだけど……」
明生がひやりと肝を冷やした。
「ぼ……ぼく、女顔だから、よく間違われるんです!」
彼女が焦って否定するが、若き王は未だに首をひねっている。
ミシェルの視線が、ひときわ鋭くなったような気がして、落ち着かない。
そんな際どい会話をしばし続けていると。
ラファエルが、ふいに王に声をかけた。
「お話し中にすみません。ヨアキム叔父様、私――ラファエルのことを覚えていらっしゃいますか?」
「叔父さん……?」
若き王が、そう呟いてラファエルに振り返ると、今度はまじまじと彼を眺めた。
ヨアキムと同じ銀色の長い髪に、銀灰色の瞳。北欧系なみの長身。そして、南アジアの人間に特有の精悍で整った容貌に褐色の肌――――。
「君……もしかすると、あのラファエルかい?! インドの女性と結婚した僕の兄の……!」
「彼の長男です。始めまして、ヨアキム叔父様」
「驚いた、まさか君がここへ来るなんて! じゃあ、まさか今回の創立祭の劇で、聖杯が選んだのは――――」
ラファエルが、月光を紡いだような銀の髪を揺らして首肯する。
と、傍らで二人の会話を聞いていたガブリエルが、口を挿んで来た。
「ちょっと待ってちょうだい! 聖杯が選んだって言うけど、ラファエルは一体イエスの何なのよ?」
「私の父の家系には、私達がアリマタヤのヨセフの子孫だという言い伝えがあるのです」
母親の家系にも、イエスに繋がる血統だという噂がありますが、真偽のほどは不明です。そう言葉をつなぐ彼の話を聞いたとたん、なぜかガブリエルの表情がみるみる硬くなった。
「なんですって?! アルディーニ家が知らないイエスの子孫もどきが、他にもいたなんて……!」
それの何がそんなにショックなのだろう、と明生が首を傾げていると、彼がラファエルに問い質した。
「ところであんた、まさかだけど、ここへは聖杯王になりに来たんじゃないでしょうね?」
「いいえ、私はただ叔父に会いたかっただけですから」
「その聖杯王のことなんだけど……」
ヨアキムが、言い出しにくそうに口ごもった。
「……今回君達の中から、誰か聖杯王になってくれる人はいないかい?」
「聖杯王に?!」
「うん。今のままだと僕達はここから出られないんだ。実は……」
ヨアキムが事情をかいつまんで説明すると。
すぐさまガブリエルが、レイモンを指差して声を上げた。
「それならきっと、こいつのせいよ!」
「君は……?」
ヨアキムの質問に、ミシェルが代わりに答える。
「彼はレイモン・ハーシェル。ぼくの従兄弟で、彼が嵌めている指輪はソロモンの指環です。彼はあれで悪魔を使役して、イエス・キリストの血を受けた聖杯を葬るつもりなのです」
若き聖杯王の顔色が変わった。




