「上等な生贄」
「今朝の授業は急遽全校ミサに変更されたそうだ。朝食が終わったら、各自礼拝堂へ直行するように。以上!」
束の間の沈黙の後。生徒達の間に、一斉にざわめきが起こった。
ガブリエルが、生徒会役員に尋ねる。
「ちょっと、まさかまた神父が殺されたんじゃないでしょうね?」
けれども彼は、悲しそうにかぶりを振ると答えた。
「今度は被害者は神父様じゃない……第五学年下級生のカール・グライスが、今朝チャリスの霊廟で、遺体で発見されたんだ」
「グライスが?!」
「ジーザス!」
生徒達の喧騒が急に大きくなった。
グライスは、聖歌隊でボーイソプラノを受け持っていた金髪巻き毛の美少年で、レイモンの愛人だという噂があった生徒だ。
(グライスが……?! まさか…………)
彼女の頭に、恐ろしい考えが浮かんでくる。
彼ならば、たとえ深夜にレイモンが霊廟へ誘ったとしても、躊躇なく応じたかもしれない。
もしかするとあの後、グライスは明生の代わりにあそこへ呼び出されて、悪魔への生贄にされたのではないだろうか――――。
そこまで想像した彼女が、息を飲んだまま凍りついた。
神へ聖歌を捧げる美少年は、神父同様、レイモンの言う『上等な生贄』に相応しいような気がしてならなかった。
蒼白になった彼女の近くで、生徒が更に生徒会役員に質問している。
遺体は霊廟の地下墓室で、魔法円の中に倒れていたそうだ、と彼は答えていた。
では、やはりあの時、レイモンは明生のことも魔法円まで連れて行こうとしていたに違いない。
そのことを確信すると同時に、激しい悔悟の念が彼女を襲う。
(あの後、ミシェルと寮に帰ってから、直ぐに何か手を打っていたら……!)
グライスは、助かっていたかも知れない。
彼があの禍々しい闇に取り込まれる場面が、脳裏にまざまざと浮かんでくる。
あの恐怖と苦しみを、彼は恐らく最期まで味あわされたのだ。
想像しただけで、今にも心臓が潰れそうになる。
「そろそろあたし達も、礼拝堂へ向かわなくちゃね」
「うん……」
朝食のトレイを片付けようとして立ち上がった明生の体が、ぐらりと傾いた。
「メイ!」
すんでのところで、ガブリエルが彼女を支える。
「どうしたのよあんた、顔が真っ青よ」
「ミシェルは……ミシェルはどこ?」
彼女がうわ言のようにルームメイトの名を呼と、ガブリエルが小さく舌打ちをして答えた。
「んもう、メイったら、こんな時まであの説教オタクを呼ぶんだから。ミシェルだったら、どうせ後であんたを探しに来るわよ」
「ぼくは……すぐにでもミシェルを探さなくちゃならないんだ……!」
焦燥に駆られた彼女が、ガブリエルの手を離れて出口へと歩き出したが、すぐにまた目眩をおこす。
「気分が悪いんなら、無理するんじゃないわよ。まったく、しょうがないわねえ」
そう言いつつも、ガブリエルがまんざらでもない様子で、その場にうずくまってしまった明生を抱き上げようとした時。
いつの間にか彼等の傍に来ていたラファエルが、すっと彼女を横取りした。
「――――?!」
あまりの早業に呆気にとられているガブリエルに向って、ラファエルが淡々と言った。
「メイは私が部屋まで運んで行きますから、ガブリエルはミシェルを探して来て下さい」
「ちょっと、ラファエル! せっかくメイと二人きりになれるチャンスだっていうのに、あんたまであたしの邪魔をする気なの?!」
明生が薄目を開けて、微かにつぶやく。
「ラファエル……?」
「メイ、大丈夫ですか?」
「ぼく、ミシェルを探さないと……!」
「ミシェルなら、ガブリエルが連れて来てくれますから、メイは部屋で休んでいて下さい」
「なんですって、あんた――――!」
「ありがと、ガブリエル……」
青い顔で弱々しくお礼を言う明生の姿に、ガブリエルが即座に口をつぐむ。
そして小さく苦笑いを浮かべると、くるりと踵を返して返事をした。
「安心しなさい、メイ! イエス様なら、あたしが直ぐにハーシェル(、、、、、)と(、)一緒(、、)に(、)連れて来てあげるから!」
頼りになるガブリエルの言葉が耳に届くや否や。
憔悴していた明生は、安堵とともにラファエルの腕の中で意識を手放した。