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聖杯王の懸念

(ここは――――?)

夢の中で明生は、見覚えのあるコルベニック城の広間を眺めていた。

窓のない広い部屋の中央には、例のどっしりとした円卓があり、白いローブを纏ったドルイド達が、王冠を頭に載せた銀髪の青年王を伺ったまま沈黙していた。

誰もが一様に、険しい表情を浮かべている。

ふいに若いドルイドが部屋に入って来ると、彼等に報告した。

「大変です、丘で扉を守っていたクー・シー達が、とうとう全滅したそうです!」

「何だと?!」

「どうやらまた、例の魔物達に襲われたもようです」

クー・シーとは、妖精の丘を守る為に飼われている妖精達の番犬のことだ。大きさは牛ほどもあり、身体中が暗緑色の毛で覆われている。

あの恐ろしい妖犬が皆殺しにされたとは、ただごとではない。

「とうとう危惧していた通りに、最悪の結果となってしまった……」

長老らしきドルイドが呟くと、部屋の中に凍りつくような沈黙が訪れた。

「この妖精の丘を守る者はもう我々しかいないということか……それに、ここから真のアヴァロンの入り口であるトールの丘へと繋がる扉も、もう塞がれてしまった。これではもうアヴァロンへ逃げることすら出来ない……」

絶望の色を浮かべながら、彼が続ける。

「……聖杯も、聖杯の守護者であられる王も…………」

「だが、トールの丘はまだ無事ではありませんか!」

若きドルイドが力強くそう言ったが、男はますます沈んだ表情になると、力無くうなだれた。

「確かにトールの丘自体には、神々の強いご加護がある。けれども、トールの丘に繋がるのは、真のアヴァロンだけだ。我々はもうここから外へは出られぬし、トールの丘の周辺にも既に、あ奴らの罠がしかけられてあるだろう。いずれにしても、今やこの妖精の丘はアヴァロンの名残りとでも呼ぶべき辺境でしかなく、ケルトの神々の守護も期待は出来ない。現在のアヴァロンは人間達の世界から距離を置くべく、遥か昔に深部へと潜ってしまっているからな。我々にはもう、為す術もないのだ…………」

彼が、独り言のように呟いた。

「古の聖杯王はアヴァロン移動の際に、ケルトの神々とともに新たなアヴァロンに移るよりも、そのまま人間の近くでかつてのアヴァロンに留まることを望んだ……そのことが、今になって裏目に出てしまったとは……!」

聡明そうな例の青年王も、苦しげに呻く。

「しかも、まさか聖杯王のゲッシュが、クー・フリンのように皮肉な結果をもたらすなんて……! 僕さえ、まだ出口が無事に残されているうちに、ゲッシュを破って聖杯を持ち出していれば、こんなことには…………!」

老いたドルイドが、彼を慰めるように首を振った。

「『グラストンベリーから出ない』というゲッシュも、『聖杯からは決して離れない』というゲッシュも、ひとえに代々の聖杯王がお務めを全うすべく立てられたご誓約です。ここにはそのことで貴方様を責める者など、誰もおりません。それに、例え聖杯を持ってお逃げになられていたとしても、どの出口の外にも必ずや魔物が待ち受けていたことでしょう」

「けれども、このままではいずれ聖杯は奪われることになります。万が一あの魔物達がこの城に入って来てしまえば、すぐにでも……。たとえ今は奇蹟の力を失っているとしても、この聖杯が悪しき者の手に渡ることだけは、絶対に避けなければ……!」

長老が、再び口を開いた。

「……先代の聖杯王がお作りになられた、イエス・キリスト縁の者を呼び寄せる為の扉は、明日のサウィンに開かれます。我々があの扉から外へと出ることは叶いませんが、運良く彼等の中から王位を継承する者が現れれば、その者が聖杯を真のアヴァロンへと逃がしてくれるやも知れませぬ」

ドルイド達の瞳に、希望の光が宿り始める。

しかし、若き王は不安そうな表情で呟いた。

「そう上手くことが運ぶでしょうか……」

「……なぜそうお思いになるのですか?」

「魔物達は、この妖精の丘に通じる異界の扉を全て封じてしまいました。ならば明日開かれる扉は、魔物を使役する何者かがこちらへ来る為の、唯一の入り口でもあるからです――――」




          **********




((……メイ……メイ…………))

枕元で、聞き慣れた優しいテノールの声が、心配そうに彼女を呼んでいる。

天の御使いが彼女の名前を呼んだとしたら、きっとこんな美しい響きに違いないと思われるような美声だ。

その声を、もっとずっと聞いていたい。そんな思いすら抱きながらも、彼女は声の主の姿を求めてうっすらと目を開けた。

彼女の双眸に、天の御使いそのものの神々しい姿が、ぼんやりと映る。

やがて意識がはっきりしてくると、明生は目の前に佇む高雅な(プラ)金髪(チナブロンド)のルームメイトに声をかけた。

「……ミシェル……!」

「メイ……! 大丈夫かい?」

ミシェルが微かな安堵の息をもらす。

知らぬ間に握られていた手をぎゅっと握り返すと、明生が涙をこぼしながら呟いた。

「グライスが……!」

彼が長い指でそっと彼女の涙をぬぐうと、諭すような口調で優しく答えた。

「分かってる。でも、言っておくけれど、彼の死は君のせいじゃないからね」

「だけど、彼はきっとぼくの代わりに生贄にされたんだ……! ぼくがあの後すぐに眠らずに、何か手を打っていたら――――!」

急に半身を起した明生が、めまいを起こしてふらついた。

ミシェルが彼女を抱きとめると、そのまま告げる。

「手なら、ぼくが打ってあった」

「え……?」

「あの後、君が眠ってからデュクロー家に連絡して、グラストンベリー近辺のエクソシストを直ちに霊廟(モーソリアム)へ送るように頼んであったのだけれど、間に合わなかったんだ…………けれどもレイモンは、あの時ぼく達がどんなに手を尽くしていたとしても、いずれグライスをあそこに呼び出して、同じ事をしていたと思うよ」

「でも――!」

再び涙を流した明生が、堪えきれずに嗚咽をこぼした時。

部屋のドアが突然音を立てて全開すると、どうやら外で聞き耳を立てていたらしい長い金髪緑瞳の生徒が、もの凄い剣幕で乱入して来た。



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